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第5章 春の嵐

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 徹に抱き寄せられ、橙子はフードを被った。風呂上がりで髪が濡れているからだ。徹の部屋にドライヤーがないことを失念していて持参しなかったのだ。にもかかわらず、徹はそのフードを脱がせたり被せてみたりを繰り返す。

「何してるんですか?」
「どっちがいいかと思って」

 頭を押し付けでもしない限り、徹を湿らせるほどでもない。決定権は徹に譲る。

「やっぱこっちだな」

 ふわもこフードは首の後ろに引っ張り下ろされた。徹が不器用な手つきで髪を片側に寄せて、露になったうなじに鼻を寄せてきた。くすぐったさで橙子が反射的に肩をすくめると、逃げられないように腰に回された腕に力が込められた。

「ふわもこ癒されるでしょ」
「確かに。ぬいぐるみみたいだ」
「って、そこは違う!」

 腰にあったはずの手がするりと足を撫でていった。警戒を解いた首元に唇が宛がわれて、橙子は思わず身を捩る。少しでも隙を見せれば的確に突いてくる。
 この人、絶対わかってやってる。

「ほら。マグ落とすなよ」

 徹が唇を押し当てたままくすりと笑った。
 やっぱり!
 橙子はぐっと伸びをするように上半身を倒して、机にマグを避難させる。

「もう! 悪戯がすぎますって。くすぐったい!」

 文句をつけて勢いよく振り向いてみれば、蕩ける目にかち合った。
 あーーー、それ反則なんだってば!
 戻れと腕を引かれ、されるがまま先のポジションに収まる。悪戯防止にフードを被ったのは、せめてもの抵抗だ。

「ここで寝る気だろ」
「だって久我島さん熟睡できないでしょ」
「いつどこでも熟睡できないと、刑事なんてやってられん」
「ハードボイルドですねぇ」
「マーロウ目指してるからな」

 気の抜けた冗談にくすくすと笑い合いながら、橙子はライムジュースを買わなかったことを悔いていた。
 ギムレット、絶対似合うのに。
 優しくも熱いキスはhardハードgentleジェントルを兼ね備えていて、マーロウもあながち間違いじゃない。

「またズレたこと考えてるだろ」
「聞きます?」
「いや。止めとく」

 こっちに集中しろと囁く声に誘導されて、橙子のフードがぱさりと落ちた。
 徹の口づけは、軽くても濃厚でも、誠実さを橙子は感じる。徹そのものだと感じていた。
 橙子が赤裸々な過去を話しても、どうしようもない不安を吐き出したって、徹は変に元気づけようとはしなかった。けれど意見は聞かせてくれる。橙子が欲しい言葉をくれる。適当なことは言わないスタンスが誠実さを確信させる。
 橙子はみずから徹の首に腕を回し、言われた通り集中した。
 乳房を揉みしだく左手と下腹部を這いまわる右手に、痺れるような快感を与えられる。
 ショーツから片足だけ抜いて、向かい合ったまま徹の膝に跨って繋がった。はじめこそぺたんこ座りに近い体勢でいたが、単純な動きしかできず刺激が不足した。
 大胆に欲しても、徹はちゃんと応えてくれる。
 橙子は脚を徹の腰に巻き付けた。自重で、橙子の中にある徹が奥まで届いた。

「はぁ」

 快感が空気となって腹の底から出た。可愛さの欠片もない吐息は生ものだった。ぶりっこする暇もなく、演技をする余裕もなく、素直に快楽を受け入れる。
 徹が胸の谷間の下方にきつく吸いついた。橙子には見えないが、多分、うっ血を作った。
 見える位置に残してくれないところが、ズルい。けど、その狡さにすら惹かれている。

「ひっ、、、あっ」

 徹にぐっと抱きすくめられ、のけ反った。
 より深い挿入に背中を走り抜ける刺激に身をゆだねる。高い密着度の安心感でゆらゆらと緩い動きで簡単に達してしまった。

「やけに素直だな」

 体勢を入れ替える徹が含み笑いをする。
 徹の言いたいことがわかる気がした。ほぼ素面しらふの橙子は、今までになく静かにセックスを楽しんでいる。じっくり徹を味わいたくもあった。与えれる刺激ひとつひとつに体が敏感に反応する。丁寧に扱われると優越感が芽生え、体に籠る熱に愛しさを感じていた。徹がくれる熱をどこにもやってしまわないように、吐息すら飲み込んで、声にならない声で喘ぐ。
 私たちのセックスは美しい、と橙子は思う。
 やっていることは獣じみていても、崇高な精神が宿っている。少なくとも橙子は健全に抱かれていた。酒の力や精神の不安定さに依るものではない。
 抱かれたくて抱かれる幸せには、安らぎすら覚える。
 徹を受け入れ、恍惚とする。
 徹に対する淡い恋心が愛に変化していくさまを、じっくり眺めている気分だ。
 切れ目なく見事なグラデーションで情熱的に移り変わっていく。
 愛おしい。
 徹に惹かれる自分がたまらなく愛おしく、また、徹に抱かれる自分が誇らしい。
 自然と涙が一筋、橙子の頬を伝っていた。

「つらいか?」

 徹が緩慢な腰つきで、橙子の奥をゆっくり抉る。

「もぅ……すぎ」

 橙子は肝心の部分を濁した。
 徹がどう捉えたかはっきりわからなかった。しかし、痛みで泣いているわけではないことは伝わっていた。

「そうか」

 徹が天性のたらし眼で「ふっ」と笑った。
 瞬間的に爆発する揮発性の色気は、何度見ても心を奪われる。胸のときめきと同時に乳首がぎゅっと尖り、その信号は瞬く間に子宮を抜けて膣まで走る。

「ねぇ、久我島さん。嫌なこと全部忘れたい」
「そりゃまた難しい注文だことで」
「自信ない?」

 挑発するのは、「好き」を言えない自分を隠すため。
 恋から愛に変わりつつある感情を抑え込むためだった。

「どうだろうな」

 言葉とは裏腹な不敵な視線に、橙子はぞくりとさせられ──期待に応えてくれると確信した。
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