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37 アテルさん、フォローをあきらめないで!
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「すごいなぁ」
「これくらいは朝飯前よ」
エリザは百発百中の腕前だった。危なげなくマンティコアを屠り、次々と出てくるモンスターを一矢で消滅させる。
特にすごいのが、広範囲に衝撃を与える矢だ。
あれができることで多数の敵を相手にすることができる。
パーティメンバーも回復する余裕が出てきて動きも良くなっているし、エリザさまさまだ。
後衛のお手本んを見ているようだ。
しかも、彼女は自信に満ちていて、とてもかっこいい。
ふと、気になったことが口に出た。
「そういえば……エリザさんは、ヴァンパイアなんだよね?」
「そうよ」
「目の色を隠さないの?」
「隠さないわ」
エリザの言葉はわずかの間もなく返ってきた。
近くを歩いていたアテルやミャンが「えっ」と驚いたようだ。
「なぜ隠す必要があるの?」
「それは……みんなが怖がるから?」
「そんなの放っておきなさい。剣や弓を怖がるやつらだっているでしょ。それと同じよ」
彼女が不敵に口端を上げる。
「私はヴァンパイアという種族に誇りを持っているわ。何も恥じることはしていないし、ただヴァンパイアと聞いただけで怖がるようなやつらは、思考を停止させた愚か者の集まりよ」
淀みない言葉から自信がひしひしと流れ込んでくる。
心の中で何かがすとんと落ちてくる気配がした。
「着いたわ」
そうこうしているうちに、100階層に到達した。
見上げるほど高い天井から大きな吊り看板みたいなものがかかっていて、「100階へようこそ」と書かれている。
アトラクション乗り場みたいだ。
「ほら、あれが100階の主よ」
エリザが腕をあげて奥にそびえたつ建物を指さした。
倒壊寸前に見える灰色のビル。五階建てから六階建てくらいだろうか。少し斜めに建っている。
クロスフォーのメンバーが首を傾げると、エリザはくすりと小さな笑みを漏らした。
「そうよね。主には見えないわね」
そう言ったエリザは歩を進める。
不思議なことに敵は一匹も出てこない。
「ちなみにあの主を倒すと、壁が割れてエレベーターの乗り口が姿を現すの」
「倒すの? 建物を壊すってこと?」
「いいえ」
エリザは手近な小石を手に取って投げた。
その石が灰色のビルに当たった。
すると――
陽炎のように朽ちた壁の一部がどろりと溶けた。その一滴の液体がほおを流れる涙のように地面に達した。そして、ビルが悲鳴をあげるように軋んで揺らめいた。
建物が濃い粘液の塊に変わっていく。
何かを象った。大きい。ディアッチを越えるほどだ。
黒い髪を頭部で結わえた高髻(こうけい)。幅広い顎を持つ顔つきに、鬼のような面。白く透明な外衣の下には金属の光沢を放つ鎧。両手と両足は太く、巨大な像にまたがっている。
手には金剛杵(こんごうしょ)と呼ばれる棒状の持ち手の左右に槍状の刃が備わった方具。
帝釈天――雷神だ。
「とんでもないのが出てくるなぁ」
「あら、リリは帝釈天を知ってるの?」
「い、いや、強そうだなぁって思って」
エリザの興味深そうな視線を、さらりとかわす。
降臨書に載っているとは言えない。
帝釈天は☆6だ。雷を操る鬼人の一種で、レベルは55。
はっきり言って――普通の冒険者ならオーバーキルだ。
なにせディアッチとほぼ互角なのだから。
「こんなのがいたら、砂糖は採れないよね……」
「まったくです。高いはずです」
隣で険しい顔をしていたアテルが何度も頷いた。
エリザがほほ笑んだ。
「あなたたちは砂糖結晶がほしいの? あれを倒したらここにあるものを取り放題よ。ちなみに120階くらいまでは他のモンスターもほとんど出ないから、もっと取り放題」
「おおっ! ……ん? 帝釈天を倒さなかったらどうなるの?」
「延々と襲ってくるわ。結構しつこいのよ。モンスターもあいつが倒しちゃうから少ないの。雷魔法を使うから逃げるのも難しいしね」
「なるほど……」
「普通の挑戦者は、あれが目覚める範囲の外でこそこそトレジャーハントね」
エリザは落ち着き払った態度で落ちている小指の先ほどの白い結晶を拾い上げた。
指でつまむように挟で、私たちに向けた。
「これが、砂糖結晶」
「……え? ち、小さい」
思っていたよりずっと小さい。ビー玉くらいだ。
目をこらすと所々に落ちているけれど、これだと全然足りない。
エリザは私の気持ちを見透かしたように視線を向けた。
「ここは採り尽くされているもの。上にはもっと大きなものがゴロゴロあるわ」
「なんとっ、やる気出てきた!」
「じゃあ、そろそろ行きましょう。もう少し近づくと襲ってくるから。あなたたちでやってみる? ああ見えて、意外と動きは遅いのよ」
エリザの挑戦的な視線にミャンが反応した。
「もちろんですわ」
「ウィミュも挑戦! 強そうだけど……」
「強そうというか、絶対強いですよ……でも、まずは当たって砕けろの精神で」
三人の気持ちは固まったようだ。
「まあ、がんばりなさい。危なくなったら助けてあげるから」
「ありがとう、エリザさん!」
ぺこっと頭を下げた私に、エリザは軽く頷いて見せてから帝釈天に体を向けた。
スイーツのための戦闘開始だ。
***
「ミャン! 一度離れて!」
「もう少しで象が倒れますわ!」
「いや、雷魔法が来るって!」
「うぇっ、またですの!?
巨大な帝釈天は。自分よりも大きな象にまたがっている。
うちの三人は遠距離魔法がないので、なんとか象から降ろそうと苦心していた。
その三人に向かって、帝釈天は金剛杵(こんごうしょ)を振るいつつ、逆の手を動かして魔法を準備する。
――雷魔法・ラプソディア
プルルスも使っていた出の速い魔法だけど、さすがに魔法ではプルルスの方が一枚も二枚も上手だ。頭上で雷が弾けて、それから落ちる。
出るまでのタイムラグがあるのだ。
私はそこを狙う。
――弓術
覚えたてのスキルを使って、矢を放つ。もうほんとに残矢がない。
とん、っと帝釈天の右手を射た。
頭上の雷の大きさが小さくなった。時間は稼げた。
声を張り上げる。
「あと、五秒くらい!」
「任せなさい!」
ミャンがさらに攻撃を象の足に打ちこみ、ウィミュが風魔法をまとった杖で殴る。
アテルが飛びあがり、象の鼻っ面を蹴っ飛ばす。
帝釈天の動きは遅いものの、体力はすごい。
三人は決して弱くないけど、敵は少しも揺らがない。
「離れます!」
アテルが叫んだ。
同時に、ミャンとウィミュが地面を蹴ってその場を離れた。直後、雷魔法が頭上から落ちてくる。
帝釈天自らを巻き込むような魔法。
景色が白く染まり、視界が明滅した。
「いない!?」
象にまたがっていた帝釈天が消えていた。その瞬間に背筋がざわめいた。
私はとっさに上を見た。
巨体が、空中に跳んでいた。
位置は――
「ミャン、上から来る!」
「えっ?」
ようやく薄目を開けたミャンは、私の言葉を理解するのに時間がかかった。
帝釈天の持つ法具、金剛杵の鋭い刃が、彼女に向けてまっすぐ落ちてきた。
彼女の体に比べて大きすぎる刃が――
地面の一メートルほど上で止まった。
「なかなかいい反応だったわ」
「ありがとう、エリザさん」
エリザがいつの間にかミャンの前に立ち、巨大な刃を両手で挟んで止めていた。
足場が大きく陥没している。
そして、私はミャンの上に覆いかぶさっていた。
ただ、私の方が小さいので、隠せていない部分も多い。
ミャンが「ありがと、リリ」と小さな声を漏らした。
「今のあなたたちは、この乗り物とようやく戦えるくらいね」
エリザはそう言って、金剛杵を力づくで押し返した。帝釈天がたたらを踏んで後ろに倒れていった。純粋な力もすごい。
ミャンが立ち上がり、「ありがとう」とエリザに言った。
エリザが綺麗な微笑を浮かべて、弓を構えた。
至近距離だ。
「血界術――」
エリザの手に赤黒い液体が現れた。みるみる形を変え、先のとがった矢を象った。
「MP装填」
矢が真っ赤に輝きだす。まばゆい光は雷魔法に負けないほどの光量だ。
エリザが口端をにやりとあげ、演舞でも見せるように、ゆっくり矢をつがえた。
ひゅんという音と共に、矢が放たれた。
その場の風と音を一緒に連れていくような錯覚を与える一矢。
帝釈天の胸に刺さった。と思えば、あっさり大穴を空けて貫通した。矢はまだ止まらない。背後にいた象の横っ腹に刺さり、また大穴を空けた。
二体のモンスターが、ぴたりと動きを止めて、どうっと倒れた。
「今日は、気分がいいからサービスね。私の必殺技なのよ」
エリザがにっこり笑って振り返った。
あっけにとられる私たちは開いた口が塞がらなかった。
「す、すごい……」ミャンが呆然と漏らした。
「ま、ほう?」ウィミュが憧憬の眼差しを向けた。
「ただの弓よ。オリジナルだけどね」
エリザは事も無げに言う。
彼女にとっては誇るほどのことではないのだろう。
「あなたたち全員、見込みがあるわ。特に、リリ」
「はいっ!」
「あなたはこれからとても強くなると思う。腕を磨きなさい」
「ありがとうございます!」
私はぴしっと背筋を伸ばした。
エリザが「とてもいい子」と嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、あなたたちは上階の砂糖結晶をしっかり持って帰りなさい」
「エリザさんは?」
「私は、とりあえず200階まで行ってくる」
「一人で? 200階って帝釈天より強い敵がいるんじゃないの?」
「ええ。でも、次にやってくる本当の戦いは……たぶん、それを軽く超えてくるはずだから。なまった腕を起こしておかないと」
「エリザさん?」
「いえ、忘れてちょうだい……ちょっとナーバスになっているだけだから」
エリザは少し眉を寄せてため息を吐いた。
何か悩み事でもあるんだろうか。私にできることなら協力したいけれど、この人はとても強いし、プライドを傷つけることになるかもしれない。
でも――どこかでお礼をしよう。甘いもの、いける人だといいな。
「今日は、ありがとうございました!」
「じゃあ、また」
エリザはそう言って、颯爽と天上の穴に向かって跳んだ。
どういう仕組みなのか、空中を蹴っている。
そうか、血界術で塊を作って、蹴って上がってるんだ。
「矢も作っちゃうし、すごく器用だなぁ」
「ほんとにすごい人でしたね」
アテルが言う。
「ところで、リリ様、どうしてあんなにぴしっとした態度だったのですか? まるで教官と生徒でしたが……」
「え? いやあ……なんだろ? エリザさんって歴戦の戦士みたいな雰囲気があるでしょ? それに影響受けちゃって」
私はほおをかいて苦笑いする。
アテルがくすりと忍び笑いを漏らして言った。
「まさか弓だけで倒してしまうとは思いませんでした。ヴァンパイアの世界も広いですね。どうしてもイメージが力技なので」
ミャンとウィミュがそれを聞いて近づいてきた。
「私も、一発で象を転がすくらいはしたいですわ。あれくらい強いと気持ち良さそうでうらやましいです」ミャンがしみじみ言う。
「でも、あんなに強いヴァンパイアが野良の冒険者にいるかな? 上級なんてレベルじゃなかったよ」
ウィミュが首を傾げた。
私は「そうだね」と頷く。
「でも実際にいたしねー。野良じゃなくて、伝説のパーティの一人とかじゃない? 五人で世界を滅ぼそうとする悪魔と戦った、みたいな」
「そんな方が、こんなに身近なダンジョンにいるわけがありませんわ」
「まあ、そうかもしれないけど……エリザがパーティを組んでるとしたら……どんなメンバーなんだろう。きっとモンスターみたいに強い人ばっかりなんだろうなぁ」
「リリと同じ、モンスター級かも」
「ウィミュ、それはリリ様に失礼だと言ったでしょう? リリ様をモンスターと同列に考えないでください」
「ごめん、ごめん。アテルは厳しい」
「当然です」
「あっ」
「どうました、ウィミュ?」
「何か、動いている」
「「「え?」」」
全員がエリザの昇っていった穴から視線を下げた。
巨体が持ち上がっていく。
胸に空いた大穴に手を当て、しんどそうに息をヒューヒュー漏らしている。
帝釈天だ。
表情を動かさない顔が、こちらに向けられた。
回復魔法は使えないらしい。立ち上がろうとして片膝をつき、音を立てて倒れてしまった。
顔だけが戦意豊富という奇妙な状態だ。
私はしばらく悩んで、片手を向けた。
――万能魔法・ピュロボロス
空間が曲がった。熱したガラスがぐにゃりと曲がるように景色が溶け、帝釈天が閉じ込めれた。そして勢いよく収斂し爆発した。
跡には何も残らなかった。
「やっぱり、リリはモンスター級!」
ウィミュが嬉しそうに言った。
アテルが今度は口を開かなかった。
「これくらいは朝飯前よ」
エリザは百発百中の腕前だった。危なげなくマンティコアを屠り、次々と出てくるモンスターを一矢で消滅させる。
特にすごいのが、広範囲に衝撃を与える矢だ。
あれができることで多数の敵を相手にすることができる。
パーティメンバーも回復する余裕が出てきて動きも良くなっているし、エリザさまさまだ。
後衛のお手本んを見ているようだ。
しかも、彼女は自信に満ちていて、とてもかっこいい。
ふと、気になったことが口に出た。
「そういえば……エリザさんは、ヴァンパイアなんだよね?」
「そうよ」
「目の色を隠さないの?」
「隠さないわ」
エリザの言葉はわずかの間もなく返ってきた。
近くを歩いていたアテルやミャンが「えっ」と驚いたようだ。
「なぜ隠す必要があるの?」
「それは……みんなが怖がるから?」
「そんなの放っておきなさい。剣や弓を怖がるやつらだっているでしょ。それと同じよ」
彼女が不敵に口端を上げる。
「私はヴァンパイアという種族に誇りを持っているわ。何も恥じることはしていないし、ただヴァンパイアと聞いただけで怖がるようなやつらは、思考を停止させた愚か者の集まりよ」
淀みない言葉から自信がひしひしと流れ込んでくる。
心の中で何かがすとんと落ちてくる気配がした。
「着いたわ」
そうこうしているうちに、100階層に到達した。
見上げるほど高い天井から大きな吊り看板みたいなものがかかっていて、「100階へようこそ」と書かれている。
アトラクション乗り場みたいだ。
「ほら、あれが100階の主よ」
エリザが腕をあげて奥にそびえたつ建物を指さした。
倒壊寸前に見える灰色のビル。五階建てから六階建てくらいだろうか。少し斜めに建っている。
クロスフォーのメンバーが首を傾げると、エリザはくすりと小さな笑みを漏らした。
「そうよね。主には見えないわね」
そう言ったエリザは歩を進める。
不思議なことに敵は一匹も出てこない。
「ちなみにあの主を倒すと、壁が割れてエレベーターの乗り口が姿を現すの」
「倒すの? 建物を壊すってこと?」
「いいえ」
エリザは手近な小石を手に取って投げた。
その石が灰色のビルに当たった。
すると――
陽炎のように朽ちた壁の一部がどろりと溶けた。その一滴の液体がほおを流れる涙のように地面に達した。そして、ビルが悲鳴をあげるように軋んで揺らめいた。
建物が濃い粘液の塊に変わっていく。
何かを象った。大きい。ディアッチを越えるほどだ。
黒い髪を頭部で結わえた高髻(こうけい)。幅広い顎を持つ顔つきに、鬼のような面。白く透明な外衣の下には金属の光沢を放つ鎧。両手と両足は太く、巨大な像にまたがっている。
手には金剛杵(こんごうしょ)と呼ばれる棒状の持ち手の左右に槍状の刃が備わった方具。
帝釈天――雷神だ。
「とんでもないのが出てくるなぁ」
「あら、リリは帝釈天を知ってるの?」
「い、いや、強そうだなぁって思って」
エリザの興味深そうな視線を、さらりとかわす。
降臨書に載っているとは言えない。
帝釈天は☆6だ。雷を操る鬼人の一種で、レベルは55。
はっきり言って――普通の冒険者ならオーバーキルだ。
なにせディアッチとほぼ互角なのだから。
「こんなのがいたら、砂糖は採れないよね……」
「まったくです。高いはずです」
隣で険しい顔をしていたアテルが何度も頷いた。
エリザがほほ笑んだ。
「あなたたちは砂糖結晶がほしいの? あれを倒したらここにあるものを取り放題よ。ちなみに120階くらいまでは他のモンスターもほとんど出ないから、もっと取り放題」
「おおっ! ……ん? 帝釈天を倒さなかったらどうなるの?」
「延々と襲ってくるわ。結構しつこいのよ。モンスターもあいつが倒しちゃうから少ないの。雷魔法を使うから逃げるのも難しいしね」
「なるほど……」
「普通の挑戦者は、あれが目覚める範囲の外でこそこそトレジャーハントね」
エリザは落ち着き払った態度で落ちている小指の先ほどの白い結晶を拾い上げた。
指でつまむように挟で、私たちに向けた。
「これが、砂糖結晶」
「……え? ち、小さい」
思っていたよりずっと小さい。ビー玉くらいだ。
目をこらすと所々に落ちているけれど、これだと全然足りない。
エリザは私の気持ちを見透かしたように視線を向けた。
「ここは採り尽くされているもの。上にはもっと大きなものがゴロゴロあるわ」
「なんとっ、やる気出てきた!」
「じゃあ、そろそろ行きましょう。もう少し近づくと襲ってくるから。あなたたちでやってみる? ああ見えて、意外と動きは遅いのよ」
エリザの挑戦的な視線にミャンが反応した。
「もちろんですわ」
「ウィミュも挑戦! 強そうだけど……」
「強そうというか、絶対強いですよ……でも、まずは当たって砕けろの精神で」
三人の気持ちは固まったようだ。
「まあ、がんばりなさい。危なくなったら助けてあげるから」
「ありがとう、エリザさん!」
ぺこっと頭を下げた私に、エリザは軽く頷いて見せてから帝釈天に体を向けた。
スイーツのための戦闘開始だ。
***
「ミャン! 一度離れて!」
「もう少しで象が倒れますわ!」
「いや、雷魔法が来るって!」
「うぇっ、またですの!?
巨大な帝釈天は。自分よりも大きな象にまたがっている。
うちの三人は遠距離魔法がないので、なんとか象から降ろそうと苦心していた。
その三人に向かって、帝釈天は金剛杵(こんごうしょ)を振るいつつ、逆の手を動かして魔法を準備する。
――雷魔法・ラプソディア
プルルスも使っていた出の速い魔法だけど、さすがに魔法ではプルルスの方が一枚も二枚も上手だ。頭上で雷が弾けて、それから落ちる。
出るまでのタイムラグがあるのだ。
私はそこを狙う。
――弓術
覚えたてのスキルを使って、矢を放つ。もうほんとに残矢がない。
とん、っと帝釈天の右手を射た。
頭上の雷の大きさが小さくなった。時間は稼げた。
声を張り上げる。
「あと、五秒くらい!」
「任せなさい!」
ミャンがさらに攻撃を象の足に打ちこみ、ウィミュが風魔法をまとった杖で殴る。
アテルが飛びあがり、象の鼻っ面を蹴っ飛ばす。
帝釈天の動きは遅いものの、体力はすごい。
三人は決して弱くないけど、敵は少しも揺らがない。
「離れます!」
アテルが叫んだ。
同時に、ミャンとウィミュが地面を蹴ってその場を離れた。直後、雷魔法が頭上から落ちてくる。
帝釈天自らを巻き込むような魔法。
景色が白く染まり、視界が明滅した。
「いない!?」
象にまたがっていた帝釈天が消えていた。その瞬間に背筋がざわめいた。
私はとっさに上を見た。
巨体が、空中に跳んでいた。
位置は――
「ミャン、上から来る!」
「えっ?」
ようやく薄目を開けたミャンは、私の言葉を理解するのに時間がかかった。
帝釈天の持つ法具、金剛杵の鋭い刃が、彼女に向けてまっすぐ落ちてきた。
彼女の体に比べて大きすぎる刃が――
地面の一メートルほど上で止まった。
「なかなかいい反応だったわ」
「ありがとう、エリザさん」
エリザがいつの間にかミャンの前に立ち、巨大な刃を両手で挟んで止めていた。
足場が大きく陥没している。
そして、私はミャンの上に覆いかぶさっていた。
ただ、私の方が小さいので、隠せていない部分も多い。
ミャンが「ありがと、リリ」と小さな声を漏らした。
「今のあなたたちは、この乗り物とようやく戦えるくらいね」
エリザはそう言って、金剛杵を力づくで押し返した。帝釈天がたたらを踏んで後ろに倒れていった。純粋な力もすごい。
ミャンが立ち上がり、「ありがとう」とエリザに言った。
エリザが綺麗な微笑を浮かべて、弓を構えた。
至近距離だ。
「血界術――」
エリザの手に赤黒い液体が現れた。みるみる形を変え、先のとがった矢を象った。
「MP装填」
矢が真っ赤に輝きだす。まばゆい光は雷魔法に負けないほどの光量だ。
エリザが口端をにやりとあげ、演舞でも見せるように、ゆっくり矢をつがえた。
ひゅんという音と共に、矢が放たれた。
その場の風と音を一緒に連れていくような錯覚を与える一矢。
帝釈天の胸に刺さった。と思えば、あっさり大穴を空けて貫通した。矢はまだ止まらない。背後にいた象の横っ腹に刺さり、また大穴を空けた。
二体のモンスターが、ぴたりと動きを止めて、どうっと倒れた。
「今日は、気分がいいからサービスね。私の必殺技なのよ」
エリザがにっこり笑って振り返った。
あっけにとられる私たちは開いた口が塞がらなかった。
「す、すごい……」ミャンが呆然と漏らした。
「ま、ほう?」ウィミュが憧憬の眼差しを向けた。
「ただの弓よ。オリジナルだけどね」
エリザは事も無げに言う。
彼女にとっては誇るほどのことではないのだろう。
「あなたたち全員、見込みがあるわ。特に、リリ」
「はいっ!」
「あなたはこれからとても強くなると思う。腕を磨きなさい」
「ありがとうございます!」
私はぴしっと背筋を伸ばした。
エリザが「とてもいい子」と嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、あなたたちは上階の砂糖結晶をしっかり持って帰りなさい」
「エリザさんは?」
「私は、とりあえず200階まで行ってくる」
「一人で? 200階って帝釈天より強い敵がいるんじゃないの?」
「ええ。でも、次にやってくる本当の戦いは……たぶん、それを軽く超えてくるはずだから。なまった腕を起こしておかないと」
「エリザさん?」
「いえ、忘れてちょうだい……ちょっとナーバスになっているだけだから」
エリザは少し眉を寄せてため息を吐いた。
何か悩み事でもあるんだろうか。私にできることなら協力したいけれど、この人はとても強いし、プライドを傷つけることになるかもしれない。
でも――どこかでお礼をしよう。甘いもの、いける人だといいな。
「今日は、ありがとうございました!」
「じゃあ、また」
エリザはそう言って、颯爽と天上の穴に向かって跳んだ。
どういう仕組みなのか、空中を蹴っている。
そうか、血界術で塊を作って、蹴って上がってるんだ。
「矢も作っちゃうし、すごく器用だなぁ」
「ほんとにすごい人でしたね」
アテルが言う。
「ところで、リリ様、どうしてあんなにぴしっとした態度だったのですか? まるで教官と生徒でしたが……」
「え? いやあ……なんだろ? エリザさんって歴戦の戦士みたいな雰囲気があるでしょ? それに影響受けちゃって」
私はほおをかいて苦笑いする。
アテルがくすりと忍び笑いを漏らして言った。
「まさか弓だけで倒してしまうとは思いませんでした。ヴァンパイアの世界も広いですね。どうしてもイメージが力技なので」
ミャンとウィミュがそれを聞いて近づいてきた。
「私も、一発で象を転がすくらいはしたいですわ。あれくらい強いと気持ち良さそうでうらやましいです」ミャンがしみじみ言う。
「でも、あんなに強いヴァンパイアが野良の冒険者にいるかな? 上級なんてレベルじゃなかったよ」
ウィミュが首を傾げた。
私は「そうだね」と頷く。
「でも実際にいたしねー。野良じゃなくて、伝説のパーティの一人とかじゃない? 五人で世界を滅ぼそうとする悪魔と戦った、みたいな」
「そんな方が、こんなに身近なダンジョンにいるわけがありませんわ」
「まあ、そうかもしれないけど……エリザがパーティを組んでるとしたら……どんなメンバーなんだろう。きっとモンスターみたいに強い人ばっかりなんだろうなぁ」
「リリと同じ、モンスター級かも」
「ウィミュ、それはリリ様に失礼だと言ったでしょう? リリ様をモンスターと同列に考えないでください」
「ごめん、ごめん。アテルは厳しい」
「当然です」
「あっ」
「どうました、ウィミュ?」
「何か、動いている」
「「「え?」」」
全員がエリザの昇っていった穴から視線を下げた。
巨体が持ち上がっていく。
胸に空いた大穴に手を当て、しんどそうに息をヒューヒュー漏らしている。
帝釈天だ。
表情を動かさない顔が、こちらに向けられた。
回復魔法は使えないらしい。立ち上がろうとして片膝をつき、音を立てて倒れてしまった。
顔だけが戦意豊富という奇妙な状態だ。
私はしばらく悩んで、片手を向けた。
――万能魔法・ピュロボロス
空間が曲がった。熱したガラスがぐにゃりと曲がるように景色が溶け、帝釈天が閉じ込めれた。そして勢いよく収斂し爆発した。
跡には何も残らなかった。
「やっぱり、リリはモンスター級!」
ウィミュが嬉しそうに言った。
アテルが今度は口を開かなかった。
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アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
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しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
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