転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと

文字の大きさ
上 下
7 / 43

007 ユーリアの記憶

しおりを挟む
 ユーリアは1歳の誕生日に『春本 巴(はるもと ともえ)』としての前世の記憶が蘇った。
 小さくなった体と何を伝えようとしても「あー」とか「うー」とか要領の得ない音しかでない口。食事は一人でできないし、トイレにも行けない。
 何もできない癖に記憶だけがはっきりしていて、もどかしい赤ん坊時代だった。

 そして、周囲を見回しても知り合いは誰もいない。一緒に育った施設の仲間も、あのバスの中で手を繋いでくれていた優しい兄の倫也もいない。それどころか隙間風が吹く木小屋の中で知らない女性に笑顔で「ママだよ」と声をかけられる毎日。顔つきも、雰囲気もまったく見たことがない人種で、子供ながら、ここが元の世界ではないことを悟った。

 戻る方法は? お兄ちゃんはどこに?

 終わりのない自問を繰り返し、夜は薄い毛布にくるまり、孤独に苛まれて毎晩泣いていた。心細くて不安だった。
 
 そんな時だ。
 5歳になったユーリアは村の教会に連れていかれた。魔力の素養を図る儀式だと言われた。
 髭の長い神父と呼ばれる年老いた男がいて、何も書かれていない分厚い本を渡された。
 すると、それはユーリアが触れた瞬間に何百枚もあるページがパラパラと勝手に進んで閉じた。
 神父は「何もございません」と心痛そうに告げた。
 その日から、両親の風当たりが強くなった。

 一切れのパンとスープから、スープが消え、しばらくしてパンが半切れになった。
 どうして才能が無いの? と何度も問われ母の機嫌次第で頬を叩かれる毎日。
 父はどうも国の機関で働く偉い人だったらしい。娘であるユーリアに何も才能がないことは、村では許されないことだったと少し経ってから知った。

 そして、村のどこにも居場所がなくなった頃、9歳になってからしばらくしたある日、村に医者を名乗る白衣の若い男と連れ子の少女がやってきた。

 彼は世界を旅しながら、貧しい人を救っていると語った。連れ子の少女は両親を失った孤児だそうだ。

 ユーリアは夜、隠れてその医者に会いにいった。あわよくば自分も連れていってもらえないかと思ったのだ。医者は寝泊まりする小屋に快く入れてくれた。

 だが、鈍い光を放つモノクルをかけてユーリアを見た瞬間に態度が豹変した。
 ユーリアは必死に謝った。夜に抜け出したことを怒ったのだと思ったのだ。

 だが、医者はユーリアの細腕を引っ張り、有無を言わせず母のもとに引きずっていった。
 その状況を村の誰かが気づき、すぐに騒然となった。たくさんの野次馬が集まる中、医者は侮蔑するように言った。

 ――残念ですが、この子には悪霊が取り付いています、と。

 母は発狂したように叫んだ。父は周囲に何度も頭を下げ、ユーリアを地下室に連れていった。そして縄で拘束される生活が始まった。
 食べ物も水もほとんど与えられなかった。
 だんだん朦朧とする意識の中で、ユーリアは昔の楽しかった記憶だけを頼りに生きた。

 笑い合っていた施設の仲間と怒っている先生。そして、いつも巴を大事にしてくれた兄の倫也。

 ――助けて、お兄ちゃん。
 ――助けて、お兄ちゃん。

 狂わんばかりに心の中で叫び、ぼろぼろと涙を流した。でも、状況は変わらなかった。

 父がたまに様子を見に来ては「まだ死んでないのか」と気味悪そうな視線を向けて帰っていく毎日。廊下から漏れ聞こえてくる話では、悪霊は直接殺した相手を呪うのだそうだ。
 だから自然死させるのが普通らしい。

 そして、そんな日々が続いた日、ユーリアは冷たい棺に放り込まれた。知らない声が、膜を通したように耳に響く。

 ――たった今、ユーリアは亡くなりました。
 ――これより埋葬を。
 ――ようやくか。

 父と母と思しき喜悦に塗れた声が最期に聞こえ、そして寒さで体が動かくなっていく時間が訪れた。それは地獄であり安らぎだった。

 これで終われるんだ――と心の底から安堵した。母のイジメも、父の蔑んだ瞳にも苦しめられることがなくなる。それだけで幸せだった。
 意識が何度も途切れるようになると、体は寒さを感じなくなった。自分が揺れていて、どこかに連れていかれるのだとわかったものの、どうでもよかった。

 でも――最期に一目でいい。兄に会いたかった。
 あの素敵な笑顔と格好良い横顔が見たい。誰よりも好きだった兄と話がしたい。

 ――しっかりしろ! 何か、何かしゃべれないか!?

 その瞬間だった。兄に良く似た声が聞こえた。優しく心配する声質が兄と同じだ。

 何か熱いものが体の中を走り抜けた。消えるだけだった命の灯火が、かすかに揺らめいた気がした。巴は最後の力を振り絞って口を動かした。これ以外の言葉はいらない。

 異世界に生まれ変わってしまった巴のたった一つの願い。

 ――お兄ちゃん、助けて。

 巴は力を振り絞って口にして気を失った。その後のことは覚えていない。
 体が一気に熱くなったことだけはおぼろげに残っている。
 
 目が覚めた時、やはり巴はユーリアのままだった。
 思わず泣きそうになったけれど、兄に良く似た人がベッドの側に座っており、ユーリアの手を握って、「おはよう」と言ってくれた。本人は気づいていないのか《日本語》だった。

 目を丸くしたユーリアに、その人は「口に合うかわからないけど」と温かいスープと焼き立てのパンを差し出してくれた。
 立ち昇る湯気と良い香りを胸いっぱいに吸い込むと、なぜか涙が止まらなくなった。
 ユーリアは大声をあげて抱きついた。あとからあとから涙が溢れ、嗚咽が止まらなかった。その人はその間、ずっと頭を撫でてくれた。
 昔の倫也がそうしてくれたように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

処理中です...