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ミエナイチカラ

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 結論を言えば、散々だった。
 バルマンは速かった。間合いを詰めるスピードも、剣を振る速度も、第六騎士団でトップクラスの実力者は、簡単に僕を追い詰めた。
 これでも元D級探索者だ。
 ダルスやシンに訓練してもらっているし、目は慣れている。
 決して見えないわけじゃない。
 でも、体が間に合わない。
 力と速度の乗ったバルマンの剣を受け止めるには、僕の力は足りなかった。
 攻撃を遮断する障壁魔法《ペンタゴン》も割られ、僕は大の字になって地面で息を切らせていた。

「いやー、まいったよ」

 困惑するバルマンの気配がした。
 見物していた騎士団のどこからか、「わざとか」という疑問の声があがった。

 ――わざとじゃないんだ。

 バルマンには申し訳ないことをした。どんな強者だろうとわくわくしていたかもしれない。訓練の成果を試せる相手だと、胸を借りるつもりだったかもしれない。
 けれど、これが北のギルド長の本当の姿なのだ。
 僕も訓練はかかさないが、メイナもガンダリアンも、北ギルドのメンバーも買いかぶりすぎだ。
 騎士団員に勝てるはずがない。
 わかってはいたけど、少しくやしい。

「リーン、大丈夫か?」

 いつの間にかガレックが近づいていた。
 僕はにへらと笑って、「ひどくやられたよ」と体を起こした。

「うちで一番の《剣術》使いだからな。だが……リーン……そこまで手加減しなくてもいいんだぞ」
「バルマンだと、相手にならないよ」
「――!?」

 バルマンが息を呑む音がした。ガレックが苦笑交じりで僕の手を引いた。

「その状態で言えるとは、さすが北のギルド長だ」

 ん? どういう意味だ?
 疑問符を浮かべた僕にガレックが尋ねた。

「もうこれくらいにしておこう」
「待ってくださいガレック団長、私はまだ一度も負けていない」

 憤慨した様子のバルマンが足を踏み鳴らして、よろよろと立ち上がった僕の前に立った。威圧感がなぜか増している。
 彼も、僕がわざと負けたと思っているのだろうか。大きな勘違いだ。
 ガレックが困り顔で言った。

「どうするリーン、バルマンはまだやめたくないそうだが……」
「わかってる。やるよ」

 バルマンが訓練の時間を削ってまで付き合ってくれるというのだ。僕が胸を借りるつもりで挑もう。上級者の攻撃を障壁なしで受ける訓練だ。
 体力がある限りは、僕もやめるつもりはない。

「次は、本気で行きます」

 肩をいからせたバルマンが鼻息荒く去っていく。周囲の騎士団の誰かが、彼を茶化したようだ。バルマンの「うるさい」という不機嫌そうな声が聞こえた。
 ガレックが少し案じ顔で離れていった。審判の位置だ。

「では、もう一本だけ――開始!」

 ガレックの声が終わる前に、バルマンは地を蹴っていた。
 僕の力を慮って手加減してくれていたのだろう。さっきよりずっと速い。さすがは第六騎士団だ。
 木剣ごと断ち切るような強力な一刀が頭上から降ってきた。
 そして――

 ――《回避》クリティカルが発動しました。

 僕の呪われた力が、このタイミングで発動した。
 目の前がぶれた。
 体が強制的に左右に激しく揺さぶられた。この瞬間は自分の体が、自分じゃなくなる。何度か経験があるが、ひどいクリティカル。

 三半規管が激しく揺さぶられ、一気に気が遠くなった。
 低ランクの《回避》スキルは、そんなことは関係ないとばかりに、ここぞと荒れ狂う。
 バルマンの木剣が、さっきまでいた場所にスローで落ちていくのを遠い意識で眺めつつ――僕は、彼の背後に回って木剣の先を首に突き付けていた。

「そ、そこまで!」

 場が静まり返っていた。
 ガレックも、がくりと膝をついたバルマンも、周囲の団員も――全員が時を止めたように言葉を失っていた。
 そして、僕は猛烈に吐きそうだった。木剣を持つ手は震えているし、気を抜けば意識を失いそうだ。

 初めて《回避》クリティカルが発動したことを思い出す。
 何が何だかわからないまま違う場所に立っていた僕は、途方もない気持ち悪さに耐え兼ねて、激しく吐いた。
 《回避》でもクリティカルってあるんだな、と呆れた気持ちで倒れ伏した。
 仲間が助けてくれなければ、きっと敵の追撃でやられていただろう。

「……参りました」

 バルマンがそう言って、ほうっと熱い息を吐いた。


 ***


【バルマンの視点】


 すばらしい。
 バルマン=ゼッドは身を震わせるような歓喜の渦の中にいた。
 騎士団とギルドは力比べの意味合いから、たまに交流を行う。滅多に戦いのない第一騎士団などは、プライドが高く、ギルドとの交流を嫌うが、日々新しいリデッドたちを倒す探索者たちの経験は貴重だ。
 ギルド長といえば、そのエリアを統括する探索者の長。
 幼女のような見た目だろうが、巨人のような見た目だろうが、その存在は安易に負けては他の者に示しがつかない。
 北のギルド長はそういう意味で目立たない存在だ。
 噂も聞かなければ、表にも出てこない。
 だが、元副団長のダルス=ランバートが、騎士団を抜けてまでついていったことは知っている。

 ――今日はなんと幸せな日だ。

 戦うまで、バルマンは心の底からそう思っていた。ダルスが持ち上げる北のギルド長がどれほどすごい人間なのか、胸を借りられると思っていた。
 挑戦者にすかさず名乗りをあげた理由はそれだ。
 だが、戦ってみればどうだ。
 弱い。その一言に尽きた。

 リーンは剣に触れたことがないわけではない。端々から訓練の成果は見えた。けれど、決して上級者ではなかった。
 ましてダルスがあそこまで持ち上げるような人間ではなかった。
 騎士団の食堂で「いつか会いたいな」と、仲間に熱く語ってきたバルマンだからこそ、そんなリーンに腹が立った。
 その上、あれだけやられたあとで、「バルマンでは相手にならない」となめた発言をされたのだ。
 仲間はそれを聞いて、「負け惜しみはダルスの言う通りだ」と茶化した。
 バルマンは自分の怒りをどうしたらいいかわからなくなった。
 仲間の手前、あからさまに手加減するわけにもいかない。
 だから、避けてくれ。
 そう願って地を駆けた。

 そして――リーンは期待を上回る技術で避けた。
 目の前で半笑いのリーンの姿がぶれたのだ。高ランクの盗賊(シーフ)ですら裸足で逃げ出すような回避術だった。右か左か。どちらから背後に回り込まれたかすらわからない。
 全力で振り下ろした木剣は空を切り、地面に当たった。
 と同時に、リーンの剣先がバルマンの首元に当てられたのだ。無慈悲なほどの力の差に、バルマンは確かな壁を感じたのだ。

 これが、高みにいるギルド長だ、と。
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