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033 久しぶり!
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魔法隊隊長アルミラは赤いドレスに身を包み、客を待っていた。年齢の割りに小柄で幼い彼女はドレスという衣装がとにかく嫌いだ。大人用のドレスは丈が長すぎるし、胸元もぶかぶかなので、どうしても子供用のサイズを着ざるを得ないからだ。
今の姿でパーティに出席し同僚に大笑いされて以降、アルミラは滅多なことがない限りドレスに袖を通すことはしない。
「あぁ……ほんとやだ……なんで私なんかと話したいのよ……」
広い室内には純白のクロスを被せた重厚なテーブルが鎮座している。優に10人は座れるほどの大きさのそれには色とりどりの料理が並び、数々のワインの銘柄にデキャンタやグラスも用意されている。
もちろん今日の相手は子供の兄妹ということなので、アルコールについては出す機会は無いだろう。これらはただの雰囲気作りだ。
第二王女であるクラティアから「手厚くもてなすように」と直々に頼まれている以上、費用も出されては手を抜くわけにはいかない。
「アルミラさま、笑顔をお忘れなく。珍しいお客様とはいえ、相手は子供です。不機嫌な顔で怖がらせてはいけません」
秘書兼侍女のアーシャが斜め後ろから釘を刺す。彼女は髪をアップにまとめ、メイド服を纏っている。アルミラと違ってスタイルの良い彼女はとにかく何を着ても似合うのでパーティで並ぶといつも彼女ばかり男が声をかける。
「アーシャに私の今の気持ちがわかってたまるもんですか」
「少々めんどうだと思われることには賛同しますが、恩人に報いたいという姫様のためです」
「そうじゃない。そっちはもう終わった」
「……は?」
「ほらー、やっぱり全然わかってないじゃん。私の秘書なのにー」
「あっ……そ、そうなのですか……?」
「主の気持ちをわからないなんて秘書失格ね」
「も、申し訳……ありません……」
ほんの冗談だったが、思わぬ暗い反応にアルミラは慌てて首を回した。抜群のスタイルを持つ美女が、しゅんとしょげているではないか。
「お許しください、アルミラ様……今後は必ず……お考えを深く斟酌し……全身全霊で――」
「あっ、いや、冗談よ。アーシャは本当に優秀すぎるからたまに……ちょっとからかいたくなっただけで……ね? だから、そんなに落ち込まないで。ほんとに冗談だからね。アーシャはいつも私のことを考えてくれて嬉しいの……ほんとよ」
「え? あ、そ、そうだったのですね……」
アーシャが気恥ずかしそうに視線を下げた。美女は何をしても様になる。
「申し訳ありません。てっきり暇を与える……という話かと思いまして……」
「私、そんなに鬼みたいな女なの!?」
アルミラはぽかんと口を開けた。そしてアーシャがくすっと忍び笑いを漏らす姿を見て肩をすくめた。
(相変わらず、たまーに重い秘書だけど、うん……ちょっと気持ちは軽くなったかな)
アルミラは自分でも気づかないうちに少し緊張していたのだと気づいた。
なにせアドルが手こずるような敵を素手で倒したという少年だ。なぜ魔法使いのアルミラに会いたいのかわからないが、対応次第では敵になるかもしれないのだ。
クラティアとアドルが自分たちの懐に入れたいと考えているのもわかっているので、責任重大だとプレッシャーを感じていたのかもしれない。
「それにしても、会うまで名前を明かさないで、っていうのも変な兄妹よね」
「おっしゃる通りです。もしかしてどこかの国に追われている身でしょうか? かなりお強いと聞いていますし冤罪で、とか」
「保護を求めたいなら私じゃなくて姫様の方がいいでしょ。私より権限をお持ちだし。ちゃんと姫様は身分を示されたのに、わざわざ私を指定する意味ないもん」
「ではやはり魔法に並々ならぬ興味が?」
「それでも名前を出さない理由にはならない。いや、実は魔法使いの大罪人とか……か?」
「子供で、ですか?」
「うん……ないな」
アルミラは頬杖をついて「うーん」と考えつつ、ぐいっと頬を持ち上げる。いくら考えても答えは出そうにない。
「アーシャ、準備は万全なのね?」
「右隣の部屋に『水』小隊を。左隣に『土』を配置済みです」
「うん……妹は『火』使いだったもんね」
「兄の方がわかりませんので、一応、防御魔法に長けた『土』としました」
「了解。いいチョイス。まあ……そうならないよう注意するけど」
アルミラは自分の指にはめた色とりどりの指輪を撫でる。
(まあ守護者を見れば、得意な属性は大方わかるから)
アルミラは五色の魔法使いだ。兄妹がどの属性を使ってきても対応できる。さらにいざとなればアーシャも戦闘に加わるので人数の不利もない。
「アルミラ様、お客様がいらっしゃったようです」
「すぐに通して」
正面の扉からメイドの一人が顔を出して合図していた。
アルミラの命を受け、アーシャが手振りで「通せ」と指示を出す。
そして――扉が大きく開かれた。
廊下から二人の人物が歩いて入ってきた。
片方はタキシードに身を包んだ13、14歳くらいの黒髪の少年で、もう片方は水色の可愛らしいドレスを着た茶色の髪を伸ばした10歳くらいの少女だった。まるでお人形のように可愛らしい。
この食事会に合わせてメイドたちがめかしつけたのだろう。
アルミラが兄妹を一目見て、椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がった。そして、バンと強い音を立ててテーブルに手をついた。その両腕がぶるぶる震えている。
「アーシャ、全員解散!」
「……は?」
「あと、兄の方と二人で話すから、妹は別部屋に案内して失礼のないように相手を」
「アルミラ様……?」
「なるほど……名前を教えないわけだ」
アルミラはゆっくり顔を上げた。微笑がこれでもかというほど引きつっていた。
今の姿でパーティに出席し同僚に大笑いされて以降、アルミラは滅多なことがない限りドレスに袖を通すことはしない。
「あぁ……ほんとやだ……なんで私なんかと話したいのよ……」
広い室内には純白のクロスを被せた重厚なテーブルが鎮座している。優に10人は座れるほどの大きさのそれには色とりどりの料理が並び、数々のワインの銘柄にデキャンタやグラスも用意されている。
もちろん今日の相手は子供の兄妹ということなので、アルコールについては出す機会は無いだろう。これらはただの雰囲気作りだ。
第二王女であるクラティアから「手厚くもてなすように」と直々に頼まれている以上、費用も出されては手を抜くわけにはいかない。
「アルミラさま、笑顔をお忘れなく。珍しいお客様とはいえ、相手は子供です。不機嫌な顔で怖がらせてはいけません」
秘書兼侍女のアーシャが斜め後ろから釘を刺す。彼女は髪をアップにまとめ、メイド服を纏っている。アルミラと違ってスタイルの良い彼女はとにかく何を着ても似合うのでパーティで並ぶといつも彼女ばかり男が声をかける。
「アーシャに私の今の気持ちがわかってたまるもんですか」
「少々めんどうだと思われることには賛同しますが、恩人に報いたいという姫様のためです」
「そうじゃない。そっちはもう終わった」
「……は?」
「ほらー、やっぱり全然わかってないじゃん。私の秘書なのにー」
「あっ……そ、そうなのですか……?」
「主の気持ちをわからないなんて秘書失格ね」
「も、申し訳……ありません……」
ほんの冗談だったが、思わぬ暗い反応にアルミラは慌てて首を回した。抜群のスタイルを持つ美女が、しゅんとしょげているではないか。
「お許しください、アルミラ様……今後は必ず……お考えを深く斟酌し……全身全霊で――」
「あっ、いや、冗談よ。アーシャは本当に優秀すぎるからたまに……ちょっとからかいたくなっただけで……ね? だから、そんなに落ち込まないで。ほんとに冗談だからね。アーシャはいつも私のことを考えてくれて嬉しいの……ほんとよ」
「え? あ、そ、そうだったのですね……」
アーシャが気恥ずかしそうに視線を下げた。美女は何をしても様になる。
「申し訳ありません。てっきり暇を与える……という話かと思いまして……」
「私、そんなに鬼みたいな女なの!?」
アルミラはぽかんと口を開けた。そしてアーシャがくすっと忍び笑いを漏らす姿を見て肩をすくめた。
(相変わらず、たまーに重い秘書だけど、うん……ちょっと気持ちは軽くなったかな)
アルミラは自分でも気づかないうちに少し緊張していたのだと気づいた。
なにせアドルが手こずるような敵を素手で倒したという少年だ。なぜ魔法使いのアルミラに会いたいのかわからないが、対応次第では敵になるかもしれないのだ。
クラティアとアドルが自分たちの懐に入れたいと考えているのもわかっているので、責任重大だとプレッシャーを感じていたのかもしれない。
「それにしても、会うまで名前を明かさないで、っていうのも変な兄妹よね」
「おっしゃる通りです。もしかしてどこかの国に追われている身でしょうか? かなりお強いと聞いていますし冤罪で、とか」
「保護を求めたいなら私じゃなくて姫様の方がいいでしょ。私より権限をお持ちだし。ちゃんと姫様は身分を示されたのに、わざわざ私を指定する意味ないもん」
「ではやはり魔法に並々ならぬ興味が?」
「それでも名前を出さない理由にはならない。いや、実は魔法使いの大罪人とか……か?」
「子供で、ですか?」
「うん……ないな」
アルミラは頬杖をついて「うーん」と考えつつ、ぐいっと頬を持ち上げる。いくら考えても答えは出そうにない。
「アーシャ、準備は万全なのね?」
「右隣の部屋に『水』小隊を。左隣に『土』を配置済みです」
「うん……妹は『火』使いだったもんね」
「兄の方がわかりませんので、一応、防御魔法に長けた『土』としました」
「了解。いいチョイス。まあ……そうならないよう注意するけど」
アルミラは自分の指にはめた色とりどりの指輪を撫でる。
(まあ守護者を見れば、得意な属性は大方わかるから)
アルミラは五色の魔法使いだ。兄妹がどの属性を使ってきても対応できる。さらにいざとなればアーシャも戦闘に加わるので人数の不利もない。
「アルミラ様、お客様がいらっしゃったようです」
「すぐに通して」
正面の扉からメイドの一人が顔を出して合図していた。
アルミラの命を受け、アーシャが手振りで「通せ」と指示を出す。
そして――扉が大きく開かれた。
廊下から二人の人物が歩いて入ってきた。
片方はタキシードに身を包んだ13、14歳くらいの黒髪の少年で、もう片方は水色の可愛らしいドレスを着た茶色の髪を伸ばした10歳くらいの少女だった。まるでお人形のように可愛らしい。
この食事会に合わせてメイドたちがめかしつけたのだろう。
アルミラが兄妹を一目見て、椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がった。そして、バンと強い音を立ててテーブルに手をついた。その両腕がぶるぶる震えている。
「アーシャ、全員解散!」
「……は?」
「あと、兄の方と二人で話すから、妹は別部屋に案内して失礼のないように相手を」
「アルミラ様……?」
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アルミラはゆっくり顔を上げた。微笑がこれでもかというほど引きつっていた。
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