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010 ユーリアはけじめをつける
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ほどなくして、ロアとユーリアはふもとの村に到着した。のどかな様子で何人かが畑仕事中のようだ。二人とも仙気術のおかげでさほど疲れてはいない。
ただ、ユーリアの顔色は悪い。近づくに連れて言葉も少なくなっている。
「ここがユーリアの住んでいた場所か」
「うん……」
「一番大きな家だったね」
「左の奥だよ……でも……」
ロアは何か言いたげなユーリアの手を引きつつ村の中に足を踏み入れる。
粗末な門には見張りも立っていないので、この辺りは魔獣も出ないのだろう。すれ違う村人から奇異な視線を浴びつつも、ロアはまったく気にせずにユーリアの実家を探す。
茅葺き屋根の一際大きな家――ここだろう。
ユーリアが掠れたような声をあげた。
「お兄ちゃん……やっぱり……私……」
「大丈夫、話をするだけだから」
完全に怖気づいたユーリアに微笑を向けてからドアをノックする。二度、三度。
留守かと思ったが扉の内側で誰かが近づいてくる音がした。解錠と共にドアが内側に開かれる。
「どちらさ……」
出迎えたのは茶色い髪をサイドで結った女性だった。
(間違いないな。よく似てる)
ロアは確信しつつ頭を下げた。
「初めまして。お忙しい時間に申し訳ございません。こちらの――」
「ひっ?!」
言葉の途中で女性が小さな悲鳴をあげ、たたらを踏んで腰から崩れ落ちた。まるで化け物でも見たように怯えた様子で、要領の得ない言葉を口にしながら尻もちをついて下がっていく。
ユーリアがそれを悲痛な様子で見つめ、勇気を振り絞ったようにつぶやいた。
「お、お母さん……」
決してこれまでのことを非難する声色ではなかった。
それでも母と呼ばれた女性は浅い呼吸を何度か繰り返して必死に立ち上がり、部屋の奥に消えた。
ユーリアが辛そうに視線を下げた。
「お兄ちゃん……やっぱり……」
そうつぶやいた時だ。奥から難しい顔をした一人の男性が現れた。綺麗に整えた髪が品の良い雰囲気を醸し出している。
「お、父さん……」
ユーリアの微かな声に、父と呼ばれた男性が視線をそちらに滑らせた。
しかし、何を言うこともなくロアに向き直る。
「うちに何か用事だろうか?」
冷たく硬質な声だ。それでも、ロアは女性に向けたように丁寧に頭を下げて挨拶を返し、墓守のロアであることを告げた。
そして――
「こちらの女の子が私が管理する墓地に連れられてきたのですが、お心あたりはないでしょうか?」
「……無いな」
男性は興味無さそうに口にした。
びくりと表情を強張らせたユーリアの肩に優しく手を置いてから、ロアは言った。
「村の人に聞いたところ、こちらのお家の娘さんによく似ていると教えていただいたのですが」
嘘を混ぜた言葉に、男性が微かに表情を変えた。
だがすぐに不機嫌そうに眉を寄せて、
「何が言いたい? うちの娘はとっくに死んでいる。流行り病でな。墓守かなんだか知らんが、遺族をからかうつもりなら容赦せんぞ」
「まったくそんなつもりはありません。お気に触ったのならご容赦ください。ただ、この子は私が保護したときから記憶が曖昧なので――念の為に、ご両親と思しき方に確認させていただいた次第です」
「ふん……何度も言うが、うちとはまったく関係ないな」
「なるほど……それは失礼しました」
ロアはもう一度丁寧に頭を下げた。そして、もう用事はないとばかりにユーリアの手を引いた。
しかし、それをユーリアは拒んだ。
彼女は驚くロアに、何かを決心したような瞳を向けてから、男性に一歩近づいた。
「あ、あの……今までありがとうございました!」
「……何を言ってるのか理解できん」
「ほんとに……ありがとうございました!」
困惑する男性をよそに、ユーリアは微笑んで見せた。
悲しそうでもあり、安堵したようでもある不器用な笑みだ。
それは今まで育ててくれたことに対する彼女なりのケジメだった。
そして、ユーリアは満面の笑みを浮かべてロアの手を引いた。
「いこっ、お兄ちゃん!」
「そうだね」
ロアはぐいぐい引っ張るユーリアの背中を眺めながら、「がんばったね」とぽつりとつぶやいた。
ただ、ユーリアの顔色は悪い。近づくに連れて言葉も少なくなっている。
「ここがユーリアの住んでいた場所か」
「うん……」
「一番大きな家だったね」
「左の奥だよ……でも……」
ロアは何か言いたげなユーリアの手を引きつつ村の中に足を踏み入れる。
粗末な門には見張りも立っていないので、この辺りは魔獣も出ないのだろう。すれ違う村人から奇異な視線を浴びつつも、ロアはまったく気にせずにユーリアの実家を探す。
茅葺き屋根の一際大きな家――ここだろう。
ユーリアが掠れたような声をあげた。
「お兄ちゃん……やっぱり……私……」
「大丈夫、話をするだけだから」
完全に怖気づいたユーリアに微笑を向けてからドアをノックする。二度、三度。
留守かと思ったが扉の内側で誰かが近づいてくる音がした。解錠と共にドアが内側に開かれる。
「どちらさ……」
出迎えたのは茶色い髪をサイドで結った女性だった。
(間違いないな。よく似てる)
ロアは確信しつつ頭を下げた。
「初めまして。お忙しい時間に申し訳ございません。こちらの――」
「ひっ?!」
言葉の途中で女性が小さな悲鳴をあげ、たたらを踏んで腰から崩れ落ちた。まるで化け物でも見たように怯えた様子で、要領の得ない言葉を口にしながら尻もちをついて下がっていく。
ユーリアがそれを悲痛な様子で見つめ、勇気を振り絞ったようにつぶやいた。
「お、お母さん……」
決してこれまでのことを非難する声色ではなかった。
それでも母と呼ばれた女性は浅い呼吸を何度か繰り返して必死に立ち上がり、部屋の奥に消えた。
ユーリアが辛そうに視線を下げた。
「お兄ちゃん……やっぱり……」
そうつぶやいた時だ。奥から難しい顔をした一人の男性が現れた。綺麗に整えた髪が品の良い雰囲気を醸し出している。
「お、父さん……」
ユーリアの微かな声に、父と呼ばれた男性が視線をそちらに滑らせた。
しかし、何を言うこともなくロアに向き直る。
「うちに何か用事だろうか?」
冷たく硬質な声だ。それでも、ロアは女性に向けたように丁寧に頭を下げて挨拶を返し、墓守のロアであることを告げた。
そして――
「こちらの女の子が私が管理する墓地に連れられてきたのですが、お心あたりはないでしょうか?」
「……無いな」
男性は興味無さそうに口にした。
びくりと表情を強張らせたユーリアの肩に優しく手を置いてから、ロアは言った。
「村の人に聞いたところ、こちらのお家の娘さんによく似ていると教えていただいたのですが」
嘘を混ぜた言葉に、男性が微かに表情を変えた。
だがすぐに不機嫌そうに眉を寄せて、
「何が言いたい? うちの娘はとっくに死んでいる。流行り病でな。墓守かなんだか知らんが、遺族をからかうつもりなら容赦せんぞ」
「まったくそんなつもりはありません。お気に触ったのならご容赦ください。ただ、この子は私が保護したときから記憶が曖昧なので――念の為に、ご両親と思しき方に確認させていただいた次第です」
「ふん……何度も言うが、うちとはまったく関係ないな」
「なるほど……それは失礼しました」
ロアはもう一度丁寧に頭を下げた。そして、もう用事はないとばかりにユーリアの手を引いた。
しかし、それをユーリアは拒んだ。
彼女は驚くロアに、何かを決心したような瞳を向けてから、男性に一歩近づいた。
「あ、あの……今までありがとうございました!」
「……何を言ってるのか理解できん」
「ほんとに……ありがとうございました!」
困惑する男性をよそに、ユーリアは微笑んで見せた。
悲しそうでもあり、安堵したようでもある不器用な笑みだ。
それは今まで育ててくれたことに対する彼女なりのケジメだった。
そして、ユーリアは満面の笑みを浮かべてロアの手を引いた。
「いこっ、お兄ちゃん!」
「そうだね」
ロアはぐいぐい引っ張るユーリアの背中を眺めながら、「がんばったね」とぽつりとつぶやいた。
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