32 / 43
032 迷う時間
しおりを挟む
ロアとユーリアはホテルの一室で時間を潰していた。
アルミラと話しができそうかどうか、ユウから連絡を貰うことになっているのだ。
「お兄ちゃん……ここすごいホテルだね」
ユウの話では街で一番豪華なホテルらしい。上層階には王家専用の部屋があり、展望台には食事やお酒が楽しめるラウンジまで存在するという。
「ほんとにね……」
これにはロアも若干呆れ気味だ。たまたまクラティアを救うことを手伝っただけで、どうしてこんなに好待遇なのかよくわからない。
正直なところ、施設で育ってきたロアにとってはまったく縁の無い世界で居心地が悪くてたまらない。仄かに薫るフレグランスや見晴らしの良い大きなガラス張りの部屋。そして全身を沈み込ませるようなソファやベッドに加えて、バスルームまで備わっている。
用事があれば室内に備わったベルを鳴らせば使用人が訊いてくれるらしい。
アドルからは「好きに使ってくれていい」と念押しまでされている。
「お兄ちゃん……そんなとこに座って何するの?」
「時間があるから日課の鍛錬だ」
ロアは素っ気なく言いながらガラス張りの窓の前であぐらを組んだ。そして、心を落ち着かせるように仙気の取り込みを開始する。背中は部屋に向けた状態だ。
それはユーリアとあまり顔を合わさないようにするための方便。
ベッドの上で飛び跳ねたり、色々な設備を触ってニコニコしているユーリアだが、彼女の心がそこにないことには気づいている。
クラティアを助ける前のスパゲティの件から、ユーリアはずっとロアに何か訊きたそうにしているからだ。
ロアも自分の子供のようなかわし方が、良くないとは分かっている。腹を割って、覚悟のうえでユーリアに訊ね――そして『春本 巴』でなければ潔く諦めれば良いのだ。
ただ、今のロアはそれが割り切れない。
別人だとわかった時に、この街でユーリアを遠ざけ、何の手がかりもなく巴を探すために旅立たなければならなくなると思うと胸が苦しくなる。
ロアは密かにため息をついた。
背中を向けていても、ユーリアが視線を向けていることには気づく。
そして、ロアなら自分の視線に気づいているであろうことをユーリアも知っている。
(何でもいい……早く誰か呼びに来て欲しい……)
ロアは心の底からそう思った。カヤコやエイミーといた時には楽しかった二人の時間が、今はちぐはぐで噛み合っていなくて辛い。互いを意識しながら、互いを探り合うような関係がひどく神経をすり減らす。
ユーリアもロアの態度の変化には気づいているだろう。あれだけ引っ付いてきた少女が距離をとったように隣を歩くだけになっている。
(でも、俺よりはユーリアの方がずっと勇気がある……)
同じように悩んでいても、現状維持からなかなか踏み出そうとしないロアとは対象的に、ユーリアは何かを言おうとして何度も呑みこみ、その小さな手を胸の前でぎゅっと握りしめている。
クラティア達と別れてホテルに入ってからだけでも、数回はそうしたはずだ。
ユーリアはスパゲティの件で思った答えが得られなかったにも関わらず諦めていない。
そして、逃げるばかりのロアと違って、彼女はいつ核心に踏み込んでくるかわからない。
(こんなに近くにいるのに……遠いな……)
理由はわからないが、ユーリアはロアが転生者だと気づいているかもしれない。
だからこそ、転生者であるユーリアは自分の大事な人ではないかと期待しているのだと思う。
もしかすると、ロアと同じように前の世界で事故に巻き込まれて同時に亡くなったのかもしれない。
ロア、つまり倫也が目の前で巴を失ったように。
(けど、あの世界で一日にどれだけ事故が起きてると思ってるんだ……)
ロアはそれが怖い。
全国で見れば、同じ日に死んだ人間は何十もいるだろう。下手をすれば百を超えるかもしれない。
その中でユーリアの前世の記憶が巴だという確証が無いし、可能性を考えればゼロに等しい。
でも――
(似てるんだ。あの頃の巴の笑顔に……話し方も雰囲気も……)
昔の懐かしい思い出の中にいる巴の顔に何度も重なるのだ。
でも、自分の記憶を都合よく改竄しているという疑念は消えない。
巴に会いたい、話したいばかりに、思い出の方を現実にすり合わせ始めているような気もする。
(何か……何か……いい方法はないか……)
ロアは目を閉じたまま考えを巡らせる。
何もアイデアが浮かばない自分に苛立ちすら感じ始めた頃――室内に静かなチャイムが鳴り響いた。
慌てて扉を開けると、身なりの良いボーイが立っていた。
「1階にお連れ様がお待ちです」
その言葉にロアはほっと胸をなでおろした。
ユウが来たらしい。どうやらアルミラと話ができるようだ。
アルミラと話しができそうかどうか、ユウから連絡を貰うことになっているのだ。
「お兄ちゃん……ここすごいホテルだね」
ユウの話では街で一番豪華なホテルらしい。上層階には王家専用の部屋があり、展望台には食事やお酒が楽しめるラウンジまで存在するという。
「ほんとにね……」
これにはロアも若干呆れ気味だ。たまたまクラティアを救うことを手伝っただけで、どうしてこんなに好待遇なのかよくわからない。
正直なところ、施設で育ってきたロアにとってはまったく縁の無い世界で居心地が悪くてたまらない。仄かに薫るフレグランスや見晴らしの良い大きなガラス張りの部屋。そして全身を沈み込ませるようなソファやベッドに加えて、バスルームまで備わっている。
用事があれば室内に備わったベルを鳴らせば使用人が訊いてくれるらしい。
アドルからは「好きに使ってくれていい」と念押しまでされている。
「お兄ちゃん……そんなとこに座って何するの?」
「時間があるから日課の鍛錬だ」
ロアは素っ気なく言いながらガラス張りの窓の前であぐらを組んだ。そして、心を落ち着かせるように仙気の取り込みを開始する。背中は部屋に向けた状態だ。
それはユーリアとあまり顔を合わさないようにするための方便。
ベッドの上で飛び跳ねたり、色々な設備を触ってニコニコしているユーリアだが、彼女の心がそこにないことには気づいている。
クラティアを助ける前のスパゲティの件から、ユーリアはずっとロアに何か訊きたそうにしているからだ。
ロアも自分の子供のようなかわし方が、良くないとは分かっている。腹を割って、覚悟のうえでユーリアに訊ね――そして『春本 巴』でなければ潔く諦めれば良いのだ。
ただ、今のロアはそれが割り切れない。
別人だとわかった時に、この街でユーリアを遠ざけ、何の手がかりもなく巴を探すために旅立たなければならなくなると思うと胸が苦しくなる。
ロアは密かにため息をついた。
背中を向けていても、ユーリアが視線を向けていることには気づく。
そして、ロアなら自分の視線に気づいているであろうことをユーリアも知っている。
(何でもいい……早く誰か呼びに来て欲しい……)
ロアは心の底からそう思った。カヤコやエイミーといた時には楽しかった二人の時間が、今はちぐはぐで噛み合っていなくて辛い。互いを意識しながら、互いを探り合うような関係がひどく神経をすり減らす。
ユーリアもロアの態度の変化には気づいているだろう。あれだけ引っ付いてきた少女が距離をとったように隣を歩くだけになっている。
(でも、俺よりはユーリアの方がずっと勇気がある……)
同じように悩んでいても、現状維持からなかなか踏み出そうとしないロアとは対象的に、ユーリアは何かを言おうとして何度も呑みこみ、その小さな手を胸の前でぎゅっと握りしめている。
クラティア達と別れてホテルに入ってからだけでも、数回はそうしたはずだ。
ユーリアはスパゲティの件で思った答えが得られなかったにも関わらず諦めていない。
そして、逃げるばかりのロアと違って、彼女はいつ核心に踏み込んでくるかわからない。
(こんなに近くにいるのに……遠いな……)
理由はわからないが、ユーリアはロアが転生者だと気づいているかもしれない。
だからこそ、転生者であるユーリアは自分の大事な人ではないかと期待しているのだと思う。
もしかすると、ロアと同じように前の世界で事故に巻き込まれて同時に亡くなったのかもしれない。
ロア、つまり倫也が目の前で巴を失ったように。
(けど、あの世界で一日にどれだけ事故が起きてると思ってるんだ……)
ロアはそれが怖い。
全国で見れば、同じ日に死んだ人間は何十もいるだろう。下手をすれば百を超えるかもしれない。
その中でユーリアの前世の記憶が巴だという確証が無いし、可能性を考えればゼロに等しい。
でも――
(似てるんだ。あの頃の巴の笑顔に……話し方も雰囲気も……)
昔の懐かしい思い出の中にいる巴の顔に何度も重なるのだ。
でも、自分の記憶を都合よく改竄しているという疑念は消えない。
巴に会いたい、話したいばかりに、思い出の方を現実にすり合わせ始めているような気もする。
(何か……何か……いい方法はないか……)
ロアは目を閉じたまま考えを巡らせる。
何もアイデアが浮かばない自分に苛立ちすら感じ始めた頃――室内に静かなチャイムが鳴り響いた。
慌てて扉を開けると、身なりの良いボーイが立っていた。
「1階にお連れ様がお待ちです」
その言葉にロアはほっと胸をなでおろした。
ユウが来たらしい。どうやらアルミラと話ができるようだ。
20
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる