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遠足
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5月に入り校門前にずらりと並んでいた桜も散りきって葉桜になった頃。
学年レクレーションの予定表を眺めながら、三戸は小さくため息をついた。
「今年もこの時期かぁー」
ぽつり漏らした声に、向かいの席の友野先生がひょこっと顔を出す。俺が持っているプリントでなんの事か理解した先生はふふ、と苦笑を浮かべた。
「学年レクですか」
「そう。今年も来てしまったかと」
「今年も行先は伏見湖公園なんでしたっけ?」
新学期から1か月。生徒も先生も今のクラスに少しずつ馴染んできたこの頃、うちの高校では学年レクレーションが開催される。学年ごとに行先を分けて遠足に行き、交流を深めようというものだ。それ自体は別にいい、遠足というのは教師の立場になっても非日常を体験出来て楽しいし、生徒が楽しそうなのは見ていて面白い。それよりも問題なのはこの行先にあった。
「距離が遠すぎるんだよ……」
最寄り駅のロータリーに現地集合し、徒歩で公園まで行くというコースは毎年2年の恒例だ。
このコース、何とおよそ9キロある。しかも山の上にある森林公園まではただひたすらに坂道という鬼畜っぷり。アラサーの身体には堪えるなんてもんじゃない。次の日筋肉痛で死にそうなりながら学校来るんだぞ。
「老体にはきつい……」
「っははは、何言ってんですか。三戸先生まだまだ若いじゃないですか」
「いやもうアラサーの立派なおじさんですよ。次の日身体引きずって学校来てるんですから」
「あっははははは!」
「それに」
ガラリと扉の開く音に一瞬会話が止まる。
視線を向けると津木先生が丁度入ってくる所だった。
先生方に挨拶しながら歩いてくる足取りは軽く、最初の頃の不安そうな恐る恐ると言った雰囲気は一切感じられない。あいつも随分この学校に慣れてきたらしい。目が合って、朝から元気いっぱいといったはつらつとした表情で笑いかけられ、俺は思わずぐぅ……と目を細めた。
「……若いってのは津木みたいな奴を言うんだろうな」
「あー……なんか分かります。フレッシュさが違う」
「俺らは職員室という籠の中で腐りかけたみかんみたいなもんなんだろな」
「三戸先生、友野先生おはようございます!」
「おーおはよ」
「何の話してたんですか?」
「ん?俺らはみかんって話」
「は……???」
声にこそ出さなかったけど表情が「頭大丈夫か?」と思ってるのがありありと分かる。
こいつ本当最初に比べて色々隠さなくなってきたな。
「まあそんな話はいいとして。今度の学年レクの話してたんだよ」
「学年レクって今度の行く遠足の事ですか?」
「そう。具体的な案内出たから後で確認しといて。準備とか色々あるからな」
「行先って……えっ、伏見湖!?」
「なんだ津木先生知ってんのか?」
「地元ですし名前は知ってます。けどこれってめっちゃ山の上じゃなかったですっけ?」
「そうだぞ~。聞いて驚け、なんとそこまで徒歩だ」
「へー、でも総距離9キロか。案外距離無いんですね」
俺もっと距離あるかと思ってましたとサラリと言われ、それまでレクについて散々愚痴っていた俺と友野先生の目から光が消える。
「駄目だ津木先生とは分かり合えん。おしまいだ」
「なんですか失礼な。まさかこの距離が嫌だって話してたんですか?」
「嫌だろー9キロの坂道だぞ!?登山じゃん」
「今の一言で、なんとなく三戸先生体力ないんだろうなって察せました」
「なんだとこら。もー怒った。今日のホームルーム丸投げの刑だ。精々苦しめ」
「うわぁぁあ!鬼!それだけは!俺まだ慣れないんですって!」
「知らん。慣れろ」
「ううぅ……」
真横から縋りつくような視線を感じるが無視して明後日の方向を向いていると、観念したのかため息をついて給湯室へと消えていった。きっと濃いコーヒーでも入れて気分を切り替えるつもりなんだろう。
ついでに俺のも淹れてきてもらえばよかったなと思っていると、しばらくだんまりを貫いていた友野先生が耐えきれないとばかりに吹き出し机に突っ伏していた。
「え、どしたの?」
「っふ……っふふふ。いやぁお二人随分仲良くなったなって」
「あー。そうですね津木もだいぶ猫かぶりが取れてきたかな」
「いやいや、三戸先生もでしょ」
「え?」
「津木先生と居る時めちゃくちゃ楽しそうですよ。なんか素って感じで」
お二人相当相性いいんでしょうねぇ、と含み笑いを零す友野先生。
(……俺そんなに楽しそうにしてたか?)
確かに津木先生とのやりとりは嫌いじゃない。
最初の頃の子犬のように引っ付いてまわるのもなんだかんだ可愛かったし、最近少しずつ慣れたのか先程みたいな軽口や冗談を言い合えるようにもなった。
10歳近く年下の相手におかしな話かもしれないが、なんだか高校や大学の後輩と話す時こんなノリだったな……と思い出してしまうようなそんな雰囲気があって、俺もついつい職場だというのにああやってふざけたやり取りをしてしまう。
まぁそれもこれも津木が慣れてきたって事だよな。
友野先生の言う素が出てるようだというのはよく分からんが、教育担当で同じクラスの担当なんだ。
仲悪いより良い方がいいだろう。
あとは生徒とももう少し気軽に接していければ津木先生はもっとやりやすくなるだろうに。そこはまだまだって所か。
「まぁ俺らは仲良くやってます、って所ですかね」
「はは、それは何よりですね!」
今度の学年レクレーションでもっと交流深められたらいいですね、なんて笑う友野先生の声を聞きながら、レクレーション案内の用紙に視線を落とした。
学年レクレーションの予定表を眺めながら、三戸は小さくため息をついた。
「今年もこの時期かぁー」
ぽつり漏らした声に、向かいの席の友野先生がひょこっと顔を出す。俺が持っているプリントでなんの事か理解した先生はふふ、と苦笑を浮かべた。
「学年レクですか」
「そう。今年も来てしまったかと」
「今年も行先は伏見湖公園なんでしたっけ?」
新学期から1か月。生徒も先生も今のクラスに少しずつ馴染んできたこの頃、うちの高校では学年レクレーションが開催される。学年ごとに行先を分けて遠足に行き、交流を深めようというものだ。それ自体は別にいい、遠足というのは教師の立場になっても非日常を体験出来て楽しいし、生徒が楽しそうなのは見ていて面白い。それよりも問題なのはこの行先にあった。
「距離が遠すぎるんだよ……」
最寄り駅のロータリーに現地集合し、徒歩で公園まで行くというコースは毎年2年の恒例だ。
このコース、何とおよそ9キロある。しかも山の上にある森林公園まではただひたすらに坂道という鬼畜っぷり。アラサーの身体には堪えるなんてもんじゃない。次の日筋肉痛で死にそうなりながら学校来るんだぞ。
「老体にはきつい……」
「っははは、何言ってんですか。三戸先生まだまだ若いじゃないですか」
「いやもうアラサーの立派なおじさんですよ。次の日身体引きずって学校来てるんですから」
「あっははははは!」
「それに」
ガラリと扉の開く音に一瞬会話が止まる。
視線を向けると津木先生が丁度入ってくる所だった。
先生方に挨拶しながら歩いてくる足取りは軽く、最初の頃の不安そうな恐る恐ると言った雰囲気は一切感じられない。あいつも随分この学校に慣れてきたらしい。目が合って、朝から元気いっぱいといったはつらつとした表情で笑いかけられ、俺は思わずぐぅ……と目を細めた。
「……若いってのは津木みたいな奴を言うんだろうな」
「あー……なんか分かります。フレッシュさが違う」
「俺らは職員室という籠の中で腐りかけたみかんみたいなもんなんだろな」
「三戸先生、友野先生おはようございます!」
「おーおはよ」
「何の話してたんですか?」
「ん?俺らはみかんって話」
「は……???」
声にこそ出さなかったけど表情が「頭大丈夫か?」と思ってるのがありありと分かる。
こいつ本当最初に比べて色々隠さなくなってきたな。
「まあそんな話はいいとして。今度の学年レクの話してたんだよ」
「学年レクって今度の行く遠足の事ですか?」
「そう。具体的な案内出たから後で確認しといて。準備とか色々あるからな」
「行先って……えっ、伏見湖!?」
「なんだ津木先生知ってんのか?」
「地元ですし名前は知ってます。けどこれってめっちゃ山の上じゃなかったですっけ?」
「そうだぞ~。聞いて驚け、なんとそこまで徒歩だ」
「へー、でも総距離9キロか。案外距離無いんですね」
俺もっと距離あるかと思ってましたとサラリと言われ、それまでレクについて散々愚痴っていた俺と友野先生の目から光が消える。
「駄目だ津木先生とは分かり合えん。おしまいだ」
「なんですか失礼な。まさかこの距離が嫌だって話してたんですか?」
「嫌だろー9キロの坂道だぞ!?登山じゃん」
「今の一言で、なんとなく三戸先生体力ないんだろうなって察せました」
「なんだとこら。もー怒った。今日のホームルーム丸投げの刑だ。精々苦しめ」
「うわぁぁあ!鬼!それだけは!俺まだ慣れないんですって!」
「知らん。慣れろ」
「ううぅ……」
真横から縋りつくような視線を感じるが無視して明後日の方向を向いていると、観念したのかため息をついて給湯室へと消えていった。きっと濃いコーヒーでも入れて気分を切り替えるつもりなんだろう。
ついでに俺のも淹れてきてもらえばよかったなと思っていると、しばらくだんまりを貫いていた友野先生が耐えきれないとばかりに吹き出し机に突っ伏していた。
「え、どしたの?」
「っふ……っふふふ。いやぁお二人随分仲良くなったなって」
「あー。そうですね津木もだいぶ猫かぶりが取れてきたかな」
「いやいや、三戸先生もでしょ」
「え?」
「津木先生と居る時めちゃくちゃ楽しそうですよ。なんか素って感じで」
お二人相当相性いいんでしょうねぇ、と含み笑いを零す友野先生。
(……俺そんなに楽しそうにしてたか?)
確かに津木先生とのやりとりは嫌いじゃない。
最初の頃の子犬のように引っ付いてまわるのもなんだかんだ可愛かったし、最近少しずつ慣れたのか先程みたいな軽口や冗談を言い合えるようにもなった。
10歳近く年下の相手におかしな話かもしれないが、なんだか高校や大学の後輩と話す時こんなノリだったな……と思い出してしまうようなそんな雰囲気があって、俺もついつい職場だというのにああやってふざけたやり取りをしてしまう。
まぁそれもこれも津木が慣れてきたって事だよな。
友野先生の言う素が出てるようだというのはよく分からんが、教育担当で同じクラスの担当なんだ。
仲悪いより良い方がいいだろう。
あとは生徒とももう少し気軽に接していければ津木先生はもっとやりやすくなるだろうに。そこはまだまだって所か。
「まぁ俺らは仲良くやってます、って所ですかね」
「はは、それは何よりですね!」
今度の学年レクレーションでもっと交流深められたらいいですね、なんて笑う友野先生の声を聞きながら、レクレーション案内の用紙に視線を落とした。
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