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妖精姉妹は畑仕事をこなす
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私達姉妹が集まるのは、主様のログハウスの二階の小部屋だ。
いつもは四人が集まる質素な部屋。中央に置かれた丸テーブルと椅子は私達用に大きさが合わされた特別製。
主様お手製の家具だ。
私――水妖精のミジュ――は遅れてきた二人の姉妹に、あえてじとっとした目を向けた。
「あなたたち……私の仕事ぶりに傷がつくって分かるでしょ?」
「だって、今日は珍しく主様いないんでしょ? やる気出ないッス……」
人形のような精緻な顔のパーツに緑色の髪。半透明の羽。体はとても小さいけれど人間の前に出れば誰もが羨望の眼差しを向ける容姿。
私も含めて妖精は全員がほとんど同じ顔をしている。
部屋に入って指定席に腰かけ、ぐたっと机に突っ伏したのが妹のゼカ。風妖精だ。
そして――
「…………ゼカ姉さんの言うことは当然」
無表情でゼカに賛同したのが、すでに着席済みの土妖精のツティ。時々何を考えているのか私でも分からない末妹である。
ちなみに、私たち妖精には元々名前が無い。
フラム姉さんを含め、ミジュ、ゼカ、ツティ――すべて主様がつけてくれた名前だ。最初は「えーっ」と思った名前も今となっては慣れたものだ。
珍しく自分の意見を述べたツティに、ゼカが驚いて顔を上げた。
こいつ、なんか悪いものでも食べたんスか? と言いたげな顔でこっちに視線を向けている。
これについては確かに私も疑問だけど。
「……ツティ、何かあったの?」
「…………別に」
無表情の顔が少し変化した。
読み取りにくいけど……たぶん拗ねている?
となると恐らく原因は……
「フラム姉さんのこと?」
「…………」
やっぱりそうか。
今朝方、真っ赤な髪をなびかせ、私たちの部屋に満面の笑みで入ってきた長女は「主様と出かけるから、あとよろしくー!」と言い残して飛んでいったのだ。
事情が分からずにぽかんと口を開ける私たち。
去り際、私だけに「お許しもらったから、あとの仕事はミジュに」と追加して自分は振り返りもせずログハウスを出て行ったのだ。
その時間、わずか五秒程度だったろうか。
嵐のような姉だ。
「そうッスか。フラム姉に怒ってるんスね……まあ少しは分かるッスけど……」
「……別に怒ってはない」
「でも拗ねてるってことっしょ? 似たようなもんッス」
呆れたようにため息をついたゼカに、私のフォローが続く。
「そうよ、ツティ。フラム姉さんも色々大変なんだから、たまには許してあげて。ね?」
「別に……拗ねてない」
「そう……」
分かりにくいが、不機嫌な雰囲気は隠し切れていない。
確かに、今日の姉さんの態度は良くなかった。この畑の古株で、いろいろと頑張っていることを私たちは知っているが、一緒に主様とお出掛けができることに嫉妬する気持ちは私も無いわけではない。
でも、このままだと任された最重要使命の「ザ・畑仕事」に支障が出る。
早めに切り札を使った方が良さそうだ。
私はひらりと飛び上がり、部屋の隅に置いた木箱の蓋を開けて中身をテーブルにどんと置いた。
気だるそうな顔のゼカと、静かにふてくされていたツティの二人の顔が、みるみる間に笑顔に変わる。
「いい匂いがするなぁとは思ってたッスけど……ミジュ姉……このブドウ様はもしかして?」
「…………大好物」
「いつもより仕事がしんどいだろうからって、主様が渡してくれたのよ」
「ミジュ姉っ、なんでそれを先に言わないんスか!? やる気がみなぎってきたッスよー!」
斜め前から、薄緑色の大粒のブドウの実をもぎ取ろうとするゼカの手が伸びてくる。
私はすばやくブドウを房ごと引いた。
「食べることだけにやる気をみなぎらせないで」
ゼカの表情にいらだちが混じる。
「ミジュ姉……まさか独り占めっスか?」
「そんなわけないでしょ。主様からは仕事をがんばったら食べていいって言われているのよ。ゼカは今日の仕事した? あなた、芽かき当番でしょ?」
「力使えば、そんなのスパパーンって切って終わりッス。だから食べた後でいいっしょ?」
「ダ・メ・よ。終わらせてからじゃないと主様に顔向けできないわ。それとも…………ゼカは仕事せずに食べてましたって報告してほしいの?」
「くぅぅぅーー、分かったっス。じゃあ、今すぐ終わらせてきてやるッス! 十分で……いや三分でやってみせるッス! 待ってるッスよー、ジャガイモだろうがナスだろうが、風魔法で一撃ッス!」
「主枝は切っちゃダメだからねー」
人が変わったようなゼカが、私たちにとっては大きい部屋の戸を全力で押し開けて出て行く。
あれくらいの熱意を最初から見せていれば、みんなでおやつタイムだったというのに。
私は、今度は静かにブドウを見つめる末妹に水を向けた。
「ツティは? あなたはあなたにしかできない仕事を任されているでしょ?」
「もう終わった」
「……終わった?」
小さな顔がはっきりと頷き、ブラウンの髪がさらりと流れた。
拗ねている割には仕事はきっちりこなしていたのか。
誰かさんより優秀かもしれない。
でも、いつ?
今日、私はツティが仕事をしているところを一度も見ていない。
そんな疑問を感じとったのか、ぼそりと声が放たれた。
「…………早朝に終わらせてる」
「早朝に?」
早朝とはいつのことだ?
一番早く起きるのは主様だということは知っている。時間帯で言えば、早朝ではなく深夜になるという話をフラム姉さんが疲れた顔で言っていたのを覚えている。
ん? つまり、私の起きていない時間にツティが仕事をしている?
ま、まさか――
「ツティ、もしかして主様の起床時間にあなたも?」
「…………」
間違いない。
この子は都合が悪いときは黙るけれど、嘘はまず言わない。
本当にあんな真夜中に起きて主様の手伝いをしているのだ。私なんてぐーすか寝ているというのに。
やばい。
私達姉妹の中で一番ぼーっとしていると思っていたけど……
私は努めて冷静に声をかける。嘘くさい笑顔は引きつってしまったかもしれない。
「主様と一緒にお仕事するなんて偉いわ。で、でも……ちょっと起きるのが早すぎないかしら?」
「…………土の改良が終わったら、よくやってくれた、って主様はいつも頭を撫でてくれるからがんばれる。眠くても大丈夫」
頭の上から特大のハンマーでも振ってきたような衝撃が私を襲った。
そこまで、ずるい――ゴホン、羨ましい時間を過ごしているなんて。
あ、侮れない……
「ミジュ姉さんはお仕事終わった?」
「え、ええ……もちろん。ついさっき終わらせたわ」
「じゃあ、ブドウ一緒に食べてもいい?」
「そ……そうね。でも、ちゃんとゼカの分は……」
「うん。ちゃんと分ける」
ツティがひらりと舞い上がり、食器棚にあった皿を三枚持ってきた。私は聞かされた事実に打ちのめされて動けないままだ。
自分の知らないうちに、妹は主様と密な時間を過ごしていたなんて。
大きな三枚の皿に、均等にブドウの実が分けられていく。
私、ゼカ、ツティの順だ。
そして、最後に余った二粒のブドウは、私とゼカの皿に乗せられた。
大好物と言いながら姉を優先するツティ。
ダメだこれは。完全に負けている。
――フラム姉さん、畑最強の敵は意外と身内にいるかもしれません。
心の中で、おそらくハイテンションであろう姉に告げた時だ。
部屋の戸が、壊れんばかりの音を立てて開かれた。手ではなく風魔法を使ったと丸わかりの勢いだ。
「ミジュ姉っ!」
「……ゼカ、もう終わったの?」
「それどころじゃないッス。例の畑荒らしが来たらしいッス!」
「……え?」
ゼカが単なる「畑荒らし」にこんなに慌てることはない。
私の脳裏にいつぞやの記憶が蘇った。それは、おぞましいほどの強さを持つ、最強の敵が来たときのものだ。
主様が「自分がいない時は決して相手をしないように」とまで言う化け物。
まさか、このタイミングで『BB』が現れたというのか。
となると、最優先は……
「ゼカ、見張りの子はっ?」
「もう下げたッス」
「ツティ、フラム姉さんに連絡をお願い!」
「了解」
「私は、空から様子を見て来るわ」
私は、小さな拳をぎゅっと握ってログハウスの外に飛び出した。
こんな緊急時にも、決して変わらない温かい日差しが恨めしかった。
――姉さん。やっぱり最強の敵は畑の外にいました。
いつもは四人が集まる質素な部屋。中央に置かれた丸テーブルと椅子は私達用に大きさが合わされた特別製。
主様お手製の家具だ。
私――水妖精のミジュ――は遅れてきた二人の姉妹に、あえてじとっとした目を向けた。
「あなたたち……私の仕事ぶりに傷がつくって分かるでしょ?」
「だって、今日は珍しく主様いないんでしょ? やる気出ないッス……」
人形のような精緻な顔のパーツに緑色の髪。半透明の羽。体はとても小さいけれど人間の前に出れば誰もが羨望の眼差しを向ける容姿。
私も含めて妖精は全員がほとんど同じ顔をしている。
部屋に入って指定席に腰かけ、ぐたっと机に突っ伏したのが妹のゼカ。風妖精だ。
そして――
「…………ゼカ姉さんの言うことは当然」
無表情でゼカに賛同したのが、すでに着席済みの土妖精のツティ。時々何を考えているのか私でも分からない末妹である。
ちなみに、私たち妖精には元々名前が無い。
フラム姉さんを含め、ミジュ、ゼカ、ツティ――すべて主様がつけてくれた名前だ。最初は「えーっ」と思った名前も今となっては慣れたものだ。
珍しく自分の意見を述べたツティに、ゼカが驚いて顔を上げた。
こいつ、なんか悪いものでも食べたんスか? と言いたげな顔でこっちに視線を向けている。
これについては確かに私も疑問だけど。
「……ツティ、何かあったの?」
「…………別に」
無表情の顔が少し変化した。
読み取りにくいけど……たぶん拗ねている?
となると恐らく原因は……
「フラム姉さんのこと?」
「…………」
やっぱりそうか。
今朝方、真っ赤な髪をなびかせ、私たちの部屋に満面の笑みで入ってきた長女は「主様と出かけるから、あとよろしくー!」と言い残して飛んでいったのだ。
事情が分からずにぽかんと口を開ける私たち。
去り際、私だけに「お許しもらったから、あとの仕事はミジュに」と追加して自分は振り返りもせずログハウスを出て行ったのだ。
その時間、わずか五秒程度だったろうか。
嵐のような姉だ。
「そうッスか。フラム姉に怒ってるんスね……まあ少しは分かるッスけど……」
「……別に怒ってはない」
「でも拗ねてるってことっしょ? 似たようなもんッス」
呆れたようにため息をついたゼカに、私のフォローが続く。
「そうよ、ツティ。フラム姉さんも色々大変なんだから、たまには許してあげて。ね?」
「別に……拗ねてない」
「そう……」
分かりにくいが、不機嫌な雰囲気は隠し切れていない。
確かに、今日の姉さんの態度は良くなかった。この畑の古株で、いろいろと頑張っていることを私たちは知っているが、一緒に主様とお出掛けができることに嫉妬する気持ちは私も無いわけではない。
でも、このままだと任された最重要使命の「ザ・畑仕事」に支障が出る。
早めに切り札を使った方が良さそうだ。
私はひらりと飛び上がり、部屋の隅に置いた木箱の蓋を開けて中身をテーブルにどんと置いた。
気だるそうな顔のゼカと、静かにふてくされていたツティの二人の顔が、みるみる間に笑顔に変わる。
「いい匂いがするなぁとは思ってたッスけど……ミジュ姉……このブドウ様はもしかして?」
「…………大好物」
「いつもより仕事がしんどいだろうからって、主様が渡してくれたのよ」
「ミジュ姉っ、なんでそれを先に言わないんスか!? やる気がみなぎってきたッスよー!」
斜め前から、薄緑色の大粒のブドウの実をもぎ取ろうとするゼカの手が伸びてくる。
私はすばやくブドウを房ごと引いた。
「食べることだけにやる気をみなぎらせないで」
ゼカの表情にいらだちが混じる。
「ミジュ姉……まさか独り占めっスか?」
「そんなわけないでしょ。主様からは仕事をがんばったら食べていいって言われているのよ。ゼカは今日の仕事した? あなた、芽かき当番でしょ?」
「力使えば、そんなのスパパーンって切って終わりッス。だから食べた後でいいっしょ?」
「ダ・メ・よ。終わらせてからじゃないと主様に顔向けできないわ。それとも…………ゼカは仕事せずに食べてましたって報告してほしいの?」
「くぅぅぅーー、分かったっス。じゃあ、今すぐ終わらせてきてやるッス! 十分で……いや三分でやってみせるッス! 待ってるッスよー、ジャガイモだろうがナスだろうが、風魔法で一撃ッス!」
「主枝は切っちゃダメだからねー」
人が変わったようなゼカが、私たちにとっては大きい部屋の戸を全力で押し開けて出て行く。
あれくらいの熱意を最初から見せていれば、みんなでおやつタイムだったというのに。
私は、今度は静かにブドウを見つめる末妹に水を向けた。
「ツティは? あなたはあなたにしかできない仕事を任されているでしょ?」
「もう終わった」
「……終わった?」
小さな顔がはっきりと頷き、ブラウンの髪がさらりと流れた。
拗ねている割には仕事はきっちりこなしていたのか。
誰かさんより優秀かもしれない。
でも、いつ?
今日、私はツティが仕事をしているところを一度も見ていない。
そんな疑問を感じとったのか、ぼそりと声が放たれた。
「…………早朝に終わらせてる」
「早朝に?」
早朝とはいつのことだ?
一番早く起きるのは主様だということは知っている。時間帯で言えば、早朝ではなく深夜になるという話をフラム姉さんが疲れた顔で言っていたのを覚えている。
ん? つまり、私の起きていない時間にツティが仕事をしている?
ま、まさか――
「ツティ、もしかして主様の起床時間にあなたも?」
「…………」
間違いない。
この子は都合が悪いときは黙るけれど、嘘はまず言わない。
本当にあんな真夜中に起きて主様の手伝いをしているのだ。私なんてぐーすか寝ているというのに。
やばい。
私達姉妹の中で一番ぼーっとしていると思っていたけど……
私は努めて冷静に声をかける。嘘くさい笑顔は引きつってしまったかもしれない。
「主様と一緒にお仕事するなんて偉いわ。で、でも……ちょっと起きるのが早すぎないかしら?」
「…………土の改良が終わったら、よくやってくれた、って主様はいつも頭を撫でてくれるからがんばれる。眠くても大丈夫」
頭の上から特大のハンマーでも振ってきたような衝撃が私を襲った。
そこまで、ずるい――ゴホン、羨ましい時間を過ごしているなんて。
あ、侮れない……
「ミジュ姉さんはお仕事終わった?」
「え、ええ……もちろん。ついさっき終わらせたわ」
「じゃあ、ブドウ一緒に食べてもいい?」
「そ……そうね。でも、ちゃんとゼカの分は……」
「うん。ちゃんと分ける」
ツティがひらりと舞い上がり、食器棚にあった皿を三枚持ってきた。私は聞かされた事実に打ちのめされて動けないままだ。
自分の知らないうちに、妹は主様と密な時間を過ごしていたなんて。
大きな三枚の皿に、均等にブドウの実が分けられていく。
私、ゼカ、ツティの順だ。
そして、最後に余った二粒のブドウは、私とゼカの皿に乗せられた。
大好物と言いながら姉を優先するツティ。
ダメだこれは。完全に負けている。
――フラム姉さん、畑最強の敵は意外と身内にいるかもしれません。
心の中で、おそらくハイテンションであろう姉に告げた時だ。
部屋の戸が、壊れんばかりの音を立てて開かれた。手ではなく風魔法を使ったと丸わかりの勢いだ。
「ミジュ姉っ!」
「……ゼカ、もう終わったの?」
「それどころじゃないッス。例の畑荒らしが来たらしいッス!」
「……え?」
ゼカが単なる「畑荒らし」にこんなに慌てることはない。
私の脳裏にいつぞやの記憶が蘇った。それは、おぞましいほどの強さを持つ、最強の敵が来たときのものだ。
主様が「自分がいない時は決して相手をしないように」とまで言う化け物。
まさか、このタイミングで『BB』が現れたというのか。
となると、最優先は……
「ゼカ、見張りの子はっ?」
「もう下げたッス」
「ツティ、フラム姉さんに連絡をお願い!」
「了解」
「私は、空から様子を見て来るわ」
私は、小さな拳をぎゅっと握ってログハウスの外に飛び出した。
こんな緊急時にも、決して変わらない温かい日差しが恨めしかった。
――姉さん。やっぱり最強の敵は畑の外にいました。
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