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032 迷う時間
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ロアとユーリアはホテルの一室で時間を潰していた。
アルミラと話しができそうかどうか、ユウから連絡を貰うことになっているのだ。
「お兄ちゃん……ここすごいホテルだね」
ユウの話では街で一番豪華なホテルらしい。上層階には王家専用の部屋があり、展望台には食事やお酒が楽しめるラウンジまで存在するという。
「ほんとにね……」
これにはロアも若干呆れ気味だ。たまたまクラティアを救うことを手伝っただけで、どうしてこんなに好待遇なのかよくわからない。
正直なところ、施設で育ってきたロアにとってはまったく縁の無い世界で居心地が悪くてたまらない。仄かに薫るフレグランスや見晴らしの良い大きなガラス張りの部屋。そして全身を沈み込ませるようなソファやベッドに加えて、バスルームまで備わっている。
用事があれば室内に備わったベルを鳴らせば使用人が訊いてくれるらしい。
アドルからは「好きに使ってくれていい」と念押しまでされている。
「お兄ちゃん……そんなとこに座って何するの?」
「時間があるから日課の鍛錬だ」
ロアは素っ気なく言いながらガラス張りの窓の前であぐらを組んだ。そして、心を落ち着かせるように仙気の取り込みを開始する。背中は部屋に向けた状態だ。
それはユーリアとあまり顔を合わさないようにするための方便。
ベッドの上で飛び跳ねたり、色々な設備を触ってニコニコしているユーリアだが、彼女の心がそこにないことには気づいている。
クラティアを助ける前のスパゲティの件から、ユーリアはずっとロアに何か訊きたそうにしているからだ。
ロアも自分の子供のようなかわし方が、良くないとは分かっている。腹を割って、覚悟のうえでユーリアに訊ね――そして『春本 巴』でなければ潔く諦めれば良いのだ。
ただ、今のロアはそれが割り切れない。
別人だとわかった時に、この街でユーリアを遠ざけ、何の手がかりもなく巴を探すために旅立たなければならなくなると思うと胸が苦しくなる。
ロアは密かにため息をついた。
背中を向けていても、ユーリアが視線を向けていることには気づく。
そして、ロアなら自分の視線に気づいているであろうことをユーリアも知っている。
(何でもいい……早く誰か呼びに来て欲しい……)
ロアは心の底からそう思った。カヤコやエイミーといた時には楽しかった二人の時間が、今はちぐはぐで噛み合っていなくて辛い。互いを意識しながら、互いを探り合うような関係がひどく神経をすり減らす。
ユーリアもロアの態度の変化には気づいているだろう。あれだけ引っ付いてきた少女が距離をとったように隣を歩くだけになっている。
(でも、俺よりはユーリアの方がずっと勇気がある……)
同じように悩んでいても、現状維持からなかなか踏み出そうとしないロアとは対象的に、ユーリアは何かを言おうとして何度も呑みこみ、その小さな手を胸の前でぎゅっと握りしめている。
クラティア達と別れてホテルに入ってからだけでも、数回はそうしたはずだ。
ユーリアはスパゲティの件で思った答えが得られなかったにも関わらず諦めていない。
そして、逃げるばかりのロアと違って、彼女はいつ核心に踏み込んでくるかわからない。
(こんなに近くにいるのに……遠いな……)
理由はわからないが、ユーリアはロアが転生者だと気づいているかもしれない。
だからこそ、転生者であるユーリアは自分の大事な人ではないかと期待しているのだと思う。
もしかすると、ロアと同じように前の世界で事故に巻き込まれて同時に亡くなったのかもしれない。
ロア、つまり倫也が目の前で巴を失ったように。
(けど、あの世界で一日にどれだけ事故が起きてると思ってるんだ……)
ロアはそれが怖い。
全国で見れば、同じ日に死んだ人間は何十もいるだろう。下手をすれば百を超えるかもしれない。
その中でユーリアの前世の記憶が巴だという確証が無いし、可能性を考えればゼロに等しい。
でも――
(似てるんだ。あの頃の巴の笑顔に……話し方も雰囲気も……)
昔の懐かしい思い出の中にいる巴の顔に何度も重なるのだ。
でも、自分の記憶を都合よく改竄しているという疑念は消えない。
巴に会いたい、話したいばかりに、思い出の方を現実にすり合わせ始めているような気もする。
(何か……何か……いい方法はないか……)
ロアは目を閉じたまま考えを巡らせる。
何もアイデアが浮かばない自分に苛立ちすら感じ始めた頃――室内に静かなチャイムが鳴り響いた。
慌てて扉を開けると、身なりの良いボーイが立っていた。
「1階にお連れ様がお待ちです」
その言葉にロアはほっと胸をなでおろした。
ユウが来たらしい。どうやらアルミラと話ができるようだ。
アルミラと話しができそうかどうか、ユウから連絡を貰うことになっているのだ。
「お兄ちゃん……ここすごいホテルだね」
ユウの話では街で一番豪華なホテルらしい。上層階には王家専用の部屋があり、展望台には食事やお酒が楽しめるラウンジまで存在するという。
「ほんとにね……」
これにはロアも若干呆れ気味だ。たまたまクラティアを救うことを手伝っただけで、どうしてこんなに好待遇なのかよくわからない。
正直なところ、施設で育ってきたロアにとってはまったく縁の無い世界で居心地が悪くてたまらない。仄かに薫るフレグランスや見晴らしの良い大きなガラス張りの部屋。そして全身を沈み込ませるようなソファやベッドに加えて、バスルームまで備わっている。
用事があれば室内に備わったベルを鳴らせば使用人が訊いてくれるらしい。
アドルからは「好きに使ってくれていい」と念押しまでされている。
「お兄ちゃん……そんなとこに座って何するの?」
「時間があるから日課の鍛錬だ」
ロアは素っ気なく言いながらガラス張りの窓の前であぐらを組んだ。そして、心を落ち着かせるように仙気の取り込みを開始する。背中は部屋に向けた状態だ。
それはユーリアとあまり顔を合わさないようにするための方便。
ベッドの上で飛び跳ねたり、色々な設備を触ってニコニコしているユーリアだが、彼女の心がそこにないことには気づいている。
クラティアを助ける前のスパゲティの件から、ユーリアはずっとロアに何か訊きたそうにしているからだ。
ロアも自分の子供のようなかわし方が、良くないとは分かっている。腹を割って、覚悟のうえでユーリアに訊ね――そして『春本 巴』でなければ潔く諦めれば良いのだ。
ただ、今のロアはそれが割り切れない。
別人だとわかった時に、この街でユーリアを遠ざけ、何の手がかりもなく巴を探すために旅立たなければならなくなると思うと胸が苦しくなる。
ロアは密かにため息をついた。
背中を向けていても、ユーリアが視線を向けていることには気づく。
そして、ロアなら自分の視線に気づいているであろうことをユーリアも知っている。
(何でもいい……早く誰か呼びに来て欲しい……)
ロアは心の底からそう思った。カヤコやエイミーといた時には楽しかった二人の時間が、今はちぐはぐで噛み合っていなくて辛い。互いを意識しながら、互いを探り合うような関係がひどく神経をすり減らす。
ユーリアもロアの態度の変化には気づいているだろう。あれだけ引っ付いてきた少女が距離をとったように隣を歩くだけになっている。
(でも、俺よりはユーリアの方がずっと勇気がある……)
同じように悩んでいても、現状維持からなかなか踏み出そうとしないロアとは対象的に、ユーリアは何かを言おうとして何度も呑みこみ、その小さな手を胸の前でぎゅっと握りしめている。
クラティア達と別れてホテルに入ってからだけでも、数回はそうしたはずだ。
ユーリアはスパゲティの件で思った答えが得られなかったにも関わらず諦めていない。
そして、逃げるばかりのロアと違って、彼女はいつ核心に踏み込んでくるかわからない。
(こんなに近くにいるのに……遠いな……)
理由はわからないが、ユーリアはロアが転生者だと気づいているかもしれない。
だからこそ、転生者であるユーリアは自分の大事な人ではないかと期待しているのだと思う。
もしかすると、ロアと同じように前の世界で事故に巻き込まれて同時に亡くなったのかもしれない。
ロア、つまり倫也が目の前で巴を失ったように。
(けど、あの世界で一日にどれだけ事故が起きてると思ってるんだ……)
ロアはそれが怖い。
全国で見れば、同じ日に死んだ人間は何十もいるだろう。下手をすれば百を超えるかもしれない。
その中でユーリアの前世の記憶が巴だという確証が無いし、可能性を考えればゼロに等しい。
でも――
(似てるんだ。あの頃の巴の笑顔に……話し方も雰囲気も……)
昔の懐かしい思い出の中にいる巴の顔に何度も重なるのだ。
でも、自分の記憶を都合よく改竄しているという疑念は消えない。
巴に会いたい、話したいばかりに、思い出の方を現実にすり合わせ始めているような気もする。
(何か……何か……いい方法はないか……)
ロアは目を閉じたまま考えを巡らせる。
何もアイデアが浮かばない自分に苛立ちすら感じ始めた頃――室内に静かなチャイムが鳴り響いた。
慌てて扉を開けると、身なりの良いボーイが立っていた。
「1階にお連れ様がお待ちです」
その言葉にロアはほっと胸をなでおろした。
ユウが来たらしい。どうやらアルミラと話ができるようだ。
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