先生、至急職員室まで。~教育担当になったのは、あこがれ続けた先生でした~

綴乃ゆう

文字の大きさ
上 下
6 / 36

遠足

しおりを挟む
5月に入り校門前にずらりと並んでいた桜も散りきって葉桜になった頃。
学年レクレーションの予定表を眺めながら、三戸は小さくため息をついた。

「今年もこの時期かぁー」

ぽつり漏らした声に、向かいの席の友野先生がひょこっと顔を出す。俺が持っているプリントでなんの事か理解した先生はふふ、と苦笑を浮かべた。

「学年レクですか」
「そう。今年も来てしまったかと」
「今年も行先は伏見湖公園なんでしたっけ?」

新学期から1か月。生徒も先生も今のクラスに少しずつ馴染んできたこの頃、うちの高校では学年レクレーションが開催される。学年ごとに行先を分けて遠足に行き、交流を深めようというものだ。それ自体は別にいい、遠足というのは教師の立場になっても非日常を体験出来て楽しいし、生徒が楽しそうなのは見ていて面白い。それよりも問題なのはこの行先にあった。


「距離が遠すぎるんだよ……」

最寄り駅のロータリーに現地集合し、徒歩で公園まで行くというコースは毎年2年の恒例だ。
このコース、何とおよそ9キロある。しかも山の上にある森林公園まではただひたすらに坂道という鬼畜っぷり。アラサーの身体には堪えるなんてもんじゃない。次の日筋肉痛で死にそうなりながら学校来るんだぞ。

「老体にはきつい……」
「っははは、何言ってんですか。三戸先生まだまだ若いじゃないですか」
「いやもうアラサーの立派なおじさんですよ。次の日身体引きずって学校来てるんですから」
「あっははははは!」
「それに」

ガラリと扉の開く音に一瞬会話が止まる。
視線を向けると津木先生が丁度入ってくる所だった。
先生方に挨拶しながら歩いてくる足取りは軽く、最初の頃の不安そうな恐る恐ると言った雰囲気は一切感じられない。あいつも随分この学校に慣れてきたらしい。目が合って、朝から元気いっぱいといったはつらつとした表情で笑いかけられ、俺は思わずぐぅ……と目を細めた。

「……若いってのは津木みたいな奴を言うんだろうな」
「あー……なんか分かります。フレッシュさが違う」
「俺らは職員室という籠の中で腐りかけたみかんみたいなもんなんだろな」
「三戸先生、友野先生おはようございます!」
「おーおはよ」
「何の話してたんですか?」
「ん?俺らはみかんって話」
「は……???」

声にこそ出さなかったけど表情が「頭大丈夫か?」と思ってるのがありありと分かる。
こいつ本当最初に比べて色々隠さなくなってきたな。

「まあそんな話はいいとして。今度の学年レクの話してたんだよ」
「学年レクって今度の行く遠足の事ですか?」
「そう。具体的な案内出たから後で確認しといて。準備とか色々あるからな」
「行先って……えっ、伏見湖!?」
「なんだ津木先生知ってんのか?」
「地元ですし名前は知ってます。けどこれってめっちゃ山の上じゃなかったですっけ?」
「そうだぞ~。聞いて驚け、なんとそこまで徒歩だ」
「へー、でも総距離9キロか。案外距離無いんですね」

俺もっと距離あるかと思ってましたとサラリと言われ、それまでレクについて散々愚痴っていた俺と友野先生の目から光が消える。

「駄目だ津木先生とは分かり合えん。おしまいだ」
「なんですか失礼な。まさかこの距離が嫌だって話してたんですか?」
「嫌だろー9キロの坂道だぞ!?登山じゃん」
「今の一言で、なんとなく三戸先生体力ないんだろうなって察せました」
「なんだとこら。もー怒った。今日のホームルーム丸投げの刑だ。精々苦しめ」
「うわぁぁあ!鬼!それだけは!俺まだ慣れないんですって!」
「知らん。慣れろ」
「ううぅ……」

真横から縋りつくような視線を感じるが無視して明後日の方向を向いていると、観念したのかため息をついて給湯室へと消えていった。きっと濃いコーヒーでも入れて気分を切り替えるつもりなんだろう。
ついでに俺のも淹れてきてもらえばよかったなと思っていると、しばらくだんまりを貫いていた友野先生が耐えきれないとばかりに吹き出し机に突っ伏していた。

「え、どしたの?」
「っふ……っふふふ。いやぁお二人随分仲良くなったなって」
「あー。そうですね津木もだいぶ猫かぶりが取れてきたかな」
「いやいや、三戸先生もでしょ」
「え?」
「津木先生と居る時めちゃくちゃ楽しそうですよ。なんか素って感じで」

お二人相当相性いいんでしょうねぇ、と含み笑いを零す友野先生。


(……俺そんなに楽しそうにしてたか?)


確かに津木先生とのやりとりは嫌いじゃない。
最初の頃の子犬のように引っ付いてまわるのもなんだかんだ可愛かったし、最近少しずつ慣れたのか先程みたいな軽口や冗談を言い合えるようにもなった。
10歳近く年下の相手におかしな話かもしれないが、なんだか高校や大学の後輩と話す時こんなノリだったな……と思い出してしまうようなそんな雰囲気があって、俺もついつい職場だというのにああやってふざけたやり取りをしてしまう。

まぁそれもこれも津木が慣れてきたって事だよな。
友野先生の言う素が出てるようだというのはよく分からんが、教育担当で同じクラスの担当なんだ。
仲悪いより良い方がいいだろう。
あとは生徒とももう少し気軽に接していければ津木先生はもっとやりやすくなるだろうに。そこはまだまだって所か。


「まぁ俺らは仲良くやってます、って所ですかね」
「はは、それは何よりですね!」


今度の学年レクレーションでもっと交流深められたらいいですね、なんて笑う友野先生の声を聞きながら、レクレーション案内の用紙に視線を落とした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...