スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと

文字の大きさ
上 下
98 / 105
連載

侵攻 6

しおりを挟む
 言葉通り、ヴィクターが復活することはなかった。
 サルコスがやるせなさそうに首を振った。

「こんなに才能があったやつは二人といない。どこで、間違ったんだ……」
「あの時、私たちが抜けたから?」

 眉を下げたアズリーが死体に静かに近寄った。
 満足そうな死に顔にそっと片手を当て、瞼を閉じさせる。
 口元の笑み。倒れた姿勢。
 ヴィクターの姿は、すべてをやりきったと言わんばかりだった。

「違う、と思いたいですね。それに……こいつは、お嬢様や私が抜けたくらいで、どうこうなる弱い人間ではなかったと思います」
「そう……だよね。誰よりも意地っ張りだったもんね」
「そのうえ、誰よりも負けず嫌いでした」

 サルコスが嘆息しながら言って、近づいたもう一人の人物に視線を向けた。
 深く頭を下げる。

「陛下、ご助力ありがとうございました」
「やめてちょうだい。私は、あなたの作戦を邪魔しただけよ」
「そんなことはありません。陛下の技があったからこそ、ヴィクターの精神的な集中が切れたのです」

 レイナが困ったように笑う。「サルコスがそう言うなら、もう何も言いません」と、ヴィクターに視線を向けた。
 サルコスが気を取り直して言う。

「これで、『特異点』というものは守れた――ということでよろしいのでしょうか? 私はなぜ守る必要があるのか知らないのですが……そもそも、扉の奥には何があるのですか?」

 最奥に鎮座する両開きの扉を見やる。
 重厚な扉だ。外観の古臭さと、歴史を感じさせるぼやけた色合いが、特徴的だ。

「それは説明できないわ。私も……半分くらいしか理解していないから。でも、一人目の敵はフェイト家のみなさんのおかげで倒せたことは間違いありません」
「一人目?」

 サルコスが眉を上げる。
 聞いていない、という顔だ。

「ノトエアの日記には、ここにもう一人現れることが記されているの」
「二人目の敵がいるのですか?」
「……そうなるわね」

 レイナの言葉は、何かを濁していた。
 全員が不思議そうに視線をかわした時だ。
 入り口で、足音が鳴った。


 ***


「あれが、もう一人の敵」

 アズリーが眉間に皺を寄せた。
 見るからに人間ではない。
 異常に盛り上がった肩が後頭部の高さを越えて膨らんでいる。足は二本。腕には獣を思わせる剛毛がびっしりと生えていて、肌が見えない。
 長い爪と、異様に伸びた黄色い犬歯。たった一つの金色の瞳。
 異形の化け物は、大の字になるヴィクターを一瞥すると、不愉快そうに耳障りな声で吠えた。

「隊列を組め」

 サルコスがこめかみに汗を流して言う。
 表情がひどく強張っている。アイテムボックスから取り出す盾を重そうに構えた。
 そのまま、矢継ぎ早に指示を出す。

「私が最前で盾を構える。後ろにバレット、サポートをシーラ。魔法でお嬢様と陛下が援護してください」

 耳打ちをするような小さな声が返った。
 相手を刺激しないように、音を消して自然に移動する。
 サルコスの盾を握る持ち手が、ぬるりと滑った。

「あれが……悪魔なのか?」

 押し殺した声。しかし、その動揺とつぶやきは、瞬く間に後ろに連なる者たちに伝わった。
「初めて見たぜ」と固い口調で言ったバレット。「恐怖で剣が揺れますね」とシーラ。
「あんなの……どうしろって?」
「私の『神格法』でなんとかしましょう」
 アズリーの隣で、レイナが痛ましそうに瞳を細める。

 ――異形の両手には、人間の頭部が四つ握られていた。
 
 素手で引きちぎったのだろう。首から筋繊維が垂れ、目や耳も原型をとどめていない。滴る血液が、間断なく地面を染めている。
 犠牲になったのは、数時間前に挨拶を交わした憲兵たちに違いない。

「絶対に気を抜くな」

 サルコスの最大級の警戒が放たれる。
 金色の単眼が、それに反応してぎょろりと動いた。
 誰かが息を呑む。凄まじい殺意だ。
 肉食獣の口の前に頭を差しだしているような、どうしようもない絶望感が漂い始めた。

「戦う前から、これかよ。ヴィクターの比じゃねえ」

 あえて強がるように言ったバレットの槍がかたかたと震えていた。すぐさま気づいた彼は、逆の手で持ち手を殴る。
 その様子をからかう者はいない。
 誰もが同じ気持ちだったのだ。
 異形の化け物は、ゆっくりとサルコスの方に踏み出した。
 とてつもなく重いに違いない。地面に爪先が抉るようにあとをつけた。

「――っ」

 その瞬間、サルコスが動揺する。
 異形の化け物が忽然と姿を消したのだ。慌てて盾を下げ、周囲を隈なく睨む。
 だが、いない。
 まさか――
 戦慄が背筋を駆けのぼった。

「姿を消せるのか!? 警戒! 来るぞ」

 怒鳴ったサルコスが、素早く一歩下がった。
アズリーとレイナを中央に呼び寄せ、三方をサルコスとバレットとシーラで囲む。
全方位を警戒する。

「――っ」

 数秒が経過した。
 レイナが『奏上の言』を完了させ「いつでも来なさい」と厳しい顔で言った。
 完全に後手に回った状況の中――わずかに誰かが身じろぎをした。
 その瞬間だった。

「グぅっっ!?」

 視界の端で血しぶきが舞った。
 途方もない力だった。立て続けに胸部に三つの穴が空き、まるで噴水のようにどす黒い内臓がとび出した。
 そのまま重い体を蹴り上げられ、垂直に上昇して天井に衝突。
 一拍遅れて落ちてきた肉の塊が<火魔法>によって燃え上がる。
 ほんの一秒。
 ――唖然とした顔の異形の化け物は、サルコスたちの眼前で物言わぬ塵と変わった。


 ***


「……お前は?」

 最初に我に返ったサルコスが、血に塗れた衣服を着替える男に尋ねた。

「名乗る必要はありませんね」

 赤髪をオールバックに固めた男は、執事服に似た黒い上着に袖を通し、両手で髪をかき上げる。

「品のかけらすらない敵は殺す価値もない」
「……サナトの言っていた援軍か?」

 赤髪の男は、意味深に笑う。興味なさげに、わずかに残った肉片を靴底で踏み潰し、ポケットに手をつっ込んで、奥に向かう。

「ま、待ちなさい!」

 進路の先にあるのは、巨大な扉――『特異点』だ。
 レイナが、はたと気づいて立ちふさがった。両手を胸の前で組み、「止まりなさい」と威嚇する。
 だが、男は口を歪めて笑うだけだ。

「助けてくれたことには感謝しています。ですが、誰であろうと、この先に通すわけにはいきません」
「あなた程度の<神格法>では、私は止められませんよ」

 男は、目に映らないはずのレイナの『手』に視線を向けた。

「あなた……まさか……」
「分かったなら、どきなさい。巻き添えを食いますよ」

 男は歩を進め、うっとうしそうな顔でレイナの前に立った。頭一つ高い位置から見下ろし、金色の瞳を輝かせる。
彼女が視線をそらして体を震わせ始めた。みるみる顔から血の気が引き、組んだ手が白くなる。

「あなた……な、何者なの……」
「何者でもいいでしょう。さあ、どきなさい」
「だ、ダメよ……ここだけは通すわけには……」
「ですが、私が怖いでしょう? 今すぐ、どこかに走り出したくなるほどの恐怖を感じているはずです」
「や……やはり、あ……なたが……何かを……」

 レイナの膝ががくりと崩れた。
 何度も短く空気を吸い、浅く息を吐いた。大粒の汗が額から滴り落ちる。

「ひ……卑怯……よ。スキルね?」
「何とでも言いなさい」

 男は楽しそうに瞳を曲げ、扉の前に立った。物知り顔で、「これが、最後の」とつぶやき、片手を当てた。

「<大隆起>」

 その言葉と共に、突然、大地が揺れた。
 誰もがバランスを取ろうと構え、地層の奥で響くような地響きに身を震わせた。
 男は静かに嗤った。

「これで、雑魚は手が出せない」

 用は済んだとばかりに、男が身を翻す。
 息も絶え絶えのレイナが、すがるように片手を伸ばした。

「待ちなさい! 何をしたの!」
「『特異点』を岩で覆っただけです。有象無象が使うには大きすぎる力なのでね」
「……どういう意味?」
「知ったところで、あなたにはどうしようもない。ただ、ここを守る必要はもうないということです。もし、私の岩を壊せる敵が来た時には……あなたの小さな力は役に立ちませんからね」

 男はそう言って、機嫌良さそうに歩き出す。
 呆気にとられるサルコス達に目を向けることなく、無詠唱でゲートを開いた。
 そして――
 ぴたりと足を止めた。
 首を傾げ、天井を見上げる。

「……まさか、グレモリーが消滅するとは。これは早めに対処しなくては――っと、そうなりますよね。主人がお怒りだ」

 男はくつくつと笑みを深め、ゲートに踏み込んだ。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。