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75 ヴァンパイアの挽歌 2
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エリザの抜刀に合わせるように、ガガントの角が光を帯びる。蒼くさざめくような仄かな光は周囲に散り、空間を広げていく。
「お前には初めて見せるな」
ガガントは不敵に口角を上げて、ちょいちょいっとエリザを指で挑発する。
「《廃滅した猛者》だっけ?」
「そうだ。俺のテリトリーの中では、MPを次第に失っていく。お前ならどう戦う、最古参のエルゼベート」
「その名前は捨てたって言ったでしょ」
不満顔のエリザがテリトリーに踏み込んだ。
途端に彼女の体から光の粒子が陽炎のようにゆっくりと滲み出る。MPの漏出だ。
構わず彼女は突き進む。
ガガントも喜悦の表情で前に駆ける。
「一切の躊躇がない。さすがだエルゼベート」
「この程度で驚かれてもね」
空気を切り裂く音と共に《真夜》が振るわれる。一息の間に、四つの剣閃。
金属音が共鳴するように響く。
ガガントは腕甲を使って受け止めていた。
彼が伸ばした蹴りがエリザの顎の下をかちあげる。
「これを避けるか」
エリザは軽く顔を斜めにずらして蹴りの軌道を紙一重でかわしていた。
近接距離で、ヴァンパイアの二人が視線を交錯させた。
お返しとばかりに、エリザの手の平に風が集まり、渦を巻いて放たれる。
その塊はガガントの腹部に直撃した。
「うぉっ!?」
一瞬にして空中に飛ばされたガガントは、まるで竜巻に囚われたように数度回転する。
エリザはそれを見上げ、追いかけ、空に跳ねあがる。さらに血界術を駆使して足場を作り、さらに加速をつけて、《真夜》に手をかける。刃はいつの間にか鞘の中に納まっていた。
「《空閃》」
ぽつりとつぶやいたエリザはガガントを見ていない。
ただ、《真夜》の柄に手をかけ、瞬速で刃を引き抜いただけだ。
だが、効果は絶大だった。
空中に何百という太刀筋が姿を現し、そのエリアの敵を――ガガントに無数の刃をあびせたのだ。
「ぐぁぁっ」
苦し気にうめくガガントは受け身も取れず地面に落下した。
それを冷めた目で見つめるエリザは血界術の足場に片足で立っている。
「これが《廃滅した猛者》の効果ってわけね。ダメージがだいぶん減ったみたい」
めんどくさそうに言ったエリザは、片眉を上げてガガントを観察する。
「おっそろしい技だ」
ガガントはゆっくりと立ち上がった。
全身に血を滴らせる姿はまさに鬼のようだ。
刀傷は無数に皮膚を割いていた。
しかし、そのどれもが浅く、すでに治癒が始まっている。
「私のMPを使った技は、威力が低減する……と」
「そういうことだ。どんな技でも俺のテリトリーは効果を発揮する。ヴァンパイアでも竜でも、どんな敵の攻撃も、俺に届く間に弱くなる」
「そんなにぺらぺら話して大丈夫?」
「話したところで、どうにもできんからな。今度はこっちの番だ」
ガガントが筋肉を膨れ上がらせる。みるみるうちに傷がぎゅっと締まり、流れていた血が止まる。
「筋肉ダルマってこのことね」
「軽口を聞けるのもそこまでだ」
ガガントが隕石のような勢いで突進した。大地をめくり上げて走り続ける機関車のようだ。
見切ったエリザはすでにその場から移動している。
けれど、はっと気づいた。ガガントが一瞬で直角に軌道を変えてきたのだ。
単純だが、みなぎる力をすべて乗せた突進。
両手を広げて鬼気を浮かべた鬼が、見事に追尾してくる。
エリザはまた血界術を駆使して移動する。
だが、まただ。
エリザの死角への移動がすべて見えているようにガガントが追尾してくる。
最高位のヴァンパイアにとって、それは単なる追いかけっこかもしれない。
しかし、周囲の家や建物にとっては大災害だった。
エリザが着地した場所を、熱量の塊のようなガガントが突進し爆砕する。
まさに空爆そのものだった。
「なぜ、私を視認せずに」
眉をしかめるエリザは、自分の体が漏れているMPの光を目で追った。
「まさか、これを」
「正解だ!」
ドンっと一際大きな音が響いた。
砂煙の中を、エリザの体が跳ね飛ばされていた。
たった一撃。
地面を転がった彼女の向こうから、ガガントの高笑いが聞こえる。
「俺のテリトリーにいるやつの気配がわからんわけがないだろ」
「そういう……ことね……」
「腕が折れたな。まあ、俺の突進を受けてまともに立ち上がれるだけでも偉いぞ」
エリザは自分の腕を掴み、逆方向に曲げた。
嫌な音が響いたが、見た目だけが元に戻る。
「ああ、痛いのは何年ぶりかしら」
「今から、もっと強烈なのをお見舞いしてやる」
言い終わるが早いか、ガガントが再び突進を開始する。
エリザは防戦一方だった。何より折れた腕がほとんど役に立たない。
ヴァンパイアは自然治癒は早いが、それでも大怪我には時間を要する。
移動速度は見る影もなく、何度も彼女の側を力の塊が通過する。
そして、その度に力の余波で吹き飛ばされ、壁に激突していた。
「ふぅ……いい表情だ」
ガガントはまた立ち上がったエリザを見て、楽しそうに笑った。
彼女は満身創痍だった。
額からは血を流し、左腕はボロボロだ。
さらに服は擦り切れ、唇は何ヵ所も切れている。
けれど、彼女の瞳だけは何も変わらない。
消えない冷徹な光は澄み渡り、ガガントを見つめている。
「おいおい、そんな情熱的な目で見るなよ。ちょっと興奮してくるじゃねぇか」
ガガントはぶるりと身を震わせた。
筋肉が一層盛り上がり、息が徐々に荒くなっていく。
エリザはそれを見て、くすりと笑みをこぼした。
場に似つかわしくない妖艶な女性のようだった。
彼女は動く左腕をゆっくりと持ち上げ、ほっそりした指で自身の唇についた血をぬぐった。
「ねえ、ガガント、私って……ピンチ?」
「どう見ても、な」
「そっか、ピンチに見えるか……もうそろそろかな……」
彼女はぽんぽんと《真夜》の柄を叩いた。
すると、今まで何の動きもなかった《真夜》がぶるぶると振動を起こした。
「ねえ、聞いた? 《真夜》? 私は、ピンチみたいよ」
「ピンチになりたい、の間違いでしょ?」
妖艶な声だ。
ガガントはぽかんと口を開けた。
武器である《真夜》が、エリザと同じ声を発したように聞こえたからだ。
しかし、それは勘違いではなかった。
エリザの口がにぃっと弧月を描く。
「力、貸してくれる?」
「あの程度の敵に必要か? 真祖相手ならともかく、一介のヴァンパイア程度に、私の力を?」
「でもほら、腕折れちゃったし」
「ふぅ……主がピンチに陥ると強制的に目覚めさせられるのも苦労する」
「目覚めたってことは、ピンチってことだしね」
「はいはい……まあ、どのみち、『私はあなたの分身』みたいなものだしね。でも――やるからには徹底的にお願いね。何度も目覚めるのはつらいの」
「わかってるって」
エリザが嬉しそうに微笑むと、触ってもいない《真夜》がすぅっと鞘から抜けた。
まばゆい銀光を放つ刃はとても精巧で美しい。
触れれば切れるその切っ先が――エリザの心臓に突き刺さった。
「なっ!?」
驚愕の事態に、ガガントは言葉を失った。
目の前で、最古参のヴァンパイアは自分の刀に刺されていた。
その切っ先が、ずぶずぶと体内に沈んでいく。
ごぼっとエリザが吐いた。どす黒い血だった。
だが――
彼女の顔が上がると、そこには穏やかで、とても冷たい笑みが浮かんでいた。
「ばかな、どうなってやがる!?」
ガガントは押し寄せるプレッシャーに困惑していた。
眼前に立つ瀕死のヴァンパイアは確かに大怪我を負っていた。
息も絶え絶えで、動くことも困難だったはず。
なのに――
「これで、もっとピンチよね。あぁ、死にそう」
エリザは楽しそうに笑うのだ。
間違いなく、《真夜》は体を貫通している。
背中から切っ先が見えているのだ。
なのに、渦巻く圧迫感と、極寒の地に立たされたような心細さは、ますます大きくなっていく。
「私は、《真夜姫》」
エリザは《真夜》が突き刺さったまま歩き出す。
「《真夜》とは、この武器の名前。そして、私はそれに守られる《姫》」
ガガントが一歩後ずさる。
「《真夜》はなかなか本気で目覚めてくれなくてね。いつもは、弱い私が、のこりカスみたいな力を借りているだけ」
「お前……今まで本気じゃなかったのか……」
「私は最古参のヴァンパイア。知ってるでしょ? どうして長い時間を生きて来られたかわかる? もう何百年も、この力は使っていない。だって、これを使ったら、全部ぐちゃぐちゃにしちゃって汚いから」
紅い唇が曲がっていく。瞳が月形に変わる。
ガガントの背筋に寒気が走った。
「ねえ、知ってる? ヴァンパイア五柱の何代か前はね……みーんな、引くほど強かったのよ。でも誰も戦わなくなって、世代が変わってにらみ合いが続くと、いつの間にか弱くなっていったの」
エリザの姿勢が前傾に変わる。
どこかで見た姿。ガガントの突進のポーズとよく似ている。
「突進が、好きだったのよね?」
「くっ――」
「いくよ?」
子どもにかける掛け声のように優しい。なのに、恐怖はとめどない。
ガガントは素早く視線を巡らせる。《廃滅した猛者》はまだ生きている。
ならば――
エリザの足下が爆発した。
「くそがぁぁぁっ!」
ガガントが迎え撃つ。
エリザの体から光の粒子が漏れていく。確かにMPの漏出は続いている。
なのに――
頭部が互いに衝突した瞬間、桁外れの力がガガントを襲った。
たった一発で、体がバラバラになったと錯覚したほどだ。
「し、信じられ――」
どん――
背中から腹に衝撃が突き抜けた。
吹き飛んだ先で、エリザがほほ笑んでいる。
「頑丈なのもつらいね」
エリザはそう言って、空中に飛んだガガントに両拳を叩きつけた。
技も何もない。
なのに、体内の骨は一瞬にして悲鳴をあげた。
腹の中がぐちゃぐちゃになったように混ざり、とめどなく血反吐を吐いた。
「……ば、けもの、め」
「あら? まだ息があるなんて、さすが五柱。力は大したことなくても頑丈さはそこそこね」
エリザは《真夜》を胸に挿したまま、可愛らしく目を丸くしている。
ガガントは今になってようやく理解した。
大怪我をしたように見えるが、《真夜》が刺さった状態が、《真夜姫》の本当の姿なのだ、と。
「これが、過去の五柱って言いたいわけだ……ごほっ……お前なら、真祖にも勝てる……な」
「無理、無理」
途切れ途切れに口にしたガガントの言葉を、エリザが軽い口調で吹き飛ばす。
ガガントが思わず眉を寄せると、彼女は苦笑いを浮かべた。
「私が本気を出しても、絶対敵わない」
「そんなに……か?」
「次元が違うのよ。真祖は。だから真祖なの」
エリザは遠くを眺めながら「でも」とつぶやく。
「私は、だからこそ救われたかな。もう一番はやーめたって思ってね」
彼女は少女のように嘯いた。
ガガントはわけがわからず舌打ちを鳴らす。
「お前……が一番、じゃない……のかよ」
「そういうこと。生きてたら挑戦してみたら?」
「無理だろ」
「まあね……五柱の約束は覚えてる?」
「ああ、生殺与奪だろ……殺せ。お前と戦えて……悔いはない。力が今は届かなかったってことだ」
エリザは一つ頷いた。
そして、胸に刺さった《真夜》を引き抜くと、上段に構えた。
「生まれ変わったら、もっと強くなりなさい」
「ありがとよ」
ひゅんっ――銀閃が、沈黙を呼ぶように走り抜けた。
「お前には初めて見せるな」
ガガントは不敵に口角を上げて、ちょいちょいっとエリザを指で挑発する。
「《廃滅した猛者》だっけ?」
「そうだ。俺のテリトリーの中では、MPを次第に失っていく。お前ならどう戦う、最古参のエルゼベート」
「その名前は捨てたって言ったでしょ」
不満顔のエリザがテリトリーに踏み込んだ。
途端に彼女の体から光の粒子が陽炎のようにゆっくりと滲み出る。MPの漏出だ。
構わず彼女は突き進む。
ガガントも喜悦の表情で前に駆ける。
「一切の躊躇がない。さすがだエルゼベート」
「この程度で驚かれてもね」
空気を切り裂く音と共に《真夜》が振るわれる。一息の間に、四つの剣閃。
金属音が共鳴するように響く。
ガガントは腕甲を使って受け止めていた。
彼が伸ばした蹴りがエリザの顎の下をかちあげる。
「これを避けるか」
エリザは軽く顔を斜めにずらして蹴りの軌道を紙一重でかわしていた。
近接距離で、ヴァンパイアの二人が視線を交錯させた。
お返しとばかりに、エリザの手の平に風が集まり、渦を巻いて放たれる。
その塊はガガントの腹部に直撃した。
「うぉっ!?」
一瞬にして空中に飛ばされたガガントは、まるで竜巻に囚われたように数度回転する。
エリザはそれを見上げ、追いかけ、空に跳ねあがる。さらに血界術を駆使して足場を作り、さらに加速をつけて、《真夜》に手をかける。刃はいつの間にか鞘の中に納まっていた。
「《空閃》」
ぽつりとつぶやいたエリザはガガントを見ていない。
ただ、《真夜》の柄に手をかけ、瞬速で刃を引き抜いただけだ。
だが、効果は絶大だった。
空中に何百という太刀筋が姿を現し、そのエリアの敵を――ガガントに無数の刃をあびせたのだ。
「ぐぁぁっ」
苦し気にうめくガガントは受け身も取れず地面に落下した。
それを冷めた目で見つめるエリザは血界術の足場に片足で立っている。
「これが《廃滅した猛者》の効果ってわけね。ダメージがだいぶん減ったみたい」
めんどくさそうに言ったエリザは、片眉を上げてガガントを観察する。
「おっそろしい技だ」
ガガントはゆっくりと立ち上がった。
全身に血を滴らせる姿はまさに鬼のようだ。
刀傷は無数に皮膚を割いていた。
しかし、そのどれもが浅く、すでに治癒が始まっている。
「私のMPを使った技は、威力が低減する……と」
「そういうことだ。どんな技でも俺のテリトリーは効果を発揮する。ヴァンパイアでも竜でも、どんな敵の攻撃も、俺に届く間に弱くなる」
「そんなにぺらぺら話して大丈夫?」
「話したところで、どうにもできんからな。今度はこっちの番だ」
ガガントが筋肉を膨れ上がらせる。みるみるうちに傷がぎゅっと締まり、流れていた血が止まる。
「筋肉ダルマってこのことね」
「軽口を聞けるのもそこまでだ」
ガガントが隕石のような勢いで突進した。大地をめくり上げて走り続ける機関車のようだ。
見切ったエリザはすでにその場から移動している。
けれど、はっと気づいた。ガガントが一瞬で直角に軌道を変えてきたのだ。
単純だが、みなぎる力をすべて乗せた突進。
両手を広げて鬼気を浮かべた鬼が、見事に追尾してくる。
エリザはまた血界術を駆使して移動する。
だが、まただ。
エリザの死角への移動がすべて見えているようにガガントが追尾してくる。
最高位のヴァンパイアにとって、それは単なる追いかけっこかもしれない。
しかし、周囲の家や建物にとっては大災害だった。
エリザが着地した場所を、熱量の塊のようなガガントが突進し爆砕する。
まさに空爆そのものだった。
「なぜ、私を視認せずに」
眉をしかめるエリザは、自分の体が漏れているMPの光を目で追った。
「まさか、これを」
「正解だ!」
ドンっと一際大きな音が響いた。
砂煙の中を、エリザの体が跳ね飛ばされていた。
たった一撃。
地面を転がった彼女の向こうから、ガガントの高笑いが聞こえる。
「俺のテリトリーにいるやつの気配がわからんわけがないだろ」
「そういう……ことね……」
「腕が折れたな。まあ、俺の突進を受けてまともに立ち上がれるだけでも偉いぞ」
エリザは自分の腕を掴み、逆方向に曲げた。
嫌な音が響いたが、見た目だけが元に戻る。
「ああ、痛いのは何年ぶりかしら」
「今から、もっと強烈なのをお見舞いしてやる」
言い終わるが早いか、ガガントが再び突進を開始する。
エリザは防戦一方だった。何より折れた腕がほとんど役に立たない。
ヴァンパイアは自然治癒は早いが、それでも大怪我には時間を要する。
移動速度は見る影もなく、何度も彼女の側を力の塊が通過する。
そして、その度に力の余波で吹き飛ばされ、壁に激突していた。
「ふぅ……いい表情だ」
ガガントはまた立ち上がったエリザを見て、楽しそうに笑った。
彼女は満身創痍だった。
額からは血を流し、左腕はボロボロだ。
さらに服は擦り切れ、唇は何ヵ所も切れている。
けれど、彼女の瞳だけは何も変わらない。
消えない冷徹な光は澄み渡り、ガガントを見つめている。
「おいおい、そんな情熱的な目で見るなよ。ちょっと興奮してくるじゃねぇか」
ガガントはぶるりと身を震わせた。
筋肉が一層盛り上がり、息が徐々に荒くなっていく。
エリザはそれを見て、くすりと笑みをこぼした。
場に似つかわしくない妖艶な女性のようだった。
彼女は動く左腕をゆっくりと持ち上げ、ほっそりした指で自身の唇についた血をぬぐった。
「ねえ、ガガント、私って……ピンチ?」
「どう見ても、な」
「そっか、ピンチに見えるか……もうそろそろかな……」
彼女はぽんぽんと《真夜》の柄を叩いた。
すると、今まで何の動きもなかった《真夜》がぶるぶると振動を起こした。
「ねえ、聞いた? 《真夜》? 私は、ピンチみたいよ」
「ピンチになりたい、の間違いでしょ?」
妖艶な声だ。
ガガントはぽかんと口を開けた。
武器である《真夜》が、エリザと同じ声を発したように聞こえたからだ。
しかし、それは勘違いではなかった。
エリザの口がにぃっと弧月を描く。
「力、貸してくれる?」
「あの程度の敵に必要か? 真祖相手ならともかく、一介のヴァンパイア程度に、私の力を?」
「でもほら、腕折れちゃったし」
「ふぅ……主がピンチに陥ると強制的に目覚めさせられるのも苦労する」
「目覚めたってことは、ピンチってことだしね」
「はいはい……まあ、どのみち、『私はあなたの分身』みたいなものだしね。でも――やるからには徹底的にお願いね。何度も目覚めるのはつらいの」
「わかってるって」
エリザが嬉しそうに微笑むと、触ってもいない《真夜》がすぅっと鞘から抜けた。
まばゆい銀光を放つ刃はとても精巧で美しい。
触れれば切れるその切っ先が――エリザの心臓に突き刺さった。
「なっ!?」
驚愕の事態に、ガガントは言葉を失った。
目の前で、最古参のヴァンパイアは自分の刀に刺されていた。
その切っ先が、ずぶずぶと体内に沈んでいく。
ごぼっとエリザが吐いた。どす黒い血だった。
だが――
彼女の顔が上がると、そこには穏やかで、とても冷たい笑みが浮かんでいた。
「ばかな、どうなってやがる!?」
ガガントは押し寄せるプレッシャーに困惑していた。
眼前に立つ瀕死のヴァンパイアは確かに大怪我を負っていた。
息も絶え絶えで、動くことも困難だったはず。
なのに――
「これで、もっとピンチよね。あぁ、死にそう」
エリザは楽しそうに笑うのだ。
間違いなく、《真夜》は体を貫通している。
背中から切っ先が見えているのだ。
なのに、渦巻く圧迫感と、極寒の地に立たされたような心細さは、ますます大きくなっていく。
「私は、《真夜姫》」
エリザは《真夜》が突き刺さったまま歩き出す。
「《真夜》とは、この武器の名前。そして、私はそれに守られる《姫》」
ガガントが一歩後ずさる。
「《真夜》はなかなか本気で目覚めてくれなくてね。いつもは、弱い私が、のこりカスみたいな力を借りているだけ」
「お前……今まで本気じゃなかったのか……」
「私は最古参のヴァンパイア。知ってるでしょ? どうして長い時間を生きて来られたかわかる? もう何百年も、この力は使っていない。だって、これを使ったら、全部ぐちゃぐちゃにしちゃって汚いから」
紅い唇が曲がっていく。瞳が月形に変わる。
ガガントの背筋に寒気が走った。
「ねえ、知ってる? ヴァンパイア五柱の何代か前はね……みーんな、引くほど強かったのよ。でも誰も戦わなくなって、世代が変わってにらみ合いが続くと、いつの間にか弱くなっていったの」
エリザの姿勢が前傾に変わる。
どこかで見た姿。ガガントの突進のポーズとよく似ている。
「突進が、好きだったのよね?」
「くっ――」
「いくよ?」
子どもにかける掛け声のように優しい。なのに、恐怖はとめどない。
ガガントは素早く視線を巡らせる。《廃滅した猛者》はまだ生きている。
ならば――
エリザの足下が爆発した。
「くそがぁぁぁっ!」
ガガントが迎え撃つ。
エリザの体から光の粒子が漏れていく。確かにMPの漏出は続いている。
なのに――
頭部が互いに衝突した瞬間、桁外れの力がガガントを襲った。
たった一発で、体がバラバラになったと錯覚したほどだ。
「し、信じられ――」
どん――
背中から腹に衝撃が突き抜けた。
吹き飛んだ先で、エリザがほほ笑んでいる。
「頑丈なのもつらいね」
エリザはそう言って、空中に飛んだガガントに両拳を叩きつけた。
技も何もない。
なのに、体内の骨は一瞬にして悲鳴をあげた。
腹の中がぐちゃぐちゃになったように混ざり、とめどなく血反吐を吐いた。
「……ば、けもの、め」
「あら? まだ息があるなんて、さすが五柱。力は大したことなくても頑丈さはそこそこね」
エリザは《真夜》を胸に挿したまま、可愛らしく目を丸くしている。
ガガントは今になってようやく理解した。
大怪我をしたように見えるが、《真夜》が刺さった状態が、《真夜姫》の本当の姿なのだ、と。
「これが、過去の五柱って言いたいわけだ……ごほっ……お前なら、真祖にも勝てる……な」
「無理、無理」
途切れ途切れに口にしたガガントの言葉を、エリザが軽い口調で吹き飛ばす。
ガガントが思わず眉を寄せると、彼女は苦笑いを浮かべた。
「私が本気を出しても、絶対敵わない」
「そんなに……か?」
「次元が違うのよ。真祖は。だから真祖なの」
エリザは遠くを眺めながら「でも」とつぶやく。
「私は、だからこそ救われたかな。もう一番はやーめたって思ってね」
彼女は少女のように嘯いた。
ガガントはわけがわからず舌打ちを鳴らす。
「お前……が一番、じゃない……のかよ」
「そういうこと。生きてたら挑戦してみたら?」
「無理だろ」
「まあね……五柱の約束は覚えてる?」
「ああ、生殺与奪だろ……殺せ。お前と戦えて……悔いはない。力が今は届かなかったってことだ」
エリザは一つ頷いた。
そして、胸に刺さった《真夜》を引き抜くと、上段に構えた。
「生まれ変わったら、もっと強くなりなさい」
「ありがとよ」
ひゅんっ――銀閃が、沈黙を呼ぶように走り抜けた。
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