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やりすぎファーマーと妖精姉妹と難敵

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「みんな、今回はすまなかった。俺が出かけていたばっかりに……やはりBBに目をつけられている以上は出掛けられないか……」

 主様は、そう言ってうちら四妖精に向かって頭を下げた。
 ここはログハウスの一階だ。テーブルの上に、うち、ミジュ、ゼカ、ツティが思い思いの格好で座り、主様がその前に椅子を引いて座ったのだ。
 ちなみにゼカは大事に持っていたブドウの実にかぶりついている。
 
 なにあれ?
 なんであの子、死ぬほどうまいブドウを食べてるわけ? ずるい。
 でも、誰も非難の目を向けていない。
 そんなうちを無視して、ミジュが「とんでもない」と言って声を上げた。

「申し訳ないのは私達です。用事中の主様を呼び戻してしまって……でも、やっぱり<テレポート>を使ったんですよね?」
「もちろんだ。長距離は不安だったが、なんとかうまくいった」
「……そ、そうですか……あの距離を……ちなみにどこに転移したのですか?」
「ん? もちろんログハウスの前だ」

 うちを除いた三姉妹が驚いて顔を見合わせた。
 うん……気持ちはよぉく分かるんだけどね。この人、普通じゃないからさ。もう人間辞めても大丈夫な気がする。
 妖精王と戦っても負けなさそう。

「……何かおかしかったか? それとも転移場所がまずかったのか? もしや……フラムに何か異常がっ!?」

 うちに主様の心配そうな顔が向けられた。その目は心の底から心配していると語っている。
 慌てて全力で首を振った。
 折れるぐらいに。
 ちょっとめまいがしたけど、がんばって否定する。

「そ、そんなわけないって! 主様の<テレポート>は完璧だったから! ……完璧すぎるくらいで……あはははは」
「それは良かった……だが、そうか……魔法の得意な妖精にお世辞でもそう言ってもらえると少しは自信につながるな」
「……そ……そう? ほんと……うちは心の底から思ってるんだけどねー」

 細めた目を、隣に並ぶ姉妹に向けた。
 全員がぎこちない動きでうんうんと頷く。
 四属性を司る妖精が誰も真似できないという事実はとても言えません。

「ってか、主様……私たちに戦う許可を出してもらえれば、あのクマ公くらいイチコロッスよ。風魔法でズタズタにしてやるッス!」

 口の周囲についたブドウ汁をぬぐい、テーブルの上で突如立ち上がった風妖精のゼカ。
 拳を突き出してファイティングポーズだ。
 ちっこいけどね。

「……油断禁物」
「ツティの言う通りよ。BBを普通のクマだと思っちゃだめよ、ゼカ」
「ミジュ姉やツティと違って、私の風魔法は一級ッス。許可さえくれれば、あっさり殺っちゃえるって。さっきも脇芽をスパパンって――」
「…………はぁ……ゼカは血の気が多いわね」
「おや? ミジュ姉は自信ないんスか? 水妖精ともあろう人が」
「……私を挑発してどうするのよ。でも……主様――」

 ミジュがゼカから視線を外して主様を見た。
 声のトーンが落ちる。

「正直に言えば、私達が全員でかかればBBは撃退できると思います」
「私ひとりでも余裕ッスよ!」
「ゼカ姉さん、ちょっと黙って」
「……がーん、ツティに怒られるなんて……ひどいッス。下剋上ッス。姉虐待ッス」
「あんたたちねー、ミジュが珍しくいいこと言おうとしてるんだから、茶化しちゃだめだって」
「……フラム姉さん……お願いだから最後まで言わせてくれる? マ・ジ・で」
「えぇっっ!? うち!? うちが悪いのっ!?」
「……なにが、珍しくよ。だいたい姉さんはいつも――っ!?」

 壊れた人形のようにミジュの視線が動き、全員が釣られる。
 気付けば主様が微妙に微笑みながらうちらを見ている。
 なんとなく……すごく恥ずかしい。
 他の姉妹も同じことを感じたのか、居住まいを正して雰囲気を改める。
 今さら取り繕っても遅い気はするけど……テイク2スタート。

「ゴホン、そのー……えーっと、主様に言いたいのは……私達だけでも何とかできるって言いたいんです……私達だって強いんです」
「気持ちは嬉しいが、戦う術はあるのか? 無いだろ?」
「いえ、あります。私達には非常に強力な魔法があるので。それを使います」

 ミジュが静かに言い切った。
 確かにある。
 属性を司る妖精にのみ許された魔法だってある。
 けど、威力も範囲もすさまじいので、おそらく近くの畑は確実にダメになる。
 だから、ほとんどの魔法は使えない。
 でもBBを倒せる魔法も使えるよ、と言うことで心配しないでと言いたいのだろう。
 ナイス、ミジュ。グッジョブ、妹。
 これでうちらの株はぐーんと上がるかも。
 ――よくやった、トマトを毎日食べていいぞ、とか。うへへへへ。
 畑の護衛もこなせる優秀な妖精姉妹誕生じゃん。
 うちはぜーんぜん思いつかなかったのに……って長女ダメじゃん。
 ……いけない。ここらでお姉ちゃんのすごさをアピールしないといけない気がしてきたぞ。

「……そんな魔法があるのか。てっきり妖精は農作業用の魔法しか使えないと思っていた」

 えぇぇぇ……それはないって。
 ほんと農作業バカなんだから。
 うちら腐っても妖精なんだけど。頼まれるからそれしか使ってないけど、そんじょそこらの魔物に遅れは取らないし、人間相手なら百パーセント負けないって。
 …………ま、まあ人間にも例外はいるけどね。目の前に。
 勇者でもなんでもないファーマーさんね。

「だが、みんなの魔法がBBに通用するかはわからんだろ?」
「……では、一度私たちに任せてもらうというのはどうですか?」
「それはダメだ。大ケガをしてからではまずい」
「……主様……心配しすぎです。では、どうしたら信じてくれますか?」
「そうだな……」

 主様がしばし考え込む。
 しばらくの沈黙が続いた。
 だが、おもむろにアイテムボックスに手を突っ込んだ。
 そして――
 重量感のある悪魔の実が置かれる。嫌な光沢に息を呑んだ。

「これに傷をつけられれば、考えてみよう」
「…………主様の……このカブに、ですか?」

 主様が自信ありげにこくりと頷いた。
 うちら全員が顔面蒼白となった瞬間だった。
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