17 / 43
017 エイミーは見ていた
しおりを挟む
それはちょうどエイミーがユーリアの話に耳を傾けていたときだ。
全身をざわつかせるような魔力の波を感じた。
(これは、あの時の……お父さんの時と同じ?)
エイミーがはっと顔をあげると、正面でユーリアも難しい表情をしている。
(ユーリアも気づいた? 偶然じゃない?)
二人は何を言うこともなく互いに頷きあうと、エイミーが母に声をかけた。
「お母さん、ちょっと滝に行ってくる!」
「え? 今から? さっきも行ったじゃない……」
「だってロアの帰りが遅いからユーリアが心配してて」
カヤコはそれを聞いて目でユーリアに訊ねた。もちろんユーリアはすぐに頷いたので、カヤコとしては止めることはできない。
「本当に気をつけてね」
「わかってる。ユーリアはちゃんと守るから」
それだけ告げると、二人は競うように小屋を飛び出した。
走り出して最初に驚いたのは、本気になったユーリアの速度だ。
魔力の扱いに長けたエイミーが全力で駆けているというのに、同年代の少女は軽々とそれに着いてくる。
だが、エイミーの驚きには気づかず、ユーリアは視線を森のずっと奥に固定しながら、
「さっきの、何の気配だろ?」
「たぶん、お父さんが戦った魔獣だ」
「魔獣?」
「前に滝で襲われたときのやつと同じ感じだもん。胸が気持ち悪くなるような嫌な感じ」
エイミーは気持ちを切り替えて、その気配の位置を確認する。
(間違いない……やっぱり滝だ。でも……じゃあ、お父さんは魔獣を倒せてなかったの? それに、近くの大きな気配は……まさか……)
二人は黙り込んだまま、子どもとは思えないほど俊敏に森の木々をかわして走り続けた。
全力で走ればそれほどの距離でもない。
そして、視界が開けた位置でエイミーは急停止した。滝の奥にかつて見た魔獣と同じ形の生き物の尾が見えたからだ。
(こ、こいつ……やっぱり……)
エイミーは見た瞬間に確信した。同じなのだ。濃密な魔力の波動が周囲の生き物を威嚇するように放たれていて、足が震える。
背筋が恐怖でぞくぞく震え、喉がからからに干上がっていく感覚。
「お兄ちゃん!」
「待って、ユーリア!」
森から飛び出そうとしたユーリアの腰に慌てて抱きついて静止する。
気持ちは痛いほどわかるが、軽々に飛び出すわけにはいかない。襲われているのは確かにロアだ。艶のある黒い髪はとても珍しく見間違えるはずがない。
でも、目の前の魔獣相手ではエイミーとユーリアが協力しても倒せるとは思えない。
それに感じたのだ――ロアが素早く二人を見て、目で制したのを。
「でも、お兄ちゃんが!?」
「よく見て! ロアは一撃も受けてない!」
その言葉にユーリアが目を見開いた。
もちろん、そう言ったエイミーも信じられない思いだった。
前に襲われたときは、父の防御魔法が軽々と破られ、すぐに苦手な迫撃戦になだれ込んだ。不利と判断した父はそのまま森の中に魔獣を誘い込み魔法で倒した――と思っている。
でも、ロアの戦い方は違う。
わざと魔獣を誘うような位置に立ち、大ぶりの一撃を今か今かと待っているのだ。
そこに狙った攻撃が来たのだろう、ロアが腰から片刃の剣を抜いた。
普通より短いものだが、確かに魔獣のうごきを受け止め、さらに片足を軽々と傷つけている。
(ほとんど魔力を使ってないのに……すごい)
まるで遊んでいるように力の無い動きで魔獣を圧倒するロアが信じられない。
魔獣の方が遥かに大きく濃い魔力を放っているというのに、凪のような魔力を纏うロアが完全に上回っている。
(あっ、あの魔獣……四つ目だ。お父さんのとは別のやつ?)
エイミーが幾分ほっとした時――
「お兄ちゃん、がんばれ!」
ユーリアも力の違いにすぐに気づいたのだろう。ロアを応援するように小さく拳を握りしめた。横顔がこの状況に場違いなほど可愛らしい。
そうこうしているうちに、ロアが上空に跳ね上げられた。落ちるだけで死んでしまうような高さの暴力。
不気味に口端を曲げた魔獣は、追跡するつもりなのか後ろ脚に力を込め、バネのように飛び上がった。
だが――
その後、まさに理解できないことが起きた。
ロアは少しも臆することなく、あろうことか空中で滑るように移動し、飛び込んでくる魔獣の攻撃をかわすと、短めの剣を腰に構え、瞬時にまばゆい光の軌跡を描いたのだ。
瞬きすら許さないほんのわずかの間だった。
魔獣が小さく見えるほどの大量の魔力が流れたような気がした。もしかしたらエイミーの気の所為だったかもしれない。
けれど、その結果――魔獣は塵となった。
星空の下で、見惚れるような銀色の輝きが瞬いていた。
ロアが空中で体勢を整えながら着地した。
エイミーとユーリアは同時に駆け出していた。
「ロアっ!」
彼はすべて気づいていたように、微笑みを浮かべていた。
全身をざわつかせるような魔力の波を感じた。
(これは、あの時の……お父さんの時と同じ?)
エイミーがはっと顔をあげると、正面でユーリアも難しい表情をしている。
(ユーリアも気づいた? 偶然じゃない?)
二人は何を言うこともなく互いに頷きあうと、エイミーが母に声をかけた。
「お母さん、ちょっと滝に行ってくる!」
「え? 今から? さっきも行ったじゃない……」
「だってロアの帰りが遅いからユーリアが心配してて」
カヤコはそれを聞いて目でユーリアに訊ねた。もちろんユーリアはすぐに頷いたので、カヤコとしては止めることはできない。
「本当に気をつけてね」
「わかってる。ユーリアはちゃんと守るから」
それだけ告げると、二人は競うように小屋を飛び出した。
走り出して最初に驚いたのは、本気になったユーリアの速度だ。
魔力の扱いに長けたエイミーが全力で駆けているというのに、同年代の少女は軽々とそれに着いてくる。
だが、エイミーの驚きには気づかず、ユーリアは視線を森のずっと奥に固定しながら、
「さっきの、何の気配だろ?」
「たぶん、お父さんが戦った魔獣だ」
「魔獣?」
「前に滝で襲われたときのやつと同じ感じだもん。胸が気持ち悪くなるような嫌な感じ」
エイミーは気持ちを切り替えて、その気配の位置を確認する。
(間違いない……やっぱり滝だ。でも……じゃあ、お父さんは魔獣を倒せてなかったの? それに、近くの大きな気配は……まさか……)
二人は黙り込んだまま、子どもとは思えないほど俊敏に森の木々をかわして走り続けた。
全力で走ればそれほどの距離でもない。
そして、視界が開けた位置でエイミーは急停止した。滝の奥にかつて見た魔獣と同じ形の生き物の尾が見えたからだ。
(こ、こいつ……やっぱり……)
エイミーは見た瞬間に確信した。同じなのだ。濃密な魔力の波動が周囲の生き物を威嚇するように放たれていて、足が震える。
背筋が恐怖でぞくぞく震え、喉がからからに干上がっていく感覚。
「お兄ちゃん!」
「待って、ユーリア!」
森から飛び出そうとしたユーリアの腰に慌てて抱きついて静止する。
気持ちは痛いほどわかるが、軽々に飛び出すわけにはいかない。襲われているのは確かにロアだ。艶のある黒い髪はとても珍しく見間違えるはずがない。
でも、目の前の魔獣相手ではエイミーとユーリアが協力しても倒せるとは思えない。
それに感じたのだ――ロアが素早く二人を見て、目で制したのを。
「でも、お兄ちゃんが!?」
「よく見て! ロアは一撃も受けてない!」
その言葉にユーリアが目を見開いた。
もちろん、そう言ったエイミーも信じられない思いだった。
前に襲われたときは、父の防御魔法が軽々と破られ、すぐに苦手な迫撃戦になだれ込んだ。不利と判断した父はそのまま森の中に魔獣を誘い込み魔法で倒した――と思っている。
でも、ロアの戦い方は違う。
わざと魔獣を誘うような位置に立ち、大ぶりの一撃を今か今かと待っているのだ。
そこに狙った攻撃が来たのだろう、ロアが腰から片刃の剣を抜いた。
普通より短いものだが、確かに魔獣のうごきを受け止め、さらに片足を軽々と傷つけている。
(ほとんど魔力を使ってないのに……すごい)
まるで遊んでいるように力の無い動きで魔獣を圧倒するロアが信じられない。
魔獣の方が遥かに大きく濃い魔力を放っているというのに、凪のような魔力を纏うロアが完全に上回っている。
(あっ、あの魔獣……四つ目だ。お父さんのとは別のやつ?)
エイミーが幾分ほっとした時――
「お兄ちゃん、がんばれ!」
ユーリアも力の違いにすぐに気づいたのだろう。ロアを応援するように小さく拳を握りしめた。横顔がこの状況に場違いなほど可愛らしい。
そうこうしているうちに、ロアが上空に跳ね上げられた。落ちるだけで死んでしまうような高さの暴力。
不気味に口端を曲げた魔獣は、追跡するつもりなのか後ろ脚に力を込め、バネのように飛び上がった。
だが――
その後、まさに理解できないことが起きた。
ロアは少しも臆することなく、あろうことか空中で滑るように移動し、飛び込んでくる魔獣の攻撃をかわすと、短めの剣を腰に構え、瞬時にまばゆい光の軌跡を描いたのだ。
瞬きすら許さないほんのわずかの間だった。
魔獣が小さく見えるほどの大量の魔力が流れたような気がした。もしかしたらエイミーの気の所為だったかもしれない。
けれど、その結果――魔獣は塵となった。
星空の下で、見惚れるような銀色の輝きが瞬いていた。
ロアが空中で体勢を整えながら着地した。
エイミーとユーリアは同時に駆け出していた。
「ロアっ!」
彼はすべて気づいていたように、微笑みを浮かべていた。
20
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説


狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
王子様と落ちこぼれ魔道士 へっぽこ無能だと思っていた魔道士が実は最強すぎた
島崎 紗都子
ファンタジー
アイザカーン国の王子イヴンは 大国ヴルカーンベルクの王女の元へと婿入りすることになった。おともに魔道士イェンを連れ ヴルカーンベルク国へと旅立つが 頼りとなるはずのイェンの魔術の腕前は さっぱりで 初級魔術も使えない 皆からおちこぼれの最低無能魔道士と言われているほど。さらに困ったことに イェンはどうしようもなく女好き。途中で知り合った仲間とともに 自由気ままに旅をするイヴンたちだが 自分たちが何者かに狙われていることを知って……。
お気楽な旅から一転、王位継承を巡る陰謀に巻き込まれていく二人は──。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる