世にも甘い自白調書

端本 やこ

文字の大きさ
上 下
39 / 42
福岡編

ふたり

しおりを挟む
 徹が風呂から上がっても、橙子は戻っていなかった。客間を覗くと、元気と一緒に健やかな寝息を立てている。元気を起こさないように注意して、遠慮がちに橙子を揺する。
 橙子は鬱陶しそうに唸るだけだ。

「疲れたのね。元気の面倒みさせて悪かったわね。それでなくても緊張していただろうに」

 徹を追うように縁も様子を見にきた。
 徹は縁にさえ今の橙子を見せたくなかった。久しぶりに見る橙子の寝顔を独り占めしたい。独占欲が暴走しかけたのがわかり、徹は無言で橙子を抱き上げた。

「ゆっくり寝かせてあげなよ」

 縁は含み笑いをしながらも、戸を開け手伝った。
 徹はそのまま橙子を自室に運ぶ。以前に増して軽くなった。昼間担ぎ上げたときは、鞄を持っていたままだったからか気がつかなかった。徹には食事をしたか、寝不足でないかと、折に付け心配するくせに、自分のことは無頓着だ。

「どんだけ働いてんだ。もっと気にしろ」

 血色のいい橙子の頬を撫でる。血の通った体温に愛しさが溢れだす。起きろと念じてみても、一向に起きる様子はない。橙子は一定量以上のアルコールを摂取するとこうなる。徹の自宅でのみ解禁するはずだ。縁の言ったように精神状態が普段と違っただろうし、飲兵衛たちが飲ませ上手でもあることが災いしたに違いない。それを思うと、元気の存在は緩衝材のような働きがあったようにも思う。

「……無理させたか」

 徹は人知れず惑いの溜息を洩らす。
 自重すべきだとわかっていながら、触れたい欲もある。

「ん、、、んんんーっ⁉ ちょっ、は?」

 橙子が意識を取り戻したのは、下の衣服を全て取っ払って腰を丸めるように持ち上げたところだった。
 始めはほんの悪戯心だった。いくら酔っ払いでも、すぐに気がつくだろうと思っていた。
 しかし橙子はあまりに強敵だった。

「やっとお目覚めか」

 橙子の膝の間から見下ろす顔は寝ぼけているのか恍惚としている。
 徹はわざと大胆に舌を出して舐めあげた。橙子の目が大きく見開かれる。

「やだっ。徹さん、降ろして。苦しい」

 両手で顔を隠して訴えてきた。ひとまず橙子を起こすという目的は達成したのだから、徹は素直に従った。橙子の臀部をベッドに戻して、そのまま覆いかぶさった。
 ようやく意識のある橙子を独占できる。そう思うと体が勝手に橙子の唇を求めた。下唇を軽く食んで、吐息が洩れる瞬間に侵入した。柔らかく、温かい。舌の裏の滑らかな部分を執拗になぞる。徹はここの感触が好きだし、橙子も気持ちよさそうにする。息継ぎも忘れて貪り合った。

「ぷはっ、苦しっ! もう徹さんっ」
「なんだ?」
「なんだじゃなくて! 服は?」
「熟睡するお前が悪い」

 言いがかりも甚だしい。
 橙子は下だけ脱がされている間抜けな状態だ。自分で脱いだはずがない。

「寝てても濡れるもんだな」
「ばっ、、、もう! ほんとなにしてくれてんのっ」
「騒ぐな。聞こえる」
「ひぃっ! あ。やっ待って……んんっ」

 徹の無骨な指が花弁を割って入ってきた。橙子の体がぶるりと震える。抵抗なく受け入れたのは先の徹の行いのせいであるし、なにより橙子の体が喜んでいるからだ。
 徹が関節を曲げて橙子の弱い部分を的確に刺激する。徹は全て知っている。弱いところも、好きなところも、橙子の全部を。

「元気くんは?」
「寝た」
「ここどこ?」
「離れ。俺の部屋」

 ほんの少しだけ橙子の体から力が抜けた。
 徹は指先で敏感な突起を探り当ててそっと円を描く。反射で橙子の脚に力が籠る。突起を撫でながら、他の指を根本まで差し込んだ。
 橙子は高い声を挙げかけて、咄嗟に自ら口を覆った。

「ううう。もう、ほんとダメ……」

 声を出すなというのも、反応しないのも不可能だった。涙目になって徹に訴えると、体内から指が抜かれた。ほっとしたようで、物足りない。心と同じぐらい、下腹部の奥が切ない。

「チビに揉ませんじゃねぇ」

 橙子が求める手がスエットの裾から差し込まれた。両手が締め付けのない胸をダイレクトにまさぐる。じわじわとたくし上げられたスエットで徹の顔が隠れてしまった。

「徹さん?」
「どれだけ我慢したと思ってんだ」

 徹が一瞬だけ顔を上げて、また胸元に帰っていった。ちりっと鋭い痛みが走る。鎖骨の下、胸のはじまりの辺りに痕がついたと直感した。徹が初めて橙子自身に見える位置に痕を残した。それから順に一個、二個と増えていく。
 橙子は数えるのを止めて、徹の思うがままに委ねる。
 そのうち疲れたのか、徹が上半身を起こし部屋着を脱ぎ捨てた。

「あれ? 鍛えた?」

 晒された徹の裸体に見惚れて、橙子が手を伸ばした。

「抱き上げられるようにな。仕事ばっかしてないで、ちゃんと食え。ぽちゃぽちゃしてたの良かったぞ?」

 言わずもがな、出会った頃の話だ。せっかく健康的に痩せたのだから、元に戻りたくないのが女心だ。

「えー。風俗嬢におじさん扱いされたとかじゃなくて?」
「行ってない」
「二週間空いたら無理って言ったくせに」
「違うだろそれ。話通じないにもほどがある」

 徹が思いっきり渋った。その苦りきった顔こそが平常通りの徹で、橙子は体を起こして抱きついた。

「来てくれてありがとう」

 すごく嬉しいと続いた声は泣き声になっていた。
 橙子が福岡に移ってしばらく、徹は空き時間に体を動かすようになった。知らずのうちに溜まるストレス、寂しさ、欲、そういったものを吐き出すのにうってつけだった。仕事柄、都合よく設備が整っているのは幸いした。久々に顔を合わせた先輩に誘われ、竹刀を握ったりもした。それでも発散し尽くせるものではなく、代替えが効かないと思い知らされた。

「泣き虫。約束しただろ」
「だって」

 子ども染みた言い訳で笑い泣きする橙子を抱きしめる。
 腕の中に閉じ込めて得られる安心感はもはや執着といっていい。

 俺、こんなだったか?

 自嘲に対する答えはわかりきっている。
 橙子を知るまでは持ち合わせていなかった感情で、自分が生まれ変わったかのようだ。知らなかった自分の一面は新鮮で、それなりに気に入ってもいる。
 もう一度、そっと橙子を寝かせるように押し倒す。既にじゅうぶん湿らせておいた密口に、徹は自身をぺとりと宛がった。痛いほど膨張したそれが歓びを全身に伝える。

「ずっと、ずっと、会いたかった」

 橙子が絞り出すと、徹は長く息を吐いた。呆れともとれるが、熱量は決して否定したものではなく、言葉を返されるより深い愛情を感じられる。
 これが徹だ。橙子が愛する徹なのだ。
 今度こそ泣かずに愛を伝えたい。

「ハァ。やべぇな……すげぇ気持ちいい」

 結局、橙子の愛は声にならなかった。橙子が口を開く前に侵入を始めた剛直の圧迫感に言葉を飲み込んでしまった。
 とって代わった徹の低く艶めかしい声が、橙子の首元に浸透する。

 他に何も要らない。
 幸せだ、と橙子は心底感じ入る。
 徹を愛し、徹を求め、総てを捧げる。
 はっきりと幸せの定義を見つけた。

 しばらく橙子の体内でじっとしていた徹がゆるやかに動き出した。
 記憶を呼び起こすような動きで、記憶に刻み込むようでもある動きで、橙子は高められいく。
 慎重なまでの結合は神聖な儀式のようでもある。
 徹との間に何人たりとて邪魔はできない。させてはいけない。
 仕事だろうが同じことだ。

 橙子は自分の居場所がわかった。

 早く帰らなきゃと、本能が騒ぎ出した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...