世にも甘い自白調書

端本 やこ

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福岡編

ご挨拶(下)

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 家長の計らいで、全員がなんとなく散らばり、おのおの腰を落ち着けた。
 所定の位置があるらしい久我島一家の動きを見届けてから、橙子は徹の隣に正座する。
 座ったがいいが、未だ一族が橙子を見る目が試験官のそれに感じる。当然、徹は気にした様子なく、すべきことは終えたといった寛ぎすら感じさせる。

「先ほど山藤とおっしゃられたと思ったのですが」

 どこかでお会いしたのだろうかという橙子の疑問は、渚が口にした保険会社の名前で合点がいった。
 つい先週、会議のために訪れた会社だ。ただ、橙子が覚えているのは会議のことだけで渚が同席した記憶はない。

「そりゃそうよぉ。私なんてお茶出しなんかの雑用をしただけだもの。それにしてもまさかよね~。あの山藤の女傑が来るとは」

 高らかに笑う渚から他意は感じない。
 橙子は恐縮するだけだ。

「うちの子たちと妙な縁があるのね」

 母親がお茶を運んできた。
 母親が輪に入ると怒涛の質問責めがはじまった。といっても、試験官は双子の両名のみである。

「今いくつ?」
「32です」
「私たちより年下じゃん! 課長って本当?」
「あ、はい。それはもうほとんど事故みたいなもので……」
「ひとり暮らし?」
「会社の寮暮らしですが」
「地元は?」
「愛知県です。名古屋近郊の田舎町です」
「家族構成は?」
「両親と弟がいます。といっても、弟は所帯を持って実家を出ました」
「お父様のお仕事は?」
「土地柄、親も弟も自動車関連会社に勤めています」

 面接試験は一問一答形式だ。矢継ぎ早に繰り出される質問に、橙子が答えを考える暇はない。目だけが渚と縁の間を行き来する。

「なんで独身なのー」

 うっ。
 こればかりは回答に詰まる。

「残念ながら、今までご縁がありませんでした。ハハハ」

 乾いた笑いの裏で、婚約破棄の過去を誠が知っているのではないかと冷や汗をかく。人の口には戸が立てられないのが世間というもの。どこからどう噂が伝わっていてもおかしくない。

「いい加減にしろ」

 空気を読むはずのない徹が制止をかけた。
 橙子が続きに窮したのがわかったのだろうか。

「徹ちゃんは黙ってろ」

 双子の矛先が向いた。それだけで橙子はありがたい。
 徹をチラ見すると露骨な迷惑顔を渋面に張り付かせている。

「だいたい徹ちゃんの説明不足でしょうが!」

 ごもっともである。
 徹は「嫁にもらう」と言っただけで、橙子自ら自己紹介をした。事前情報の開示なんて考えもしなかっただろう。
 誠といえば、橙子の視界のすみっこでにやついている。
 
「こいつらと付き合う必要ない。まともに聞くな」

 徹がやり込められるのが珍しい。盛大に眉根を寄せて苦虫を噛み潰すダーリンが、いまだかつてこれほど微笑ましく見えたことがあっただろうか。
 双子の妹たちの荒々しい口調は家族としての心配でもあって、それだけ徹が愛されているということだ。
 徹とふたり、いくら口撃に晒されようと橙子は辛くなかった。

「こんな非常識男のどこがいいの? 大丈夫なの?」
「プロポーズもしてないっぽいし、今日だって内緒で連れてこられたんでしょ」
「それ! 結婚の前に本当に付き合ってる? つか徹ちゃんがまともなお付き合いなんてできるわけない」

 おう……。
 あまりの言われように橙子も苦笑がもれた。
 いったい徹は実家でどう生きてきたのだろう。
 ついに橙子が回答を挟む間がなくなり、微笑みを保って聞き流すしかなくなった。さすがに見かねたのか、それぞれの夫がやんわりと止めにかかる。
 が、効果なしだ。

「悪いこといわないから、こんなの止めな!」
「考え直した方がいいって。そうだ。兄さんなんてどう? 徹ちゃんよりおすすめ! バツイチだけど、そこだけ目を瞑ってくれたらさ」
「おっ。薦められちゃた。俺と結婚してここで暮らす? 大歓迎」

 楽しそうではあるがここで同居は自信がない、などと考えてしまう。
 いや、そうじゃない。

「帰るぞ」

 耳元で一言、橙子が音を拾う。隣の徹が腰をあげながら橙子の腕を引く。
 橙子とて帰りたい。しかし、形はどうであれ結婚を前提にして紹介してもらえた機会をこのままにしては後悔が残る。
 橙子は自分の腕を掴む徹の手をそっと外す。橙子の意思は伝わるはずで、実際に徹は動きを止めた。橙子の動きに合わせて不承不承座り直してくれた。
 
「ご心配をおかけして申し訳ありません。先に好意を持って交際を申し出たのは私です。少なくとも私は、徹さんに出会ってからずっと幸せで、この先も一緒にいられたらそれだけでじゅうぶんです。他に何も望みません」

 橙子が迷いなく言い切った。
 毅然たる態度を貫く姿勢に、久我島家の誰ひとり惚気に勘付かずにいる。初めこそ「どんな訳アリだ」と警戒心を持っていたが「なぜこの子が」という不審に一気に傾き──それすら引き上げた。
 それに気づかない徹ではない。なにせ自分が育った環境である。

「もういい。止めろ」
「やだ、もしかして失敗した? でも本当のことだし他になんて言ったら」
「くっそ……忘れてた。おまえ、双子よりタチ悪ぃんだった」

 一時は橙子を連れだそうとした手で、徹は額を覆って己の詰めの甘さに嘆く。
 徹を揶揄うのが趣味の誠と、徹に突っかかるのが三度の飯より好きな渚と縁を前に頭痛すら覚える。

「あ! とにかく、私は徹さんがいいんです。徹さんじゃないとだめっ──」

 徹が咄嗟に橙子の口を塞いだ。
 橙子を止めるにはもはや実力行使しかない。

「いいからっ。うかつにしゃべるな」

 手のひらに感じる橙子のもごつく息がくすぐったい。それ以上に、家族から向けられる生温い目が地獄の沙汰だった。
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