先生、至急職員室まで。~教育担当になったのは、あこがれ続けた先生でした~

綴乃ゆう

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出勤初日②

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「……あの」

顔を上げ左隣に座っていた先生に声をかける。
40代くらいの女の先生は突然声をかけられて驚いたようだったけど、すぐに笑顔になり「どうしましたか?」と尋ねてきた。

「俺……いや、私の教育担当の方って、今日出勤されないんですか?」

朝礼の時間ぎりぎりまで教頭先生に説明を受けていたからてっきりもう出勤して朝礼の列に紛れてるんだとおもってたけど、終わってからもこの机に戻ってる人を見ていない。しかもよく見たら鞄も何もないしそもそも出勤してないように思えた。

ちらりと俺越しに席を確認した先生も不思議そうに首を傾げる。

「あら?本当ね。……ねー友野先生!三戸先生って今日お休みされてるの?」

机を挟んで向かい側で作業していた男の先生に声をかけると、声をかけられた友野という先生は顔を上げ俺と目があう。
一瞬の間の後、「ああ、それは」と口を開いた所で、その声に被さるように大きな音を立てて職員室の扉が開いた。

「すみません!遅くなりました」

職員室にいる人間の視線が一斉にそちらへ向かう。
30代くらいだろうか、ベージュのチノパンにスポーツブランドのロゴが入った深い青色のウィンドブレーカー、その上にショルダータイプのバックをかけている。へぇ……あんな風にラフな格好でもいいんだ。もちろん今の自分はきっちりしたスーツ姿だけど、もう少し慣れてきたらあんなラフな格好で出勤できる日が来るのかもしれない。
割と若い先生のようだけど特に恰好について指摘されてないようだから、ここではあれが日常なんだろう。
そのラフな格好で駆けこんできた先生は、教頭先生を見つけると慌てたように頭を下げる。

「あー、三戸先生。おはようございます」
「教頭先生、遅れてすみませんでした」
「いやいや良いよ連絡もらってたし。車に子猫が入り込んじゃってたんだって??」
「そうなんですよ!なんか猫の声するなー気のせいかなーって思ってたんですけど。ボンネットに入り込んでたみたいで。いやぁ焦った」
「気づいて良かったじゃないか。その猫は?」
「とりあえず救出したんですけどどっか行っちゃって……」
「あらぁ。あ、そうそう三戸先生、この間お願いした教育担当の……」
「あ、はい。津木先生でしたっけ?」
「よろしくお願いしますね。先生の隣の席にいますんで」

その台詞に三戸と呼ばれた先生が振り返る。
前方のやり取りを見ていた俺とばっちり目が合った。


くっきり二重でたれ目気味の瞳。
すっと伸びた鼻筋に、薄い唇の下の小さなほくろ。
髪型はちょっと違うけど、栗色の髪とちょっと旋毛近くの髪が跳ねてるのも一緒だ。

……ああ、やっと会えた。
ずっと会いたくて、お礼したくて、目標にしてきた人が目の前にいる。

「……えっと。津木先生?」

名前を呼ばれてハッとする。いつの間にか目の前に来ていた三戸先生は、固まった俺を不思議そうに見つめていた。

「津木先生?大丈夫ですか?」

他の先生も心配そうに話しかけてるのが聞こえる。
そうだ、挨拶しなきゃ。今日は赴任初日で、目の前にいるのが俺の教育担当の先生で。
挨拶して、お世話になりますって言ってそれで……。

「……あの俺!三戸先生にずっと会いたかったです!」
「は??」

大きな二重の目がこれでもかと見開かれる。

「俺、昔先生にお会いしたことあって。あの、雨の時にびしょぬれになって困ってたの声かけて助けてくれて。保健室に連れてって着替えとかタオルとかいろいろ手配してくれて。それずっとお礼言いたくて!でも返しに行ったときには先生見つけれなくて、よく考えたら名前も聞いてない事に今更気がついてそれで……、」
「ちょ、ストップ!津木先生ストップ!」
「え?」

先ほど、友野と呼ばれていた先生が遮るように大きな声で静止する。興奮して飛んでた意識がその声に呼び戻され、ようやく自分がどんだけ興奮し捲し立てていたのかを理解した。

「す、すみません!」
「びっくりしたわぁ……。先生方面識あったの?」
「いや、ちょっとわかんないっすね……」
「えぇ!!そんな……覚えてませんか?10年くらい前なんですけど」
「いや滅茶苦茶前だな」
「この学校の文化祭の日で。俺学校見学に来てて、そしたら駐車場で車に水掛けられちゃったんです。その時呆然としてたら、先生が保健室にならタオルとかあるからって連れて行ってくれて。学生用の体操服とかタオルとか色々貸してくれたんです」
「あー……なんか思い出してきた。あれか、全身びっちゃびちゃで固まってた子か」
「そうです!!!その覚え方なの微妙ですけど俺です!」
「ええぇ……そんな昔の事よく覚えてたなぁ。あの時確か中学生とかだろ?」
「覚えてますよ。俺、あの時色々ついてなくてもういいや帰ろうって思ってたんです。そん時に先生が手を貸して「文化祭楽しめよ」って声をかけてくれなきゃあの日一日萎えて終わってました」
「いや大げさだな」
「大げさじゃありません。あの時、助けてくれてありがとうございました」

苦笑する先生のセリフに被せるように言い、頭を下げる。
俺の本気が伝わったのか三戸先生はそれ以上茶化す事もなくただ「そうか」とだけ呟いた。

「とりあえず俺を慕っててくれたってことだよな」
「はい。だからこの学校で会えて本当に嬉しいです。しかも教育担当なんて……」
「そうか。まあ、ありがとうな。だが同僚で教育担当である以上、公私混同はぜったいしないからな。ビシバシ行くから覚悟しとけ」
「うっ……よ、宜しくお願い致します」

ビシバシか……できればお手柔らかにお願いしたい。やる気だけでここまでがんばってきたが、憧れの先生の熱血指導についていけずがっかりされる事だけは避けたい。それでもせっかくなんだ。ここで精一杯頑張ろう。色々学んで吸収しよう。
自分に活を入れたところで、そういえば挨拶がまだだったなと思いだした。
姿勢を正し、本日2度目の挨拶をしようを口を開く。

「えっと、本日より、金華高校で一緒に働かせていただく津木湊と申します。分からない事も多いですが一生懸命頑張りますので、これからどうぞよろしくお願いします」
「いや今更かよ!!」

耐えきれないとばかりに吹き出した三戸先生の爆笑に周囲の先生も釣られる様に笑いだす。
とりあえず、初日、皆さんとの顔合わせは笑顔で終われたらしい。
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