ペンギン・イン・ザ・ライブラリー

深田くれと

文字の大きさ
上 下
21 / 31

野菜も食べるの?

しおりを挟む
 夜七時。
 長方形のテーブルに夕食が並んだ。予想通りアジだった。フライなのがせめてもの救いだ。ユイの皿には三尾。小骨が多い魚であまり好きではない。
 内心でため息をつき、対面に座ったお母さんの顔を盗み見る。食卓についてから、変わることのない大げさなほほ笑みが嫌になる。
 お父さんが早く帰ってきたら歯止めがかかるのに、今日に限って夜通し仕事だそうだ。

「へえ、ヴァンくんとユイは最近知り合ったの」

 大げさに驚くお母さんをしり目に、ユイはアジを箸で挟んだ。頭側の身をかじり、骨がないか確認しながら、慎重に奥歯で噛む。
 隣で、イスに立つ姿勢のペン太が言った。

「ユイとは図書室でぐうぜん出会って」

 箸はさすがに使えないそうだ。フォークをトマトに突き刺したペン太が、不自然な笑顔でにっこり笑う。
 今もバッジをつけたリュックは背負ったままだ。肩紐につけなければ、手で持つか、体にピンを刺さなければならないそうだ。
 バッジの効果は絶大だ。今もお母さんとその隣に座る広樹は一切疑っていない。ユイの友達の、ヴァンという同級生の友達は、少し身長が低い、かっこいい男の子。

 ――いくらなんでも低すぎるでしょ。広樹より低いし。

 ユイはごくりとアジを飲みこんだ。小骨がのどに微妙に引っかかった。嫌な感覚が残り、黙ってお茶を冷蔵庫に取りに行く。コップに半分注ぎ、口をつけた。

「そう……運命的な出会いだったのね」
「――っ、げほっ」

 お母さんの熱っぽい言葉に、ユイが盛大にせき込んだ。台所にほとんど飲めなかったお茶を叩きつけ、あわててイスに戻り、ペン太に目線で「余計なことを言わないで」とくぎを刺した。
 そして、お母さんをにらみつける。

「いい加減にして。そのネタいらないから。違うって言ったでしょ」
「あら、そう? でも、お母さん嬉しくって」
「嬉しい?」

 ペン太が首を曲げる。

「ややこしくなるから、ちょっとだまっててくれる?」

 ユイがまったく笑っていない笑顔をペン太に向けた。ペン太がその剣幕に「うっ」と言葉をのむ。

「お姉ちゃん、怒ってるの?」

 五歳の広樹がお母さんの隣でお刺身をほおばる。ペン太と同じくフォークを片手に、もぐもぐと口を動かした。
 お母さんは広樹に甘い。一緒に買ってきたというお刺身はユイより多いし、まだ箸が上手に使えないからと、フォークを渡している。
 ユイが五歳の時には厳しく練習させられたはずだ。

「別に怒ってないし」
「でも顔怖い」

 無邪気な顔でそう言った広樹に、お母さんが続く。

「そうよ、ユイ。ヴァンくんの前ではしたない。お母さんの料理をおいしいって食べてくれてるんだし、いつまでもむくれてないで座りなさい」
「……お母さんがからかうから」

 ユイは聞こえるか聞こえないかの言葉で言い、再びアジを口に放り込んだ。
 さっきよりも強い小骨に当たった。

 *

「ヴァンくんは、今晩泊まっていくって話だけど――」

 お母さんが、少し声を落とした。
 ユイは思わず頭を抱えたくなった。最初に連絡したときに、友達だから泊まっていってもらうと伝えてしまったのだ。
 見た目がペンギンに見えるから、完全に忘れていた。
 まさかバッジの効果で同級生の男子に見えるとは思いもしていない。

「あ、あの、お母さん、実はね――」

 ユイはどう言い訳しようと、しどろもどろに言葉を探す。
 しかし、お母さんはまったく聞いていない。ペン太を値踏みするように、じっと見つめて言う。

「お部屋だけは、別にさせてくれる? 良かったら広樹の部屋はどう? まだ一人で寝られないから、夜は空いてるわ」
「あっ、ぼくはどこでも。泊めていただけるだけでうれしいです」

 重くなった雰囲気を吹き飛ばすほどの軽さで、ペン太が言った。
 お母さんの顔が目に見えて緩んだ。ほっと一息つき、「いい子ね」とユイにウインクで伝える。
 ユイはさらにげんなりする。友達として正式に招待したことを少し後悔しそうだった。
 ペン太はそんなことに気づかないのか、次々とトマトのスライスをひょいひょい口に運んでいる。意外にアジは減っていない。
 ユイは耳打ちするように言った。

「ペン太って、魚よりトマトなの?」

 ほとんど丸飲みしていたペン太がのどを鳴らすのをやめて、振り向いた。
 視線を泳がすようにして言う。

「……魚は苦手なんだ」

 ユイが「え?」と声を漏らした。
 ペン太がバツが悪そうな顔で再びトマトにフォークを刺す。

「ペンギンの仲間なのに、なんでって思うだろ? 図書界で、でっかい魚に追いかけられてから、怖くなってさ。紙しか食べなかったんだけど……これがトマトか。本で見て知ってたけど、みずみずしくておいしいな」

 ペン太は上機嫌に笑った。
 お母さんが、目尻を下げて、腰をあげた。

「ヴァンくんはトマトが好きなのね。まだあるから、もう一個切るわ」
「えっ! いいんですか?」

 ペン太が平たい両手を食卓にぺたんとつけて、体を乗り出した。瞳が輝いていて、ユイは何も言えなくなった。
 まあ、紙以外に好きな食べ物が見つかったならいいか。
 ユイはあきらめた顔をして、イスの背もたれに体を預けた。
 そして、自分のトマトを、そっとペン太の皿に盛った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

バロン

Ham
児童書・童話
広大な平野が続き 川と川に挟まれる 農村地帯の小さな町。 そこに暮らす 聴力にハンデのある ひとりの少年と 地域猫と呼ばれる 一匹の猫との出会いと 日々の物語。

はんぶんこ天使

いずみ
児童書・童話
少し内気でドジなところのある小学五年生の美優は、不思議な事件をきっかけに同級生の萌が天使だということを知ってしまう。でも彼女は、美優が想像していた天使とはちょっと違って・・・ 萌の仕事を手伝ううちに、いつの間にか美優にも人の持つ心の闇が見えるようになってしまった。さて美優は、大事な友達の闇を消すことができるのか? ※児童文学になります。小学校高学年から中学生向け。もちろん、過去にその年代だったあなたもOK!・・・えっと、低学年は・・・?

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

Sadness of the attendant

砂詠 飛来
児童書・童話
王子がまだ生熟れであるように、姫もまだまだ小娘でありました。 醜いカエルの姿に変えられてしまった王子を嘆く従者ハインリヒ。彼の強い憎しみの先に居たのは、王子を救ってくれた姫だった。

処理中です...