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侵攻 2

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「んー、これは手強い。レベル30は超えてるんじゃない?」

 シルキスが跳びかかってきた狼の横っ面を、のけぞりながら殴る。右こぶしが綺麗に入り、軌道を曲げられた獣の顔が瞬時に燃え上がった。
 狼の瞳は四つ存在した。皮膚の色と見分けがつかない黒色だ。シルキスの記憶の中で、一致するモンスターはいない。
 攻撃手法は至って単純。
 前足と、牙。時折使用する移動を邪魔する<土魔法>。
 基本的に体力で押してくるタイプだ。
 対するシルキスのレベルは45。強化した<炎熱の拳>と、移動力を強化した<烈風の足>で戦う直接攻撃主体の彼にはやりやすく、読みやすい敵だった。
 しかし、敵の体の固さは異常だ。
 レベルは自分が上だと思うが、重い一発を難なく耐えて起き上がってくる。

「強いって言っても、まあ呼吸ができなきゃ終わりでしょ」

 シルキスは戦法を変えた。
 最初は打撃で殺すつもりだったが、<火傷>の状態異常を与えた方が効率が良いと気付いたのだ。
 しかも――

「くたばれっ!」

 金色のポニーテールを揺らしたモニカが、飛び上がって愛刀を振り下ろす。<火傷>に苦しみ大口を開けた狼の首が見事に落ちた。
 シルキスが、「すごいねー」と感心する。

「シルキス先生、サポートありがとうございます!」

 将来の国王の付き人が、会釈と共に礼を伝える。
 シルキスが、さっと近寄って耳打ちする。

「その鎧と、クレイモアってどこで手にいれたの?」

 モニカの鎧の胸部には白く輝く宝石がはまっていた。他に特徴と呼べる部分が無い、至ってシンプルなものだ。しかし、存在感が凄まじい。
 まるで黒い狼に対抗するかのように光を放っている。
 大きな剣も同じだ。金の装飾がほどこされた柄は大きく、幅が広い。
 腕以上に、二つの装備が目を引いた。
 モニカが会心の笑みで笑う。誇らしげで、わずかに照れる色が見えた。

「サナトに貰いました」
「へえー、彼に……すごい剣に見えるけど」
「魔剣フラガラッハって名前だそうです。サナトは魔法使いだから、使わないって。私の方がうまく使えるだろうって」
「そうなんだ……」

 違うだろうな。シルキスは直感する。
 どう見ても、伝説級の武具だ。モニカのレベルで狼の首を難なく落とせているのが何よりの証拠だ。
 そんな武器を惜しげもなく譲った理由はきっと――

「サナトは……これが私を守ってくれるだろうって……」

 モニカが誇らしげに胸を叩いた。白い宝石が呼応して強く輝く。狼の牙も爪も、この鎧には歯が立たないだろうと、感じる。
 この子を守りたい、ということか――
 シルキスは表情を変えずに、「頼りにしてるよ」と戦場に視線を戻した。

「俺は、あっちに行く。愛しいボーイフレンドが守ってくれてるとはいえ、無茶しないようにね」
「ふぇっ!?」

 途端に、モニカが顔を真っ赤に染めた。
 小さく微笑み返し、シルキスは滑るように移動する。接近戦は十八番だ。<瞬動術>と二種類の魔法、強化魔法と、恵まれたステータス。
 そして、戦闘における鋭敏な勘と要領の良さを兼ね備えた理事は、次代の強者が生まれる予感に、喜びが湧いた。

「俺がだらけていても、次はちゃんと出てくるんだよねー」


 ***


 徐々に敵は増えていた。シルキスが様々な場面でカバーに入っているが、元々陣形の訓練をしていない学園の護衛たちには荷が重そうだ。
 もしかするとメラン家の戦線が崩れかかっているのかもしれない。
 リリアーヌは黒髪を揺らしつつ、戦場を俯瞰する。
 彼女は屋上にいた。隣に立つダンドロンが、「始めてくれ」と促した。

「分かりました。では、『四番』から行きます」
「了解」

 ダンドロンが、人間二人ほどの大きさの蟲を召喚する。凄まじい羽音を立てて、空中をぐるりと旋回し、味方の注意を引きつつ、とある場所でホバリングを行う。
 次に狙われるエリアを示し、退散を促しているのだ。
 最初から不利になることは想定できた。
 訓練場は、これ見よがしに太い線を引いてエリアを区分している。
 縦に四本、横に四本。計十六か所に分けた。『四番』はリリアーヌから見て、ちょうど右上だ。

「炎よ。悠遠の時の中、変わらぬ煌めきよ。眼前にあるは災禍なり、迫るは無慈悲な暴力なり。我は許さぬ、我は認めぬ。いかなる敵も灰燼と化せ――」

 リリアーヌは杖を突き付け、力いっぱい叫んだ。
 手首には黄色い紐が風に吹かれて揺れている。

「<獄炎の瀑布>!」

 炎が――降り立った。
 天が怒り、大地が受け止めた。真っ赤な炎はごうっと音を鳴らし、一瞬にして狼たちを舐め上げる。
 火柱があとから舞い降り、一帯が赤々と燃え上がる。
 たった一発の魔法で戦場が変わった。
 狼たちが度肝を抜かれたように動きを止め、見る間に勢いを失った。
 シルキスが、「かかれ!」と大声で叫んだ。

「出撃」

 ダンドロンが同時に杖を振り上げて下ろした。
 土の中から異形の蟲が這って出た。トルドウルフが二匹並ぶほどの大きさだ。得体の知れない触手が次々と伸び、狼たちに突き刺さる。
 それは毒針だった。
 悲痛な獣の声が響き、シルキスやモニカがチャンスと見たのか、攻撃に移っている。
 と、リリアーヌが苦し気な顔で膝をついた。

「さすがに、きついですね」

 心配そうに眉を寄せたダンドロンに、無理に微笑んで見せる。

「神のスキル、<四重奏>じゃったか?」
「正しいのかは分かりませんが、そう呼んでいます……」

 リリアーヌが揺れる膝を押さえて立ち上がる。アイテムボックスからMP回復薬を一息で飲み干し、厳しい表情を作る。
 彼女のスキル<四重奏>は、MPを三倍消費することで、魔法の威力を大きく増幅するものだ。概算で四倍ほどの威力が出ることから、レイナが名付けた。
 しかし、その分負担も大きく、MPが回復しても、体の芯が重い状態がしばらく続く。
 子供の頃は、この仕組みがよくわかっていなかった。
 魔力を込めれば魔法が強くなる――その程度の認識だった。
 ただ嬉しかった。
 レイナに認められ、嬉々として魔法を放つ。
 その繰り返しの最中、従者の女性の一人を失った。
 魔法の範囲を見誤り、巻き込んでしまったのだ。幸い命はとりとめた。しかし、全身火傷という重傷を負った女性は、周囲の視線に耐えきれず城を去ることになった。
 まだ幼かったリリアーヌは恐怖した。
 今まで自分がおもちゃ感覚で使っていた魔法が、人の人生を狂わせるものだと身に染みた瞬間だったのだ。

「でも……私はもう迷わない」

 出て行った女性の部屋には、髪を束ねるのに使っていた黄色い紐があった。リリアーヌは、それを自分への戒めとして、ずっと身につけていた。
 二度とあんな事件を起こさないように。
 魔法を絶対に使わないように。
 しかし、ミスを怖がるリリアーヌは、城で働くギュネーに諫められ、モニカにも怒られた。

 ――大事な人を守ることができる力。

 サナトがモニカに伝えた言葉だそうだ。
 そんな簡単に言うけど、と最初はひねくれて受け止めた。でも、こういう場面になればよくわかる。
 目の前でモニカや先生たちが死にかければ、迷わず魔法を使うだろう。
 力を抑えることに意味は無い。
 使い方を間違えなければいいだけなのだ。
 こんな簡単なことに、何年も気づけなかった自分はバカだ。

「モニカもがんばって」

 笑顔を浮かべて、下で手を振るモニカに、杖を振り返した。

「予想以上に獣の立て直しが早い。次はもういけるか?」
「大丈夫です」

 リリアーヌが瞳に力を込める。
 ダンドロンが言ったとおり、大勢はまた五分に戻った。浮足立っていた獣がペアで動くようになった。
 特に脅威と見られたのか、シルキスには四匹が同時に襲い掛かっている。
 カルナリアやモニカもじりじりと押されている。

「次、『九番』に撃ちます」
「了解した。味方に警告する」

 ダンドロンの蟲が舞った。
 リリアーヌは長い呪文を紡ぎ始めた。
 まだ二発は大丈夫だろう。でも――その後は。
 小さな不安を心の隅に押しやった。
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