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本章
02
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恋する乙女は美しい、か。
向かいに座る親友、紗也加の顔を眺めてそんなことを思う。
血色が良いのはワインのせいだけではないはず。
彼氏ができたという報告を受け、さもありなんといったところだ。
「おめでとう」
付き合い始めたというだけの報告だけど、積年の初恋を実らせた経緯を聞けばお祝いせずにはいられない。
「そんな、そうゆんじゃないし。まだ」
まだ。
そりゃそうだと思う反面、”遅かれ早かれ”だろうことは予想がつく。
紗也加が「でも、ありがとう」と早口に続けた。
元気っ子なイメージが強い紗也加が、魚のテリーヌをナイフとフォークでおしとやかに食す。今までの紗也加ならハンバーガーかラーメンがぴったりしっくりなのに、今日のお誘いに指定されたここはオシャレなフレンチダイニングバーだ。
恋愛の影響に「成長したなぁ」と思っていることは、同窓生の私に言われたくないだろうから黙っておく。
「宇多ちゃんの方が先でしょ」
「何が?」
「何がって──荒井さんと長いんだから、話ぐらいしてるしょ?」
紗也加に初めて良太を紹介したのは大学時代だ。確かあの時は、一緒に住んでいることは黙っていた方がいいような気がして、バイト先の先輩だとかなんとか適当な設定をつけた。
大学卒業と同時に一緒に暮らすことにしたと伝えたけれど、誰も気にする様子はなかった。
それぐらい私たちの関係は自然で安定しているのだ。
「あー、ね」
苦笑いでやり過ごすのはいつものこと。
30前後で相手がいるともなれば、結婚話はもう挨拶のようなもの。
「いずれ、ね」
歯切れ悪く答えるところまでがセット。
私とは違って、友人は気にする話題だということは理解している。彼女が望むのであれば結婚して欲しいし、結婚によってもたらされる幸福があるのであれば、是が非にでも享受されたし、とも思う。
それはさておき、
「相談って?」
紗也加から「話と相談がある」と設けられた席だ。
恋人ができた報告が「話」であるならば、「相談」の部分は別件なはず。
「そうそう! また4人で旅行しない?」
紗也加の他に、クールビューティ詩乃とプリティビッチ理都子という大切な友人がいる。
大学時代は4人一緒につるんでいたけれど、社会に出てからは個別に会うことの方が多い。それぞれが仕事を任せられる立場になりつつあって、予定を合わせるのが難しくなった。
「みんなの休み次第だけど、、、なんでまた?」
あまつさえ紗也加は彼氏が出来たばかりだ。どう考えたって古い友人より彼氏と旅行したいはず。
紗也加が何から話すべきか逡巡する──様子から、だいたい把握できてしまう。
「リツ、なんだけど」
でしょうね。
トラブルメーカーになりえるのはいつだって理都子。詩乃じゃない。
紗也加にスピーチを促して、私はメインディッシュを味わいながら適当に相槌を打つ。
「どうやら詩乃は、理都が原因で彼氏にフラれてたってことなんだよね。半年以上前らしいんだけど」
ん?
理都子の行動パターンとして珍しくはないけれど、これまでとは展開が違う。
「でさ、1月末に合コンしたんだけど」
え。ちょっと待て。
紗也加の弟の紹介で、消防士と合コン?
それ、誘われてないんだけど。
「結果的に詩乃は合コンで出逢った人と付き合い始めたんだけど、リツと元彼のことを知ったのも合コンきっかけらしいんだって!」
紗也加の口調が荒れてきた。憤りで興奮気味になるのは無理もない。
理都子が詩乃の男に興味を示すのはいつものことだけど、寝取る真似をするだろうか。
「とりあえず、合コン初耳」
「同棲中の宇多ちゃんを誘えるわけないじゃん」
「本気のヤツか」
「だから詩乃はイイヒト捕まえたって言ってるでしょ」
なるほど。
詩乃も結婚前提の付き合いを始めたんだっけ。
「で、詩乃と理都子を仲直りさせるために温泉旅行ってこと?」
「うん。やっぱお節介かなぁ?」
紗也加が待てを言い渡されたワンコのように上目づかいで見てくる。
個性派の4人が仲良しでいられるのは、間違いなく紗也加という潤滑油が居てこそ。
紗也加の想いが分からない訳ではないけれど、
「今回ばかりは的外れ」
はっきり答えると、ワンコは目に見えてしゅんとした。
話だけ聞けば、理都子が悪役で、誰しも詩乃側につくに決まってる。
肩を落とした紗也加も詩乃に同調する思いが強いはず。けれど、理都子に腹を立てて捨て置ける子じゃない。
「おばさんになってもずっと4人で遊んでいられるって思ってたんだけどなぁ」
「無茶言わないでよ」
「え?」
私が賛同すると思っていたのか、紗也加が弾かれたように面を上げた。
「いい加減、理都子も気づいたかねぇ」
「どうゆこと?」
「自分の詩乃への想いってやつ。もしかして紗也、気づいてなかったの?」
おいおい紗也加チャン。あんたって子はどこまで純真無垢なんだ。
私が薄汚れてるみたいじゃん。
「え。うそ。だって、でも、リツって大の男好きじゃん!」
以前から理都子が詩乃に特別を感情を抱いていることは明らかだった。私の見立てでは、ほぼ一目惚れ。
詩乃は男女問わず惹きつける美貌で、かといって派手さはなく、落ち着いた雰囲気がある。
私自身、超凡人な見てくれだからってわけじゃないけれど、理都子が詩乃に憧れる気持ちは分かる。
「無意識に自分の感情を否定してるか、分かってて詩乃の気を引いてるか、のどちらかだと思ってる」
「リツ、そっかぁ……。詩乃だもんね。うん、詩乃なら分かる」
でしょう? と、私は納得させる視線を送る。
紗也加が少しだけ斜め宙を見たのは、過去のあれこれを反芻しているに違いない。
「なんか変だと思ってたー」
しっくりきたわ~と苦笑いをする紗也加は、私たち以外の友人も多く、必然的に男友だちも多い。
けれど、理都子が紗也加に面倒をかけたことはない。理都子が興味を示すのは決まって詩乃の彼氏だった。ついでに言えば、良太にちょっかいを出したこともないのだ。
「宇多ちんはさ、どうしてずっと黙ってたの?」
「他人の色恋沙汰に首突っ込んでどうすんのさ。野暮も野暮、そんなことしたって引っ掻き回すだけでしょ」
「そうかもだけど、特殊だしさぁ」
理都子が素直になりさえすれば、詩乃は真摯に対応したはず。
私なんかより詩乃の方がよっぽど真面目で優等生なんだから。
「そっとしておくしかないっか」
紗也加が溜息をついた。
最低な結果を招いたのは理都子自身。
友人との関係悪化も失恋も、自分で乗り越えるしかない。
「こればっかりは他人事」
理都子のことだから、適当な相手と寂しさを紛らわす図太さは手放なさないだろう。
言うなれば詩乃の方が痛手を負っているだろうけれど、そちらも心配の必要はなさそう。紗也加の話を聞く限り、詩乃の新恋人は懐が深い。凛とした印象のある詩乃の弱い部分も受け入れる度量もある。
羨ましい。
巡り合うべくしていい男を捕まえた詩乃も紗也加も。
割り切って遊べる理都子のことでさえ。
今生を謳歌する彼女たちを祝うべきなのに、心の奥底で寂しさがザワついていた。
向かいに座る親友、紗也加の顔を眺めてそんなことを思う。
血色が良いのはワインのせいだけではないはず。
彼氏ができたという報告を受け、さもありなんといったところだ。
「おめでとう」
付き合い始めたというだけの報告だけど、積年の初恋を実らせた経緯を聞けばお祝いせずにはいられない。
「そんな、そうゆんじゃないし。まだ」
まだ。
そりゃそうだと思う反面、”遅かれ早かれ”だろうことは予想がつく。
紗也加が「でも、ありがとう」と早口に続けた。
元気っ子なイメージが強い紗也加が、魚のテリーヌをナイフとフォークでおしとやかに食す。今までの紗也加ならハンバーガーかラーメンがぴったりしっくりなのに、今日のお誘いに指定されたここはオシャレなフレンチダイニングバーだ。
恋愛の影響に「成長したなぁ」と思っていることは、同窓生の私に言われたくないだろうから黙っておく。
「宇多ちゃんの方が先でしょ」
「何が?」
「何がって──荒井さんと長いんだから、話ぐらいしてるしょ?」
紗也加に初めて良太を紹介したのは大学時代だ。確かあの時は、一緒に住んでいることは黙っていた方がいいような気がして、バイト先の先輩だとかなんとか適当な設定をつけた。
大学卒業と同時に一緒に暮らすことにしたと伝えたけれど、誰も気にする様子はなかった。
それぐらい私たちの関係は自然で安定しているのだ。
「あー、ね」
苦笑いでやり過ごすのはいつものこと。
30前後で相手がいるともなれば、結婚話はもう挨拶のようなもの。
「いずれ、ね」
歯切れ悪く答えるところまでがセット。
私とは違って、友人は気にする話題だということは理解している。彼女が望むのであれば結婚して欲しいし、結婚によってもたらされる幸福があるのであれば、是が非にでも享受されたし、とも思う。
それはさておき、
「相談って?」
紗也加から「話と相談がある」と設けられた席だ。
恋人ができた報告が「話」であるならば、「相談」の部分は別件なはず。
「そうそう! また4人で旅行しない?」
紗也加の他に、クールビューティ詩乃とプリティビッチ理都子という大切な友人がいる。
大学時代は4人一緒につるんでいたけれど、社会に出てからは個別に会うことの方が多い。それぞれが仕事を任せられる立場になりつつあって、予定を合わせるのが難しくなった。
「みんなの休み次第だけど、、、なんでまた?」
あまつさえ紗也加は彼氏が出来たばかりだ。どう考えたって古い友人より彼氏と旅行したいはず。
紗也加が何から話すべきか逡巡する──様子から、だいたい把握できてしまう。
「リツ、なんだけど」
でしょうね。
トラブルメーカーになりえるのはいつだって理都子。詩乃じゃない。
紗也加にスピーチを促して、私はメインディッシュを味わいながら適当に相槌を打つ。
「どうやら詩乃は、理都が原因で彼氏にフラれてたってことなんだよね。半年以上前らしいんだけど」
ん?
理都子の行動パターンとして珍しくはないけれど、これまでとは展開が違う。
「でさ、1月末に合コンしたんだけど」
え。ちょっと待て。
紗也加の弟の紹介で、消防士と合コン?
それ、誘われてないんだけど。
「結果的に詩乃は合コンで出逢った人と付き合い始めたんだけど、リツと元彼のことを知ったのも合コンきっかけらしいんだって!」
紗也加の口調が荒れてきた。憤りで興奮気味になるのは無理もない。
理都子が詩乃の男に興味を示すのはいつものことだけど、寝取る真似をするだろうか。
「とりあえず、合コン初耳」
「同棲中の宇多ちゃんを誘えるわけないじゃん」
「本気のヤツか」
「だから詩乃はイイヒト捕まえたって言ってるでしょ」
なるほど。
詩乃も結婚前提の付き合いを始めたんだっけ。
「で、詩乃と理都子を仲直りさせるために温泉旅行ってこと?」
「うん。やっぱお節介かなぁ?」
紗也加が待てを言い渡されたワンコのように上目づかいで見てくる。
個性派の4人が仲良しでいられるのは、間違いなく紗也加という潤滑油が居てこそ。
紗也加の想いが分からない訳ではないけれど、
「今回ばかりは的外れ」
はっきり答えると、ワンコは目に見えてしゅんとした。
話だけ聞けば、理都子が悪役で、誰しも詩乃側につくに決まってる。
肩を落とした紗也加も詩乃に同調する思いが強いはず。けれど、理都子に腹を立てて捨て置ける子じゃない。
「おばさんになってもずっと4人で遊んでいられるって思ってたんだけどなぁ」
「無茶言わないでよ」
「え?」
私が賛同すると思っていたのか、紗也加が弾かれたように面を上げた。
「いい加減、理都子も気づいたかねぇ」
「どうゆこと?」
「自分の詩乃への想いってやつ。もしかして紗也、気づいてなかったの?」
おいおい紗也加チャン。あんたって子はどこまで純真無垢なんだ。
私が薄汚れてるみたいじゃん。
「え。うそ。だって、でも、リツって大の男好きじゃん!」
以前から理都子が詩乃に特別を感情を抱いていることは明らかだった。私の見立てでは、ほぼ一目惚れ。
詩乃は男女問わず惹きつける美貌で、かといって派手さはなく、落ち着いた雰囲気がある。
私自身、超凡人な見てくれだからってわけじゃないけれど、理都子が詩乃に憧れる気持ちは分かる。
「無意識に自分の感情を否定してるか、分かってて詩乃の気を引いてるか、のどちらかだと思ってる」
「リツ、そっかぁ……。詩乃だもんね。うん、詩乃なら分かる」
でしょう? と、私は納得させる視線を送る。
紗也加が少しだけ斜め宙を見たのは、過去のあれこれを反芻しているに違いない。
「なんか変だと思ってたー」
しっくりきたわ~と苦笑いをする紗也加は、私たち以外の友人も多く、必然的に男友だちも多い。
けれど、理都子が紗也加に面倒をかけたことはない。理都子が興味を示すのは決まって詩乃の彼氏だった。ついでに言えば、良太にちょっかいを出したこともないのだ。
「宇多ちんはさ、どうしてずっと黙ってたの?」
「他人の色恋沙汰に首突っ込んでどうすんのさ。野暮も野暮、そんなことしたって引っ掻き回すだけでしょ」
「そうかもだけど、特殊だしさぁ」
理都子が素直になりさえすれば、詩乃は真摯に対応したはず。
私なんかより詩乃の方がよっぽど真面目で優等生なんだから。
「そっとしておくしかないっか」
紗也加が溜息をついた。
最低な結果を招いたのは理都子自身。
友人との関係悪化も失恋も、自分で乗り越えるしかない。
「こればっかりは他人事」
理都子のことだから、適当な相手と寂しさを紛らわす図太さは手放なさないだろう。
言うなれば詩乃の方が痛手を負っているだろうけれど、そちらも心配の必要はなさそう。紗也加の話を聞く限り、詩乃の新恋人は懐が深い。凛とした印象のある詩乃の弱い部分も受け入れる度量もある。
羨ましい。
巡り合うべくしていい男を捕まえた詩乃も紗也加も。
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