先生、至急職員室まで。~教育担当になったのは、あこがれ続けた先生でした~

綴乃ゆう

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遠足②

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レクレーション当日。
心配していた天気にも恵まれ抜けるような青空とからりとした陽気の絶好の遠足日和となった。

学年レクは学年によって目的地が違うため、その学年ごとに集合場所が違う。決められた場所に生徒が集合すると、その場で点呼。連絡事項や注意点を伝え、1組から順に歩き始める。教師陣は早めに集合しコミュニケを取った後、先に車で現地に向かい細々した準備をする係、生徒と共に歩き安全管理をする係、具合の悪くなった人を乗せる救護車で最後尾からついてくる係などに分かれていく。

俺と津木先生は生徒と共に歩いていく係だ。
先頭は1組担任で学年主任の先生が担ってくれるので、俺と津木先生で2組と3組の間辺りをついて行く事になる。


「あー……救護車係が良かった」
「まだ言ってるんですか」
「津木先生だって車で楽したいだろ?」
「俺はどっちかというとこっち派ですね。楽しそうな学生見ながら1人車でついて行く方が寂しくて嫌です」
「なんだ?津木先生は意外と寂しがりか」
「三戸先生こそ、案外出不精ですか?」
「インドアと言いなさい」
「それを出不精と言ってるんですよ」

車通りのほとんどない農道をだらだらと喋りながら登っていく。
たまに道に広がりすぎた生徒を笛を鳴らして注意するくらいで、後はのんびりとしたものだ。ペース配分は先頭を歩くベテランの先生がしてくれているので、この移動中俺らは生徒とほとんど変わらない。

道の両端に茂る新緑がさわさわと音を立てる。
土と強い新緑の香りが鼻をくすぐり、ゆっくりと吸い込む様に息をするとなんだか肺が綺麗なもので満たされたような心地になる。

(たまにはこういうのもいいな)

のんびりと歩いて、普段忙しく過ごしていたら忘れてしまうような自然の香りと感覚を浴びて。去年は同クラスの先生は救護班だったから、ただ黙々と歩くだけだった。隣を雑談しながら歩く相手がいるだけでこんなにも気分が違うものなのか。

ふと視線を生徒に向けると楽しそうな面々に少しずつ疲労を浮かべた人間が混じってきた。
まだまだ先は長い。本気で駄目そうなら救護係を呼ぶがそうならないようにできるだけ気にかけなくては。
前方を歩く2組の生徒に聞こえるように「おーい水分ちゃんと取れよー」と声をかけると何人かが慌てたようにペットボトルを取り出した。

「そっか……そういう声かけもしなきゃなんですよね」
「自分で取れって話なんだけどなぁ。友達とおしゃべりに夢中なって忘れてーってのたまにいるから」
「三戸先生も水分取ってくださいね」
「ん。津木先生もしっかり飲めよ。あ、飴とかいるか?」
「いや水分取れっていってるのに飴薦めないでくださいよ!水飲めなくなるじゃないですか」

くしゃっと顔をほころばせる津木先生。
変にツボったのかペットボトルのふたを開けながら肩を震わせる姿を見て、俺はほとんど無意識に「津木ってさ」と口に出していた。

「笑顔可愛いのな」
「は……え?……はぁ?」
「いや目じりに皺寄せて、顔くしゃあって赤ちゃんみたいな笑い方してるから」
「成人男性として、赤ちゃんみたいってのはかなり微妙なんですが」
「なんでだよ。いいじゃん可愛いって褒めてんだから」
「それなら三戸先生こそニヒッって少年みたいに笑いますよね」
「少年ってそれ褒めてんのか?」
「数秒前にご自身が言った事忘れたんですか?」

そんな掛け合いのようなやり取りを聞いていたらしい。俺らのすぐ傍を歩いていた女子集団がクスクスと笑いながらこちらを振り返る。

「先生達ってめっちゃ仲いいよね」
「それ思った!さっきから会話超うけるんだけど!」
「てか津木先生そんな風に喋れんだ。うちらの時絶対敬語だからそういうキャラなのかと思ってた」
「いやキャラって……そういう訳じゃなくてまだ慣れないというか……」
「そうだぞお前ら。津木先生はこう見えて口も態度もそれなりに悪い。まだ生徒には猫被ってるだけだ」
「いや全くフォローになってませんそれ」
「あはははは!ヤバぁ~先生達面白すぎんだけど!」

次第に大きくなる笑い声。最初は前を歩いていた数人だったのが、その笑い声につられ何事かと振り向きだしどんどん視線が集まりだす。そうして気がついたら俺らは生徒の丁度中間の列に組み込まれるように追いやられていて、結局目的地までその輪の中心で雑談をする羽目になった。




「えーでは、朝も伝えたように14時30分までは自由時間となります。行動範囲は湖の周囲、芝生広場、隣のアスレチックコーナーのみ。昼食は各自時間内であれば自由に食べてよし。集合時間までには必ずゴミも含め片付けてから集まる事。わかったなー?」

はーいという返事と共に、待ちに待った自由時間だと生徒は一斉に散っていく。
そんな生徒達を横目に教員達は昼のミーティングだ。
道中何か問題が無かったか、体調不良の生徒はいなかったか、その他共有しておく事を各自伝達していく。
他の教員は慣れた様子で耳を傾けているが、俺の隣に立つ津木はピッと背筋を伸ばし緊張した顔で教員の話を聞いていた。

「……津木先生、そんなに緊張しないでも大丈夫だぞ」

ミーティングも終わり解散していく中、ふと隣を歩く彼に声をかけると、驚いたように目を見開かれる。

「俺、緊張してました?」
「え?んー……俺にはそう見えたけど」
「無意識でした。俺も早く他の先生みたいにならないとなって思ってみてたんです」
「そりゃそうなるのが理想だけど新任でそれは高望みだ。むしろ一年目にそうなられたら何年もやってきた俺らの立場がない」
「ふふっ、確かに」
「一年目は“初めてなので教えてください”のカードを使える無敵期間なんだぞ。動くよりよく見ておけばいい」
「はい。ありがとうございます」
「けどその向上心はいいと思うぞ」


本当にこいつは偉い。
俺が新任1ヶ月の頃なんて慣れるのに精一杯でそんな事なにも考えられていなかったような気がする。なのにこいつはそれだけじゃなくて既にもっと先、ほかの教員に並ぶ為という所を見て動いている。
優秀な後輩で嬉しいよと呟けば、津木は目元に皺を寄せそれはそれは嬉しそうにはにかんだ。

ミーティングが終わると教師陣もようやく休憩時間がやってくる。
仲のいい先生同士で昼食を取る人、生徒の輪の中に混ざっていく人、さっさと食べ終えて一人休憩し始める人と三者三様だ。
置いておいた荷物を手に振り返ると鞄を手にした津木先生と目が合う。

「そういや津木先生は飯どうすんの?」
「え、俺ですか?その辺で適当に食べようかと思ってましたけど」
「はぁぁ!?やめろ遠足でぼっち飯なんて。見てて可哀想なるわ!」
「な……!別にぼっち飯だと決まった訳じゃないでしょ!」
「じゃあ生徒の輪に「一緒に食べよー」って混ぜてもらうのか?未だに生徒と距離あるお前が?」
「っ、いやそれは……その」
「……仕方ないなぁ。一緒に食うか?」
「え、いいんですか?」
「おう。とりあえず場所移動するか」

やはり昼食を取るとなると芝生広場が人気らしい。あちらこちらに生徒達がシートを広げ輪になっているのが見えた。
そこから少し離れた場所にちょうどいい木陰を見つけたので、俺らもここにしようかと津木先生の敷いたシートに腰を下ろした。

朝眠たい目を擦って作った弁当を取り出すと、なんだか妙に視線を感じる。
顔を向けると、何故か津木先生が俺の弁当箱を凝視していた。

「なぁに。俺の弁当に何か用事?」
「いや弁当に用事ってなんですか。いやその……三戸先生の弁当いつも美味そうだなって思って」
「そうか?俺は津木先生のがいつもちゃんとしてんなーって思ってたけど。自前?」
「はい、一人暮らしなんで。三戸先生も自分で作ってるんですか?」
「作ってくれる相手を探して10年になる」
「あ……なんかすみません」
「謝るな。なんか凄い心にくる」

自分で言っておいてなんだけど10年ってヤバいな。
思わず遠い目をしている俺の表情がヤバかったのか、津木先生が吹き出し肩を震わせている。

(今日の津木はよく笑うな)

「っふ、っふふ……すみません」
「謝るなって。それよりそのおかずって何?」
「え。どれですか?」
「そのちょっとピンクのやつ」
「あぁ、レンコンのゆかり和えです」
「何それうまそ。初めて聞いた」
「……もし三戸先生さえよければちょっと食べますか?」
「マジ?なら俺のおかずもなんか食べていいよ。ここに置くから適当につまんで」

二人の間におかずが入った方の弁当箱をそっと置くと、それなら俺もと津木先生の弁当箱が隣に並べられる。
そうなるとなんだかシェアする雰囲気になって、結果的にお互いのおかずを好き勝手つまむ形式になってしまった。


「うっま。なにこれカリカリ梅も入れてんの?」
「いや一個だけ余ってたんで刻んで入れただけです。普段は入れません」
「これ俺好き。今度やってみよ」
「俺は三戸先生のきんぴら好きです。美味いですね」
「だろ?にんじんと長ネギのきんぴら。ごま油と鶏ガラで簡単なんだよ」
「俺も今度作ってみます」
「津木先生ってから揚げ醤油派?」
「ですね、実家がずっとそうだったんで。三戸先生は違うんですか?」
「俺、最近は塩がマイブーム」
「へー。塩って俺食べた事ないです」
「美味いぞ~。今度作ってきた時一個やるよ」
「あっはははは!楽しみにしてます」



「そんな約束初めてしました」と笑う津木先生の笑い声が、芝生広場に響き渡る。
そんな楽しそうな笑い声に釣られて、俺もついつい口元が緩んでしまう。


(なんか、いいなこういう感じ)


小さなシートに座り込んで弁当広げて、おかず交換なんてしながらダラダラ喋って笑い合うなんて。
これはあくまで仕事できているはずなのに、そんな感覚が何故だかほとんどない。

今まで遠足の引率なんて数え切れないくらいやってきた。それなりに仲のいい先生と弁当を一緒に食べた事ももちろんある。けどその時はこんなに穏やかな気分になる事は無かった。なのに津木先生とはどうも他の先生より緩んだ気分になるというか……それこそただの学生として遠足に参加でもしているようだ。……そうか。


(友野先生の言ってた素が出てるってのはこれか)


素が出てる……のか分からないけど、確かに他の先生よりも津木先生相手の自分はリラックスしてると思う。
この感覚が昔を知っている縁から来るのか、彼の人柄によるものなのかは分からない。けど確実に言えるのは。


「俺、津木先生といると楽しいわ」
「はぁ……え、は??!」
「っははははは!なに落としてんだよ」
「三戸先生が変な事言うからでしょ!最後の卵焼きだったのに落としたじゃないですか!」
「そんな怒ることか??楽しいって褒めただけなんだけど」
「突拍子無さすぎるんですよ!!!」


噛み付く津木先生に笑って、それにまた彼が噛み付いて。
わちゃわちゃとしたそんなやり取りにだんだんと集まってきた生徒の笑い声と、一緒に写真を撮ろうと言う声に止められるまで続いたのだった。
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