ペンギン・イン・ザ・ライブラリー

深田くれと

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図書ペンギンのアドバイス?

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「ええー、でも昨日の最後ってユイじゃなかった? みっちゃんがユイにカギ渡したって言ってたけど」
「そうだったかなぁ……なんか本に夢中だったから、あんまり覚えてないや」
「ユイが閉め忘れるよりは……昼休みかな?」 

 真央が、それだと言わんばかりの顔をした。
 今日の昼休みは四年生の男の子だったはず。当番の経験は二回くらいだろう。ベテランのユイと比べれば、つい疑ってしまうのも無理はない。でも――

「そうかなあ……私が昨日忘れたのかも……」

 ユイは乾いた笑みを浮かべる。

「そんなことないって。ユイってしっかりしてるし、絶対あの子だって。ちょっとぼんやりしてるし。それに、もしユイが忘れてたとしても、最後は今日の昼休みじゃん。やっぱあの子だ。ちょっと注意しとく?」

 真央が身を乗り出して言う。名推理だと言いたいようだ。
 けれど、ユイは慌てて首を振った。
 犯人はきっと違う。いや、絶対に違う。
 ユイは昨日、間違いなくカギを閉めた。記憶に残っている。たぶん、四年生の男の子も閉めたと思う。
 真央はぼんやりしていると言うが、彼は単におとなしいだけだ。

「まあ、誰でもいいって。次の委員会で、注意しましょうって声かけるだけにしようよ」
「ええ……ユイ、やさしいね。私だったら絶対注意するけど」

 正義感の強い真央は、言いたそうにうずうずしている。このまま話を続ければ先生にでも言ってしまいそうな雰囲気だ。
 ユイは、「まあまあ、もうすぐ夏休みだし」と自分でもよくわからない言葉で真央をなだめ、さっさと図書室に入った。
 背後で、真央の不満そうな「副委員長が言うなら」というあきらめの言葉が聞こえて、ほっと胸をなで下ろす。
 図書室の奥に進んだ。
 黒いかたまりが、我が物顔で座っていた。
 ユイは、ずかずかと大股で近づいた。
 わかりにくい小さな肩に乱暴に手をかけ、「ちょっと」と低い声で言った。
 黒いかたまりが、くるりと振り向いた。

「やあ、ユイか。授業終わったのかい?」

 ペン太が「おつかれ」と平たい手をあげた。
 ユイが眉根を寄せる。

「どうしてここにいるわけ? 学校みたいな人目の多いところはダメだって言ったじゃない。しゃべるペンギンなんてばれたら、水族館に連れていかれるよ」

 ユイの早口に、ペン太が目を細める。

「だから説明しただろ? バッジをつけている限りは、ぼくは人間の姿に見えるんだって」
「何度も聞いたけど、それほんと? 私にはいつまでたっても黒いペンギンにしか見えないんだけど」

 詰め寄るユイに、ペン太がこれ見よがしに、ため息をついた。

「ユイは、ぼくの正体を知ってるから、そう見えるんだ。ほらっ、あの子はまったく気づいてないだろ?」

 ペン太が入り口で立ち止まっている真央を指した。
 タイミングを見計らっていたのか、真央がおずおずと近づいてくる。ユイをちらりと横目で確認して言った。

「ユイの知り合い?」
「えっ、まあ……」

 言葉に詰まった。
 真央の視線が、さっきとは打って変わって、どこか熱っぽくなっていることに驚いた。

「六年生?」

 真央に問われたペン太が、ぴょんとイスの下に飛び降りて背筋を伸ばした。
 何をするつもりだろうか。

「初めまして。六年生のヴァンと言います」

 ペン太が礼儀正しく頭を下げた。
 口から放たれたとんでもないでまかせに、ユイはのどの奥で「げっ」という言葉を鳴らす。

「あっ、私、名村真央っていうの……」
「真央さんですね。覚えました」

 ペン太がにっこりとほほ笑んだ。
 ユイは二人のやりとりを眺めながら、目を白黒させた。
 名字なのか名前なのかわからない『ヴァン』だけで通用するのだろうか。一気に不安がふくらむ。
 どう見ても友達が小さなペンギンにあいさつをしているようにしか見えない。奇妙すぎる光景だ。
 けれど、真央の態度は演技には見えない。
 むしろ、友達にしかわからないくらいの、小さな照れを顔に浮かべて笑っている。

「私、当番だから、もし借りたい本があればいつでも言ってね」
「ありがとうございます。何かあったら声をかけます」

 後ろ髪を引かれる様子の真央が、背を向けて離れていく。
 ペン太がその背にひらひらと手を振り、ユイに「どうだい?」と片目を細めて挑戦的な顔を向けた。
 すさまじい変わりようだ。

「な? 言った通りだろ? バッジの力とぼくの演技力、両方あれば、ばれることはない。図書ペンギンはすごいだろ」

 ユイはあっけにとられて、ぽかんと口をあけた。
 真央が機嫌良さそうにカウンターの中に入り、小さな貸し出しカードを整理している。隠しているが、何度もペン太を盗み見していた。
 ユイは、ペン太にジト目を向けた。

「ヴァンって名前で不思議に思わないなんて……真央には……ペン太がどう見えてるの?」
「さあ? ぼくもそれは知らないなあ。よく聞くのは、名前からイメージする自分の理想の相手らしいけど」
「え? 理想の相手? ペン太、こんなに小さいのに?」

 ユイが「さすがにうそだ」とあきれた顔で、手のひらをペン太の頭に乗せた。ぽんぽんと頭の毛をなでる。意外とごわごわしている。
 ペン太がうっとうしそうに平たい手で払った。

「小さい言うな。ユイもそんなに変わらないだろ」
「全然違うし。それに――三年たったら、もっと大きくなるし」

 おどけたユイの言葉に、ペン太はむっとした顔で言い返す。

「冗談で笑ってられるのは、こっちで身長が戻ったからだぞ。戻らなかったら、ユイが大変なことになってた」
「まあそれは……ね」
「まったく、ユイは危機感が足りない。図書界は危険だって教えたのを忘れたのか?」

 ペン太が偉そうな顔で不格好な腕組みをした。
 低い視点から、ぎろりと睨んでいる。
 ユイが気まずくなって「ごめんね」と謝って――はっと気づいた。

「ちょっと! そうじゃないって! 私はペン太がなんでここにいるのって言いたかったの! うちの家のクローゼットに入ってたんじゃないの!?」

 ユイがはげしくペン太の肩をゆさぶり、ぐらぐらと頭を揺らす。

「ちょ、落ち着け」

 ペン太がユイの体を押し返した。
 そして、体を斜めに向けて、ぽつりと言った。

「……あきた」
「へ?」
「ユイの家の本はもう全部読んだ。一度読んだ本もあったけど、こんなにのんびり読めたのは初めてだ。特にお父さんの部屋はいいな。ノンフィクションを好んで手元に置いていて楽しめた」
「そ、そう……ありがと」
「でも、読みあきた。違う本が読みたいんだ」

 うんうんと頷き、「あきた」と二度言ったペン太を、ユイは呆然と見つめた。
 いや、問題はそこじゃない。ユイは顔を強張らせる。
 正体がばれるとまずいと言っていたペンギンが、学校の授業中にぺたぺたと乾いた足音をさせて、ユイの家の中をうろついていた? 
 勝手に棚から本を抜き取って読んでいた?

「そういえばユイの部屋の本だけど……」

 ペン太が真面目な顔をして窓の外を見た。
 突然の真面目ぶった雰囲気に、ユイがごくりと喉を鳴らして身構えた。

「少女マンガと恋愛ものばかりで、変化がない。どれもハッピーエンドだった。今のうちに、もっと色んなジャンルを読んだ方がいい。未来の図書ペンギン司書からのアドバイスだ。お父さんみたいにノンフィクションは少ししんどいだろうからファンタジーはどうだい? 海外ファンタジーを翻訳したものもあって――ん? どうした?」

 いいアドバイスだ、と自画自賛するペン太は胸を張って見上げた。
 ユイは拳をぐっと握りしめた。瞳が剣呑な光を帯びる。
 声を震わせて言った。

「勝手に読むなあっ!」

 ユイの大声に、カウンターの中で真央が図書カードを落とした。
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