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見学ツアー②
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まず前提として、当時の俺はかなり真面目な性格だった。
それに加えて、常に周囲の大人の顔色を窺って行動するような、まあ可愛くないなと自分でも思うような子供で。
同学年のやつが、わざと反抗的な行動を取ったり、馬鹿な事をやってはギャーギャーと騒いでいる様子を、なんならちょっとバカにすらしてた。
なんであんな事するんだろう。そんな事したって怒られるか更に指導が厳しくなるかでメリットなんてないのに。それならいっそ周囲をよく見て、周りが求める行動をしていた方が自分にとってメリットがある。そんな事も分からずその時のテンションでバカ騒ぎするだけの学生の中で俺が浮くのも仕方ない話で、当時の俺は友人と言える人もほとんどおらずほとんど一人で過ごしていた。
そんな生活を続けて二年になった時の事。
毎年二年の秋ごろになるとうちの学校は、近隣の学園祭や体育祭を見学しに行くようにと案内される。
志望校を決めるにあたって、校風を感じられるいい機会だからだ。
俺らの年も例年のごとく近隣高校の文化祭一覧を渡され、自分の興味のある学校を見学しに行くようにという話をされた。
途端に友人同士で「どこに行く?」「一緒にいこうぜ」なんて盛り上がる中、俺は席から動くことなくただぼんやりと一覧を眺める。
文化祭……か。やっぱこういうのって友達と回るのが定番なんだよな。
見学とはいえ、一人で回ると浮くかな。
けど見学しに行くように言われたし、一校くらいは見ておかないとだめだよな。
一覧の中から、割と行きやすい近場の学校を見つけチェック欄に丸をする。
その時だった。
「なぁ、津木も金華見に行くの?」
「へ?」
不意にかけられてた声。
振り返ると近くで話し合いをしていたらしい男子集団が、俺の方に視線を向けていた。
本当に俺に話しかけてるんだと理解して、慌てて「あ、うん」と頷く。
「へー。俺らも金華行く予定なんだけど一緒行く?」
「え……お、俺も?」
「おう。当日学校で集合しようぜ。LINE教えて」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
震える手で携帯を取り出して画面を開く。情けない事に、連絡先交換なんて携帯を買ってからほとんどしてこなかったから分からず固まる俺に変わって、声をかけてくれた一人が携帯を抜き取るとさっさと操作してくれた。
「よし。なら10時に学校集合な」
「うん……わかった」
(嘘みたいだ……)
連絡先を交換して約束して、一緒に文化祭見学に行く。
まるで普通の友人同士みたい。いままでほとんど話した事なかったけれど、彼らは俺の事を一緒に回ってもいいと思えるくらいには認識してくれていたのだろうか。
慣れない事ばかりで落ち着かない。帰る間も、帰宅してからも胸の中のふわふわした気持ちは膨らむ一方だった。
そわそわして緊張して……でも凄く嬉しくて楽しみにしながら当日を迎えた。
当日はあいにくの雨だったけど、他の子を待たせたら悪いしと早めに家を出る。
学校に付いた時は約束の時間よりも随分早めで、開場したばかりだからか人も車も出入りが激しくごった返している。
邪魔にならないようにと一旦敷地から出て、駐車場近くの道端で他の子達を待つことにした。
けど、いくら待ってもあの子達はやってこなかった。
30分経って、1時間経って、何かあったのかも、急に来られなくなったのかもと不安になりだした頃。
そういえば連絡先を交換してたんだったと思い出して慌ててスマホを取り出す。
両親以外ほとんどいない友達一覧からアイコンを探しトーク画面を開く。
数秒悩んで「今どこにいるの?」と送ろうとしたその時だった。
人混みの中に今まさにLINEを送ろうとした彼らの姿が見えた。俺以外の全員がすで合流していたようで何やら楽し気に話をしながら歩いてくる。
よかった、やっぱり何かで遅くなっちゃったんだ。
スマホを鞄にしまい駆け寄ろうとしたその時、俺に声をかけてくれた彼が「それにしてもさぁ」と意地悪な笑みを満面に浮かべて口を開いた。
「見た!?津木のLINEまじで親しか友達いねえの!くそ笑うんだけど」
「親は友達カウントされないだろ。実質ゼロじゃね?」
「あいつ嫌いなんだよなー。俺は人とは違います、って顔で回り見下してんの丸わかり」
「俺らが誘った時のあいつの顔見た?まじうけんだけど。ていうか普通断れよって思うよなぁ」
「てかあいつも金華くるんだろ?鉢合わせたらどうすんの?」
「広いし会わねえだろ。あっても無視すればいいんじゃね」
「ぎゃははははは!最悪こいつ~」
(……そうか、そうだよな)
あいつらが俺なんかと回るなんておかしいと思ったんだ。
最初から俺に声かけてきたのも、こんなに待たせたのも嫌がらせのつもりだったんだろう。
幸い人混みと傘のおかげで俺の存在には気がついてないようで、俺の悪口を言い笑いながら人込みの中へと消えていく。
学校見学は先生の指示だし行かなきゃなのは分かってるのに足が動かない。
それでもこんな道端に立ち止まっていては迷惑だと、重い足取りで駐車場を抜け敷地内に入ろうとした時、すぐ横を走っていた車に泥水をかけられる。謝罪位してもいいだろうに、びしょぬれになった俺を確認した瞬間慌てたように走り去っていく車を見て、俺はなんだかもう色々どう手も良くなってしまった。
(……帰ろう。どうせこのままじゃ校内入れないし)
そうして踵を返しかけた時に声をかけてくれたのが、三戸先生だった。
固まる俺の手を引いてあれよあれよという間に保健室まで連れていってくれた。
保健の先生は不在らしくきょろきょろと辺りを確認した先生は、ドアの近くにある利用者記録表を書いたかと思うと、部屋の隅に置かれた収納ケースからこの学校の体操服とジャージ、それとタオルを手渡してくれた。
「ほい。これに着替えな。ベットの所のカーテン、閉めて良いから」
しかし災難だったなぁ。君学校見学かなんかだろ?
友達と待ち合わせかなんかしてるんじゃないのか?
この先生は悪くない。ただ本当に何気なくそう聞いただけ。それは分かっているのだけど、続けざまに受けた悪意とそれに気がつかず浮かれてた自分がバカみたいで、気がついたら俺はタオルとジャージを握りしめて大粒の涙をこぼしていた。
「え、ど……どうした?」
「っふ……と、友達なんて……いない……ッ」
「あ、1人で来たのか。偉いな」
「来なけりゃよかった……っ」
突然泣き出した俺を見てどう思ったのだろう。
面倒な事になったと思われてもおかしくないのに、この先生はふ、と目を細めて俺を見つめると、ひんやりとした指先で俺の目元をそっと拭った。
「何かあったのか?」
「や、約束してたのに。俺……ずっと待ってたのに。嫌がらせだって。俺を嫌いだから会っても無視すりゃいいって……ッ」
「あー……なるほどな」
「だから嫌いなんだ……バカで、ガキでしょうもなくて。あんな奴らと一瞬でも仲良くなろうと思った自分が腹立つ」
こんな意味もない嫌がらせ行為をするような奴ら、こっちから願い下げだ。
「見下してるみたいで腹立つ」だって?
そんなノリで馬鹿みたいに騒ぐ奴ら、見下すに決まってるだろ。
やっぱり最初から一人で来るべきだった。
指示された通り見学して、さっさと帰るべきだったのに。
俺が嗚咽の合間にぽつぽつと話すたび、「うん」「それで?」と心地いい相槌が返ってくる。
一度話始めるともう駄目で、初対面の人だとか、見学先の学校の先生だとか全部忘れて、俺はずっとため込んでいたものを吐き出すようにただひたすらその人に話し続けた。
「君はあれだなぁ。きっと精神が他の子よりずっと大人びてるんだろうな」
どれ位たっただろう。相槌以外が返ってきたと思ったら、どこかひとり言のようなセリフが聞こえてきた。大人びてる……?俺が?
「大人びてるから周りがすっごく子供に見えて、自分とはノリが合わないように感じんだろ。人生の先輩からアドバイスさせてもらうとだな、そんな奴ら無視しちまえ。周りを馬鹿にして楽しむような奴らはこれから先もずっとそうだしつるむ価値もない。それこそこっちから願い下げだって、放っておけばいい」
意外だった。先生から「無視しろ」とか言われるなんて。
俺の知る先生というのは「無視はやめましょう」と諭すものばかりだったから。
目を丸くしていると、その先生は少し声を落として「けどな」と呟く。
「自分と合わないからって全部見下すのは駄目だ」
「……!」
「今は君の精神年齢と周りとのギャップで、周囲がみんなバカで子供に見えるかもしれない。けどそれを一律「合わないから」って馬鹿にしてるようじゃいけない。騒いでいる子達もただ単純に仲間内でのやり取りが楽しいだけだろうし、あの子らもあの子らで色々考えながら学校生活送ってるんだ。それを分かってあげるのも大事だ。大人びてる君ならこの話分かるよな?」
「……はい」
「今は生き辛いだろうけど大きくなりゃ似たノリの奴らが増えてくるだろうし、もっとやりやすくなるさ。特に高校や大学は学校によって生徒の雰囲気も結構違うからな」
“君が楽しく過ごせるようになったらいいな”
口元を綻ばせそう告げてくれた彼。
目じりに残っていた涙をそっと拭ってくれて指先とその表情が忘れられなくて、俺はいまここにこうしている。
◇
「……ってなわけで、俺はその時三戸先生に助けられたんです」
随分長く話してしまったけれど、加湿器がたいてあったおかげでそこまで喉に影響はない。
ただ黙って俺の話を聞いていた三戸先生は、はぁぁ~……という大きなため息の後、何故か照れたように自分の頬に両手を当て呟いた。
「俺めっちゃいい事言うじゃん」
「……これで覚えていてくれたら完璧だったんですけどね」
「お前が言ったんだろ。覚えてなくても仕方ないって」
「まあそうですけど」
「そんで?可愛い津木少年は当時の俺に憧れちゃったんだ?」
「……なんか茶化してません?」
「んにゃ、全然」
「……まぁそうですね。実際そっから先は意外と学校生活も悪くないかなって思えるくらいには楽しめて。そんで進路どうするってなった時に思ったんです。あの時の三戸先生みたいな人に俺もなりたいなーって。一般的な道徳とか正義感とかで指導するんじゃなくて、その人に寄り添って話をしてくれる先生になりたいって」
「……」
「だから津木少年にとっても、進路に悩む津木青年にとっても三戸先生はかなりデカい存在だったってことです」
「津木、お前さ……結構恥ずかしい事言うのな」
「はぁぁ!?ちょ、ここでそんな茶化すことあります?!ていうかやっぱり茶化してるんじゃないですか!!」
「っはははは!」
「笑って誤魔化さないでください!」
憧れの人に笑われて憤慨していた俺は、この時の三戸先生がちょっと照れて赤くなっていた事に気がつかなかった。
それに加えて、常に周囲の大人の顔色を窺って行動するような、まあ可愛くないなと自分でも思うような子供で。
同学年のやつが、わざと反抗的な行動を取ったり、馬鹿な事をやってはギャーギャーと騒いでいる様子を、なんならちょっとバカにすらしてた。
なんであんな事するんだろう。そんな事したって怒られるか更に指導が厳しくなるかでメリットなんてないのに。それならいっそ周囲をよく見て、周りが求める行動をしていた方が自分にとってメリットがある。そんな事も分からずその時のテンションでバカ騒ぎするだけの学生の中で俺が浮くのも仕方ない話で、当時の俺は友人と言える人もほとんどおらずほとんど一人で過ごしていた。
そんな生活を続けて二年になった時の事。
毎年二年の秋ごろになるとうちの学校は、近隣の学園祭や体育祭を見学しに行くようにと案内される。
志望校を決めるにあたって、校風を感じられるいい機会だからだ。
俺らの年も例年のごとく近隣高校の文化祭一覧を渡され、自分の興味のある学校を見学しに行くようにという話をされた。
途端に友人同士で「どこに行く?」「一緒にいこうぜ」なんて盛り上がる中、俺は席から動くことなくただぼんやりと一覧を眺める。
文化祭……か。やっぱこういうのって友達と回るのが定番なんだよな。
見学とはいえ、一人で回ると浮くかな。
けど見学しに行くように言われたし、一校くらいは見ておかないとだめだよな。
一覧の中から、割と行きやすい近場の学校を見つけチェック欄に丸をする。
その時だった。
「なぁ、津木も金華見に行くの?」
「へ?」
不意にかけられてた声。
振り返ると近くで話し合いをしていたらしい男子集団が、俺の方に視線を向けていた。
本当に俺に話しかけてるんだと理解して、慌てて「あ、うん」と頷く。
「へー。俺らも金華行く予定なんだけど一緒行く?」
「え……お、俺も?」
「おう。当日学校で集合しようぜ。LINE教えて」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
震える手で携帯を取り出して画面を開く。情けない事に、連絡先交換なんて携帯を買ってからほとんどしてこなかったから分からず固まる俺に変わって、声をかけてくれた一人が携帯を抜き取るとさっさと操作してくれた。
「よし。なら10時に学校集合な」
「うん……わかった」
(嘘みたいだ……)
連絡先を交換して約束して、一緒に文化祭見学に行く。
まるで普通の友人同士みたい。いままでほとんど話した事なかったけれど、彼らは俺の事を一緒に回ってもいいと思えるくらいには認識してくれていたのだろうか。
慣れない事ばかりで落ち着かない。帰る間も、帰宅してからも胸の中のふわふわした気持ちは膨らむ一方だった。
そわそわして緊張して……でも凄く嬉しくて楽しみにしながら当日を迎えた。
当日はあいにくの雨だったけど、他の子を待たせたら悪いしと早めに家を出る。
学校に付いた時は約束の時間よりも随分早めで、開場したばかりだからか人も車も出入りが激しくごった返している。
邪魔にならないようにと一旦敷地から出て、駐車場近くの道端で他の子達を待つことにした。
けど、いくら待ってもあの子達はやってこなかった。
30分経って、1時間経って、何かあったのかも、急に来られなくなったのかもと不安になりだした頃。
そういえば連絡先を交換してたんだったと思い出して慌ててスマホを取り出す。
両親以外ほとんどいない友達一覧からアイコンを探しトーク画面を開く。
数秒悩んで「今どこにいるの?」と送ろうとしたその時だった。
人混みの中に今まさにLINEを送ろうとした彼らの姿が見えた。俺以外の全員がすで合流していたようで何やら楽し気に話をしながら歩いてくる。
よかった、やっぱり何かで遅くなっちゃったんだ。
スマホを鞄にしまい駆け寄ろうとしたその時、俺に声をかけてくれた彼が「それにしてもさぁ」と意地悪な笑みを満面に浮かべて口を開いた。
「見た!?津木のLINEまじで親しか友達いねえの!くそ笑うんだけど」
「親は友達カウントされないだろ。実質ゼロじゃね?」
「あいつ嫌いなんだよなー。俺は人とは違います、って顔で回り見下してんの丸わかり」
「俺らが誘った時のあいつの顔見た?まじうけんだけど。ていうか普通断れよって思うよなぁ」
「てかあいつも金華くるんだろ?鉢合わせたらどうすんの?」
「広いし会わねえだろ。あっても無視すればいいんじゃね」
「ぎゃははははは!最悪こいつ~」
(……そうか、そうだよな)
あいつらが俺なんかと回るなんておかしいと思ったんだ。
最初から俺に声かけてきたのも、こんなに待たせたのも嫌がらせのつもりだったんだろう。
幸い人混みと傘のおかげで俺の存在には気がついてないようで、俺の悪口を言い笑いながら人込みの中へと消えていく。
学校見学は先生の指示だし行かなきゃなのは分かってるのに足が動かない。
それでもこんな道端に立ち止まっていては迷惑だと、重い足取りで駐車場を抜け敷地内に入ろうとした時、すぐ横を走っていた車に泥水をかけられる。謝罪位してもいいだろうに、びしょぬれになった俺を確認した瞬間慌てたように走り去っていく車を見て、俺はなんだかもう色々どう手も良くなってしまった。
(……帰ろう。どうせこのままじゃ校内入れないし)
そうして踵を返しかけた時に声をかけてくれたのが、三戸先生だった。
固まる俺の手を引いてあれよあれよという間に保健室まで連れていってくれた。
保健の先生は不在らしくきょろきょろと辺りを確認した先生は、ドアの近くにある利用者記録表を書いたかと思うと、部屋の隅に置かれた収納ケースからこの学校の体操服とジャージ、それとタオルを手渡してくれた。
「ほい。これに着替えな。ベットの所のカーテン、閉めて良いから」
しかし災難だったなぁ。君学校見学かなんかだろ?
友達と待ち合わせかなんかしてるんじゃないのか?
この先生は悪くない。ただ本当に何気なくそう聞いただけ。それは分かっているのだけど、続けざまに受けた悪意とそれに気がつかず浮かれてた自分がバカみたいで、気がついたら俺はタオルとジャージを握りしめて大粒の涙をこぼしていた。
「え、ど……どうした?」
「っふ……と、友達なんて……いない……ッ」
「あ、1人で来たのか。偉いな」
「来なけりゃよかった……っ」
突然泣き出した俺を見てどう思ったのだろう。
面倒な事になったと思われてもおかしくないのに、この先生はふ、と目を細めて俺を見つめると、ひんやりとした指先で俺の目元をそっと拭った。
「何かあったのか?」
「や、約束してたのに。俺……ずっと待ってたのに。嫌がらせだって。俺を嫌いだから会っても無視すりゃいいって……ッ」
「あー……なるほどな」
「だから嫌いなんだ……バカで、ガキでしょうもなくて。あんな奴らと一瞬でも仲良くなろうと思った自分が腹立つ」
こんな意味もない嫌がらせ行為をするような奴ら、こっちから願い下げだ。
「見下してるみたいで腹立つ」だって?
そんなノリで馬鹿みたいに騒ぐ奴ら、見下すに決まってるだろ。
やっぱり最初から一人で来るべきだった。
指示された通り見学して、さっさと帰るべきだったのに。
俺が嗚咽の合間にぽつぽつと話すたび、「うん」「それで?」と心地いい相槌が返ってくる。
一度話始めるともう駄目で、初対面の人だとか、見学先の学校の先生だとか全部忘れて、俺はずっとため込んでいたものを吐き出すようにただひたすらその人に話し続けた。
「君はあれだなぁ。きっと精神が他の子よりずっと大人びてるんだろうな」
どれ位たっただろう。相槌以外が返ってきたと思ったら、どこかひとり言のようなセリフが聞こえてきた。大人びてる……?俺が?
「大人びてるから周りがすっごく子供に見えて、自分とはノリが合わないように感じんだろ。人生の先輩からアドバイスさせてもらうとだな、そんな奴ら無視しちまえ。周りを馬鹿にして楽しむような奴らはこれから先もずっとそうだしつるむ価値もない。それこそこっちから願い下げだって、放っておけばいい」
意外だった。先生から「無視しろ」とか言われるなんて。
俺の知る先生というのは「無視はやめましょう」と諭すものばかりだったから。
目を丸くしていると、その先生は少し声を落として「けどな」と呟く。
「自分と合わないからって全部見下すのは駄目だ」
「……!」
「今は君の精神年齢と周りとのギャップで、周囲がみんなバカで子供に見えるかもしれない。けどそれを一律「合わないから」って馬鹿にしてるようじゃいけない。騒いでいる子達もただ単純に仲間内でのやり取りが楽しいだけだろうし、あの子らもあの子らで色々考えながら学校生活送ってるんだ。それを分かってあげるのも大事だ。大人びてる君ならこの話分かるよな?」
「……はい」
「今は生き辛いだろうけど大きくなりゃ似たノリの奴らが増えてくるだろうし、もっとやりやすくなるさ。特に高校や大学は学校によって生徒の雰囲気も結構違うからな」
“君が楽しく過ごせるようになったらいいな”
口元を綻ばせそう告げてくれた彼。
目じりに残っていた涙をそっと拭ってくれて指先とその表情が忘れられなくて、俺はいまここにこうしている。
◇
「……ってなわけで、俺はその時三戸先生に助けられたんです」
随分長く話してしまったけれど、加湿器がたいてあったおかげでそこまで喉に影響はない。
ただ黙って俺の話を聞いていた三戸先生は、はぁぁ~……という大きなため息の後、何故か照れたように自分の頬に両手を当て呟いた。
「俺めっちゃいい事言うじゃん」
「……これで覚えていてくれたら完璧だったんですけどね」
「お前が言ったんだろ。覚えてなくても仕方ないって」
「まあそうですけど」
「そんで?可愛い津木少年は当時の俺に憧れちゃったんだ?」
「……なんか茶化してません?」
「んにゃ、全然」
「……まぁそうですね。実際そっから先は意外と学校生活も悪くないかなって思えるくらいには楽しめて。そんで進路どうするってなった時に思ったんです。あの時の三戸先生みたいな人に俺もなりたいなーって。一般的な道徳とか正義感とかで指導するんじゃなくて、その人に寄り添って話をしてくれる先生になりたいって」
「……」
「だから津木少年にとっても、進路に悩む津木青年にとっても三戸先生はかなりデカい存在だったってことです」
「津木、お前さ……結構恥ずかしい事言うのな」
「はぁぁ!?ちょ、ここでそんな茶化すことあります?!ていうかやっぱり茶化してるんじゃないですか!!」
「っはははは!」
「笑って誤魔化さないでください!」
憧れの人に笑われて憤慨していた俺は、この時の三戸先生がちょっと照れて赤くなっていた事に気がつかなかった。
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