転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと

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018 並外れた兄妹

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「ロア、今の魔獣はなに? なんであんなことできるの? どうして強いこと隠してたの?」

 矢継ぎ早に質問を口にし、ぐいぐい顔を近づけるエイミーに対し、ロアは微苦笑を浮かべて「一つずつね」と口にした。
 声が随分大人びていて、落ち着いていて――エイミーの方がよっぽど興奮していることに気づき、恥ずかしそうに頬を染めた。
 エイミーはゆっくり呼吸し、昂っていた感情を落ちつかせ、もう一度改めてロアに詰め寄る。

「さっきの魔獣はなに?」
「この滝で鍛錬していたら、急に森から飛び出してきてね。てっきりエイミーのお父さんが戦った魔獣かと思ったんだけど……目が4つあったから違うやつだね」

 それにはエイミーも気づいた。

(二匹目がいたってこと? もしかして……お父さんは森の中で二匹目とも戦って……)

 可能性は十分ある。つがいの魔獣も珍しいことではない。
 それにしても魔獣の強さはそんなに変わらないはずだ。最初にエイミーが感じた気配は、前に襲われた魔獣と同じだった。

 それにエイミー自身が魔獣の魔力にあてられて動けなかった。ロアに目で止められたというのは言い訳だ。もしロアが助けを求めていたとしても、勇気を持って飛び出していけたかは怪しい。

「なんで、強いこと黙ってたの?」
「別に隠すつもりはないけど、必要の無いときにひけらかす必要もないだろ?」
「それは……」

 エイミーはその言葉に少し気恥ずかしくなった。
 彼女はロアとユーリアに出会ったときに、自分が強いことを知らしめた記憶があるのだ。

 ――ここら辺は魔獣も出るから急いだ方がいいわ。まあもし出たら、強い私が追い払うけどね。

 それをロアが覚えているかどうかはわからない。
 でも、あの時偉そうに胸を張ったエイミーが魔獣相手に腰が引けていたと思うと恥ずかしくてたまらない。

「お兄ちゃん、最初から一人で戦うつもりだったんでしょ!?」

 密かに沈みかけていたエイミーの隣から、ふくれっ面のユーリアが前に出た。
 さっきまで「お兄ちゃん、かっこいい」と一人で照れていた少女は何を怒っているのか、不機嫌そうに詰め寄っていく。

「どういう意味?」
「あー、とぼけるんだ。私達を帰らせたときには、とっくに気づいてたのに!?」
「ユーリア……ちょっと意味がわからない。俺は本当に鍛錬を――」
「嘘……絶対嘘! お兄ちゃんがこんな気配に気づかないわけないもん」
「ユーリア……俺も未熟なんだし気づかないことは多いって」
「ふーんだ」

 そっぽを向いたユーリアはひどくご機嫌斜めのようで、ぷいっと小さな背中を向けた。
 ロアが困ったように肩をすくめる様子が少し新鮮だ。あれだけ強くても妹にはかなわないらしい。

(もしかして……ロアなら……できるのかな?)

 エイミーの心の中で、好奇心が持ち上がった。
 目の前の少年なら、もしかして父と同じことができるのでは、と思ったのだ。

「ねえ、ロア……滝での鍛錬は成功した?」
「え? ……まあ、一応は」

(やっぱり……)

 エイミーは納得する。あの魔獣を圧倒できるほどの強さだ。滝の水を押し返すことができないとは思えない。

「見せてくれない?」
「それは構わないけど……」

 ロアの反応が渋い。その原因に心当たりがあるエイミーは言葉を足す。

「わかってる。誰にも言わないし、ここだけの話だから……お願い、見たいの」

 最後の一押しに、ロアはゆっくりと頷いた。

 ◆

 結果を言えば満点だった。
 エイミーは産まれて初めて度肝を抜かれるという言葉を噛み締めた。

「こんな感じかな」

 涼しい声で言うロアは体を滝に対して横に向けたまま満足そうに頷いている。
 正面を向いたエイミーの視線の先で、滝はまるで時間を止めたように――ぴたりとすべての動きを停止させていた。

「こ、こんなことが……」

 あんまりな光景に、エイミーの声がひとりでに震える。本当に同じ滝なのかと何度も目を擦ってしまう。
 ロアが腕組みをしながら、何か考えるように言う。

「水を押し返すってことだから、エイミーみたいに水の塊をぶつける案もあると思うんだけど……俺は属性変化が得意じゃないから、水を止めたら――って方向で考えてみた」
「……考えてみたの、今日よね?」

 エイミーはあんぐり口を開いたまま言葉を失った。どうすればこんな芸当ができるのか検討もつかない。氷魔法の使い手が水を凍らせているのとはわけが違うのだ。

 もちろん水魔法をぶつけているわけでもなく――

(これって……この滝の水を全部操らないとできないんじゃない? そんなこと……できるの?)

 もしエイミーの考えが正しければ、ロアの力は父のものを遥かに超えている。
 次々落ちてくる滝の水の動きを止めるなんて、どれほど奥の水まで操作しているのだろう。

「そろそろ動かしていいかな? 水は……魔力を通しやすいけど、ずっとはしんどくて」

 まったくしんどそうに見えないロアが窺うように見つめた。
 エイミーがこくんと頷くと、時間が戻ったように滝が流れ落ち始めた。

(嘘じゃない……この量の水を……ロアは全部操ってたの?)

 優秀な魔法使いだと誰からも褒められてきたエイミーには本当に衝撃的な光景だった。

(外の街にはこんな男の子がいるんだ……)

 そう思うと背中がぞくぞく震えた。最近つまらなくなりつつあった魔法にはもっと高みがあるのだ。
 エイミーはじっとロアの横顔を見つめた。
 黒い髪に切れ長の瞳と整った鼻梁。口元には柔らかい笑みを浮かべている。

 ロアの視線がいつの間にか返ってきたことに気づいたエイミーは赤くなりながらさっと視線を逸らした。

「……えっと、何か?」
「別に……ロアみたいに考えたことがなかっただけ……私は水で押し返したらってばかり考えてたから」
「得意、不得意はあるからね」
「そういうレベルじゃないじゃん……」

 見とれていた気恥ずかしさで思わずぶっきらぼうに言ってしまう。
 ロアとの間に沈黙が降りたことの焦ったエイミーは、慌てて話題をユーリアに振った。

「あなたのお兄さん、すごいね」
「お兄ちゃんだもん」

 悪びれることも謙遜することもなく満面の笑みを浮かべたユーリアは純粋だった。
 しかし、すぐに挑戦的な笑みを浮かべた彼女がロアに近づいた。

「お兄ちゃん、私も挑戦してみていい?」
「え? ユーリアもするの?」
「さっきはお兄ちゃんに置いていかれたから、ちょっとだけ見直してもらおうかなって。足手まといになりたくないし」
「別にユーリアをそんな風には思ってないけど」
「それでも! いいでしょ?」
「うーん……まあ、仕方ないか」

 頑なな光を目に宿したユーリアは引き下がりそうになかった。
 ロアがしぶしぶ折れると、そのままエイミーに近づいて自然と片手を取った。

 あからさまに硬直したエイミーは――

「な、なに? 急に……」
「ちょっと離れた方がいい。ユーリアは仙――いや、魔力の扱いが荒っぽいから」
「え? え? どういうこと?」
「これくらいかな……いいよー、ユーリア」
「よーっし!」

 手が離れていくことに少しの寂しさを感じたエイミーだが――次の瞬間、一気に全身が総毛立った。
 ユーリアの体から真っ赤な炎がごうっと吹き出したからだ。

「う、嘘でしょ!?」

 熱波と熱風が周囲を滑るように吹き荒れた。エイミーの顔が一気に熱くなり、女の子らしい悲鳴をあげてしゃがみこんでしまう。
 必死に視線を向けた先では、ユーリアがとんでもない魔力を集中させてエイミーの水の塊の数倍以上ある炎弾を頭上に作り上げている。

「いっけー!!!!」

 それは瞬く間に滝に放たれた。ジュワッっという白煙がもうもうと舞い、滝の水が浸食されるように蒸発していく。

(うそ、うそ、うそーーーーっ!?)

 驚きが限界突破した。火は水に弱いという自然の摂理が目の前で塗り替えられていく。
 悲鳴をあげるように小さな飛沫となる水が、端から干上がるように消えていく。

「うーん……相変わらず大雑把だな」

 隣に立つロアが苦笑いを漏らすが、エイミーにそんなことを気にする余裕はなかった。
 ユーリアの特大の火魔法が沈下したその場は、嘘のように水が消え去り、近くの草木が片っ端から真っ黒な炭となっていた。

「お兄ちゃん、どうだった!?」
「相変わらずすごい……魔法だね。でも自然が……」
「でしょ! またちょっと強くなった気がする!」
「確かに……また馴染んだのかな?」
「あなたたち……二人……何者なの?」
「え?」

 とぼけた顔でロアが首を回した。
 本当にとぼけているのか、天然なのかエイミーには判断がつかなかった。
 それでも、片方は水を停止させて、片方は一気に蒸発させる兄妹が普通だとは思えない。
 視線の先で、ようやく滝の水が復活して水量が回復してきた。
 チョロチョロ流れていた水が、再び轟轟と戻るまでに時間はかかったのが恐ろしかった。
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