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042 相容れない存在
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ロアは厳しい顔で振り返った。
「話には聞いてたけど、ここが墓守が管理する≪幻世≫か。これはついてるな。使いきれないほどの力が満ち満ちている」
瞳を弧月のように曲げたアラギが墓園内に入り込んでいた。その身には不気味な紫色の靄が纏わりついている。まともな仙気ではなく、見ているだけで悍ましく寒気がするものだ。
「無数の英霊の成れの果て……か」
「なかなかおしゃれだと思わないかい? コートみたいだろ?」
「その体に、どれだけ取り込んだんだ」
「さあね。細かいことは覚えてないし興味ないね」
アラギの体を覆う靄が足下からじわりと領域を拡大し、墓園の一部を呑み込んでいく。靄だと思っていたその中に、滲み出るようにして人の顔が現れた。片目が真っ黒になった悲痛の叫びを訴える英霊だ。続いて顔が溶けてしまった男の顔も現れる。
無数に、無数に。夥しい英霊たちの崩れた顔がロアを威嚇するように形を変える。まるで亡霊だ。
ロアは感情を殺した表情で見つめたのち、腰の刀を素早く抜き放ち一足飛びにアラギに斬りかかった。
呼応するようにアラギの足下の靄の中からずるりと黒い剣が現れた。それを流れるように抜き、ロアの刀を迎撃する。
衝突で硬質な金属音が鳴り響き、互いの視線が交錯する。
「お前は何がしたいんだ」
「教えて理解できるかな?」
アラギは皮肉に嗤うとその場で素早くくるりと回転し、凶刃を滑らすようにしてロアの腹部を狙う。それを冷静に受け流したロアは、返す刀をアラギの肩に振り下ろした。
「おっと」
跳び下がってかわしたアラギをロアが追う。二人は目にも留まらない速度で刃のやり取りを繰り返す。
「僕はね、混沌が見たいんだ」
アラギは口ずさむように言う。
「この固定化されてしまった世界はつまらない。くだらない人間が作ってきたルールも、階級も、考え方も、何もかも取り払って一度ゼロに戻したい。飼いならされた人間に輝きはないよ」
そう言ったアラギの足元から、噛みつくようにして亡霊が飛び出した。ロアが素早く刀を振り一刀に捨てる。
「その点、死霊はいい。死の瞬間を知っているからね。誰もが何かを悔いている。満足して死んだなんて嘘だ。もし生きていたら、もしあのとき選択を誤らなかったら――ずっと後悔していることが必ずある。でも死霊だから何もできずに佇んでいるだけだ。そんな彼らが一瞬でもいい。現世に出たらどうだろう?」
アラギは剣を片手に持ち、タクトを振るうように一閃した。
すると、ぐんと紫色のエリアが広がった。色とりどりの花々が次々と枯れ、大地が呑み込まれるように荒れていく。空に不気味な紅が射し、山から吹く風は生ぬるく体に纏わりつく。
「変えようとするだろうね。当然、何を犠牲にしても選択をやり直す。無念を晴らす。さらに価値観の古い人間、遥かに強い仙気術使い、常識の異なる者――次々に復活する彼らを現世で王様気取りの人間が受け入れるだろうか」
アラギは薄ら笑いを浮かべて肉薄する。徐々に鋭く素早くなる剣の軌跡がロアの肌を細かく傷つけていく。
「受け入れられるはずがない。国境をまたぐだけで理解できないのに。……始まるのは排斥だ。己の存在価値をかけた抗い。血みどろの混沌。僕はそれをこの国で試したい。その為にまずは全ての死霊の回収だ」
ロアの眼前で紫色の靄が膨れ上がって人型となった。腰を折った老人の亡霊だ。一瞬躊躇したロアだったが決然と見据えてその胴体を切り飛ばす。
アラギが笑いながら剣を振った。
今度は同時に五体。ロアは心を痛めつつも無言で斬り飛ばしながら距離を詰めていく。
だが、崩れた英霊たちはどんどん数を増やしていく。奇怪なうめき声を放つそれらの十を斬り、百を斬り――その一つ一つの動作に英霊たちが苦しんでいる。
「――っ」
ひと際大きな亡霊の陰に、いつの間にかアラギがしゃがみ込んでいた。アラギは猫のように瞳を細め、ロアの腹部に刃を突き刺した。深々と体内に沈み込んだ刃が、ロアに灼熱の棒を押し込まれたような感触を与える。
だがそこに――ごうっと音を立てて紅い炎が舞い降りた。炎は大地をなめるように走り抜け、すべてを灰塵と化していく。いつの間にかロアを囲んでいた亡霊たちがたちどころに消滅した。
「ユーリア……」
「お兄ちゃん、私も戦う」
ロアの背後に立ったのはユーリアと炎のミーガンだった。固い表情だが、ユーリアから強い意志を感じる。
アラギがそれを見て超人的なバネで後ろに跳び、崩れた英霊たちの山の上に着地する。
ロアは腹部の傷を少し回復させ、追いかけるようにアラギを見つめた。
「お前の言いたいことも少しは理解できる。間違っていることもあると思う。でも、それも含めて英霊たちが作ってきた世界だ。俺はその世界も尊重したい。それに――」
ロアは柔らかい笑みを浮かべてユーリアに視線を送った。
「何かを変えるのは、英霊ではなく生きている人間だ」
そう告げた瞬間、ロアの体が銀色に輝き始めた。髪の色も変化し、黒から銀髪へと変わっていく。
「お前は英霊の何もわかっていない。英霊も様々だ。英霊たちの無念を晴らすと言いつつ、ただの力の塊としか見ていないのは、お前が――英霊と真剣に向き合ったことがないからだ」
ロアの鋭い視線が向くと、アラギはやるせなさそうに鼻を鳴らして肩をすくめた。
「墓守って嫌いだな」
アラギは一瞬眉を押せ一気に攻勢をかけ始めた。春の野原も墓園もまとめて呑み込むような紫色の世界は、怒涛の勢いで世界を侵食していく。
「話には聞いてたけど、ここが墓守が管理する≪幻世≫か。これはついてるな。使いきれないほどの力が満ち満ちている」
瞳を弧月のように曲げたアラギが墓園内に入り込んでいた。その身には不気味な紫色の靄が纏わりついている。まともな仙気ではなく、見ているだけで悍ましく寒気がするものだ。
「無数の英霊の成れの果て……か」
「なかなかおしゃれだと思わないかい? コートみたいだろ?」
「その体に、どれだけ取り込んだんだ」
「さあね。細かいことは覚えてないし興味ないね」
アラギの体を覆う靄が足下からじわりと領域を拡大し、墓園の一部を呑み込んでいく。靄だと思っていたその中に、滲み出るようにして人の顔が現れた。片目が真っ黒になった悲痛の叫びを訴える英霊だ。続いて顔が溶けてしまった男の顔も現れる。
無数に、無数に。夥しい英霊たちの崩れた顔がロアを威嚇するように形を変える。まるで亡霊だ。
ロアは感情を殺した表情で見つめたのち、腰の刀を素早く抜き放ち一足飛びにアラギに斬りかかった。
呼応するようにアラギの足下の靄の中からずるりと黒い剣が現れた。それを流れるように抜き、ロアの刀を迎撃する。
衝突で硬質な金属音が鳴り響き、互いの視線が交錯する。
「お前は何がしたいんだ」
「教えて理解できるかな?」
アラギは皮肉に嗤うとその場で素早くくるりと回転し、凶刃を滑らすようにしてロアの腹部を狙う。それを冷静に受け流したロアは、返す刀をアラギの肩に振り下ろした。
「おっと」
跳び下がってかわしたアラギをロアが追う。二人は目にも留まらない速度で刃のやり取りを繰り返す。
「僕はね、混沌が見たいんだ」
アラギは口ずさむように言う。
「この固定化されてしまった世界はつまらない。くだらない人間が作ってきたルールも、階級も、考え方も、何もかも取り払って一度ゼロに戻したい。飼いならされた人間に輝きはないよ」
そう言ったアラギの足元から、噛みつくようにして亡霊が飛び出した。ロアが素早く刀を振り一刀に捨てる。
「その点、死霊はいい。死の瞬間を知っているからね。誰もが何かを悔いている。満足して死んだなんて嘘だ。もし生きていたら、もしあのとき選択を誤らなかったら――ずっと後悔していることが必ずある。でも死霊だから何もできずに佇んでいるだけだ。そんな彼らが一瞬でもいい。現世に出たらどうだろう?」
アラギは剣を片手に持ち、タクトを振るうように一閃した。
すると、ぐんと紫色のエリアが広がった。色とりどりの花々が次々と枯れ、大地が呑み込まれるように荒れていく。空に不気味な紅が射し、山から吹く風は生ぬるく体に纏わりつく。
「変えようとするだろうね。当然、何を犠牲にしても選択をやり直す。無念を晴らす。さらに価値観の古い人間、遥かに強い仙気術使い、常識の異なる者――次々に復活する彼らを現世で王様気取りの人間が受け入れるだろうか」
アラギは薄ら笑いを浮かべて肉薄する。徐々に鋭く素早くなる剣の軌跡がロアの肌を細かく傷つけていく。
「受け入れられるはずがない。国境をまたぐだけで理解できないのに。……始まるのは排斥だ。己の存在価値をかけた抗い。血みどろの混沌。僕はそれをこの国で試したい。その為にまずは全ての死霊の回収だ」
ロアの眼前で紫色の靄が膨れ上がって人型となった。腰を折った老人の亡霊だ。一瞬躊躇したロアだったが決然と見据えてその胴体を切り飛ばす。
アラギが笑いながら剣を振った。
今度は同時に五体。ロアは心を痛めつつも無言で斬り飛ばしながら距離を詰めていく。
だが、崩れた英霊たちはどんどん数を増やしていく。奇怪なうめき声を放つそれらの十を斬り、百を斬り――その一つ一つの動作に英霊たちが苦しんでいる。
「――っ」
ひと際大きな亡霊の陰に、いつの間にかアラギがしゃがみ込んでいた。アラギは猫のように瞳を細め、ロアの腹部に刃を突き刺した。深々と体内に沈み込んだ刃が、ロアに灼熱の棒を押し込まれたような感触を与える。
だがそこに――ごうっと音を立てて紅い炎が舞い降りた。炎は大地をなめるように走り抜け、すべてを灰塵と化していく。いつの間にかロアを囲んでいた亡霊たちがたちどころに消滅した。
「ユーリア……」
「お兄ちゃん、私も戦う」
ロアの背後に立ったのはユーリアと炎のミーガンだった。固い表情だが、ユーリアから強い意志を感じる。
アラギがそれを見て超人的なバネで後ろに跳び、崩れた英霊たちの山の上に着地する。
ロアは腹部の傷を少し回復させ、追いかけるようにアラギを見つめた。
「お前の言いたいことも少しは理解できる。間違っていることもあると思う。でも、それも含めて英霊たちが作ってきた世界だ。俺はその世界も尊重したい。それに――」
ロアは柔らかい笑みを浮かべてユーリアに視線を送った。
「何かを変えるのは、英霊ではなく生きている人間だ」
そう告げた瞬間、ロアの体が銀色に輝き始めた。髪の色も変化し、黒から銀髪へと変わっていく。
「お前は英霊の何もわかっていない。英霊も様々だ。英霊たちの無念を晴らすと言いつつ、ただの力の塊としか見ていないのは、お前が――英霊と真剣に向き合ったことがないからだ」
ロアの鋭い視線が向くと、アラギはやるせなさそうに鼻を鳴らして肩をすくめた。
「墓守って嫌いだな」
アラギは一瞬眉を押せ一気に攻勢をかけ始めた。春の野原も墓園もまとめて呑み込むような紫色の世界は、怒涛の勢いで世界を侵食していく。
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