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良太と一緒に帰ってきたのは私の部屋。
机の上には食べかけの天丼と良太が食べ散らかしたのり弁の容器がそのまま残されていた。
良太がおもむろにのり弁の容器をごみ袋にまとめた。今だけだとしても、心を入れ替えたとわかる行動が嬉しい。
良太に風呂をすすめて、私は天丼の残りを食べはじめた。
べっとり湿気た衣と乾いたご飯のコントラストが最悪。詩乃の料理を堪能すればよかった。残さず食べるのは、自分自身に課す罰のつもりだからだ。胃もたれは甘んじて受ける。
良太が出てくる前に罪滅ぼしを終えた。
寝落ちしてしまったほどの酔いは風呂ですっかり流れた。
脱衣場でレーシーな黒のショーツを広げて、見てみる。
機能性重視な綿パンツより浅めでTバックほど食い込みのないハーフバックってやつだ。普段履きにもできるようにと選んだつもりだけど、改めて見てみると、普段用にしては攻めている、、、と思う。いっそ攻めの姿勢でTバックをチョイスできなかったのは私の弱さであったような気がしないでもない。
足を通しながら、あまり考えないようにしようと心に誓う。良太の反応を期待して落ち込むことだけは避けたい。
綿パンツより心許ない装着感に女性っぽさというものがあるのなら、レースから剛毛が飛び出していない見目に自信を持っていいはずだ。セットのブラジャーも身に着けて、美しさは自分のためと唱えつつ、いつもより念入りに贅肉を集めて詰め込んだ。
「宇多。大きな買い物する前には相談していいんだぞ?」
「急になにを」
「これ」
そういって良太がひらりと掲げたのは脱毛サロンの契約書類だ。ピンクのロゴと水色の注意書きが独特で遠目にもそれとわかった。
「ぎゃあ!」
「あっ、ばか。破れる」
「返してっ!」
良太からひったくるようにもぎ取った契約書を、彼に背中を向けて畳みなおす。
ん? ちょっと待て。
この契約書を挟んでおいたのって。
「宇多ったら、可愛いとこあんのよなー。自分磨きがんばるリストて」
ああああああああああ。
スケジュール帳でも日記でもないでしょって、そうだけども。
「ちょっ。マジやめてってば!」
「まぁまぁ。急におしゃれしだしたのはこのリストのせいだったかー」
納得してんじゃないよ!
熟読もするな。
「人のノート勝手に見ないでっ」
「落ちてたから拾っただけ」
「落ちてたんじゃない。置いてあったの!」
「机の下に? 隠すつもりなら場所考えんと」
ぐぅの音しか出せない。
持ち歩いていた時期もあったけれど、リストにあらかたチェックが埋まってからは、いつでも取り出せるようにバスケットに入れて机の下に置いておいたのだ。
「いいからそれも返せ!」
「んー。もうちょっと」
「見るなぁああ」
私からノートを遠ざける良太に私は縋りつく。手を伸ばせどノートに届かない。良太も私もどんどん体を伸ばして、やがて私が圧し掛かるようにして倒れ込んだ。
「なぁ、宇多」
「もういいでしょ。返してよ」
「宇多は偉いな。ちゃんと頑張って、ちゃんと理想に近づいてるんやな」
そう言って、良太が以前より明るい色にした私の髪を指に巻き付ける。
私の努力が目に見えるのならよかった。だけど、肝心の私は、私自身は以前のままで、中身は理想からほど遠い。
「私は、私のことあんまり好きじゃないから。好きでいてもらうにはどうすべきかわかんなくて。だから」
「好きになれた? 自分のこと」
「正直、あんまり。でも楽しいよ、色々」
「やってよかったんだ」
うん、と私は良太の服を握りしめて頷いた。顔を上げるには恥ずかしくて。でもお互いに意識を向けて会話をしている状況が嬉しくて、私は良太の服を離せない。
「好きだったんだけどねぇ。飾らない宇多が、出会った時からずっと」
「……」
「小綺麗にした宇多もいい。困っちゃうね。うかうかしてたら捨てられそう」
後半に照れ隠しが見え隠れ。
してやったり。困らせてやれてたんだ。
「笑うな」
「だって。そっか。良太は前の私も今の私も好きか」
「まぁ。そうだな」
だから、いい? と、私の背中を、素肌を撫でる。良太の指が私史上お初な黒いブラジャーの際をなぞる。
私は答え代わりに顎をつき出して唇を合わせたまま最終難問にとりかかる。
「疲れたんでしょ」
「筋肉痛で動けなくなる前にしとかんと」
「良太も通えば? ジム。運動はいいよ」
微妙にかみ合わせない私の言葉に、ホックを外しかけた良太の手が止まった。
「そうだった。一番大事なとこ。なるべく大人しくしてたのは、家事やってくれる宇多を誘うのに気がひけてたからであって、お母さんだなんて思ってないから。平日に飯の準備や後片付けとかさせて、その上要求したらそれこそ怒るだろうなーって」
なんだとーーっ。
自分を紛らわせるためにスマホいじって凌いでいた、などという旨、自供をはじめやがりましてこのヤロウ。
こんなくだらないすれ違いあっていいの?
「ぷんぷこぷんな宇多さんが、まさかやる気満々だと思ってなかったわけですよ」
「不満には気がついてたと申すか」
いかにも、と言いたげなアイコンタクトを確認して、口惜しくて、あほらしくて、乱暴に口を塞ぎなおした。良太がギブアップするまで許さない。怒り6割、悲しみ2割、残りの2割は……あれよ、あれ。まぁ、ポジティブな感情ってやつ。とにかく私は、今の私のすべてを伝えるべく思いっきり舌を絡める。
「余計な気遣いはいらないってことやな?」
「余計じゃない気遣いは大歓迎」
ふんっと腹筋に力を入れて、良太が高級ノートを机の上に置いた。
「んじゃベッド行きましょか。じっくり見せてみ。エロカワな下着とやらに、パイパンも」
「パっ、、、」
「うん? ツルスベにしてんでしょ? 俺のために」
私は、喧嘩の度に今の良太の顔を思い出す。
嬉しそうで、幸せいっぱいの、悪い顔を。
たぶん、一生、ね。
机の上には食べかけの天丼と良太が食べ散らかしたのり弁の容器がそのまま残されていた。
良太がおもむろにのり弁の容器をごみ袋にまとめた。今だけだとしても、心を入れ替えたとわかる行動が嬉しい。
良太に風呂をすすめて、私は天丼の残りを食べはじめた。
べっとり湿気た衣と乾いたご飯のコントラストが最悪。詩乃の料理を堪能すればよかった。残さず食べるのは、自分自身に課す罰のつもりだからだ。胃もたれは甘んじて受ける。
良太が出てくる前に罪滅ぼしを終えた。
寝落ちしてしまったほどの酔いは風呂ですっかり流れた。
脱衣場でレーシーな黒のショーツを広げて、見てみる。
機能性重視な綿パンツより浅めでTバックほど食い込みのないハーフバックってやつだ。普段履きにもできるようにと選んだつもりだけど、改めて見てみると、普段用にしては攻めている、、、と思う。いっそ攻めの姿勢でTバックをチョイスできなかったのは私の弱さであったような気がしないでもない。
足を通しながら、あまり考えないようにしようと心に誓う。良太の反応を期待して落ち込むことだけは避けたい。
綿パンツより心許ない装着感に女性っぽさというものがあるのなら、レースから剛毛が飛び出していない見目に自信を持っていいはずだ。セットのブラジャーも身に着けて、美しさは自分のためと唱えつつ、いつもより念入りに贅肉を集めて詰め込んだ。
「宇多。大きな買い物する前には相談していいんだぞ?」
「急になにを」
「これ」
そういって良太がひらりと掲げたのは脱毛サロンの契約書類だ。ピンクのロゴと水色の注意書きが独特で遠目にもそれとわかった。
「ぎゃあ!」
「あっ、ばか。破れる」
「返してっ!」
良太からひったくるようにもぎ取った契約書を、彼に背中を向けて畳みなおす。
ん? ちょっと待て。
この契約書を挟んでおいたのって。
「宇多ったら、可愛いとこあんのよなー。自分磨きがんばるリストて」
ああああああああああ。
スケジュール帳でも日記でもないでしょって、そうだけども。
「ちょっ。マジやめてってば!」
「まぁまぁ。急におしゃれしだしたのはこのリストのせいだったかー」
納得してんじゃないよ!
熟読もするな。
「人のノート勝手に見ないでっ」
「落ちてたから拾っただけ」
「落ちてたんじゃない。置いてあったの!」
「机の下に? 隠すつもりなら場所考えんと」
ぐぅの音しか出せない。
持ち歩いていた時期もあったけれど、リストにあらかたチェックが埋まってからは、いつでも取り出せるようにバスケットに入れて机の下に置いておいたのだ。
「いいからそれも返せ!」
「んー。もうちょっと」
「見るなぁああ」
私からノートを遠ざける良太に私は縋りつく。手を伸ばせどノートに届かない。良太も私もどんどん体を伸ばして、やがて私が圧し掛かるようにして倒れ込んだ。
「なぁ、宇多」
「もういいでしょ。返してよ」
「宇多は偉いな。ちゃんと頑張って、ちゃんと理想に近づいてるんやな」
そう言って、良太が以前より明るい色にした私の髪を指に巻き付ける。
私の努力が目に見えるのならよかった。だけど、肝心の私は、私自身は以前のままで、中身は理想からほど遠い。
「私は、私のことあんまり好きじゃないから。好きでいてもらうにはどうすべきかわかんなくて。だから」
「好きになれた? 自分のこと」
「正直、あんまり。でも楽しいよ、色々」
「やってよかったんだ」
うん、と私は良太の服を握りしめて頷いた。顔を上げるには恥ずかしくて。でもお互いに意識を向けて会話をしている状況が嬉しくて、私は良太の服を離せない。
「好きだったんだけどねぇ。飾らない宇多が、出会った時からずっと」
「……」
「小綺麗にした宇多もいい。困っちゃうね。うかうかしてたら捨てられそう」
後半に照れ隠しが見え隠れ。
してやったり。困らせてやれてたんだ。
「笑うな」
「だって。そっか。良太は前の私も今の私も好きか」
「まぁ。そうだな」
だから、いい? と、私の背中を、素肌を撫でる。良太の指が私史上お初な黒いブラジャーの際をなぞる。
私は答え代わりに顎をつき出して唇を合わせたまま最終難問にとりかかる。
「疲れたんでしょ」
「筋肉痛で動けなくなる前にしとかんと」
「良太も通えば? ジム。運動はいいよ」
微妙にかみ合わせない私の言葉に、ホックを外しかけた良太の手が止まった。
「そうだった。一番大事なとこ。なるべく大人しくしてたのは、家事やってくれる宇多を誘うのに気がひけてたからであって、お母さんだなんて思ってないから。平日に飯の準備や後片付けとかさせて、その上要求したらそれこそ怒るだろうなーって」
なんだとーーっ。
自分を紛らわせるためにスマホいじって凌いでいた、などという旨、自供をはじめやがりましてこのヤロウ。
こんなくだらないすれ違いあっていいの?
「ぷんぷこぷんな宇多さんが、まさかやる気満々だと思ってなかったわけですよ」
「不満には気がついてたと申すか」
いかにも、と言いたげなアイコンタクトを確認して、口惜しくて、あほらしくて、乱暴に口を塞ぎなおした。良太がギブアップするまで許さない。怒り6割、悲しみ2割、残りの2割は……あれよ、あれ。まぁ、ポジティブな感情ってやつ。とにかく私は、今の私のすべてを伝えるべく思いっきり舌を絡める。
「余計な気遣いはいらないってことやな?」
「余計じゃない気遣いは大歓迎」
ふんっと腹筋に力を入れて、良太が高級ノートを机の上に置いた。
「んじゃベッド行きましょか。じっくり見せてみ。エロカワな下着とやらに、パイパンも」
「パっ、、、」
「うん? ツルスベにしてんでしょ? 俺のために」
私は、喧嘩の度に今の良太の顔を思い出す。
嬉しそうで、幸せいっぱいの、悪い顔を。
たぶん、一生、ね。
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