ペンギン・イン・ザ・ライブラリー

深田くれと

文字の大きさ
上 下
23 / 31

話をあわせて!

しおりを挟む
 ユイの顔がみるみる青ざめる。ペン太はあわててリュックを背負い、壊れた人形のような動きで首を回した。
「これで大丈夫?」そう言わんばかりの視線を広樹に送る。
 見られて三秒以内なら大丈夫なのだろうか。ユイは、どうすることもできずに、なりゆきを見守る。
 広樹の、ぽかんと口を開けた顔が、さっと笑顔に変化した。
 ばれた。水族館に入った瞬間の、とてもうれしそうな顔を思い出させた。
 ユイは天を仰いだ。広樹はもう寝る時間だからと油断していた。ちらりと、ベッドの端に寄せた、『おりがみ』の本を盗み見た。
 さっさと返しておけばよかった。でも、まさか今日に限って、広樹が『おりがみ』の本を探すなんて思わないじゃない。
 ユイはひそかに言い訳して、そうっと扉に近づいて、ばたんと閉めた。と、同時に、広樹が大きな声をあげた。ぎりぎりだ。もう少しで一階に聞こえるところだ。

「うわっ! ペンギンがいる!」

 ペン太がびくりと体を強張らせた。困った顔でユイに視線を送る。

「どうしようもないでしょ」

 ユイが肩をすくめ、ペン太ががっくりとうなだれた。

「間が悪いんだよなあ……ぼくって。ユイの時もそうだった」
「ええっ、ペンギンがしゃべった!?」

 体は引いているのに声は弾むという、微妙な反応を見せた広樹の肩に、ユイは両手を置いて、小さな声で耳打ちした。

「お姉ちゃんが説明するから、ちょっと座って。ペンギンさんも座るから」
 仕方がない。仲間に引き入れよう。
 ユイは素早く切り替えた。

 *

「じゃあ、ヴァンって言ってた人が、このペンギン?」
「……そうだけど、ペン太って呼んであげてよ」

 ユイは顔をゆがめたが、広樹はどこ吹く風だ。四つん這いでにじり寄り、白いおなかを細い指先で二度つつく。

「トショカイとかわかんないけど、ペンギンってしゃべれるのがいるんだ」

 目をかがやかせる広樹に、ペン太が自慢げにぐっと胸をそらした。

「広樹も、いい経験ができたな。図書ペンギンに出会えるなんて幸運だぞ」
「うんうん! で、いつ海に帰っちゃうの? 明日は遊べる?」
「い、いやー、ちょっとぼくはいそがしくて、遊んでる時間はないんだ……ほんとに」

 ペン太が残念そうにくちばしを下げた。よく見れば冷や汗が浮いている。
 水が苦手なペンギンは色んな意味でつらいだろう。

「ええー、つまんない! 一緒にプール行こうよ」
「広樹、ペン太が困ってるでしょ? プールはまた今度にしなさいって」
「やだっ! 奈津と浩太を呼んで一緒に行きたい。ペンギンとプール!」
「広樹……あんまりわがまま言うと、ペン太に嫌われるよ」

 ユイが「ね?」とペン太にウインクを送る。ぱちぱちと何かをうったえる視線にペン太が戸惑った。

「別に、そんなことで嫌いにはなったりは――」
「ペン太! 迷惑だよね?」

 ユイが、ペン太の言葉をばっさりと断ち切り、今度は反対の目でウインクをする。またたきが激しくなった。慣れない動作のせいか、ユイのほおが引きつった。お母さんのようにはうまくできない。
 ペン太が、はっと気づいたように、かすかに目を見開いた。

「そうだな! ぼくはプールが嫌いだった」

 ペン太が腕組みをして、何度もうなずいた。ユイが、いらだつように「プールだけじゃダメだって」とつぶやいたが、ペン太には聞こえない。
 困り顔の広樹が、「じゃあ海!」と間髪いれずに答えた。
 ユイが「だから言ったでしょ」と頭をかかえる。

「海なら好きでしょ? ペンギンだもん! お母さんとお父さんに頼んでみる!」
「ま、待って広樹!」

 ユイが広樹の前にしゃがんだ、言い聞かせるように言う。

「さっきも行ったけど、ペン太の正体がみんなにばれたらまずいの。檻に入れられて、一生捕まっちゃうかもしれないの。かわいそうじゃない? お願いだから、黙っててあげて。ね?」

 広樹が小さく唇をとがらせる。
 ユイが、「あっ、これダメなときの顔だ」と内心でため息をついた。
 予想は当たっていた。

「お母さんに言う」
「広樹……」
「だって、お姉ちゃんだけ、ペン太と遊ぶのずるい」
「お姉ちゃんは別に遊んでたわけじゃないんだって」
「でもずるい」

 広樹は引き下がらなかった。それどころか、かたくなに首を振って、「あのね」と事情を説明しようとするユイと視線を合わさない。 
 これ以上は無理かな。
 心のどこかであきらめたユイは、考えていた最後の手段をとることに決めた。

「わかった。じゃあ、ペン太と二人でお風呂に行っていいよ。お姉ちゃんは入らないから、二人だけで遊んで」
「やった!」
「その代わり――」

 ユイは言葉を切って、広樹をじろっと見た。声を落とし、これ以上のわがままは許さないと瞳に力を込めて言った。

「海はダメ。奈津と浩太に言うのも禁止。それと、お母さんとお父さんにも内緒。約束だよ?」
「うん」

 ようやく広樹がうなずいた。表情は晴れやかだ。よほどペンギンと遊べることがうれしいらしい。
 ユイもその気持ちはよくわかった。だから、広樹が「ずるい」と言ったときには、どきっとしたのだ。
 自分が逆の立場なら、きっと同じことを言っただろう。同級生でも、真央でも、自分も遊びたいと頼んだに違いない。
 広樹が「やった! やった!」とユイの部屋で飛び跳ねる。
 ユイが、ほっと安堵の息を吐くと、ショートパンツを軽く引っ張られた。振り向くと、ペン太が見上げていた。

「……ぼくの意見は? お風呂入らなきゃダメ?」
「……がんばって」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

バロン

Ham
児童書・童話
広大な平野が続き 川と川に挟まれる 農村地帯の小さな町。 そこに暮らす 聴力にハンデのある ひとりの少年と 地域猫と呼ばれる 一匹の猫との出会いと 日々の物語。

はんぶんこ天使

いずみ
児童書・童話
少し内気でドジなところのある小学五年生の美優は、不思議な事件をきっかけに同級生の萌が天使だということを知ってしまう。でも彼女は、美優が想像していた天使とはちょっと違って・・・ 萌の仕事を手伝ううちに、いつの間にか美優にも人の持つ心の闇が見えるようになってしまった。さて美優は、大事な友達の闇を消すことができるのか? ※児童文学になります。小学校高学年から中学生向け。もちろん、過去にその年代だったあなたもOK!・・・えっと、低学年は・・・?

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

Sadness of the attendant

砂詠 飛来
児童書・童話
王子がまだ生熟れであるように、姫もまだまだ小娘でありました。 醜いカエルの姿に変えられてしまった王子を嘆く従者ハインリヒ。彼の強い憎しみの先に居たのは、王子を救ってくれた姫だった。

処理中です...