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4巻
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「他は分からないですけど、一文字目の字に見覚えがあります」
「そう……『愛』の文字を」
「あい?」
「それなら間違いないでしょうね」
レイナは深く頷き、両目を閉じて天井を見上げた。
再びリリアーヌに向けた視線には、力がこもっていた。
「百年以上経って……ようやく来たのね……」
「レイナ様?」
リリアーヌが訝しげに見つめる。
しかし、レイナはそれ以上語らない。たっぷり時間をかけて二枚目の手紙に目を通し、やおら立ち上がった。
部屋の片隅に移動し、薄い桃色の花を労わるように手にとる。
甘い香りが漂う中、リリアーヌが恐る恐る尋ねた。
「ノトエア様と同じ文字を使う人と会いたいとおっしゃっていましたけど……」
「ええ、言ったわね」
レイナが儚げに笑って尋ねる。
「その方の名前は?」
「サナトです。フェイト家の勧誘を断ったと……あれ? 確かレイナ様が入学させたとお話されてたのは……」
「どういう偶然かしら」
レイナは目を丸くした。引き出しから別の紙を取り出し、しげしげと眺める。
「フェイト家の推薦で入学させた人物と同じだわ。色々と思惑があって、指導者会を飛ばして入れたのだけど……まさか、探していた人物とは思わなかった」
「……彼はどういう人なのですか?」
リリアーヌが身を乗り出した。
「気になる?」
「……かなり気になってます。文字の件もありますけど、彼、《ファイヤーボール》の威力が桁違いにすごいんです。たぶん……私と同系統のスキルを持っています。それも、遥かに強力で制御の利く……」
「そう」
「レイナ様なら、そのあたりのこともご存知なのかな、と」
上目遣いで窺うリリアーヌに、レイナはゆっくりとかぶりを振った。
「そんなスキルを持っているとは聞いてないわ。ただ、異常なレベルとだけは耳にしてる」
「レベル40を超えているのですか?」
「そのあたりは、指導者会にすら下ろしていない情報よ。リリアーヌが私の跡を継いで、学園長にでもならない限り話せない。ただ、彼もステータスカードに映らない《神のスキル》を持っているのでしょう。いずれにしろ、私も尋ねたいことがあるし、会ってみなくちゃダメね」
「すぐにでも?」
「いいえ。すでに彼は私の一存で入学させたことで、注目を集めているでしょ? その上、個人的に国王が呼び出したなんて話は、名家を刺激することにもなるし、無用な軋轢を生むわ。時期的に、『光矛祭』があるから、そこで接触しましょう。でも――」
レイナは、言葉を切って微笑を浮かべた。
「同じ《神のスキル》持ちが気になるなら、リリアーヌは使い方を教えてもらったら? 話しぶりだと悪い人じゃなさそうなんでしょ?」
「……怖がられないでしょうか?」
「そんなに可愛い顔をしたリリアーヌの何を怖がるのよ。隠してる耳だって怖がるようなものじゃないわ。悪魔が嗤って近づくんじゃないんだから。有名な話だからリリアーヌの事件だって知ってるでしょうし、気軽に『魔法を教えてください』って頼んでみなさい」
「……モニカがいないから、きっかけが難しくて」
「文字の話をした時点で顔つなぎはできたんでしょ?」
「あれは……レイナ様のためにと思って、いてもたってもいられなかったんです。今思えば、新入生に大胆すぎることをしたなって消え入りたいです」
リリアーヌが自信なさげに視線を彷徨わせる。
レイナが「もう」と口にした。すばやく立ち上がって彼女に近づき、小さな背中を軽く叩いた。
乾いた音と共に、リリアーヌがびくりと体を強張らせる。
「臆病で怖がりさんは、なかなか直らないのね」
第四話 敬意をもって
レイナとリリアーヌは互いに近況を報告しあった。
ほとんどは多忙なレイナの愚痴だったが、言い聞かせるように日々の王政の苦労を伝える彼女の心中には、いずれ訪れる新たな時代の担い手を育てたいという想いもあっただろう。
小一時間、話をしていただろうか。リリアーヌの手作りであるヌガーと呼ばれるソフトキャンディに、二人で舌鼓を打ちながら、紅茶を楽しんでいた時だ。
強いノック音が室内に響き、レイナが表情を引き締めて立ち上がった。
やってきたのは面識のない一人の憲兵だった。厳しい顔つきが、扉の隙間から覗いた。
「陛下、例の獣が――」
リリアーヌが聞き取れた言葉はわずかなものだ。しかし、良くない話であることは、レイナの表情から明らかだった。
憲兵が何かを報告し、レイナが囁くように質問をする。
リリアーヌは話の内容を慮り、この場から立ち去ろうと腰を上げた。
「陛下、公務の邪魔になりますので――」
「待って、リリアーヌ」
レイナは振り向かずに制止した。
談笑していた時と違う、強く凛とした言葉にリリアーヌは動きを止めた。
まるで、言葉そのものに強制力が存在するかのようだ。
百年以上の治世。その重みの片鱗を感じた。
「リリアーヌ、少し用事ができたのですが、良い機会ですから一緒に来てください」
ゆっくり振り返ったレイナの表情には微笑が浮かんでいた。
リリアーヌは唾を呑み込み、無言で頷いた。
***
レイナとリリアーヌを挟む形で、六人の集団の足音が規則正しく廊下に響いていた。
ただの廊下ではない。切り出した頑丈な石で四方を固めた石の通路だ。
地下であることを示す多分な湿気が石の表面をうっすらと濡らし、ランプの明かりを冷え冷えと反射している。
「目的地はこの先です」
レイナの通りの良い声が壁に反響し、憲兵達の緊張が一気に高まった。
リリアーヌは不安に駆られて口を開いた。
「どこに向かっているのですか? 王城の地下にこんな場所があるなんて……」
「得てして重要な施設には表に出ない場所があるものです。用途は極秘の牢であったり、緊急時の避難路であったりと様々ですが、詰まるところ、公にできない部分が地下に集まるのです」
硬い口調で言ったレイナの横顔は、すでにリリアーヌが知るものではなかった。
百年もの間、国王として清濁併せ吞んできた孤高のハイエルフは、視線を固定したまま歩いている。
角を曲がると、石の回廊が深く地下に下りていた。闇がぽっかり口を開けているようだ。
リリアーヌが恐る恐る覗き込んだものの、何も見えなかった。
すると、隣で何か準備をしていた憲兵の手元が光った。淡い光が六人の影を大きく石壁に映した。
「ここから下は、さらに使わない施設です」
レイナが言い終えると同時に、何かが衝突する音が響いた。すぐ側だ。それも真下だ。
一度。二度。
続いて石を削るような不気味な音が断続的に続く。
リリアーヌが視線を暗がりに向けて体を強張らせた。制服の裾をぎゅっと握りしめると、温かい手にすくわれた。
「大丈夫よ、リリアーヌ。あなたに危険はないわ。私が後継者を危険に晒すような真似をするはずないでしょ?」
優しく微笑んだレイナがリリアーヌを落ち着かせるように言った。お茶目な気配を漂わせた、よく知るレイナの口調だ。
ほっと安堵の息を吐いた時に、再び重い衝突音が響いた。
レイナは大げさに肩を落とした。
「ほんと乱暴なんだから」
うんざりした顔で言うと、「さあ、行きましょう」とリリアーヌの手を引いた。
時間はかからなかった。
ぐるりと円を描くように建造された石の回廊を進むと、大きな鉄扉の前にたどり着いた。
開けて中に入ると教室の三倍ほどの大きさの空間がある。
地面の数か所にランプが置かれ、互いを補うように周囲を照らしている。壁には真新しいハルバードが立てかけられ、魔法使い用のロッドも数本存在した。
中央には十人を超える憲兵が待機していた。誰もが厳しい表情を浮かべている。
全員知らない顔かと思ったが、一人だけ面識のある近衛兵長がいた。
「次期国王にゴマをすっているんですよ」と毒気のない口調で冗談を言って笑っていた彼の顔は、真剣そのものだ。
彼は入室したレイナの姿を目で捉えると素早く駆けてきた。
リリアーヌを一瞥してから、きびきびした動きでレイナに敬礼を行った。
すぐさま残りの憲兵も同様の動きを見せた。
「ご苦労様、ブラン。状況は最悪ね?」
「丸一日眠ったように動かなかったので調査を進めていたのですが、今しがた動き出すようになりました。その際、調査に当たっていた三名が攻撃を受けて殉職しました」
「そう……私の名で手厚く埋葬してあげてください」
「ありがとうございます。それで……調査の結果ですが、率直に申し上げて、何も進展していません」
ブランが苦々しげに眉を寄せ、吐き捨てるように言った。
「レベル30台の冒険者パーティで互角。物理攻撃では上級以上のスキルでようやく傷がつく硬さです。魔法は上級のものすらほとんど効果が見られません」
「……分かってはいたけど結果は変わらずか。手強いわね」
「地下を破壊してしまうので、達人級のスキルや魔法を試すわけにはいきませんが、効果は限定的かと思われます」
「ブラン、早計よ。それを確かめに私が来たのだから。運よく捕縛できたチャンスを逃すわけにはいかないわ」
レイナはそう言って胸を張った。
自信に満ちた表情に、隣でリリアーヌが憧れの目を向けたが、ブランは心配そうに声を落とした。
「陛下自ら危険な敵と相対することには反対です。鎧も身につけておられません」
「その話は全員に説明したはずでしょう? それに私は大軍の前に出たことだってあるし、鎧が必要ないこともよく知ってるはずよ」
「しかし……」
「心配してくれるのは嬉しいけれど、大事な実験でもあるし、偶然足を運んでくれた私の後継者に見せる意味もあるの。だから……ね?」
レイナは目尻を下げてブランを見つめた。
ブランがレイナの真っ直ぐな視線に根負けし、瞼を閉じて大きくため息をついた。そして、後ろに控えた十数人の憲兵に振り向き、「陛下のご意思は固いようだ」と告げた。
門を塞ぐように横に並んでいた兵達が、ざっと道を開けた。
リリアーヌが、あっ、と息を呑んだ。
憲兵の全員が、この先にレイナを進ませたくないという意思表示を隊列で示していたことを、ようやく理解したのだ。
「ありがとう、みんな。心配かけてごめんね」
「そう思っていただけるのなら、危険な真似はおやめ下さるか、せめて私を連れて行ってください」
「大事な部下を巻き添えにしたくないから、また今度ね。さあ、リリアーヌ行くわよ」
歩き始めたレイナの背中を、ブランは再びため息と共に見送った。
第五話 魔の法が魔法なら
レイナの「開けてちょうだい」という言葉に憲兵達が頷き、扉の両側に移動した。
いつでも行けます、と頷いたブランが鉄扉に力を込めた。
その様子を見ながら、レイナが朗々と声を紡いだ。
とても異質な呪文だ。
「奏上の言……高天原に御座す神々よ。小さき私に諸々の禍事、一切の罪穢を振り払わんとする強さをお貸しください」
レイナの体を覆うように、わずかな霞が生じた。室内の薄明かりを受けて、ぼんやりと光を屈折させている。
「よし」と腰に手を当てて満足げに胸を張った彼女は、リリアーヌを見つめた。
「《神格法一式・白闘衣》」
その言葉と同時に、リリアーヌも靄に覆われた。
不思議そうに片方の手を動かし、首を回して自分の背中側を確認した彼女は、隙間なく体にまとわりつく物体に指先を伸ばした。
ほんのわずかに触感が残った。ほどよいぬるま湯が体に当たる感覚に近いものだ。
何度も指で靄を突くリリアーヌにレイナが微笑みかける。
「すぐにこの感覚に慣れるわ。さあ、行きましょう」
二人は鉄扉をくぐり、カビと土の匂いが混じりあった空間に足を踏み入れた。
中央に、人間の腰から下程度の大きさの赤黒い生き物が鎮座していた。
リリアーヌは大きく目を見開いた。一度も見たことがない生物だ。
横にした卵に近い体型。細すぎる足が六本。鋭利な鉤爪のような足先が、地面を掴んでいる。
背中には、酒瓶を逆さにして突き刺したような棘。
顔と思しき場所には瞼のない異様に大きな丸い一つ目。表面は透き通っており、奥に覗く漆黒の瞳は影を見ているようで感情を感じさせない。
リリアーヌは得体の知れない存在に背筋が冷たくなった。
「レイナ様、あれは一体何ですか?」
「私達は、『赤鋼の獣』と呼んでいるわ。心配しなくて大丈夫よ。リリアーヌは私の《神格法》で守っているから。それより……また動かなくなったようだけど、死んだふりが上手いから気をつけなさい。油断して近づくと危険よ」
「『赤鋼の獣』ですか?」
「ここ数年の間に現れた、あの赤黒い肌を持つ敵の総称よ。鎧みたいな光沢が表面にあるのが特徴でね、大きさにバラつきもあって、運よく捕縛できたあれは、『敏捷型』と呼んでいるわ」
「敏捷型?」
「ええ。動き出すとなかなか素早いの。さて、どうしようかしら。さっきまで動いていたのは間違いないようだけど」
レイナは『赤鋼の獣』の背後の壁に、素早く視線を向けた。
爪で散々に掻きむしった跡が残っている。
「あの跡は?」
「赤鋼は、壁を削って土や石を体内に取り込んで飛ばすの。一種の《土魔法》と似たようなものかしら。……うーん、やっぱり少し攻撃して様子を見ようかな」
レイナはそう言ってから両手を合わせ、指を絡ませた。
リリアーヌの真剣な眼差しを感じたのだろう。「ん?」と視線を向けたレイナは微笑を浮かべた。
「《神格法》を間近で見るのは初めてだったかしら?」
「……は、はい」
「そう。教えてあげたいけれど、たぶんこれは、世界でもう私くらいしか扱えないの」
「レイナ様だけ?」
首を傾げたリリアーヌにレイナは頷いた。
「《神格法》は純粋なハイエルフだけが使えるスキルなのよ。誰でも使える魔法とは対極に位置するスキルだと私は考えてる。魔に属する法を魔法と呼び――」
「神に属する法が……《神格法》」
「正解よ。それは前に教えたかしら」
レイナがリリアーヌの頭を優しく撫でた。
「《神格法》はMPを消費しない。属性もなければ、形もない。大昔の文献によれば、人間の中にも使い手がいたそうだけど、火や水といった魔法の方が目に見えて分かりやすいのでしょう。すぐに使い手はいなくなったそうよ。汎用性はあるけど、地味だからね」
「で、ですが、《神格法》を使えるレイナ様は誰よりも強いと……そんなスキルが地味だなんて」
「目に見えないものより、見えるものを信じる。これは人間の性よ。お金で買える魔法と違って、使えるようになるまでに時間もかかるしね……さあ、余計な話は、おしまい。そろそろ仕掛けるわ。リリアーヌは念のため、私の後ろに」
レイナが悲しげな顔を振り払って、リリアーヌの前に出た。
みるみる表情を引き締め、組み合わせた両手に力を込めた。まるで鬼気迫る祈祷のようだ。
「《神格法五式・みづち》」
リリアーヌの真横を巨大な何かが通り過ぎた。目には見えないがそう感じた。
風圧と聞きなれない風音。
重量のある物体が、唸りをあげて『赤鋼の獣』に向かったのだ。
途端、まったく動かなかった獣の黒い瞳に青い光が灯った。細い六本の足の関節が一瞬曲がると素早く動き出した。
「寝ていても危険は察知するみたいね」
苦々しげなつぶやきが聞こえたと同時、獣が左に跳んだ。体の大きさを考えても、すさまじい跳躍力だ。
獣がいた場所が吹き飛び、室内が揺れた。一直線に太く抉られた跡ができあがっていた。
獣はドーム型の部屋の石壁に逆さの体勢で難なく着地すると、青色の瞳をぎょろりと動かして、さらに跳んだ。
「加減したとはいえ、五式は欲張りすぎか」
レイナが目で追いかけながら、再び手を組んだ。
「《神格法四式・とおし》」
上部の空間が揺らぎ、リリアーヌが顔を上げた。
光を屈折させた何本もの線が見えた。だが、目をこらした時には何もなかった。
代わりに耳に届いたのは轟音。間近に何かが降り注いだような音だ。
獣が張り付いていた壁が爆散し、砂礫が舞った。槍で突いたような無数の穴が残っている。
リリアーヌが、「レイナ様、すごいです!」と歓声を上げた。
だが、レイナは「まだよ」と逆の壁を睨みつけている。リリアーヌが息を呑んだ。
獣が変わらず無感情の瞳を向けていた。
「四式もかわせるのね。この短期間で成長した? いえ、こいつが特殊?」
ぼそぼそと自問するレイナの視線の先で獣が動いた。
大きな青い瞳の下で、だらりと顎が垂れ下がったように口が開く。そこから何かが飛び出した。大小さまざまな石礫だ。
リリアーヌは声を上げる暇がなかった。凄まじい速度だ。
石壁に次々とめり込んだ様が威力を物語っている。
しかし、レイナは動じない。無言で体に当たる石礫を観察しているだけだ。
彼女を覆う靄はそれらをすべて弾き、白い肌には傷一つつかなかった。
流れ弾のような石がリリアーヌにも飛んだが、同じく靄に弾かれた。
これが、部屋に入る前にレイナが使った《白闘衣》の効果だろう。
「《神格法三式・しゃくじ》」
獣の体が傾いた。リリアーヌにはどんな攻撃か分からなかったが、六本の足のうちの一本が折れ曲がっていた。千切れかけている。
獣の瞳に焦りが浮かんだ。
動く足を使ってなんとか跳躍しようと体勢を立て直す。と、連続して衝突音が聞こえた。
「ようやく捕まえた。たしかにこれは兵には荷が重いわね」
レイナが安堵の息を漏らし、リリアーヌが驚愕の表情を浮かべた。
獣の足のすべてが一瞬のうちに使い物にならなくなっていた。
「三式は速度重視だから」
レイナは両手を組み合わせた。
「本当はもっと調べたかったけど、自爆されると敵わないし……《神格法五式・みづち》」
重量のある物体が空から降ってきたような音が響いた。
獣が見えない何かに押しつぶされ、平たい塊へと姿を変えた。
そして、光の粒子へと変わり、淡い輝きの中にドロップアイテムが残された。
レイナは、「ふう」と短く息を吐いて近づいた。それはリリアーヌも知るアイテムだった。
「魔法銃……ですか?」
リリアーヌの問いにレイナが頷いた。
探るような目つきで銃口を覗き込み、ひっくり返して取っ手を小突く。
何が気になるのだろう、と思ってリリアーヌは首を傾げた。
「珍しい魔法銃なのですか?」
「いいえ、普通の魔法銃よ。ギルドでも売ってる普通の武器。でも、だからおかしいの」
「……どういうことですか?」
レイナが魔法銃を手に持ち、リリアーヌに向けた。
「この魔法銃のトリガーを引くとどうなると思う?」
「込めた魔法が出る、ですか?」
「そうよ。リリアーヌは不思議に思わない? 魔法を武器に閉じ込める技術なんて、どこの国にもなかったはずなのよ」
「え?」
レイナは自分でも再確認するように続ける。
「確かに魔石のエネルギーを使う道具はあるわ。ランプもそうだし、調理器具もそう。魔法を強化する道具もある。でもね……魔法銃は根本的に違うのよ。誰かが唱えた魔法をどうやって閉じ込めて維持しているの? 同じような武器がある? そんな不思議な武器を新種の『赤鋼の獣』が、どうして落とすと思う?」
レイナは魔法銃を様々な角度から眺める。
大きい銃口は、吸い込まれるように黒い。
リリアーヌは記憶にある武器や道具を次々と思い浮かべた。だが、レイナの問いに対する答えは浮かばなかった。
「そう……『愛』の文字を」
「あい?」
「それなら間違いないでしょうね」
レイナは深く頷き、両目を閉じて天井を見上げた。
再びリリアーヌに向けた視線には、力がこもっていた。
「百年以上経って……ようやく来たのね……」
「レイナ様?」
リリアーヌが訝しげに見つめる。
しかし、レイナはそれ以上語らない。たっぷり時間をかけて二枚目の手紙に目を通し、やおら立ち上がった。
部屋の片隅に移動し、薄い桃色の花を労わるように手にとる。
甘い香りが漂う中、リリアーヌが恐る恐る尋ねた。
「ノトエア様と同じ文字を使う人と会いたいとおっしゃっていましたけど……」
「ええ、言ったわね」
レイナが儚げに笑って尋ねる。
「その方の名前は?」
「サナトです。フェイト家の勧誘を断ったと……あれ? 確かレイナ様が入学させたとお話されてたのは……」
「どういう偶然かしら」
レイナは目を丸くした。引き出しから別の紙を取り出し、しげしげと眺める。
「フェイト家の推薦で入学させた人物と同じだわ。色々と思惑があって、指導者会を飛ばして入れたのだけど……まさか、探していた人物とは思わなかった」
「……彼はどういう人なのですか?」
リリアーヌが身を乗り出した。
「気になる?」
「……かなり気になってます。文字の件もありますけど、彼、《ファイヤーボール》の威力が桁違いにすごいんです。たぶん……私と同系統のスキルを持っています。それも、遥かに強力で制御の利く……」
「そう」
「レイナ様なら、そのあたりのこともご存知なのかな、と」
上目遣いで窺うリリアーヌに、レイナはゆっくりとかぶりを振った。
「そんなスキルを持っているとは聞いてないわ。ただ、異常なレベルとだけは耳にしてる」
「レベル40を超えているのですか?」
「そのあたりは、指導者会にすら下ろしていない情報よ。リリアーヌが私の跡を継いで、学園長にでもならない限り話せない。ただ、彼もステータスカードに映らない《神のスキル》を持っているのでしょう。いずれにしろ、私も尋ねたいことがあるし、会ってみなくちゃダメね」
「すぐにでも?」
「いいえ。すでに彼は私の一存で入学させたことで、注目を集めているでしょ? その上、個人的に国王が呼び出したなんて話は、名家を刺激することにもなるし、無用な軋轢を生むわ。時期的に、『光矛祭』があるから、そこで接触しましょう。でも――」
レイナは、言葉を切って微笑を浮かべた。
「同じ《神のスキル》持ちが気になるなら、リリアーヌは使い方を教えてもらったら? 話しぶりだと悪い人じゃなさそうなんでしょ?」
「……怖がられないでしょうか?」
「そんなに可愛い顔をしたリリアーヌの何を怖がるのよ。隠してる耳だって怖がるようなものじゃないわ。悪魔が嗤って近づくんじゃないんだから。有名な話だからリリアーヌの事件だって知ってるでしょうし、気軽に『魔法を教えてください』って頼んでみなさい」
「……モニカがいないから、きっかけが難しくて」
「文字の話をした時点で顔つなぎはできたんでしょ?」
「あれは……レイナ様のためにと思って、いてもたってもいられなかったんです。今思えば、新入生に大胆すぎることをしたなって消え入りたいです」
リリアーヌが自信なさげに視線を彷徨わせる。
レイナが「もう」と口にした。すばやく立ち上がって彼女に近づき、小さな背中を軽く叩いた。
乾いた音と共に、リリアーヌがびくりと体を強張らせる。
「臆病で怖がりさんは、なかなか直らないのね」
第四話 敬意をもって
レイナとリリアーヌは互いに近況を報告しあった。
ほとんどは多忙なレイナの愚痴だったが、言い聞かせるように日々の王政の苦労を伝える彼女の心中には、いずれ訪れる新たな時代の担い手を育てたいという想いもあっただろう。
小一時間、話をしていただろうか。リリアーヌの手作りであるヌガーと呼ばれるソフトキャンディに、二人で舌鼓を打ちながら、紅茶を楽しんでいた時だ。
強いノック音が室内に響き、レイナが表情を引き締めて立ち上がった。
やってきたのは面識のない一人の憲兵だった。厳しい顔つきが、扉の隙間から覗いた。
「陛下、例の獣が――」
リリアーヌが聞き取れた言葉はわずかなものだ。しかし、良くない話であることは、レイナの表情から明らかだった。
憲兵が何かを報告し、レイナが囁くように質問をする。
リリアーヌは話の内容を慮り、この場から立ち去ろうと腰を上げた。
「陛下、公務の邪魔になりますので――」
「待って、リリアーヌ」
レイナは振り向かずに制止した。
談笑していた時と違う、強く凛とした言葉にリリアーヌは動きを止めた。
まるで、言葉そのものに強制力が存在するかのようだ。
百年以上の治世。その重みの片鱗を感じた。
「リリアーヌ、少し用事ができたのですが、良い機会ですから一緒に来てください」
ゆっくり振り返ったレイナの表情には微笑が浮かんでいた。
リリアーヌは唾を呑み込み、無言で頷いた。
***
レイナとリリアーヌを挟む形で、六人の集団の足音が規則正しく廊下に響いていた。
ただの廊下ではない。切り出した頑丈な石で四方を固めた石の通路だ。
地下であることを示す多分な湿気が石の表面をうっすらと濡らし、ランプの明かりを冷え冷えと反射している。
「目的地はこの先です」
レイナの通りの良い声が壁に反響し、憲兵達の緊張が一気に高まった。
リリアーヌは不安に駆られて口を開いた。
「どこに向かっているのですか? 王城の地下にこんな場所があるなんて……」
「得てして重要な施設には表に出ない場所があるものです。用途は極秘の牢であったり、緊急時の避難路であったりと様々ですが、詰まるところ、公にできない部分が地下に集まるのです」
硬い口調で言ったレイナの横顔は、すでにリリアーヌが知るものではなかった。
百年もの間、国王として清濁併せ吞んできた孤高のハイエルフは、視線を固定したまま歩いている。
角を曲がると、石の回廊が深く地下に下りていた。闇がぽっかり口を開けているようだ。
リリアーヌが恐る恐る覗き込んだものの、何も見えなかった。
すると、隣で何か準備をしていた憲兵の手元が光った。淡い光が六人の影を大きく石壁に映した。
「ここから下は、さらに使わない施設です」
レイナが言い終えると同時に、何かが衝突する音が響いた。すぐ側だ。それも真下だ。
一度。二度。
続いて石を削るような不気味な音が断続的に続く。
リリアーヌが視線を暗がりに向けて体を強張らせた。制服の裾をぎゅっと握りしめると、温かい手にすくわれた。
「大丈夫よ、リリアーヌ。あなたに危険はないわ。私が後継者を危険に晒すような真似をするはずないでしょ?」
優しく微笑んだレイナがリリアーヌを落ち着かせるように言った。お茶目な気配を漂わせた、よく知るレイナの口調だ。
ほっと安堵の息を吐いた時に、再び重い衝突音が響いた。
レイナは大げさに肩を落とした。
「ほんと乱暴なんだから」
うんざりした顔で言うと、「さあ、行きましょう」とリリアーヌの手を引いた。
時間はかからなかった。
ぐるりと円を描くように建造された石の回廊を進むと、大きな鉄扉の前にたどり着いた。
開けて中に入ると教室の三倍ほどの大きさの空間がある。
地面の数か所にランプが置かれ、互いを補うように周囲を照らしている。壁には真新しいハルバードが立てかけられ、魔法使い用のロッドも数本存在した。
中央には十人を超える憲兵が待機していた。誰もが厳しい表情を浮かべている。
全員知らない顔かと思ったが、一人だけ面識のある近衛兵長がいた。
「次期国王にゴマをすっているんですよ」と毒気のない口調で冗談を言って笑っていた彼の顔は、真剣そのものだ。
彼は入室したレイナの姿を目で捉えると素早く駆けてきた。
リリアーヌを一瞥してから、きびきびした動きでレイナに敬礼を行った。
すぐさま残りの憲兵も同様の動きを見せた。
「ご苦労様、ブラン。状況は最悪ね?」
「丸一日眠ったように動かなかったので調査を進めていたのですが、今しがた動き出すようになりました。その際、調査に当たっていた三名が攻撃を受けて殉職しました」
「そう……私の名で手厚く埋葬してあげてください」
「ありがとうございます。それで……調査の結果ですが、率直に申し上げて、何も進展していません」
ブランが苦々しげに眉を寄せ、吐き捨てるように言った。
「レベル30台の冒険者パーティで互角。物理攻撃では上級以上のスキルでようやく傷がつく硬さです。魔法は上級のものすらほとんど効果が見られません」
「……分かってはいたけど結果は変わらずか。手強いわね」
「地下を破壊してしまうので、達人級のスキルや魔法を試すわけにはいきませんが、効果は限定的かと思われます」
「ブラン、早計よ。それを確かめに私が来たのだから。運よく捕縛できたチャンスを逃すわけにはいかないわ」
レイナはそう言って胸を張った。
自信に満ちた表情に、隣でリリアーヌが憧れの目を向けたが、ブランは心配そうに声を落とした。
「陛下自ら危険な敵と相対することには反対です。鎧も身につけておられません」
「その話は全員に説明したはずでしょう? それに私は大軍の前に出たことだってあるし、鎧が必要ないこともよく知ってるはずよ」
「しかし……」
「心配してくれるのは嬉しいけれど、大事な実験でもあるし、偶然足を運んでくれた私の後継者に見せる意味もあるの。だから……ね?」
レイナは目尻を下げてブランを見つめた。
ブランがレイナの真っ直ぐな視線に根負けし、瞼を閉じて大きくため息をついた。そして、後ろに控えた十数人の憲兵に振り向き、「陛下のご意思は固いようだ」と告げた。
門を塞ぐように横に並んでいた兵達が、ざっと道を開けた。
リリアーヌが、あっ、と息を呑んだ。
憲兵の全員が、この先にレイナを進ませたくないという意思表示を隊列で示していたことを、ようやく理解したのだ。
「ありがとう、みんな。心配かけてごめんね」
「そう思っていただけるのなら、危険な真似はおやめ下さるか、せめて私を連れて行ってください」
「大事な部下を巻き添えにしたくないから、また今度ね。さあ、リリアーヌ行くわよ」
歩き始めたレイナの背中を、ブランは再びため息と共に見送った。
第五話 魔の法が魔法なら
レイナの「開けてちょうだい」という言葉に憲兵達が頷き、扉の両側に移動した。
いつでも行けます、と頷いたブランが鉄扉に力を込めた。
その様子を見ながら、レイナが朗々と声を紡いだ。
とても異質な呪文だ。
「奏上の言……高天原に御座す神々よ。小さき私に諸々の禍事、一切の罪穢を振り払わんとする強さをお貸しください」
レイナの体を覆うように、わずかな霞が生じた。室内の薄明かりを受けて、ぼんやりと光を屈折させている。
「よし」と腰に手を当てて満足げに胸を張った彼女は、リリアーヌを見つめた。
「《神格法一式・白闘衣》」
その言葉と同時に、リリアーヌも靄に覆われた。
不思議そうに片方の手を動かし、首を回して自分の背中側を確認した彼女は、隙間なく体にまとわりつく物体に指先を伸ばした。
ほんのわずかに触感が残った。ほどよいぬるま湯が体に当たる感覚に近いものだ。
何度も指で靄を突くリリアーヌにレイナが微笑みかける。
「すぐにこの感覚に慣れるわ。さあ、行きましょう」
二人は鉄扉をくぐり、カビと土の匂いが混じりあった空間に足を踏み入れた。
中央に、人間の腰から下程度の大きさの赤黒い生き物が鎮座していた。
リリアーヌは大きく目を見開いた。一度も見たことがない生物だ。
横にした卵に近い体型。細すぎる足が六本。鋭利な鉤爪のような足先が、地面を掴んでいる。
背中には、酒瓶を逆さにして突き刺したような棘。
顔と思しき場所には瞼のない異様に大きな丸い一つ目。表面は透き通っており、奥に覗く漆黒の瞳は影を見ているようで感情を感じさせない。
リリアーヌは得体の知れない存在に背筋が冷たくなった。
「レイナ様、あれは一体何ですか?」
「私達は、『赤鋼の獣』と呼んでいるわ。心配しなくて大丈夫よ。リリアーヌは私の《神格法》で守っているから。それより……また動かなくなったようだけど、死んだふりが上手いから気をつけなさい。油断して近づくと危険よ」
「『赤鋼の獣』ですか?」
「ここ数年の間に現れた、あの赤黒い肌を持つ敵の総称よ。鎧みたいな光沢が表面にあるのが特徴でね、大きさにバラつきもあって、運よく捕縛できたあれは、『敏捷型』と呼んでいるわ」
「敏捷型?」
「ええ。動き出すとなかなか素早いの。さて、どうしようかしら。さっきまで動いていたのは間違いないようだけど」
レイナは『赤鋼の獣』の背後の壁に、素早く視線を向けた。
爪で散々に掻きむしった跡が残っている。
「あの跡は?」
「赤鋼は、壁を削って土や石を体内に取り込んで飛ばすの。一種の《土魔法》と似たようなものかしら。……うーん、やっぱり少し攻撃して様子を見ようかな」
レイナはそう言ってから両手を合わせ、指を絡ませた。
リリアーヌの真剣な眼差しを感じたのだろう。「ん?」と視線を向けたレイナは微笑を浮かべた。
「《神格法》を間近で見るのは初めてだったかしら?」
「……は、はい」
「そう。教えてあげたいけれど、たぶんこれは、世界でもう私くらいしか扱えないの」
「レイナ様だけ?」
首を傾げたリリアーヌにレイナは頷いた。
「《神格法》は純粋なハイエルフだけが使えるスキルなのよ。誰でも使える魔法とは対極に位置するスキルだと私は考えてる。魔に属する法を魔法と呼び――」
「神に属する法が……《神格法》」
「正解よ。それは前に教えたかしら」
レイナがリリアーヌの頭を優しく撫でた。
「《神格法》はMPを消費しない。属性もなければ、形もない。大昔の文献によれば、人間の中にも使い手がいたそうだけど、火や水といった魔法の方が目に見えて分かりやすいのでしょう。すぐに使い手はいなくなったそうよ。汎用性はあるけど、地味だからね」
「で、ですが、《神格法》を使えるレイナ様は誰よりも強いと……そんなスキルが地味だなんて」
「目に見えないものより、見えるものを信じる。これは人間の性よ。お金で買える魔法と違って、使えるようになるまでに時間もかかるしね……さあ、余計な話は、おしまい。そろそろ仕掛けるわ。リリアーヌは念のため、私の後ろに」
レイナが悲しげな顔を振り払って、リリアーヌの前に出た。
みるみる表情を引き締め、組み合わせた両手に力を込めた。まるで鬼気迫る祈祷のようだ。
「《神格法五式・みづち》」
リリアーヌの真横を巨大な何かが通り過ぎた。目には見えないがそう感じた。
風圧と聞きなれない風音。
重量のある物体が、唸りをあげて『赤鋼の獣』に向かったのだ。
途端、まったく動かなかった獣の黒い瞳に青い光が灯った。細い六本の足の関節が一瞬曲がると素早く動き出した。
「寝ていても危険は察知するみたいね」
苦々しげなつぶやきが聞こえたと同時、獣が左に跳んだ。体の大きさを考えても、すさまじい跳躍力だ。
獣がいた場所が吹き飛び、室内が揺れた。一直線に太く抉られた跡ができあがっていた。
獣はドーム型の部屋の石壁に逆さの体勢で難なく着地すると、青色の瞳をぎょろりと動かして、さらに跳んだ。
「加減したとはいえ、五式は欲張りすぎか」
レイナが目で追いかけながら、再び手を組んだ。
「《神格法四式・とおし》」
上部の空間が揺らぎ、リリアーヌが顔を上げた。
光を屈折させた何本もの線が見えた。だが、目をこらした時には何もなかった。
代わりに耳に届いたのは轟音。間近に何かが降り注いだような音だ。
獣が張り付いていた壁が爆散し、砂礫が舞った。槍で突いたような無数の穴が残っている。
リリアーヌが、「レイナ様、すごいです!」と歓声を上げた。
だが、レイナは「まだよ」と逆の壁を睨みつけている。リリアーヌが息を呑んだ。
獣が変わらず無感情の瞳を向けていた。
「四式もかわせるのね。この短期間で成長した? いえ、こいつが特殊?」
ぼそぼそと自問するレイナの視線の先で獣が動いた。
大きな青い瞳の下で、だらりと顎が垂れ下がったように口が開く。そこから何かが飛び出した。大小さまざまな石礫だ。
リリアーヌは声を上げる暇がなかった。凄まじい速度だ。
石壁に次々とめり込んだ様が威力を物語っている。
しかし、レイナは動じない。無言で体に当たる石礫を観察しているだけだ。
彼女を覆う靄はそれらをすべて弾き、白い肌には傷一つつかなかった。
流れ弾のような石がリリアーヌにも飛んだが、同じく靄に弾かれた。
これが、部屋に入る前にレイナが使った《白闘衣》の効果だろう。
「《神格法三式・しゃくじ》」
獣の体が傾いた。リリアーヌにはどんな攻撃か分からなかったが、六本の足のうちの一本が折れ曲がっていた。千切れかけている。
獣の瞳に焦りが浮かんだ。
動く足を使ってなんとか跳躍しようと体勢を立て直す。と、連続して衝突音が聞こえた。
「ようやく捕まえた。たしかにこれは兵には荷が重いわね」
レイナが安堵の息を漏らし、リリアーヌが驚愕の表情を浮かべた。
獣の足のすべてが一瞬のうちに使い物にならなくなっていた。
「三式は速度重視だから」
レイナは両手を組み合わせた。
「本当はもっと調べたかったけど、自爆されると敵わないし……《神格法五式・みづち》」
重量のある物体が空から降ってきたような音が響いた。
獣が見えない何かに押しつぶされ、平たい塊へと姿を変えた。
そして、光の粒子へと変わり、淡い輝きの中にドロップアイテムが残された。
レイナは、「ふう」と短く息を吐いて近づいた。それはリリアーヌも知るアイテムだった。
「魔法銃……ですか?」
リリアーヌの問いにレイナが頷いた。
探るような目つきで銃口を覗き込み、ひっくり返して取っ手を小突く。
何が気になるのだろう、と思ってリリアーヌは首を傾げた。
「珍しい魔法銃なのですか?」
「いいえ、普通の魔法銃よ。ギルドでも売ってる普通の武器。でも、だからおかしいの」
「……どういうことですか?」
レイナが魔法銃を手に持ち、リリアーヌに向けた。
「この魔法銃のトリガーを引くとどうなると思う?」
「込めた魔法が出る、ですか?」
「そうよ。リリアーヌは不思議に思わない? 魔法を武器に閉じ込める技術なんて、どこの国にもなかったはずなのよ」
「え?」
レイナは自分でも再確認するように続ける。
「確かに魔石のエネルギーを使う道具はあるわ。ランプもそうだし、調理器具もそう。魔法を強化する道具もある。でもね……魔法銃は根本的に違うのよ。誰かが唱えた魔法をどうやって閉じ込めて維持しているの? 同じような武器がある? そんな不思議な武器を新種の『赤鋼の獣』が、どうして落とすと思う?」
レイナは魔法銃を様々な角度から眺める。
大きい銃口は、吸い込まれるように黒い。
リリアーヌは記憶にある武器や道具を次々と思い浮かべた。だが、レイナの問いに対する答えは浮かばなかった。
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