転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと

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043 再開

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 だが、それを押し戻すようにユーリアとミーガンの炎が浄化の力を伴い燃え盛る。拮抗する力の衝突は仙気の渦を巻き起こす。
 その中を、ロアはアラギに向かって走り出した。

 墓守の管理する墓はその墓守の心が反映される。邪悪な者であればその心の写し鏡のように荒廃するのだ。きっとアラギの管理する墓園の理想郷はそういう世界なのだろう。

 ロアは足元から次々と現れる亡霊たちを無視して走り抜ける。今は信頼できる強力な真紅の援護がある。ちらりと後ろに視線を飛ばすと、ミーガンに背後から抱き着かれたユーリアが頷いている。

 アラギが小さく舌打ちを鳴らした。ロアが少しも怯まないからだ。ここに来て死霊の力が相殺されてしまっていることもある。アラギは漆黒の剣を振るって応戦する。だが、ロアの攻撃速度が段違いに上昇していくことに目を見張る。

『そうだ、ロア。見せてやれ』
『がんばりなさい、ロア。あなたの大事な人の為にも』

 どこからか、ギャランとニーアの声が聞こえた。それに加えて――

『お兄ちゃん』

 背中を見つめているユーリアの懐かしい声が聞こえた。その声はロアが転生する前のもっともっと昔の記憶に触れたようで、心に温かさが灯った。

 (ありがとうみんな)

 ロアは取り込む『気』を切り替えた。自然から得られる『気』を取り込む仙気術に対し、墓園から取り込む『気』を扱う力を霊気術と呼ぶ。それは墓園に眠る亡骸の記憶を共有し、そのすべての力の統合を行う真の墓守だけが使える極地。この瞬間、ロアは人の身でありながらガネッサ騎士団全員と同等の存在となる。
 ロアは銀色の霊気を纏いガネッサ騎士団の経験値を持って、アラギを圧倒する。

「くっ」

 アラギは剣戟を捌く余裕を失っていた。体に宿る死霊たちを身を守るために次々と盾にするが、すぐさまロアに葬送される。
 拡がりつつあった紫色の世界が、力の優劣を教えるように押し戻されていく。

 そして、ロアの怒涛の刃がとうとうアラギの防御を抜けた。刃は音もなく通り抜け、首を静かに斬り飛ばした。

 終わった――と、誰もがそう思った。
 だが、ロアは異様な気配を感じて飛び下がった。

 アラギの首の無い体は倒れなかった。手に持った剣がゆっくり持ち上がる。ぐつぐつと水が沸騰するような音と共に切断面の肉が盛り上がっていく。
 首が再生した。続いて顎が、口が、鼻が、耳と目が次々と象られていく。

「アァっ……死ヌかとおもッた」

 声が変わった。アラギの顔は半分だけ元に戻り、残りの半分は紫色の皮膚が溶けたような状態だった。それは街に出現した化け物に酷似している。アラギはぶるりと全身を震わせ腕を捲った。腕には小さな顔が無数に張り付き怨嗟の産声をあげている。

「お前は……もう人間ですらないんだな」

 ロアの言葉を、アラギは心地よさそうに受け止め奇怪な笑い声をあげた。

「来イ、バルバトス」

 アラギの言葉に応じるように背後の空間からずるりと太い腕が現れた。続いて異常に大きな頭が現れ、短い脚がまろびでる。赤ん坊のように四つん這いで這い出てくるそれはビルのように巨大だ。不規則な動きで轟音を響かせながら、大地に手足を沈ませる化け物は周囲を睥睨し咆哮を放つ。

「ヤれ」

 化け物が壊れそうな動きで四肢を動かす。襲い来る巨体は圧倒的で、恐怖に息を呑みそうになる。けれど――

「仙気術、焔落とし!!」

 ユーリアはまったくひるまなかった。
 化け物の頭上に現れた空を覆うかと思うほどの大きさの炎弾が、じわりと迫るように落下した。ミーガンと心を合わせた仙気術は今までの比ではない。腹の底に響く衝突音とすべてを燃やす燃焼音。たった一撃で化け物が苦しげにうめき声を漏らす。

「お兄ちゃん! 行って!」

 ユーリアが声の限りに叫んだ。
 ロアがアラギに肉薄する。残りカスに等しい亡霊たちを斬り飛ばして葬送し、下がっていくアラギを追い詰めていく。
 アラギの顔に戸惑いが生まれた。数では圧倒している。死霊の力を自分の意のままに使っているので負けるはずがない――そんな想いが顔に現れていた。

 アラギはロアの背後に多くの英霊たちの姿を幻視した。誰もが力を貸したことを誇りに思って満足そうにしている。英霊を死霊と呼び、ひたすら力を求めてその身に宿し使いつぶしてきたアラギと、英霊を英霊と尊重し対話を重ねて打ち解けてきたロアの姿は、まるで合わせ鏡のようだ。

「おぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 裂ぱくの気合を放ち、ロアは燃え尽きようとする化け物の体を蹴りながら上空に跳んだ。霊気を一気に膨張させ、アラギの頭上から全力の刃を振り下ろす。

「こんナばかなッ」

 頼りのバルバトスがまったく役に立たない状況。アラギは忌々しそうに表情を歪め、残りの力を剣に込めてロアの一撃を迎撃すべく腕をあげる。

 しかし、予想に反して振り下ろされた刃には力が無かった。はっと気づいたアラギは自分の懐に入り込まれたことを悟った。声も含めたフェイントだったのだ。

 ロアの両手が体に伸びたと思った瞬間――≪霊気双掌≫。
 体に溜めた霊気をロアが最も得意とする無手で放つ。それはアラギと共に、体内に取り込んできた死霊のすべてを霧散させた。


 ◆


「お兄ちゃんっ!」

 走り寄ってきたユーリアが、ロアを押し倒さんばかりに抱き着いた。真っ青だった顔には幾分血色が戻り、危地は脱したのだとわかる。

 ロアは一安心しながら「無事で良かった」と何度も頭を撫でた。
 時々嗚咽を漏らしながら、「お兄ちゃん」と連呼する妹はとても愛おしく、絶対に守らなければという気持ちが大きくなっていく。

(困ったな……もう突き放せないかもしれない)

 ユーリアがアラギに操られている時、ロアは無意識のうちに彼女を巴と重ねていた。あの時のロアはとにかく必死だった。

 仮に、とか。もしも、とか。
 そういった可能性ではなく、なぜか巴だと決めつけて、失うわけにはいかないと必死だった。ユーリアの死の寸前の顔を知っていたからかもしれない。今なら冷静さを欠いていたのだと思う。けれど、当然ながら別人の可能性も残っているのだ。

 それが少し寂しくて胸が苦しくて――

「お兄ちゃん……」

 ロアの胸にぐりぐりと自分の頭を擦り付けていたユーリアが、なぜかそっと下がって距離を取った。
 ユーリアはもじもじと視線を落としてから、力を込めた視線を向け、胸に手を当てて大きく息を吸った。
 そして一拍置いて――花が咲くように笑った。

「私――春本 巴です。……お兄ちゃんは……私の知ってる倫也お兄ちゃんですか?」

 その言葉はすぐに頭に染み込んだ。
 目の前で微笑むユーリアの姿が、記憶の中の見慣れた少女と完全に重なっていく。
 巴の笑顔は今までの人生の中で最も心を震わせてくれた。それはどんな花よりも綺麗で、可憐で。
 ロアはふらつくようにして近づき、『春本 巴』を長い時間見つめてからぎゅうっと抱きしめた。
 折れそうなほど細い体を、ただ力任せに。

「……そうだよ」

 ようやく絞り出した声は震えていた。
 巴が「うん」と、か細い声で頷き、倫也を抱きしめた。

「会いたかった……」
「俺もだ」

 長い時間だった。二人は春の墓園でようやく再会を果たした。



  (end)
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