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008 墓園の監視者
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村に近づくにつれ、ユーリアが腕を抱く力が徐々に強くなっている。表情も強張っているし、辛い記憶を思い出しているのだろう。それでも守らなければならない順序はある。
少なくとも10歳になるまで育ててもらったという事実があるのだ。
(でもその前に……)
ロアの視線の先には山小屋があった。早朝に発ったので日はまだ高くないが、兵士二人は起きているだろう。
(どうしようか……)
ロアは悩みつつ立ち止まる。兵士二人にここを通り過ぎることを告げるか、それとも迂回してふもとまで降りるべきか。
が、考えているうちに扉の開く音とともに、一人の兵士が大きなあくびをしながら外に出てきた。朱色の髪と目立つ右の眼帯。細い目が必要以上に細くなっているのは眠いせいだろう。彼は扉の中に一言、二言嫌そうな顔で何かを話しかけながら、ふとロアとユーリアの姿に気づいた。
そして、内部に何か声をかけた。
「……仕事増やすなよなあ」
現れた人物は心の底からめんどくさそうに言った。特にロアの隣に立つユーリアを侮蔑するように見ている。
「俺はティアドっていうんだが、お前さん、山の奥にいる墓守だろ?」
「はい、墓守のロアと申します」
ティアドがさらにめんどくさそうにため息を吐いた。
「あんたの隣にいるお嬢さんとはどういう関係だい?」
「以前、こちらに運んで来られた子ですが、幸い息があったようなので」
「……ご丁寧に助けた、と」
「亡くなったと誤ってご判断された可能性があるかと思います」
ロアは責めることもなく淡々と告げた。
ティアドが苦虫を潰した顔で「ああ、そう」と片目を眇めた。そして、背後の男に向けて声をかける。
「ベルルク、どう思う?」
「どうって旦那……あいつが助けちゃったわけでしょ? そこは俺等は知らない話だし、棺桶の中身も見てないし、知らないお嬢ちゃんを村に送るってだけなら、仕事外だからスルーですわ」
「やっぱそうだな」
ティアドが納得したように頷き、顎をしゃくる。
「通っていい。一応忠告しとくが、妙な真似するなよ」
「もちろんです。ありがとうございます」
ロアは丁寧に腰を折り、少し萎縮しているユーリアを連れて小屋の横を通る――つもりが、ひゅんっと風切音と共に鈍色の刃が行く手を阻んだ。ティアドが怖い形相で睨んでいる。
「妙な真似するなって言っただろ」
「……していませんが?」
「お前の通行は許可してない」
「私の通行?」
ティアドは知らないのか、と言いたげな顔で嘲る。
「墓守をこの先に進ませないのが俺たちの仕事だ」
「逆ではないのですか? 村の人間を墓に近づけないように……と聞いていますが」
「違うな。墓守に近づけず、墓守は移動させない――それがルールだ」
「そんなルールが?」
「だから、お嬢さんだけ通るなら構わないが、お前はダメだ」
「理由を教えて頂いても?」
「知らんな。国が決めたことだ。いちいち理由なんぞ知るか」
ティアドはそう言って剣の腹でロアの胸元を押し返す。
ユーリアがそれを心配そうに見つめながら、恐る恐る言う。
「わ、私、ロアと一緒に村に行きたい」
「ダメだ。ごねるならお前も斬るぞ」
ジロリとティアドのギョロ目がユーリアを捉えた。一切の妥協を許さないと示すように、剣先がそろりと向けられる。
ロアが素早くその間に体を入れた。
「子供ですよ。危険なことは……」
「お前も俺にとっちゃ子供だが関係ない。ルールに従えないなら通さねえよ」
ロアは「なるほど」と呟いて一歩下がった。
理由は不明だが、ギャランの言っていたことは本当だったようだ。それなら母と姉がどうやって通ったのかという疑問も湧くが、あの二人ならそもそも回り道するような気がする。
(けど、どうして?)
ロアは考えこむ。墓守がこんなに居場所を強いられる職業とは思えない。死人を埋めて、墓の手入れをする職業だ。決して危害を与えるようなものではない。
(人の価値観か?)
この世界が死人に対して強い忌避感を抱いているのなら話はわかる。その場合、墓守は忌避すべき死人に触れる仕事なので人里を出歩くなという理屈も通る。
でも、それなら墓場自体が存続するはずがない。棺桶に故人の思い出の品や食料を入れて一緒に埋葬する習慣もそうだ。どちらかと言えば、丁寧に尊ぶ側だ。
「おい、どうするんだ?」
「……お金なら、少しあるのですが」
ロアは革袋の中から硬貨の入った袋を取り出した。
見るからに中身が詰まった袋だが――
「端金で首を飛ばすリスクは負えないな」
ティアドは浅い笑みを貼り付けて一蹴する。取り付く島もない。交渉材料にはならないようだ。
(給料も高いと? たかが僻地の墓守の監視にそんなに出すだろうか?)
ロアは内心で驚く。今の量なら大抵の役人は一考するだろうと、ギャランから聞いている。ギャランが嘘をつくわけがないし、かと言って、目の前のティアドが正義感に厚いとも思えない。
(ダメだな。情報が少なすぎる)
うまい手が思いつかない。できれば旅の最初から兵士と揉めたくなかったが仕方ない。
適当にあしらって逃げるか、そう決めた時だ。
「あっ?」
低く鈍い音ともにティアドが首を傾げた――ように見えた。
だが、違った。
ロアとユーリアの目の前で、ティアドの瞳がぐるりとあらぬ方向を向いた。悲鳴を喉で殺したユーリアを抱いて、ロアが後方に大きく飛び退った。
同時に、ティアドの体が前のめりに倒れていく。そこに立つのは――
「いいんじゃない、通ったら。固いこと言わないでさ」
ベルルクが剣を抜いて舌なめずりしていた。
少なくとも10歳になるまで育ててもらったという事実があるのだ。
(でもその前に……)
ロアの視線の先には山小屋があった。早朝に発ったので日はまだ高くないが、兵士二人は起きているだろう。
(どうしようか……)
ロアは悩みつつ立ち止まる。兵士二人にここを通り過ぎることを告げるか、それとも迂回してふもとまで降りるべきか。
が、考えているうちに扉の開く音とともに、一人の兵士が大きなあくびをしながら外に出てきた。朱色の髪と目立つ右の眼帯。細い目が必要以上に細くなっているのは眠いせいだろう。彼は扉の中に一言、二言嫌そうな顔で何かを話しかけながら、ふとロアとユーリアの姿に気づいた。
そして、内部に何か声をかけた。
「……仕事増やすなよなあ」
現れた人物は心の底からめんどくさそうに言った。特にロアの隣に立つユーリアを侮蔑するように見ている。
「俺はティアドっていうんだが、お前さん、山の奥にいる墓守だろ?」
「はい、墓守のロアと申します」
ティアドがさらにめんどくさそうにため息を吐いた。
「あんたの隣にいるお嬢さんとはどういう関係だい?」
「以前、こちらに運んで来られた子ですが、幸い息があったようなので」
「……ご丁寧に助けた、と」
「亡くなったと誤ってご判断された可能性があるかと思います」
ロアは責めることもなく淡々と告げた。
ティアドが苦虫を潰した顔で「ああ、そう」と片目を眇めた。そして、背後の男に向けて声をかける。
「ベルルク、どう思う?」
「どうって旦那……あいつが助けちゃったわけでしょ? そこは俺等は知らない話だし、棺桶の中身も見てないし、知らないお嬢ちゃんを村に送るってだけなら、仕事外だからスルーですわ」
「やっぱそうだな」
ティアドが納得したように頷き、顎をしゃくる。
「通っていい。一応忠告しとくが、妙な真似するなよ」
「もちろんです。ありがとうございます」
ロアは丁寧に腰を折り、少し萎縮しているユーリアを連れて小屋の横を通る――つもりが、ひゅんっと風切音と共に鈍色の刃が行く手を阻んだ。ティアドが怖い形相で睨んでいる。
「妙な真似するなって言っただろ」
「……していませんが?」
「お前の通行は許可してない」
「私の通行?」
ティアドは知らないのか、と言いたげな顔で嘲る。
「墓守をこの先に進ませないのが俺たちの仕事だ」
「逆ではないのですか? 村の人間を墓に近づけないように……と聞いていますが」
「違うな。墓守に近づけず、墓守は移動させない――それがルールだ」
「そんなルールが?」
「だから、お嬢さんだけ通るなら構わないが、お前はダメだ」
「理由を教えて頂いても?」
「知らんな。国が決めたことだ。いちいち理由なんぞ知るか」
ティアドはそう言って剣の腹でロアの胸元を押し返す。
ユーリアがそれを心配そうに見つめながら、恐る恐る言う。
「わ、私、ロアと一緒に村に行きたい」
「ダメだ。ごねるならお前も斬るぞ」
ジロリとティアドのギョロ目がユーリアを捉えた。一切の妥協を許さないと示すように、剣先がそろりと向けられる。
ロアが素早くその間に体を入れた。
「子供ですよ。危険なことは……」
「お前も俺にとっちゃ子供だが関係ない。ルールに従えないなら通さねえよ」
ロアは「なるほど」と呟いて一歩下がった。
理由は不明だが、ギャランの言っていたことは本当だったようだ。それなら母と姉がどうやって通ったのかという疑問も湧くが、あの二人ならそもそも回り道するような気がする。
(けど、どうして?)
ロアは考えこむ。墓守がこんなに居場所を強いられる職業とは思えない。死人を埋めて、墓の手入れをする職業だ。決して危害を与えるようなものではない。
(人の価値観か?)
この世界が死人に対して強い忌避感を抱いているのなら話はわかる。その場合、墓守は忌避すべき死人に触れる仕事なので人里を出歩くなという理屈も通る。
でも、それなら墓場自体が存続するはずがない。棺桶に故人の思い出の品や食料を入れて一緒に埋葬する習慣もそうだ。どちらかと言えば、丁寧に尊ぶ側だ。
「おい、どうするんだ?」
「……お金なら、少しあるのですが」
ロアは革袋の中から硬貨の入った袋を取り出した。
見るからに中身が詰まった袋だが――
「端金で首を飛ばすリスクは負えないな」
ティアドは浅い笑みを貼り付けて一蹴する。取り付く島もない。交渉材料にはならないようだ。
(給料も高いと? たかが僻地の墓守の監視にそんなに出すだろうか?)
ロアは内心で驚く。今の量なら大抵の役人は一考するだろうと、ギャランから聞いている。ギャランが嘘をつくわけがないし、かと言って、目の前のティアドが正義感に厚いとも思えない。
(ダメだな。情報が少なすぎる)
うまい手が思いつかない。できれば旅の最初から兵士と揉めたくなかったが仕方ない。
適当にあしらって逃げるか、そう決めた時だ。
「あっ?」
低く鈍い音ともにティアドが首を傾げた――ように見えた。
だが、違った。
ロアとユーリアの目の前で、ティアドの瞳がぐるりとあらぬ方向を向いた。悲鳴を喉で殺したユーリアを抱いて、ロアが後方に大きく飛び退った。
同時に、ティアドの体が前のめりに倒れていく。そこに立つのは――
「いいんじゃない、通ったら。固いこと言わないでさ」
ベルルクが剣を抜いて舌なめずりしていた。
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