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第十七話 第七王女の冒険 4

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「そんなにおもしろかった?」

 二人と別れた僕は、ナーシィの小さな手を引いて路地を進んでいる。
 さっきから彼女は笑いっぱなしだ。

「あの時はそんなにだったのに、思い出すとおもしろいの」

 ナーシィは「ふふふ」と目じりを曲げている。

「いい案だと思ったんだけど、いざやってみると恥ずかしかった。ラールセンも目が点になってたし」

 僕は七色の声なんて操れない。普通、低い、高い――の三種類ぐらいが限界だ。
 でも、よりにもよってあの二人の前で披露しなくても良かったかもしれない。アネモネは固まってしまったラールセンを引きずりながら、「失礼しまーす」と大笑いしていたし。
 きっと、あれも演技だと見抜いたのだと思う。

「ねえ、ハルマ、どこに向かってるの? お城の方向じゃないよ?」
「もう少しでつくよ」

 僕は、はやる気持ちをぐっと抑えて、ナーシィを連れ歩く。歩幅は大きいし、彼女にはしんどいかもしれない。
 けれど、時折小走りになりながらも、がんばってくれる。
 行先を言わないことに文句も言わず。
 僕の頭の中には、一つのキーワードがある。
 それは、『呪い』
 アネモネが言っていた。

 ――ウインドの呪い? 魔道具かなんかで消せないかな。

 彼女の言うとおりだ。なぜ思いつかなかったのか不思議だ。
 僕の力は『呪い』を消せない。ナーシィのマナを外に排出した時も、一時しのぎで根本的な解決にはなっていない。
 呪いに詳しい友人もいないし、魔道具だって持っていない。王家が匙を投げるほどだ。
 でも、僕には『前の世界の資源』がある。
 最難関と言われていたダンジョンの最下層まで潜った実績と、手に入れてきた『前の世界のアイテム』がある。
 それはもちろんこの世界の住人には使えない。
 動作のためのエネルギーが『マナ』じゃなく『魔力』だからだ。

「もう少しだよ」

 ナーシィの瞳が期待に満ちていく。
 僕が何をしようとしているのか。何を考えているのか――すべてが伝わっているような気がするほどに。
 とある民家横の酒だるを重ねた細い路地を左に。道を抜けて、手作りの看板通りを抜けて少し。こじんまりした扉に、木彫りの妖精像がかけられた店がある。
 馴染みの店。『おしゃべり妖精亭』だ。そこには、『前の世界の友人』がいる。
 僕は壊さんばかりの勢いで、背の低い扉を引いた。

「ハストン、お願いがあるんだ!」
「あっ、まだ準備中で――ってその声ハルマか? 仮面なんてつけてどうした? ん? その子誰だ?」

 カウンター奥にハストンが立っていた。
 黒い蝶ネクタイに灰色のベスト。ロマンスグレーの髪はオールバック。整えた口ひげがとてもダンディだ。
 少し離れた場所では銀髪をツインテールに結んだ娘のルルカナが皿を並べている。腰の細いワンピースが可愛らしい。

「<強欲な天秤>があったよね?」
「それはあるが……待て待て、全然話が見えないぞ。先に事情を説明してくれ」
「うん、実はね――」

 僕はそう言って、ナーシィの背中を押した。「仮面を外してくれるかい?」と聞くと、彼女はじっと瞳を見つめてから、首を縦に振った。
 賢いだけじゃなくて、度胸もある。

「ハルマが、そう言うなら」

 ナーシィはゆっくりと白い仮面を外した。
 雪のような色の肌に、渦巻く黒い紋様があらわになった。それが異質なものだと、ハストンは一目で分かったようだ。
「こいつは変わった呪いだな」と口にしながらカウンターを回って近づいてくる。
 手に持っていたグラスを置き、ナーシィを見下ろした。
 その視線に、彼女は曇りの無い瞳で応えた。

「名前は?」
「……イールランド=ナーシィです」

 ハストンが「おいおい」とつぶやき、片眉を曲げて僕を見た。

「イールランド=ナーシィって言うと、七番目の王女様と同じ名前だ」
「その本人だよ」
「ハルマが言ってた仕事は、この子のお守りか?」
「お守りじゃなくて、僕は買い物係にしてもらったんだ」
「……ハルマ、俺たちは大っぴらに外で動けない存在だぞ。よりにもよって王家の人間とつるむなんて、何を考えてるんだ? 何のためにお前に装備を渡したと思ってる?」
「僕が、そうすると決めたんだ。悪いかい?」

 ハストンは「やれやれ」とつぶやいてから、諦めた視線を空中に投げる。

「元リーダーは、一度決めると手に負えないからな」
「そんな僕を助けてくれるのが、ハストンだっただろ?」
「ハルマだけじゃない。残りのやつらも一緒だ。俺ばっかりいつも後始末に追われるんだ。どうして、ここでも同じなんだ?」
「ハストンがいるから、僕らが自由に動けたんだ」
「はあ……ったく。今の俺に褒め殺しは通用しないんだよ。ハルマより長く生きてるからな」

 苦笑するハストンが腕組みをして、ナーシィの顔を見つめる。
 そして、ふっと力の抜けた笑みを浮かべた。

「第七王女ナーシィ様、とお呼びするべきかな?」
「いえ、必要ありません。今の私はなにもできない子供なので」
「オッケー。病弱で頼りないって噂だが、嘘だったな。期待以上の返事だ――ルルカナっ、扉をクローズにしろ」

 ハストンが素早く娘のルルカナに指示を出す。
 銀髪を揺らすルルカナが僕の隣を通り抜けて、外に出てから戻ってきた。

「これで、今日は貸し切りだ。また赤字だ」
「今度、僕がタダで仕事がんばるよ」
「じゃあ、ハルマにつけとくか。で……<強欲な天秤>がいるんだったな。ちなみに、呪いの力はどんなやつだ?」
「よくわからないんだ。分かってるのは、体内のマナの放出を一切許さないってことだけ」
「すぐに死ぬような呪いじゃないが、厄介だな」
「そうなんだ。武器も魔術も使えないし、放っておくとマナが溜まりすぎて動けなくなる」
「なるほどな……まあ、そういうことなら俺も<強欲な天秤>を使うことに賛成だ。よし……そういうことなら、早速取ってくる」
「僕も行こうか?」
「地下をひっくり返すだけだ。すぐ終わる。待っててくれ」


 ***


 ハストンは早々に奥の部屋に消えた。地下に続く隠し階段があるのだ。
 <黒鋼の鎚>の使い手である彼は、ストレージに残っていた『前の世界の金属』を使って、地下室を作った。
 転生して時間が経ったときに、ストレージ内のアイテムを使えなくなることを恐れたらしい。この世界のマナを操る力にめぐまれず、味方のいない世界は、とても心細かったと思う。
 けれど、結果的に地下室は素材の力も相まって頑丈だ。
 並みの探闘者では傷ひとつつかないほどの硬度らしい。

「ナーシィって言ったっけ?」

 考え事をしていると、ルルカナが近づいてきた。
 興味深そうに、ナーシィの黒い紋様を見つめている。

「ええ、ルルカナさん……でしたよね?」
「ルルカナでいい」
「じゃあ、私もナーシィで」

 王家のたしなみだろうか。作り上げた彼女の微笑は完ぺきだ。引きこもり気味の王女はしっかり王家の訓練をこなしてきたのだろう。
でも、市場で大声で笑っていたことを知る僕には壁を感じさせる。
 最年長が二人の仲をとりなすべきだ。
 などと考えて口を挟もうとした時、ルルカナがさらにナーシィに近寄った。いや、詰め寄ったと言ってもいい距離だ。
 予想外だったのか、ナーシィが少し引いた。
 今日はこんな場面を良く見る。

「何歳?」
「私? 十歳……です」
「今年、十歳になるの? もう十歳?」
「え? ……少し前に十歳になりました」
「そうなんだ。そっか。私は、もう少しで十一歳」
「はあ……」
「ハルマと歳が近いのは私ってこと」
「へ?」

 ナーシィが、わけのわからないルルカナの自慢げな態度に目を泳がせた。
 だが、次の言葉で態度が変わる。

「ハルマにお子様はふさわしくないと思うから」
「……そ、そんなことない!」
「へ?」

 ハストンがなかなか戻ってこないな――などと頬杖をついていた僕は、ナーシィの反応に間の抜けた声を漏らした。
 視線の先で、ルルカナがツインテールの髪をさらりと撫でてから、平らな胸をはった。

「ハルマと出会ってからどれくらい?」
「それは……」
「私はもう二年たつかな。うちの店は、ハルマセットって言うハルマ専用のメニューもあるくらい。パパと私がハルマのために考えたの」
「そ、それと、私がハルマにふさわしくないのは関係ないでしょ? そ、それに……それに……ハルマは私を助けてくれたんだから」
「私だって、何度も相談にのってもらってる。ハルマは、私にお菓子を食べさせてくれたこともあるの」
「ん?」

 僕の疑問の声には誰も反応してくれない。ナーシィとルルカナの視線は変わらず険しい。
 というか、相談? のったっけ?
 もしかして、「デザートはお菓子か果物か、どっちがいいかな?」って悩んでたときのことか? 十分も迷ってるから見かねて「こっちにしたら?」って差し出したときのことか?
 どことなく、おかしな雰囲気になってきたぞ。
 まるで僕を取り合う女性たち――のような子供のいがみあい。
 それはさらにヒートアップする。

「わ、私だって……今日、ハルマと間接キスしたんだから!」

 ごん、と室内に重い音が響いた。
 僕が机に頭をぶつけたのだ。
 なんだ、それは。
 確かに、ナーシィのとらえ方次第だよ、みたいなことは言ったけど。
 それに、ルルカナがこんなに挑発する子だと思ってなかった。

「う、嘘よ!」
「嘘じゃないもん! ハルマが『間接キスだね』って言ったもん!」
「ちょっと待て!」

 僕はたまらず割って入った。
 たしなめる視線をナーシィに向けると、彼女は顔を真っ赤にして服の裾をにぎりしめた。
 それに対して、ルルカナの「勝った」と言わんばかりの態度がひどい。
 呆れ顔で、彼女に聞いた。

「ルルカナ、どうしたんだい? なんかおかしいよ?」
「そんなことない……」
「ナーシィが悪いこと言った?」

 ルルカナが首を横に振って、ふてくされたように、ぷいっとそっぽを向いた。
 ナーシィは下を向いたまま顔を上げないし、この雰囲気はなんだ?
 僕が悪いのか?

 一応、誤解の無いように言っておくけど――
 君たちは十歳のお子様で、恋愛対象にはかすりもしないから。

 僕は大きなため息をつき、どうにもならない空気の中で、ハストンの帰りを今か今かと待ちわびていた。
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