転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと

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029 暗躍する者

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 ドラスト王国の王都ザグブーン。

 この都市は、目と鼻の先にある商業都市エイドランと競うようにして拡大の一途を辿ってきた。
 当時は工業都市としてモノづくりに特化した都市だったが、近くの鉱山で希少鉱石が次々と枯渇したときから、王家に仕えていた宰相が方針転換を掲げ、商人の通行税の免除や店舗建設の無利子貸付、土地の斡旋など商業振興政策を矢継ぎ早に行ったことで著しい成長を遂げた。

 だが、宰相が亡くなった後、王国に蓄積された富を巡って内輪揉めが激化し、世継ぎの暗殺が頻繁に発生する時代が続く。
 王国のトップが安定しない世の中では、自然と街は荒れる。治安の悪化で活気のある商店街が廃れ、商人たちも逃げるように去っていった。
 王国の財政は一気に傾き、他国に融資を頼まなければならないほどの危地に陥った。

 その状況を変えたのが、現国王ギプフェルだ。
 彼の王位継承権は三位だったが、国を憂いていた騎士団長と組み、疾風迅雷で抗う兄二人を次々と亡きものにし、実権を握った。

 そして、ようやく内政が落ち着いたころ、権力争いで亡くなった者たちを悼むために、国民共同墓地を領地の端に作り上げた。

 当初は身内の死を悼む参拝者も数多かったが、今では、単に遺体を埋葬するだけの土地となっており、小さな墓石と、管理の行き届いていない草木が物悲しい雰囲気を醸し出している。

 そんな共同墓地のとある墓石の前で、年若い少年が膝をついて熱心に祈りを捧げていた。
 彼の名は、イース。つい先日、たった一人の身内である母を病で無くし、孤独の身となった子供である。

「母ちゃん……」

 イースは毎日この共同墓地にやってきて、墓石に花を添えている。
 母が好きだった花だ。王国の外に群生している筒のような花弁を保ち、淡い桃色で香りが良い。隣町に出かけるときにはいつも一本持ち帰って花瓶に生けていた。
 二本以上持ち帰った時、母に「命を無駄にしない」と怒られてしまったことも今では良い思い出だ。

「俺、絶対騎士団に入って偉い人になるから」

 ここに来るたびに必ず口にする言葉だ。亡くなった母に誓いつつ、自分を鼓舞する意味もある。母は弱い者を守れる人になってほしいと、イースに言い聞かせてきた。
 当時は、どうせ俺なんかがなれるはずない、と斜に構えていたが、母がいなくなってから、どれだけイースが甘えていたのかを嫌というほど知った。

 小さな子供が一人で生きていけるほど世の中は甘くない。孤児院でも足が棒になるほど働いて、ようやくパン一つ貰えるのだ。
 パンが硬いと文句ばかり言っていたイースに、毎日食事を用意してくれていた母はどんな気持ちだったのだろう。

「母ちゃんの分まで……がんばるから」

 イースはもう一度気恥ずかしそうに囁くと、ふと首を回した。
 背後に誰かが立っていたからだ。
 背が高く細身で、珍しい灰色の髪を長く伸ばしてくくった男だった。異国風の衣装がさらに珍しい。共同墓地では見ない顔だ。
 彼はイースの母の墓石を見下ろしながら、穏やかな声で訊ねた。

「君の身内かい?」
「……母ちゃんです」
「そうか。まだ若かったのかな。病気か何かかい?」
「病気でした。うちは薬を買うお金が無かったから」

 イースは湿っぽく言った。
 男はしばし目を閉じ、「それは残念だったね」と同情するように言ってから、イースの隣にしゃがみ込んだ。そして、手を合わせて墓石に向けて祈りを捧げ始めた。
 イースは少し驚きつつ訊ねた。

「……なんで? 母ちゃんのこと知ってるの?」
「いや、知らないよ。でも、熱心に祈る君の姿を見ていたら、きっと良いお母さんだったんだろうな、って思えてね」

 男はまぶたをゆっくりあげて首を回した。銀色の瞳がイースを見据えていた。それはどこか視点の合わない不思議な視線。

「だから、体を貰う以上は挨拶しておいた方がいいだろ?」
「体?」

 男は気軽な口調で言ってぐっと口端を持ち上げた。
 苦笑、失笑、笑顔――どれも違う。
 違和感のある表情だ。得体の知れない生き物が人間の真似をしているような嫌な感じ。

「ぐっ――」

 イースは突然訪れた息苦しさに慌てて自分の首元を押さえた。
 そこに何かがあった。
 泥のような、柔らかい湯のような気持ちの悪い感触だ。指は沈みこむものの掴むことができない。
 瞬く間に息苦しさが強くなり、しゃがんでいた体勢から無理やり体を起こされていく。
 頭に血が昇る感覚が強くなり、足が地面から離れた。
 イースは何かに首を持ち上げられていた。
 必死に足をバタつかせ、人を呼ぼうと口を開けたが、うめき声しか漏らせない。

「器はイマイチだけど死霊はいい。これは有効活用しないといけないだろ?」

 男は意味のわからない言葉をつぶやきながら微笑んでいた。力の無い小動物を弄ぶような悪辣な表情だ。
 イースはその顔を見た瞬間に思い出した。

 ――こういう顔は冷笑というのだ、と。

 彼の意識は数秒後に途切れた。
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