転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと

文字の大きさ
上 下
20 / 43

020 一人前のエイミーに

しおりを挟む
 そのまま滝に向かい合わせのエイミーのちょうど背後に立つと、後ろから両手が伸びてきて彼女の細い手首に手を当てた。
 そして――

「ちょっとゴメンね」

 耳元で囁かれる声に思わず全身を硬直させた。
 心臓が壊れたように跳ねあがり、ばくばくと強く鼓動が鳴る。 

(~~~~~~っっっ!)

 耳まで真っ赤になってしまったエイミーだが、ロアは顔をまったく見ていないので気づかない。むしろ遠慮なく手首を掴むように接触し、エイミーの背中と腰を曲げたロアの肩が触れる。

(ち、近い、近いっ!?)

 吐息すら感じる距離で内心慌てふためくエイミーだが――

「まず基本通り構えて。周囲の水に意識を割く。君のお父さんなら『コツは水と一体になること』って言うかもね」

 ロアの言葉がすうっと頭に入ると、熱風っぽい顔が冷えた。
 その言葉は失敗を繰り返すエイミーに、ハグダが何度も聞かせた言葉だった。
 どうして忘れていたのだろう。ロアは雰囲気が変わったエイミーを諭すように続ける。

「魔法は放出するだけじゃない。その属性に自分の体を合わせていく意識が大事なんだ」

 淡々と言うロアの声が、ふと生前の父の声と重なったような錯覚を覚えた。
 なぜそう感じたかはわからない。ロアは少し歳上の少年で、父はさらにずっと歳上だ。
 会ったこともない二人。もちろん戦い方も経験も違うのに、なぜか二人の姿が頭の中で重なった気がした。

「いいかい? いくよ」
「はい!」

 促す声に応じて、エイミーは腹部に力を込めて返事をした。
 同時に自分がこの場にある水の一部としてのイメージを高め、魔力を両手に集中させる。過去一番と同じくらいの大きさの水が集まった。
 しかし、

(これじゃ……ダメだ)

 水を放つ前から結果が見えてしまう。何度も繰り返してきたからこそ失敗のイメージがすぐに重なるのだ。

 だが、そこに――ロアが手助けをした。
 彼の重なった手から、温かい魔力がじわりと広がった。それはエイミーの手首から流れ込み、肘、肩、胸に急速に拡大して四肢を巡って手に戻ってくる。
 いつもと違う熱が全身を走り抜けた。感覚がより鋭敏に、魔力の流れはより明瞭に。すると水の塊が一回り、二周りと大きくなった。

「エイミー、制限せずに全力でやるんだ。今は俺が見ている。倒れる覚悟で」
「はいっ!」

 エイミーは気合の発露と共に魔力を解放した。
 ぶんっと重く鈍い音を響かせながら、大きく成長した水の塊が滝の根元に衝突した。
 一拍空けて、魔力を込めた水が凄まじい勢いで滝を駆け昇る。次々と落下してくる滝の水を、必死に抗うように下から押し返し、細かい飛沫を飛ばしながら境界線をぐいぐい押し上げた。

 それはエイミーの潜在能力が発揮された瞬間だった。
 彼女は無意識のうちに、父を亡くしてから心の底で常に魔獣を恐れ、逃げられるだけの力を残して魔法を放つようになっていたのだ。

 それがロアの手助けで箍が外れた。エイミーが放った水弾はとうとう滝を昇りきり、その奥まで制圧した。

「あっ……やった!」

 言葉を失ってしばし黙り込んでいたエイミーの顔にじわじわと歓喜が広がった。浅瀬でぱちゃぱちゃぱと飛び跳ねながら、自分で成し遂げた偉業に悦んだ。
 そして、急に膝が揺れた。魔力の枯渇だ。慣れない全力での放出が体に負担をかけていた。
 しかし、崩れかけた彼女の腰にロアの手が回った。軽々と支えたロアはぽつりと言った。

「よく頑張ったね」
「ほんとに……私……やったんだ」
「大成功だ」

 ロアは澄み渡る瞳を満足そうに曲げた。よくやったね、ともう一度感慨深そうに言って、エイミーの体をそっと離した。

「ロアのおかげ……私、成功するって思ってなかった」
「そんなことないよ。エイミーはもうその力を持っていた」

 エイミーが照れくさそうに腰の後ろに手を回し、視線を彷徨わせる。

「ほんとに、ありがと……」
「いいって。それよりも――」

 ロアはくるりと踵を返して崖の側に歩いていく。そして何やらじっと足を止めた。

(何してるんだろ……)

 少し疑問に思っているうちに、ロアが微妙に苦笑いを浮かべて振り返り、また近づいてきた。そして――

「エイミー、今から俺がやることは内緒にしてほしい。ほんとはこういうのは良くないからね」

 唐突で脈絡の無い言葉だった。それでも、ロアが何かをしようとしていることはわかった。エイミーはどんなことでも受け入れる気持ちで、こくんと首を縦に振った。

「ありがとう。あと、驚かないであげてほしい」
「え? あっ……うん」

 ロアが首肯して右手を上げた。肩の前から左に。そして胸の前から顔の前に。十字を描いたのだろうか。

「《幻世交差》」

 その言葉は遥か上空から響いたように聞こえた。
 エイミーの視界が光で埋まり、何か静けさが漂うような厳格な気配が漂った。
 と――目の前に体が透けた男性が立っていた。目尻が少し下がった、優しそうな見た目の――実はとても厳しい人。
 エイミーは、両目をパチパチと瞬かせてから、大きく見開いた。

「お、お父さん!?」
「エイミー、久しぶり」
「え? あ……え、夢?」
「夢じゃない。ロアくんの力を借りて、ほんの少しだけエイミーに話をさせてもらっている」
「あ、で、でも……こんなことって……」

 父であるハグダは一歩近づき、エイミーの頬に手を近づけた。決して触れられない壁を知りつつも、そこに手があれば触れられると言いたげだ。

「エイミー、時間がない。お父さんからお前に一言だけ伝えたかった。――エイミー……本当におめでとう。これで一人前だ。お父さんが教えたかったことはわかってもらえたと信じてる。今日、お前が魔法を成功させたときの感覚を絶対に忘れないように」
「……お父さんっ!」

 ハグダの姿が一段と薄くなっていく。その意味は状況を理解できないエイミーにもはっきりわかる。
 エイミーは目尻にじわりと涙を浮かべ、もう一度「お父さん」と大きく叫んだ。

「そんなに泣かなくても大丈夫。お父さんはずっとエイミーを見守っているから。魔法学校でも冒険者でも何でも構わない。エイミーが好きなことを全力でがんばって。……じゃあね。元気で」

 エイミーはごしごしと袖で目を拭った。そして―― 

「……うんっ! お父さんも!」

 と花のような笑顔を浮かべ、滝に響く声で返事をした。

 最期に笑顔を――という心配りを感じたハグダも満足げに頷き、少し離れた場所に立つロアの方に歩き、ゆっくり頭を下げた。

「禁忌を破らせてすまなかった」
「とんでもない。俺も最初から願いを叶えると決めていたので」
「本当にありがとう。魔獣の討伐、滝の件の成功、娘への伝言――何もかも諦めていたから、夢のような時間だった」
「本当にカヤコさんへの伝言は良いのですか?」

 その問いにハグダは気恥ずかしそうに頬をかいた。

「今さら妻に死んだなどと改めて話したら怒られるだけだ」
「そんなことはないと思いますが……」
「いいんだ。あいつはああ見えてしっかりしている。今さら言葉もいらない。娘に一人前だと伝えられただけで満足だ」
「お力になれて良かったです」
「最期に君のような人間に会えて良かった。墓守のロア……か」
「ハグダさん、申し訳ないのですが、そろそろ……」
「わかってる。重ね重ねありがとう。こんな私が言うのも何だが恩は忘れない。君は確か魔法について知りたがっていたね……娘に魔法学校の教本を与えている。良かったらそれを見てくれ。昔の物だが、基本的なことはすべてわかるはずだ」
「ありがとうございます」
「これくらいのことしかできないのが歯がゆいよ。……じゃあ、私はこれで」
「はい。もし……どこかで機会があれば、その時は宜しくお願いします」

 ロアは丁寧に頭を下げた。

「ロアくんが言うと冗談じゃないから怖いな」

 ハグダは最期に大笑いしながら姿を消した。同時に、厳格な空気が霧散し周囲が元通りになる。
 と、ロアの腰に後ろからとんっと何かが当たった。振り向くと、エイミーが額を当てていた。

「ロア……ありがと。色々よくわからないことばかりだけど」
「夢だよ。きっとね」
「……何話してたの?」
「エイミーが偉大な魔法使いになってくれるといいな、ってさ」
「ほんとに?」
「もちろん。これから今まで以上に頑張るつもりだろ?」
「もちろん! ユーリアにも負けないつもり」
「それは楽しみだな」

 ロアは遥か遠くを見据えて微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...