世にも甘い自白調書

端本 やこ

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東京編

その先輩、日野(上)

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 笑い上戸の日野次郎ひのじろうに含み笑いのスキルはない。顔に出るし、声も出る。
 日野の笑いは徹の機嫌の悪さに反比例して上昇中だ。

「ねー、日野さん。いいかげん、先輩になんか言ってくださいよ」
「ほっとけ。このぶんなら取り調べもすぐ終わる」

 日野はにやりとするが、俊樹は困ったように食い下がる。

「だろうけどぉ。それにしても女の子たちが可哀相じゃん。身内なのに」
「そう思うならおまえが止めてやれ」

 俊樹が「えー」と不満を口にするだけで動かないのは、自分に矛先が向けられるとわかっているからだろう。
 俊樹はともかく、事務のお嬢ちゃんたちが気の毒なのは同意する。日野は人当たりのよい顔を作って、事務員に向かって「悪いね」と一言いれた。

 徹は仕事人間の代表のような男だ。プライベートがなく、趣味を仕事にしたらこうなるという典型のような生き方をしている。
 刑事としては決して悪くない。趣味云々をいえば、日野だって同じようなものだ。しかし、例えば大学生の愛娘が連れてきたら諸手を挙げるわけにはいかないタイプではある。チャラさとダメ男を融合させた俊樹はもちろんアウトだが、真面目でも徹ほどストイックなのもどうかと思う。
 男として──恋愛対象としてという意味で──つまらない・・・・・部類に入るのではないかとさえ思う。
 ギャンブルやたばこはしないし、女遊びとも無縁だ。聞こえはいいが、他に興味を示すものもないのだ。
 強いて言えば、酒は飲む。べらぼうに強い。たまに一緒に飲むことがあるが、蟒蛇うわばみの徹はどれだけ飲ませても顔色一つ変えやしない。
 いったいどこでストレスを解消しているのかと心配になるのは……日野の老婆心だ。
 最近、そんな男にも女ができて、日野は人知れず心を弛ませた。
 プライベートに変化があっても、徹は変わらず仕事に集中している。少しぐらい現を抜かしてもカバーしてやるつもりでいただけに、肩透かしをくらった気分だ。むしろ時間を見て早く帰ろうとするようになったし、勘も冴えているのだから、効率がよくなったほどだ。
 いい女とっ捕まえたもんだ。
 一時は簡単に取り逃しそうな雰囲気に思案したものだが、杞憂に終わった。

「大した情報も持ってやがらねぇで粋がってんじゃねぇ。クソガキが」

 日野の読み通り、参考人はすらすらと話始めてあっという間に聴取完了だ。

「はいはい。もういいよ、これで終わり。ね、日野さん?」

 直接徹を諌めることはしない俊樹が頃合いを見図る。仕事上の役目は身に染みついている。日野班にはそれぞれ役目がある。三人で相談して分担したのではなく、各々が得意分野を理解して自然とそうしているのだ。

「恐い刑事に当たって運が悪かったな、坊っちゃん。もう悪さしなさんなよ」

 日野は日野で自分の役目を果たす。
 日野の合図を受けて、徹はさっさと立ち上がる。

「ちょーっと待った。先輩。まだ事務処理終わってないって」
「さっさと済ませろ。使えねぇ」
「慌てずやってくれたらいいからね」

 苛つく徹を無視して、俊樹は事務員のフォローを優先させる。これも役割分担のひとつだ。
 徹とて事務の流れは理解しているのに、この落ち着きようのなさだ。メンドクセェと、強面をよけいに顰める。ただでさえ悪い目つきが精度を増す。俊樹のフォロー虚しく、徹の視線に射貫かれた事務員たちはさらに怯えてしまう。
 涙目になっているのは、確か新人だ。書類を持つ手が震えている。
 こらこら。お嬢ちゃんたちも頑張ってんだからそう睨んでやるな。
 そう思うものの、日野はあえて口にしなかった。見ているのがちょっと楽しくなってきている。

「ごめんねー。この人、彼女と喧嘩して機嫌悪いだけだから。気にしなくていいよ」

 連日のことで俊樹も我慢が緩んできたらしい。口調に厭味ったらしさがでた。

「チッ」
「イッテ! 手加減しろよ! ってか、マジ喧嘩したんだ? ねぇ、ねぇ~。せんぱーい?」

 俊樹は鎌をかけたつもりだったのだろう。
 やっぱり馬鹿だ、と日野はぷっと吹き出しそうになるのをすんでのところで堪えた。

 解りきったことを、火に油を注ぐ奴がいるか。
 だが尾野よ。そのわくわく感はわかる!

「もー、早く別れろって。俺、待ってんだから」

 こら、尾野。
 さすがに言い過ぎだ。

「久我島がどうであれ、橙子ちゃんに相手にされないだろぉよ、お前は」
「あ、日野さん。それは大丈夫。俺が甘えたいときには枕になってくれるし?」

 馬鹿者。俺の気遣いを無駄にしやがって。
 徹が青筋を立たせているのに気がついていないとみえる。

「で、先輩ったらなにやらかしたん?」

 わくわく顔の俊樹が徹の肩に乗るようにして追いかける。
 取調室で先輩の取り調べとは勇ましい。そう簡単に徹が吐くわけもなし。
 案の定、徹は無視を決め込み、無言で事務員に圧を掛け続けている。

「橙子泣いてたら遠慮しない」

 おっ。
 さすがの俊樹も腹に据えかねたのか、ふざけた調子を一変させた。

「……お前の手に負える女じゃねぇ」

 私的な会話を始めたふたりを、お嬢ちゃんたちが物珍しそうに遠巻きにする。
 まぁ、気持ちはわかる。
 これほど場違いで愉快な見世物もない。

「あの、、、終わりました」

 事務処理を終えた新人が、おずおずと日野に声をかけた。俺に声を掛けて正解だ、と日野は深く頷いた。目に見えてほっとしたお嬢ちゃんの目が、ちらちらと徹と俊樹に泳がされる。
 そうだろう。気になるだろうとも。
 だがここまで。日野は楽しみを独り占めしたい性質たちだった。

「ごくろうさん」

 日野は笑い声交じりで一言残し、若造ふたりを誘導して取調室を出た。
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