転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと

文字の大きさ
上 下
29 / 43

029 暗躍する者

しおりを挟む
 ドラスト王国の王都ザグブーン。

 この都市は、目と鼻の先にある商業都市エイドランと競うようにして拡大の一途を辿ってきた。
 当時は工業都市としてモノづくりに特化した都市だったが、近くの鉱山で希少鉱石が次々と枯渇したときから、王家に仕えていた宰相が方針転換を掲げ、商人の通行税の免除や店舗建設の無利子貸付、土地の斡旋など商業振興政策を矢継ぎ早に行ったことで著しい成長を遂げた。

 だが、宰相が亡くなった後、王国に蓄積された富を巡って内輪揉めが激化し、世継ぎの暗殺が頻繁に発生する時代が続く。
 王国のトップが安定しない世の中では、自然と街は荒れる。治安の悪化で活気のある商店街が廃れ、商人たちも逃げるように去っていった。
 王国の財政は一気に傾き、他国に融資を頼まなければならないほどの危地に陥った。

 その状況を変えたのが、現国王ギプフェルだ。
 彼の王位継承権は三位だったが、国を憂いていた騎士団長と組み、疾風迅雷で抗う兄二人を次々と亡きものにし、実権を握った。

 そして、ようやく内政が落ち着いたころ、権力争いで亡くなった者たちを悼むために、国民共同墓地を領地の端に作り上げた。

 当初は身内の死を悼む参拝者も数多かったが、今では、単に遺体を埋葬するだけの土地となっており、小さな墓石と、管理の行き届いていない草木が物悲しい雰囲気を醸し出している。

 そんな共同墓地のとある墓石の前で、年若い少年が膝をついて熱心に祈りを捧げていた。
 彼の名は、イース。つい先日、たった一人の身内である母を病で無くし、孤独の身となった子供である。

「母ちゃん……」

 イースは毎日この共同墓地にやってきて、墓石に花を添えている。
 母が好きだった花だ。王国の外に群生している筒のような花弁を保ち、淡い桃色で香りが良い。隣町に出かけるときにはいつも一本持ち帰って花瓶に生けていた。
 二本以上持ち帰った時、母に「命を無駄にしない」と怒られてしまったことも今では良い思い出だ。

「俺、絶対騎士団に入って偉い人になるから」

 ここに来るたびに必ず口にする言葉だ。亡くなった母に誓いつつ、自分を鼓舞する意味もある。母は弱い者を守れる人になってほしいと、イースに言い聞かせてきた。
 当時は、どうせ俺なんかがなれるはずない、と斜に構えていたが、母がいなくなってから、どれだけイースが甘えていたのかを嫌というほど知った。

 小さな子供が一人で生きていけるほど世の中は甘くない。孤児院でも足が棒になるほど働いて、ようやくパン一つ貰えるのだ。
 パンが硬いと文句ばかり言っていたイースに、毎日食事を用意してくれていた母はどんな気持ちだったのだろう。

「母ちゃんの分まで……がんばるから」

 イースはもう一度気恥ずかしそうに囁くと、ふと首を回した。
 背後に誰かが立っていたからだ。
 背が高く細身で、珍しい灰色の髪を長く伸ばしてくくった男だった。異国風の衣装がさらに珍しい。共同墓地では見ない顔だ。
 彼はイースの母の墓石を見下ろしながら、穏やかな声で訊ねた。

「君の身内かい?」
「……母ちゃんです」
「そうか。まだ若かったのかな。病気か何かかい?」
「病気でした。うちは薬を買うお金が無かったから」

 イースは湿っぽく言った。
 男はしばし目を閉じ、「それは残念だったね」と同情するように言ってから、イースの隣にしゃがみ込んだ。そして、手を合わせて墓石に向けて祈りを捧げ始めた。
 イースは少し驚きつつ訊ねた。

「……なんで? 母ちゃんのこと知ってるの?」
「いや、知らないよ。でも、熱心に祈る君の姿を見ていたら、きっと良いお母さんだったんだろうな、って思えてね」

 男はまぶたをゆっくりあげて首を回した。銀色の瞳がイースを見据えていた。それはどこか視点の合わない不思議な視線。

「だから、体を貰う以上は挨拶しておいた方がいいだろ?」
「体?」

 男は気軽な口調で言ってぐっと口端を持ち上げた。
 苦笑、失笑、笑顔――どれも違う。
 違和感のある表情だ。得体の知れない生き物が人間の真似をしているような嫌な感じ。

「ぐっ――」

 イースは突然訪れた息苦しさに慌てて自分の首元を押さえた。
 そこに何かがあった。
 泥のような、柔らかい湯のような気持ちの悪い感触だ。指は沈みこむものの掴むことができない。
 瞬く間に息苦しさが強くなり、しゃがんでいた体勢から無理やり体を起こされていく。
 頭に血が昇る感覚が強くなり、足が地面から離れた。
 イースは何かに首を持ち上げられていた。
 必死に足をバタつかせ、人を呼ぼうと口を開けたが、うめき声しか漏らせない。

「器はイマイチだけど死霊はいい。これは有効活用しないといけないだろ?」

 男は意味のわからない言葉をつぶやきながら微笑んでいた。力の無い小動物を弄ぶような悪辣な表情だ。
 イースはその顔を見た瞬間に思い出した。

 ――こういう顔は冷笑というのだ、と。

 彼の意識は数秒後に途切れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

処理中です...