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「宇多、起きろ」
なによ、うるさいなぁ。
仕事なら黙って行けよぅ。
「ほら帰るぞ」
突っ伏していた机から強引に引き剥がされて、私は良太におぶわれた。
揺れるの気持ちわるー。けどおもしろー。
ん? 負ぶっ?
「なん、でっ!?」
「あっ、こらバカっ。急に暴れんな!」
落とすぞと、良太が軽くジャンプするように私の位置を正す。
「ちゃんと捕まっとけ」
ただでさえきついんだからとかなんとか、小声でぶつくさ言うけれど嫌そうじゃない。何故か分からないけど、胸の奥がぎゅっとなって、良太の首に回し直した手もぎゅっとした。
「大通りまでだかんな」
「えー」
「起きたなら歩きなさいって」
「やだ」
「無理。俺、体力ない」
しばらく黙って状況を把握する。詩乃の家まで迎えに来てくれたらしい。
良太の匂いや体温に妙に安心しちゃう自分に気が付いて笑みを噛み締める。
「りょーたが来るとは思ってなかった。詩乃んとこ、よくわかったね」
「狛ちゃん経由で連絡あった。あいつらの連携なんなの。ちょー怖ぇんだけど」
なるほど。いくら私の親友とはいえ、良太が連絡先を交換しているのは人脈の広い紗也加だけだ。詩乃もそう理解しているのだろう。
「余計なことする子たちじゃないけどな」
「さすがに見てられんって感じだった」
「それは……、ごめん」
「いや。俺が、だろ。宇多が出てって、あいつらのうち誰かんとこだとは思った。けど、全員彼氏いるっぽいこと言ってただろ。そしたら、俺さ、宇多が他に行きそうなところ、ひとつも思いつかねーの」
良太の背中に居る私からは、良太の顔は見えない。それでも、今、良太が苦々しい表情をしていることが手に取るようにわかる。
「すぐに追いかけてこいよなぁ」
「追いついて何が言えたよ」
今度は私が良太の言い分を聞く番だ。大通りが見えてきたけれど、もう少し負ぶわれていよう。たぶん今、良太は私に顔を見せたくないはずだから。
「街なかで偶然見かけたことあったろ。俺がカフェで仕事してた時。あれ、すげーびっくりした。宇多だってすぐ分かったのに、他人みたいなかっこうして男に囲まれて。あー、って」
「あーって?」
「宇多が遠くに感じた」
あの時の私と同じような感覚を抱いていたなんて。カフェのガラス一枚で別の世界に区切られているように見えて、私は良太を疑って、良太は私が抱えていた澱を感じ取ったのだろう。もしかしたら、もっと単純に、良太も私を疑ったかもしれない。
いずれにしても、私たちの間の溝が深くなって、お互い真実を見聞きするのが怖くて自然と距離をとってしまった。
「私ね、ずっと不満だった。良太とは確かにずっと一緒にいる。けど、ほんとにただ居るだけでしょ。その日あったこととか、くだらないことでも話をしたり、同じものを楽しんだり、その、、、触れ合ったりだとか。そういう風に向き合っていたかった」
詩乃ん家で泣いたからか、もう涙は出なかった。泣きそうなのに、泣きたいのに、良太の前では泣けない。平気じゃない私に気付いて欲しい。素直に伝えるには口が重い。ここへきてまだ強がっちゃって可愛げがない。
「ごめんな。勘違いしてたわ。俺は宇多がいる空間が好きで、宇多もそうだと思ってた」
「ちょっと言ってる意味わかんない」
私を好きだと言えばいいのに。そう言ってくれたら拗れたりしないのに。瞼の裏に靄が現れたのを感じて、私は瞬きを我慢する。だって、ちゃんと理解しなきゃ。良太の本音を聞くチャンスなんてもう一生ないかもしれないから。
「うちに宇多がいるとホッとする。家でぐだぐだする休日に時間がもったいないとか思ったことない。ゴロゴロしてたり書類に目を通したりしてる横で、宇多の生活音がするのがいいんだわ。安心するっていうか、ゆったりできる。んで、家事全般甘えているのも確かで、それはごめん。宇多がお手伝いさん扱いに感じてるなんて気づいてなかった」
良太が話終えると、私は自分の両足で立っていた。
「私がやりすぎてた部分もある。もうやらない」
「ぐっ」
「負担だもの。一緒にやるってならいいんだけど」
顔だけこちらを向けていた良太が体も向けた。
真正面に立ってちゃんと顔を見るのがめちゃくちゃ久しぶりで、久しぶりすぎて、心拍数が上がる。
「お願いします」
「よろしい。あと、私の布団にスマホ持ち込み禁止。ゲームも動画もひとりの時どうぞ」
「気を付ける。というか、宇多も一緒にどう?」
歩み寄りが必要なのは私も同じ。だとすれば良太の提案に乗る選択しかない。
「うん。試してみる」
良太がほわっとほほ笑んだ。私が惚れた笑い方で。瞼に居座っていた靄もふわっと消えて、代わりに熱が広がる。反射的に「待って」っと、歩き出そうとした良太の腕を引っ張った。
「良太からもなんかあるでしょ。私が直さないといけないこと」
「ああ? んー。別に。人間そんな簡単に変われるわけじゃねぇし」
「あるってことじゃん。せめて教えてくれないと」
「それはこっちのセリフ。イライラ溜めて大噴火するぐらいなら都度言えよな」
「……善処しマス。それと、えっと、ごめん。色々言い過ぎた。ごめんね」
謝っちゃった。
正しいことなのに、恥ずかしくてちょっとだけ悔しい。
私が良太にぶつけた内容は私の本当の気持ちだから謝らない。私が謝るのは、間違った伝え方だとか、私自身の行いにたいしてだ。
「ぬぁ、疲れたァ。運動不足が祟るわ」
長時間私を負ぶった体を左右にひねってストレッチして、「タクシーでいいな?」と良太は普段モードに切り替えた。だから私は大通りに乗り出すようにして片手を挙げる。
果たして私たちに「お互いを知り尽くした仲」になれる日はくるのだろうか。
小さなすれ違いが重なって不満が不安になる。ストレス回避に対話が必須だと気づきもしないで毎日を過ごしてきた私たちに。
はっはーん。
なるほど。そういうことか。
知り尽くせないから向き合うしかないんだ。
好きだから。
タクシーの後部座席で盗み見した良太の横顔が数時間前より男前に見える。
ほんのちょーーーっとだけね。
中背中肉&顔面平均50な私たちなのに変なの。
明日からまた「凡人同士お似合いだ」って信じて生きていくんだろうな。
それも悪くないっか。
ようやく気楽になってシートに脱力した。
なによ、うるさいなぁ。
仕事なら黙って行けよぅ。
「ほら帰るぞ」
突っ伏していた机から強引に引き剥がされて、私は良太におぶわれた。
揺れるの気持ちわるー。けどおもしろー。
ん? 負ぶっ?
「なん、でっ!?」
「あっ、こらバカっ。急に暴れんな!」
落とすぞと、良太が軽くジャンプするように私の位置を正す。
「ちゃんと捕まっとけ」
ただでさえきついんだからとかなんとか、小声でぶつくさ言うけれど嫌そうじゃない。何故か分からないけど、胸の奥がぎゅっとなって、良太の首に回し直した手もぎゅっとした。
「大通りまでだかんな」
「えー」
「起きたなら歩きなさいって」
「やだ」
「無理。俺、体力ない」
しばらく黙って状況を把握する。詩乃の家まで迎えに来てくれたらしい。
良太の匂いや体温に妙に安心しちゃう自分に気が付いて笑みを噛み締める。
「りょーたが来るとは思ってなかった。詩乃んとこ、よくわかったね」
「狛ちゃん経由で連絡あった。あいつらの連携なんなの。ちょー怖ぇんだけど」
なるほど。いくら私の親友とはいえ、良太が連絡先を交換しているのは人脈の広い紗也加だけだ。詩乃もそう理解しているのだろう。
「余計なことする子たちじゃないけどな」
「さすがに見てられんって感じだった」
「それは……、ごめん」
「いや。俺が、だろ。宇多が出てって、あいつらのうち誰かんとこだとは思った。けど、全員彼氏いるっぽいこと言ってただろ。そしたら、俺さ、宇多が他に行きそうなところ、ひとつも思いつかねーの」
良太の背中に居る私からは、良太の顔は見えない。それでも、今、良太が苦々しい表情をしていることが手に取るようにわかる。
「すぐに追いかけてこいよなぁ」
「追いついて何が言えたよ」
今度は私が良太の言い分を聞く番だ。大通りが見えてきたけれど、もう少し負ぶわれていよう。たぶん今、良太は私に顔を見せたくないはずだから。
「街なかで偶然見かけたことあったろ。俺がカフェで仕事してた時。あれ、すげーびっくりした。宇多だってすぐ分かったのに、他人みたいなかっこうして男に囲まれて。あー、って」
「あーって?」
「宇多が遠くに感じた」
あの時の私と同じような感覚を抱いていたなんて。カフェのガラス一枚で別の世界に区切られているように見えて、私は良太を疑って、良太は私が抱えていた澱を感じ取ったのだろう。もしかしたら、もっと単純に、良太も私を疑ったかもしれない。
いずれにしても、私たちの間の溝が深くなって、お互い真実を見聞きするのが怖くて自然と距離をとってしまった。
「私ね、ずっと不満だった。良太とは確かにずっと一緒にいる。けど、ほんとにただ居るだけでしょ。その日あったこととか、くだらないことでも話をしたり、同じものを楽しんだり、その、、、触れ合ったりだとか。そういう風に向き合っていたかった」
詩乃ん家で泣いたからか、もう涙は出なかった。泣きそうなのに、泣きたいのに、良太の前では泣けない。平気じゃない私に気付いて欲しい。素直に伝えるには口が重い。ここへきてまだ強がっちゃって可愛げがない。
「ごめんな。勘違いしてたわ。俺は宇多がいる空間が好きで、宇多もそうだと思ってた」
「ちょっと言ってる意味わかんない」
私を好きだと言えばいいのに。そう言ってくれたら拗れたりしないのに。瞼の裏に靄が現れたのを感じて、私は瞬きを我慢する。だって、ちゃんと理解しなきゃ。良太の本音を聞くチャンスなんてもう一生ないかもしれないから。
「うちに宇多がいるとホッとする。家でぐだぐだする休日に時間がもったいないとか思ったことない。ゴロゴロしてたり書類に目を通したりしてる横で、宇多の生活音がするのがいいんだわ。安心するっていうか、ゆったりできる。んで、家事全般甘えているのも確かで、それはごめん。宇多がお手伝いさん扱いに感じてるなんて気づいてなかった」
良太が話終えると、私は自分の両足で立っていた。
「私がやりすぎてた部分もある。もうやらない」
「ぐっ」
「負担だもの。一緒にやるってならいいんだけど」
顔だけこちらを向けていた良太が体も向けた。
真正面に立ってちゃんと顔を見るのがめちゃくちゃ久しぶりで、久しぶりすぎて、心拍数が上がる。
「お願いします」
「よろしい。あと、私の布団にスマホ持ち込み禁止。ゲームも動画もひとりの時どうぞ」
「気を付ける。というか、宇多も一緒にどう?」
歩み寄りが必要なのは私も同じ。だとすれば良太の提案に乗る選択しかない。
「うん。試してみる」
良太がほわっとほほ笑んだ。私が惚れた笑い方で。瞼に居座っていた靄もふわっと消えて、代わりに熱が広がる。反射的に「待って」っと、歩き出そうとした良太の腕を引っ張った。
「良太からもなんかあるでしょ。私が直さないといけないこと」
「ああ? んー。別に。人間そんな簡単に変われるわけじゃねぇし」
「あるってことじゃん。せめて教えてくれないと」
「それはこっちのセリフ。イライラ溜めて大噴火するぐらいなら都度言えよな」
「……善処しマス。それと、えっと、ごめん。色々言い過ぎた。ごめんね」
謝っちゃった。
正しいことなのに、恥ずかしくてちょっとだけ悔しい。
私が良太にぶつけた内容は私の本当の気持ちだから謝らない。私が謝るのは、間違った伝え方だとか、私自身の行いにたいしてだ。
「ぬぁ、疲れたァ。運動不足が祟るわ」
長時間私を負ぶった体を左右にひねってストレッチして、「タクシーでいいな?」と良太は普段モードに切り替えた。だから私は大通りに乗り出すようにして片手を挙げる。
果たして私たちに「お互いを知り尽くした仲」になれる日はくるのだろうか。
小さなすれ違いが重なって不満が不安になる。ストレス回避に対話が必須だと気づきもしないで毎日を過ごしてきた私たちに。
はっはーん。
なるほど。そういうことか。
知り尽くせないから向き合うしかないんだ。
好きだから。
タクシーの後部座席で盗み見した良太の横顔が数時間前より男前に見える。
ほんのちょーーーっとだけね。
中背中肉&顔面平均50な私たちなのに変なの。
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