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教えてあげたい!
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「だ、誰もいないかい?」
「いないってさっきも言ったでしょ」
ペン太が玄関の枠から中をのぞく。体は隠して、顔だけでうかがっている。
ユイが、「ほら、早く」と手招きした。
ちょうど母親が弟の広樹を保育所に迎えに行く時間帯だ。帰りに、買い物で商店街を通ることを考えれば、あと三十分ほどは大丈夫だろう。
威勢のいいことを言ったペン太は、それでも躊躇していた。
何か怖いものがいるのか。ペンギンと言えば鳥の仲間だ。本能的に犬を怖がっているのかとも思ったけど、ユイの家には犬も猫もいない。
「ほら、早く入らないと怪しまれるでしょ? いくら人間に見えるからって、玄関でずっと中をのぞいてたら、泥棒だと思われるよ」
「そ、それもそうか……」
ペン太はおずおずと一メートル四方の玄関に足を踏み入れた。灰色のタイルを踏みしめ、がらんとした空間に向けて、足をそろえてぺこっとおじぎをする。
「お邪魔します」
「図書ペンギンってそういうのちゃんとするんだ」
ユイが感心したように言う。ペン太が「ふふん」とくちばしを斜め上に向けた。
「こっちの世界でもやっていけるように、ちゃんと知ってるぞ。これくらい朝飯前のことだ」
ペン太が十五センチほどの高さの上がり框にぴょんと飛び乗った。ユイがあわてて、手を取った。ペン太が振り向く。
「なんだい? やっぱり入っちゃまずい?」
「ちょっとだけ待って。足拭かないと。足跡ついちゃう。さすがにばれない?」
ペン太がぎょっと自分の足元を見下ろした。短い三本指の、丸みを帯びた三角形の足が、茶色のフローリングにしっかりと痕跡を残していた。
「た、たしかに……」
言い終わる前に、ユイがさっとスニーカーを脱いで洗面所に走った。タオルを濡らし、戻ってくると、ペン太の足元でかまえた。
「ほら、足あげて」
「……自分でできる」
「いいから」
しぶしぶ頷いたペン太が、片足を交互にひょいっと上げる。ユイが丁寧にふいた。
*
ユイの部屋は二階の東側だ。七畳の広さにシステムベッドを置いて、隣に勉強机を並べている。夕暮れ時の時間帯は日が入らず、部屋は薄暗くなる。
ユイが電気をつけるとLEDの白い明かりが二人を迎えた。
「ペン太は適当に座ってて」
ユイはランドセルを机の横にかけて早々、部屋を出ようとする。ペン太が首をかしげた。
「どこに行くんだい?」
「広樹の部屋。この前、おばあちゃんに折り紙の本買ってもらってたから。ペン太に色々教えてあげようと思って」
ユイは薄い緑色の表紙の四角い本を片手にして戻った。
折り紙の束もセットだ。ペン太が見つめる先で、両手で表紙を向けた。ひらがなで『おりがみ』と書かれていて、手裏剣やコップに折られた折り紙が描かれている。
ユイは部屋の中央に手持ちぶさたに座るペン太の前に、本を広げた。
左上には『ツルのおりかた』と書かれている。
ペン太があわてたように「クァッ、クアッ」とペンギンらしい声をあげた。目を真ん丸に変化させ、パチパチと何度もまたたかせる。
「ユイ……これが『ツル』?」
「うん。似てるでしょ?」
ユイの表情がうきうき弾む。
「無理だろ……」
ペン太が後ずさるように身じろぎする。
「大丈夫だって。私がちゃんと教えるから。先にペンギンから折る?」
「いや……そもそもこんな複雑な折り方をぼくの手でできると思うかい?」
「うん」
ユイが、はっきりと首を縦に振った。「だって」とにこりと笑って言う。
「図書ペンギンはどんな困難もクリアする――でしょ?」
「うっ――」
ペン太が言葉に詰まった。床に開かれたページに視線を落とし、にらみつけるように目を細める。自分の手の平をにぎにぎと動かし、ユイの顔を見た。
「……やる」
「そうこなくっちゃ!」
ユイが満面の笑みを浮かべた。透明のビニール袋から折り紙を数枚抜き取り、「何色がいい?」と聞きながら、何色かの紙を並べた。
「金色がいいな。図書ペンギン司書のバッジの色だ」
ペン太は、ビニール袋の中に残っている金色の折り紙を見つめて言った。
「金色は一枚しかないから、練習してからの方がよくない?」
「いや、大丈夫。一度で決める。チャンスは何度もないと思わないと……試験に受からない気がする……」
ペン太の視線がだんだん真剣みを帯びた。
ユイが取りだした金色の紙とにらめっこし、「お手本をたのむ」と視線を外さずに言う。あきらかに肩に力が入っている。
「よーし、じゃあ行くよ」
ユイはほほ笑んで、ピンク色の折り紙を手に取った。
「いい? まず四つ折りにして、それから三角に折るの。ツルは、最初にきれいに線をつければ、もう完成したも同然だからね」
ユイは、自分の知っていることが役立って、とてもうれしくなった。
折り目をつけただけで完成なんて、少しおおげさに言ってしまったけれど、ペン太は素直にうんうんと耳をそばだてている。平たい手の先を何とかとがらせ、くちばしに汗を浮かべてユイの手元と本を見比べる。
「やっぱり、難しいな……」
「ほら、がんばって!」
ユイは、隣で手本を見せながら、たまに横から手を伸ばそうとした。しかし、ペン太は難しい顔でそれを断る。
「大丈夫だ。一人でやる」
真剣な横顔は揺らがない。
ユイは、すごいなあと心の底から感心した。あんなに腰が引けていたのに、やるとなったら、一歩も引かない。
私もがんばらなくちゃ。
ユイは立ち上がって、自分の本棚から上級者用の折り紙の本を取りだした。母親の田舎に帰った時に持って帰ってきた古い本だ。結局ほとんど開いた記憶がない。
目次の中から、ペンギンの折り方を探す。五十六ページだ。ツルよりも難しい細かい折り方が番号をつけて描かれている。ペン太に似ているかと言われると微妙だけれど、ペン太のために作りたいと思ったユイは、迷わず作業を始めた。
ペン太は隣でユイが座ったことに気づいていない。すごい集中力だ。
そういえば、最初に図書室で会ったときもそうだっけ。
ユイは印象深い思い出にふけりながら、折り方の手順を目で追った。
「いないってさっきも言ったでしょ」
ペン太が玄関の枠から中をのぞく。体は隠して、顔だけでうかがっている。
ユイが、「ほら、早く」と手招きした。
ちょうど母親が弟の広樹を保育所に迎えに行く時間帯だ。帰りに、買い物で商店街を通ることを考えれば、あと三十分ほどは大丈夫だろう。
威勢のいいことを言ったペン太は、それでも躊躇していた。
何か怖いものがいるのか。ペンギンと言えば鳥の仲間だ。本能的に犬を怖がっているのかとも思ったけど、ユイの家には犬も猫もいない。
「ほら、早く入らないと怪しまれるでしょ? いくら人間に見えるからって、玄関でずっと中をのぞいてたら、泥棒だと思われるよ」
「そ、それもそうか……」
ペン太はおずおずと一メートル四方の玄関に足を踏み入れた。灰色のタイルを踏みしめ、がらんとした空間に向けて、足をそろえてぺこっとおじぎをする。
「お邪魔します」
「図書ペンギンってそういうのちゃんとするんだ」
ユイが感心したように言う。ペン太が「ふふん」とくちばしを斜め上に向けた。
「こっちの世界でもやっていけるように、ちゃんと知ってるぞ。これくらい朝飯前のことだ」
ペン太が十五センチほどの高さの上がり框にぴょんと飛び乗った。ユイがあわてて、手を取った。ペン太が振り向く。
「なんだい? やっぱり入っちゃまずい?」
「ちょっとだけ待って。足拭かないと。足跡ついちゃう。さすがにばれない?」
ペン太がぎょっと自分の足元を見下ろした。短い三本指の、丸みを帯びた三角形の足が、茶色のフローリングにしっかりと痕跡を残していた。
「た、たしかに……」
言い終わる前に、ユイがさっとスニーカーを脱いで洗面所に走った。タオルを濡らし、戻ってくると、ペン太の足元でかまえた。
「ほら、足あげて」
「……自分でできる」
「いいから」
しぶしぶ頷いたペン太が、片足を交互にひょいっと上げる。ユイが丁寧にふいた。
*
ユイの部屋は二階の東側だ。七畳の広さにシステムベッドを置いて、隣に勉強机を並べている。夕暮れ時の時間帯は日が入らず、部屋は薄暗くなる。
ユイが電気をつけるとLEDの白い明かりが二人を迎えた。
「ペン太は適当に座ってて」
ユイはランドセルを机の横にかけて早々、部屋を出ようとする。ペン太が首をかしげた。
「どこに行くんだい?」
「広樹の部屋。この前、おばあちゃんに折り紙の本買ってもらってたから。ペン太に色々教えてあげようと思って」
ユイは薄い緑色の表紙の四角い本を片手にして戻った。
折り紙の束もセットだ。ペン太が見つめる先で、両手で表紙を向けた。ひらがなで『おりがみ』と書かれていて、手裏剣やコップに折られた折り紙が描かれている。
ユイは部屋の中央に手持ちぶさたに座るペン太の前に、本を広げた。
左上には『ツルのおりかた』と書かれている。
ペン太があわてたように「クァッ、クアッ」とペンギンらしい声をあげた。目を真ん丸に変化させ、パチパチと何度もまたたかせる。
「ユイ……これが『ツル』?」
「うん。似てるでしょ?」
ユイの表情がうきうき弾む。
「無理だろ……」
ペン太が後ずさるように身じろぎする。
「大丈夫だって。私がちゃんと教えるから。先にペンギンから折る?」
「いや……そもそもこんな複雑な折り方をぼくの手でできると思うかい?」
「うん」
ユイが、はっきりと首を縦に振った。「だって」とにこりと笑って言う。
「図書ペンギンはどんな困難もクリアする――でしょ?」
「うっ――」
ペン太が言葉に詰まった。床に開かれたページに視線を落とし、にらみつけるように目を細める。自分の手の平をにぎにぎと動かし、ユイの顔を見た。
「……やる」
「そうこなくっちゃ!」
ユイが満面の笑みを浮かべた。透明のビニール袋から折り紙を数枚抜き取り、「何色がいい?」と聞きながら、何色かの紙を並べた。
「金色がいいな。図書ペンギン司書のバッジの色だ」
ペン太は、ビニール袋の中に残っている金色の折り紙を見つめて言った。
「金色は一枚しかないから、練習してからの方がよくない?」
「いや、大丈夫。一度で決める。チャンスは何度もないと思わないと……試験に受からない気がする……」
ペン太の視線がだんだん真剣みを帯びた。
ユイが取りだした金色の紙とにらめっこし、「お手本をたのむ」と視線を外さずに言う。あきらかに肩に力が入っている。
「よーし、じゃあ行くよ」
ユイはほほ笑んで、ピンク色の折り紙を手に取った。
「いい? まず四つ折りにして、それから三角に折るの。ツルは、最初にきれいに線をつければ、もう完成したも同然だからね」
ユイは、自分の知っていることが役立って、とてもうれしくなった。
折り目をつけただけで完成なんて、少しおおげさに言ってしまったけれど、ペン太は素直にうんうんと耳をそばだてている。平たい手の先を何とかとがらせ、くちばしに汗を浮かべてユイの手元と本を見比べる。
「やっぱり、難しいな……」
「ほら、がんばって!」
ユイは、隣で手本を見せながら、たまに横から手を伸ばそうとした。しかし、ペン太は難しい顔でそれを断る。
「大丈夫だ。一人でやる」
真剣な横顔は揺らがない。
ユイは、すごいなあと心の底から感心した。あんなに腰が引けていたのに、やるとなったら、一歩も引かない。
私もがんばらなくちゃ。
ユイは立ち上がって、自分の本棚から上級者用の折り紙の本を取りだした。母親の田舎に帰った時に持って帰ってきた古い本だ。結局ほとんど開いた記憶がない。
目次の中から、ペンギンの折り方を探す。五十六ページだ。ツルよりも難しい細かい折り方が番号をつけて描かれている。ペン太に似ているかと言われると微妙だけれど、ペン太のために作りたいと思ったユイは、迷わず作業を始めた。
ペン太は隣でユイが座ったことに気づいていない。すごい集中力だ。
そういえば、最初に図書室で会ったときもそうだっけ。
ユイは印象深い思い出にふけりながら、折り方の手順を目で追った。
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