ペンギン・イン・ザ・ライブラリー

深田くれと

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図書室には何かが住んでいる?

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 夕日がぼんやりと照らす廊下で、ユイはぽかんと口をあけて立ち止まった。
 胸に抱える本を落とさないようにしながら、片手でごしごしと目をこすった。それほどに、たった今見えたものが信じられなかった。
 丸みのある黒くずんぐりした体は、よく知る生き物にちがいなかった。

「ペンギン?」

 ユイは確認するようにつぶやいて、おそるおそる目をあけた。
 いない。
 廊下の一番奥には、大きく赤い文字で『非常階段』と書かれた窓ガラス。手前には扉の上からつき出た『図書室』と書かれた教室の案内板だけだ。
 ペンギンなど影も形も見当たらない。
 ユイはほっとしたような残念なような複雑な気持ちになった。

「そんなはずないか」

 気を取り直して目的の場所に近づく。
 今日は、昨日返せなかった本を返しにきたのだ。
 とうに受付時間を過ぎているのに落ち着いている理由は、ユイが図書委員だからだ。
 借りた本の返し方も、返す場所も知っている。
 図書委員も二年目だ。職員室にあるカギの場所もよく知っている。
 残っている先生に怪しむような目を向けられても、「本を返しに行きます」と言えば、すぐにうなずかれるくらいには顔を知られている。
 ユイは、ポケットから古ぼけた小さな板に『図書室』と書かれたカギを取り出した。

「ん?」

 ふと、扉の近くに落ちていたものが目に入った。銀色の五百円玉サイズくらいのコインだ。
 ユイは拾ってしげしげとながめた。
 不思議な色だ。角度によっては金色にも見えた。
 表には、本を広げた図柄が描かれていて、左ページに『1』、右ページにペンギンの上半身の絵がある。ひっくり返すと、小さな安全ピンが無理やりテープで止められている。黄ばんでいて、だいぶ昔に貼られたものだと分かる。
 まるでコインを強引にバッジに変えたように見えた。
 誰かの落とし物だろう。落とし主はがっかりしているに違いない。
 図書室で拾って預かっていることにしようと考えて、ユイはショートパンツのポケットにバッジを突っ込んだ。
 細長いくすんだ色のカギを回し、最近新しくなった白い扉に手をかけた。
 扉は音を立てずにすうっとあいた。と同時に、図書室特有の紙のにおいと、部屋の熱気が、むわっと飛び出した。
 ユイはこの感覚が大好きだった。小学校の学校探検の授業で図書室に入ってから、すぐに好きになった。
 三年生を終えるころには、委員をやるなら図書委員だと決めていたほどだ。
 この場所は、教室よりも部屋よりも居心地の良い場所だった。

 だから――
 図書室の右奥に見なれない小さな黒いかたまりを見つけた瞬間、ユイの心臓は音を立ててはねた。
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