転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと

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007 ユーリアの記憶

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 ユーリアは1歳の誕生日に『春本 巴(はるもと ともえ)』としての前世の記憶が蘇った。
 小さくなった体と何を伝えようとしても「あー」とか「うー」とか要領の得ない音しかでない口。食事は一人でできないし、トイレにも行けない。
 何もできない癖に記憶だけがはっきりしていて、もどかしい赤ん坊時代だった。

 そして、周囲を見回しても知り合いは誰もいない。一緒に育った施設の仲間も、あのバスの中で手を繋いでくれていた優しい兄の倫也もいない。それどころか隙間風が吹く木小屋の中で知らない女性に笑顔で「ママだよ」と声をかけられる毎日。顔つきも、雰囲気もまったく見たことがない人種で、子供ながら、ここが元の世界ではないことを悟った。

 戻る方法は? お兄ちゃんはどこに?

 終わりのない自問を繰り返し、夜は薄い毛布にくるまり、孤独に苛まれて毎晩泣いていた。心細くて不安だった。
 
 そんな時だ。
 5歳になったユーリアは村の教会に連れていかれた。魔力の素養を図る儀式だと言われた。
 髭の長い神父と呼ばれる年老いた男がいて、何も書かれていない分厚い本を渡された。
 すると、それはユーリアが触れた瞬間に何百枚もあるページがパラパラと勝手に進んで閉じた。
 神父は「何もございません」と心痛そうに告げた。
 その日から、両親の風当たりが強くなった。

 一切れのパンとスープから、スープが消え、しばらくしてパンが半切れになった。
 どうして才能が無いの? と何度も問われ母の機嫌次第で頬を叩かれる毎日。
 父はどうも国の機関で働く偉い人だったらしい。娘であるユーリアに何も才能がないことは、村では許されないことだったと少し経ってから知った。

 そして、村のどこにも居場所がなくなった頃、9歳になってからしばらくしたある日、村に医者を名乗る白衣の若い男と連れ子の少女がやってきた。

 彼は世界を旅しながら、貧しい人を救っていると語った。連れ子の少女は両親を失った孤児だそうだ。

 ユーリアは夜、隠れてその医者に会いにいった。あわよくば自分も連れていってもらえないかと思ったのだ。医者は寝泊まりする小屋に快く入れてくれた。

 だが、鈍い光を放つモノクルをかけてユーリアを見た瞬間に態度が豹変した。
 ユーリアは必死に謝った。夜に抜け出したことを怒ったのだと思ったのだ。

 だが、医者はユーリアの細腕を引っ張り、有無を言わせず母のもとに引きずっていった。
 その状況を村の誰かが気づき、すぐに騒然となった。たくさんの野次馬が集まる中、医者は侮蔑するように言った。

 ――残念ですが、この子には悪霊が取り付いています、と。

 母は発狂したように叫んだ。父は周囲に何度も頭を下げ、ユーリアを地下室に連れていった。そして縄で拘束される生活が始まった。
 食べ物も水もほとんど与えられなかった。
 だんだん朦朧とする意識の中で、ユーリアは昔の楽しかった記憶だけを頼りに生きた。

 笑い合っていた施設の仲間と怒っている先生。そして、いつも巴を大事にしてくれた兄の倫也。

 ――助けて、お兄ちゃん。
 ――助けて、お兄ちゃん。

 狂わんばかりに心の中で叫び、ぼろぼろと涙を流した。でも、状況は変わらなかった。

 父がたまに様子を見に来ては「まだ死んでないのか」と気味悪そうな視線を向けて帰っていく毎日。廊下から漏れ聞こえてくる話では、悪霊は直接殺した相手を呪うのだそうだ。
 だから自然死させるのが普通らしい。

 そして、そんな日々が続いた日、ユーリアは冷たい棺に放り込まれた。知らない声が、膜を通したように耳に響く。

 ――たった今、ユーリアは亡くなりました。
 ――これより埋葬を。
 ――ようやくか。

 父と母と思しき喜悦に塗れた声が最期に聞こえ、そして寒さで体が動かくなっていく時間が訪れた。それは地獄であり安らぎだった。

 これで終われるんだ――と心の底から安堵した。母のイジメも、父の蔑んだ瞳にも苦しめられることがなくなる。それだけで幸せだった。
 意識が何度も途切れるようになると、体は寒さを感じなくなった。自分が揺れていて、どこかに連れていかれるのだとわかったものの、どうでもよかった。

 でも――最期に一目でいい。兄に会いたかった。
 あの素敵な笑顔と格好良い横顔が見たい。誰よりも好きだった兄と話がしたい。

 ――しっかりしろ! 何か、何かしゃべれないか!?

 その瞬間だった。兄に良く似た声が聞こえた。優しく心配する声質が兄と同じだ。

 何か熱いものが体の中を走り抜けた。消えるだけだった命の灯火が、かすかに揺らめいた気がした。巴は最後の力を振り絞って口を動かした。これ以外の言葉はいらない。

 異世界に生まれ変わってしまった巴のたった一つの願い。

 ――お兄ちゃん、助けて。

 巴は力を振り絞って口にして気を失った。その後のことは覚えていない。
 体が一気に熱くなったことだけはおぼろげに残っている。
 
 目が覚めた時、やはり巴はユーリアのままだった。
 思わず泣きそうになったけれど、兄に良く似た人がベッドの側に座っており、ユーリアの手を握って、「おはよう」と言ってくれた。本人は気づいていないのか《日本語》だった。

 目を丸くしたユーリアに、その人は「口に合うかわからないけど」と温かいスープと焼き立てのパンを差し出してくれた。
 立ち昇る湯気と良い香りを胸いっぱいに吸い込むと、なぜか涙が止まらなくなった。
 ユーリアは大声をあげて抱きついた。あとからあとから涙が溢れ、嗚咽が止まらなかった。その人はその間、ずっと頭を撫でてくれた。
 昔の倫也がそうしてくれたように。
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