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041 絶対命令
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(どうしてユーリアがここに?)
ロアは動揺しつつもバックステップで距離を取る。目の前のユーリアは明らかに尋常ではない。豊かな表情も感情の発露もない。さらに小柄な体から発せられているプレッシャーが感じたことがないほど強大で背筋をぞくぞくと震わせる。
(しかも、あの首輪は……)
ユーリアの細い首には泥にも澱にも見える首輪がはまっている。
以前、街道で襲われていたユウを助けた時に戦った化け物と同じだ。あの化け物の内部でもがき苦しんでいた英霊の姿は今も脳裏に焼き付いている。
徐々に仙気を膨れ上がらせるユーリアの圧迫感がロアの皮膚に突き刺さる。冷や汗を流しつつその姿を見据えると、彼女の守護者が透けて見える。
――炎のミーガン。
真っ赤な髪、赤いローブ。そして切れ長の瞳が虚ろだ。ユーリアを助けると言ったときの姿そのままだが、今はその首にもユーリアと同じ物がはまっている。彼女の様子も普通ではない。そもそも最後にユーリアを見た時にはミーガンはまだ眠っていた。
英霊はその人物の守護者として覚醒――つまり目覚める場合がある。これは器である人間との相性が大きい。もちろん墓守の知識を持つアルミラのように上手く覚醒させることは可能だ。英霊が覚醒するとその器である人間が力の一部を行使できるようになる。
「――っ」
緊張感が一気に高まった。ユーリアが全身から炎を噴き出したからだ。瞬時に室内に熱波が広がり、彼女を中心として赤い世界が広がっていく。
「いや、すごいな、その子。英霊の力かな?」
積み上げられた荷箱の上でアラギがパタパタと片手で顔を仰いでいる。炎を眺めながら、熱い、熱いと楽しそうに嗤う男はロアを一瞥し、何かを思いついたのか、とんと床に飛び降りた。そして気楽な様子でユーリアに近づいていく。
「ちょっと火を弱めろ」
さも当然のように命令すると、炎が意思を持ったようにアラギが近づく場所だけを避けるように開いた。
アラギは薄ら笑いを浮かべてユーリアの背後に立った。そして腰にぶら下げていた短剣を引き抜き――ざくっと彼女の腹部に切っ先を突き刺した。
すぐに真っ赤な血が短剣を伝い、床にぽとり、ぽとりと落ちていく。
「――なっ」
絶句するロアの前でアラギが短剣を引き抜いた。刃にはべったりユーリアの血が付着している。
ユーリアは首を傾げて自分の傷を眺めた。痛みを感じているようには見えないが腹部からじわりと衣服に血液が拡がっていく。
アラギが片目を眇めて言った。
「君の大事な人かな? 楽しそうだから時間制限を付けてあげたよ。早く治療しないと」
ロアの焦りを喜ぶような声が熱波と混じりながら室内に響いた。
「君なら視えるだろ? 僕の《幽遠の輪》で縛った人間は痛みを感じない。英霊は無条件で力を発揮する。本当は完全融合させたいんだけど、この英霊、相当に格が高くて抵抗が凄くてね。使い道に悩んでたんだ。捨て駒になるならちょうどいい。存分に遊んでやってくれ。いけ、ユーリア」
「はい……」
アラギが素早く距離を取った。同時に、ユーリアが腹部の流血を気にする素振りなく、炎を噴出する。
それは途方もなく強力で強大だった。一方向に放つだけが精一杯だったユーリアの炎が、今は全方向に舐めるように拡がり生き物のように蠢いて向かってくる。
ロアの目の前で大波のような炎が跳ね上がった。遥か頭上から呑み込まんとする炎の前に逃げ道はない。
(ユーリア……)
ロアは心中で名前を呼びながら、覚悟を決めて仙気を纏った。
ここで自分がやられたら、ユーリアを助ける者がいなくなる。英霊をおもちゃのように扱うことは許されない。ましてそれが炎のミーガンなら猶更だ。
何より自分を見ていないユーリアを、わけがわからない状態で死なせるわけにはいかない。
――仙気術≪焔纏い≫
ロアはユーリアと同じように炎を纏った。属性変化は仙気術が上達してから使うというギャランが課したルールを破るが仕方ない。
『炎相手に水なんて使ったら蒸気で視界が塞がるでしょ』
昔、ミーガンに言われた言葉だ。鍛錬中、即座に水の仙気術で対抗しようとしたロアにミーガンはそう言ったのだ。
『いい、ロア。水で圧倒できる相手ならそれでもいいけど、格上の炎使い相手に小さな水なんて意味ないから』
じゃあどうすればいいのか、と問うたロアにミーガンは言った。
『あんたも炎で対抗しなさい。要は致命傷にならなければいい。焼けてもいいって覚悟で突っ込みなさい。それが、私が生きてるときに一番嫌だった敵』
ロアは炎の中で瞬時に回転しながら体を押し込んだ。攻撃はいらない。相殺か少し負けでも十分。体の表面に薄く、薄く無駄なく――でも最大に密度を高めて。
それでも、そこにあるのは炎の壁だ。圧倒的な熱量と途方もない熱波をかき分けるようにして体を押し込む。
指が熱い。手の皮膚が、顔がほんの数秒で焼けていく。
けれど、決してひるむことはない。ユーリアの――もしかしたら『春本 巴』かもしれない女の子を救うために。
「ユーリア、目を覚ませ!」
意思を持った炎に抗いながら、ロアは炎の壁を割いた。そこは赤々と輝く焔の世界。周囲を完全に囲んだ状態で人形のようなユーリアはロアを見つめた。
ロアは手を伸ばし、優しく微笑んだ。
「負けるなユーリア。そんな術に負けるな」
ユーリアの腹部の傷が視界に入った。本当なら回復に仙気を回さなければいけないのに、ひたすら炎の操作に集中しているせいで血が止まっていない。赤くてわかりづらいが顔から血の気が引いて白くなっている。
「『おにい……ちゃん……ご……めん……』」
ユーリアは喉から絞り出すように≪日本語≫を口にした。表情が崩れ、泣きそうな顔が現れた。だがそれは仮面を貼り付けたように隠れてしまい人形のように戻る。
と、その瞬間、ユーリアの両手が上がる。
そこに爆発的な仙気が収斂し、ロアの眼前を覆いつくす新たな炎が吐き出された。
ロアは空間の端まで一気に押し戻された。さらに全方位から炎が再び襲ってくる。
(ユーリアは抗ってる――でも、ダメだ。先にミーガンを何とかしないと)
涙を流したユーリアは背後に立つミーガンに覆いかぶさられて元に戻っていた。
無理やり覚醒された守護者が器に影響を与えてしまっている。強すぎる英霊はときに器を凌駕する。ましてユーリアはまだミーガンと馴染んでいなかった。
ロアは波打つ炎をかわし、時に仙気を纏って薄い部分を突破しながら再びユーリアと距離を詰めていく。
途方もない時間と気の遠くなる作業だ。炎を払い、自身も炎を纏い、同時に新たな仙気を体内に溜める。精神をすり減らしながらロアは歯を食いしばって耐える。
「結構がんばるね。でも、どっちもそろそろ終わりかな?」
高みの見物を続けるアラギがはやし立てるように言う。どちらが倒れても目的を達成できるという意図が透けて見える。
(お前の思い通りにはさせない――)
ロアは新たな決意を瞳に込めて、じりじりとユーリアとの距離を詰め続けた。
そして――突破した。
「……ユーリア」
炎の渦の中に立つユーリアの顔は真っ青だった。煤で黒くなった肌にはいくつもの涙が流れて頬に軌跡ができていた。少女はさめざめ泣いていた。
細い指で何度も首輪を掴もうとし、すり抜けることが悔しいのだろう。人形のような表情が苦悶に満ちていた。
しかし、それを留めるようにして炎のミーガンが背中から腕を回している。
彼女もまた、やはり人形のようにロアに対して何の反応も示さない。
「≪墓園開園≫、≪幻世交差≫」
ロアの背後に古い石の十字架が顕現した。それは中央に縦の線を走らせながら音を立てて左右に開いていく。
現れたのはガネッサ騎士団が眠るミストン山の墓園。
ロアは目の前の二人を包むように抱きしめた。そして嫌な音を立てて焼ける自身の体を厭わず、二人を抱えて中に飛び込んだ。
そこは永遠の春を約束した地。誰もが戦いを忘れて眠れるようにと代々の墓守が守ってきた悠久の世界。
ロアは一度深呼吸し、色とりどりの花で満ちた大地に二人を押し倒した。
「起きろミーガン! これは墓守の――≪絶対命令≫だ。抵抗は許さない。今すぐ目覚めろ!」
明確なロアの意思が発せられた瞬間――ミーガンの首輪がどろりと溶けた。
ロアの管理する墓園内での最上位命令。それが機能した証拠だった。
炎のミーガンは驚いたようにパチパチと瞳を瞬かせた。表情に感情が戻っている。
ロアはほっと胸を撫でおろしつつ、さらに命令を重ねる。
「ミーガン……ユーリアを起こしてくれ。これも≪絶対――」
「もうやってる!」
苛烈な反応。ミーガンが悔いるようにして両手を伸ばしユーリアの体を大事に包んだ。
「ごめん、ごめん……私が不甲斐ないから、あんなクズみたいな術に……くっ、起きなさい、ユーリア! ロアが見てるよ!」
ごうっと音を立てて炎が包み込んだ。だがそれは熱を持たない優しい炎。浄化の力も併せ持つ炎はミーガンが卓越した炎使いだからだ。
ユーリアの首輪がゆっくりと溶けていった。縛りがようやく外れたのだ。
「お兄ちゃん……」
声色が元に戻った。くしゃくしゃになった顔を涙が零れ落ちていく。
ロアは「良かった」と心の底から安堵し微笑んだ。
「お兄ちゃん、ごめん……ほんとごめんなさい……私が勝手に飛び出したから……」
「いいんだ。無理にしゃべらなくていい。今はおなかの傷を治せ。……ミーガン、頼む」
「任せて。すぐ治す!」
ミーガンの頼もしい返事に頷いたロアは、ユーリアの煤だらけの顔をそっと撫でてから立ち上がった。
――けじめをつけるために。
ロアは動揺しつつもバックステップで距離を取る。目の前のユーリアは明らかに尋常ではない。豊かな表情も感情の発露もない。さらに小柄な体から発せられているプレッシャーが感じたことがないほど強大で背筋をぞくぞくと震わせる。
(しかも、あの首輪は……)
ユーリアの細い首には泥にも澱にも見える首輪がはまっている。
以前、街道で襲われていたユウを助けた時に戦った化け物と同じだ。あの化け物の内部でもがき苦しんでいた英霊の姿は今も脳裏に焼き付いている。
徐々に仙気を膨れ上がらせるユーリアの圧迫感がロアの皮膚に突き刺さる。冷や汗を流しつつその姿を見据えると、彼女の守護者が透けて見える。
――炎のミーガン。
真っ赤な髪、赤いローブ。そして切れ長の瞳が虚ろだ。ユーリアを助けると言ったときの姿そのままだが、今はその首にもユーリアと同じ物がはまっている。彼女の様子も普通ではない。そもそも最後にユーリアを見た時にはミーガンはまだ眠っていた。
英霊はその人物の守護者として覚醒――つまり目覚める場合がある。これは器である人間との相性が大きい。もちろん墓守の知識を持つアルミラのように上手く覚醒させることは可能だ。英霊が覚醒するとその器である人間が力の一部を行使できるようになる。
「――っ」
緊張感が一気に高まった。ユーリアが全身から炎を噴き出したからだ。瞬時に室内に熱波が広がり、彼女を中心として赤い世界が広がっていく。
「いや、すごいな、その子。英霊の力かな?」
積み上げられた荷箱の上でアラギがパタパタと片手で顔を仰いでいる。炎を眺めながら、熱い、熱いと楽しそうに嗤う男はロアを一瞥し、何かを思いついたのか、とんと床に飛び降りた。そして気楽な様子でユーリアに近づいていく。
「ちょっと火を弱めろ」
さも当然のように命令すると、炎が意思を持ったようにアラギが近づく場所だけを避けるように開いた。
アラギは薄ら笑いを浮かべてユーリアの背後に立った。そして腰にぶら下げていた短剣を引き抜き――ざくっと彼女の腹部に切っ先を突き刺した。
すぐに真っ赤な血が短剣を伝い、床にぽとり、ぽとりと落ちていく。
「――なっ」
絶句するロアの前でアラギが短剣を引き抜いた。刃にはべったりユーリアの血が付着している。
ユーリアは首を傾げて自分の傷を眺めた。痛みを感じているようには見えないが腹部からじわりと衣服に血液が拡がっていく。
アラギが片目を眇めて言った。
「君の大事な人かな? 楽しそうだから時間制限を付けてあげたよ。早く治療しないと」
ロアの焦りを喜ぶような声が熱波と混じりながら室内に響いた。
「君なら視えるだろ? 僕の《幽遠の輪》で縛った人間は痛みを感じない。英霊は無条件で力を発揮する。本当は完全融合させたいんだけど、この英霊、相当に格が高くて抵抗が凄くてね。使い道に悩んでたんだ。捨て駒になるならちょうどいい。存分に遊んでやってくれ。いけ、ユーリア」
「はい……」
アラギが素早く距離を取った。同時に、ユーリアが腹部の流血を気にする素振りなく、炎を噴出する。
それは途方もなく強力で強大だった。一方向に放つだけが精一杯だったユーリアの炎が、今は全方向に舐めるように拡がり生き物のように蠢いて向かってくる。
ロアの目の前で大波のような炎が跳ね上がった。遥か頭上から呑み込まんとする炎の前に逃げ道はない。
(ユーリア……)
ロアは心中で名前を呼びながら、覚悟を決めて仙気を纏った。
ここで自分がやられたら、ユーリアを助ける者がいなくなる。英霊をおもちゃのように扱うことは許されない。ましてそれが炎のミーガンなら猶更だ。
何より自分を見ていないユーリアを、わけがわからない状態で死なせるわけにはいかない。
――仙気術≪焔纏い≫
ロアはユーリアと同じように炎を纏った。属性変化は仙気術が上達してから使うというギャランが課したルールを破るが仕方ない。
『炎相手に水なんて使ったら蒸気で視界が塞がるでしょ』
昔、ミーガンに言われた言葉だ。鍛錬中、即座に水の仙気術で対抗しようとしたロアにミーガンはそう言ったのだ。
『いい、ロア。水で圧倒できる相手ならそれでもいいけど、格上の炎使い相手に小さな水なんて意味ないから』
じゃあどうすればいいのか、と問うたロアにミーガンは言った。
『あんたも炎で対抗しなさい。要は致命傷にならなければいい。焼けてもいいって覚悟で突っ込みなさい。それが、私が生きてるときに一番嫌だった敵』
ロアは炎の中で瞬時に回転しながら体を押し込んだ。攻撃はいらない。相殺か少し負けでも十分。体の表面に薄く、薄く無駄なく――でも最大に密度を高めて。
それでも、そこにあるのは炎の壁だ。圧倒的な熱量と途方もない熱波をかき分けるようにして体を押し込む。
指が熱い。手の皮膚が、顔がほんの数秒で焼けていく。
けれど、決してひるむことはない。ユーリアの――もしかしたら『春本 巴』かもしれない女の子を救うために。
「ユーリア、目を覚ませ!」
意思を持った炎に抗いながら、ロアは炎の壁を割いた。そこは赤々と輝く焔の世界。周囲を完全に囲んだ状態で人形のようなユーリアはロアを見つめた。
ロアは手を伸ばし、優しく微笑んだ。
「負けるなユーリア。そんな術に負けるな」
ユーリアの腹部の傷が視界に入った。本当なら回復に仙気を回さなければいけないのに、ひたすら炎の操作に集中しているせいで血が止まっていない。赤くてわかりづらいが顔から血の気が引いて白くなっている。
「『おにい……ちゃん……ご……めん……』」
ユーリアは喉から絞り出すように≪日本語≫を口にした。表情が崩れ、泣きそうな顔が現れた。だがそれは仮面を貼り付けたように隠れてしまい人形のように戻る。
と、その瞬間、ユーリアの両手が上がる。
そこに爆発的な仙気が収斂し、ロアの眼前を覆いつくす新たな炎が吐き出された。
ロアは空間の端まで一気に押し戻された。さらに全方位から炎が再び襲ってくる。
(ユーリアは抗ってる――でも、ダメだ。先にミーガンを何とかしないと)
涙を流したユーリアは背後に立つミーガンに覆いかぶさられて元に戻っていた。
無理やり覚醒された守護者が器に影響を与えてしまっている。強すぎる英霊はときに器を凌駕する。ましてユーリアはまだミーガンと馴染んでいなかった。
ロアは波打つ炎をかわし、時に仙気を纏って薄い部分を突破しながら再びユーリアと距離を詰めていく。
途方もない時間と気の遠くなる作業だ。炎を払い、自身も炎を纏い、同時に新たな仙気を体内に溜める。精神をすり減らしながらロアは歯を食いしばって耐える。
「結構がんばるね。でも、どっちもそろそろ終わりかな?」
高みの見物を続けるアラギがはやし立てるように言う。どちらが倒れても目的を達成できるという意図が透けて見える。
(お前の思い通りにはさせない――)
ロアは新たな決意を瞳に込めて、じりじりとユーリアとの距離を詰め続けた。
そして――突破した。
「……ユーリア」
炎の渦の中に立つユーリアの顔は真っ青だった。煤で黒くなった肌にはいくつもの涙が流れて頬に軌跡ができていた。少女はさめざめ泣いていた。
細い指で何度も首輪を掴もうとし、すり抜けることが悔しいのだろう。人形のような表情が苦悶に満ちていた。
しかし、それを留めるようにして炎のミーガンが背中から腕を回している。
彼女もまた、やはり人形のようにロアに対して何の反応も示さない。
「≪墓園開園≫、≪幻世交差≫」
ロアの背後に古い石の十字架が顕現した。それは中央に縦の線を走らせながら音を立てて左右に開いていく。
現れたのはガネッサ騎士団が眠るミストン山の墓園。
ロアは目の前の二人を包むように抱きしめた。そして嫌な音を立てて焼ける自身の体を厭わず、二人を抱えて中に飛び込んだ。
そこは永遠の春を約束した地。誰もが戦いを忘れて眠れるようにと代々の墓守が守ってきた悠久の世界。
ロアは一度深呼吸し、色とりどりの花で満ちた大地に二人を押し倒した。
「起きろミーガン! これは墓守の――≪絶対命令≫だ。抵抗は許さない。今すぐ目覚めろ!」
明確なロアの意思が発せられた瞬間――ミーガンの首輪がどろりと溶けた。
ロアの管理する墓園内での最上位命令。それが機能した証拠だった。
炎のミーガンは驚いたようにパチパチと瞳を瞬かせた。表情に感情が戻っている。
ロアはほっと胸を撫でおろしつつ、さらに命令を重ねる。
「ミーガン……ユーリアを起こしてくれ。これも≪絶対――」
「もうやってる!」
苛烈な反応。ミーガンが悔いるようにして両手を伸ばしユーリアの体を大事に包んだ。
「ごめん、ごめん……私が不甲斐ないから、あんなクズみたいな術に……くっ、起きなさい、ユーリア! ロアが見てるよ!」
ごうっと音を立てて炎が包み込んだ。だがそれは熱を持たない優しい炎。浄化の力も併せ持つ炎はミーガンが卓越した炎使いだからだ。
ユーリアの首輪がゆっくりと溶けていった。縛りがようやく外れたのだ。
「お兄ちゃん……」
声色が元に戻った。くしゃくしゃになった顔を涙が零れ落ちていく。
ロアは「良かった」と心の底から安堵し微笑んだ。
「お兄ちゃん、ごめん……ほんとごめんなさい……私が勝手に飛び出したから……」
「いいんだ。無理にしゃべらなくていい。今はおなかの傷を治せ。……ミーガン、頼む」
「任せて。すぐ治す!」
ミーガンの頼もしい返事に頷いたロアは、ユーリアの煤だらけの顔をそっと撫でてから立ち上がった。
――けじめをつけるために。
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