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 トッシーの言うとおり、電話を終えてすぐ新たに警察官たちがやってきた。
 そのうちのひとりがブットンを見て「おまえか」と言ったような気がした。両脇を固められたブットンがにへらと汚く笑った。
 地域の警察署の職員は、校長とは顔見知りらしかった。校長に「こちらで引き受けます」と言い、初めからいる制服警察官に合図を送った。たぶん制服のひとたちも、同じ管轄の署員で交番勤務なのだと思う。
 リーダーっぽいひとが父さんに「尾野さんから指示を受けています」と敬礼した。父さんがスーツにつけているバッチは本庁の捜査一課員限定のものだ。一般人は知らなくとも、警察関係者ならぱっと見で父さんの所属がわかる。
 トッシーのおかげで説明を省けたみたいだ。
 おとなたちの横で、学校という場所でなければ事件直後に加害者と被害者は同席しないのだと、元からいた制服警官のひとりが椎名一家に話した。ブットンズを囲む警察官は、地域市民の安全を守る部署で青少年犯罪の専門だとも教えてくれた。
 そんなこんなで、あっという間にブットンズは連行されていった。
 職員室を出る直前、おれの前を横切ったブットンはなぜか誇らしげに胸を張っていて心底気持ち悪いと思った。後に続く龍が涙目で助けを求めたように感じたけれど、同時に莉子がおれの背中に隠れるようにしてぎゅっと縮こまるものだから何も言えなかった。莉子の様子を見た龍がこの世の終わりを見たような顔をした。
 莉子と龍どっちも……なんだかやるせない。

「父さん」

 他のひとと話していても関係ない。子どもだから、おれら当事者を置いて話が進められるのはしかたないにせよ、蚊帳の内にいさせてもらうべきだと思う。

「龍、逮捕されるん?」

 おれを見た父さんが、おれを通して後ろの莉子をも見ている。

「できる。ただ、未成年だからな」

 されるではなく、できる。まだされていないという意味だ。
 父さんは莉子に両親と一緒に話を聞くように促した。これまたびっくりなほど親切で意外だったけれど、もうキモいとは感じなかった。
 言葉足らずの父さんが、おれたちにもわかるように話してくれるつもりだ。

 少年法の中でも14歳未満か以上かで傷害事件の流れが違うこと、傷害そのものの被害者はおれであり莉子ではないこと、ただ莉子が精神的なショックを受けたと証明するならば……と噛み砕かれた説明はおれにもわかりやすい。おれより賢い莉子だから、当然理解している。
 今回のような場合、軽微な怪我だから加害者側が謝罪をし治療費や慰謝料の示談でまとまることがほとんだと結ばれた。

「ですが……あの様子では」

 と、莉子の父親と先生たちが苦笑いをする。下校前に校内で起きた怪我だから、おれには学校の保険が適用されるらしい。
 お金の問題か? と思うものの、落としどころになりえるのだろう。おれはそもそもお金をもらうつもりもなければ訴えるつもりもない。だからこそ、どうしたいと聞かれたら決着のつけように迷う。

「父さん。おれ、龍に捕まって欲しいわけじゃない」
「ああ」
「あいつどうなんの?」
「署でこってりしぼられる」

 龍はイキってるくせに小心者だ。至るところにその気質が見て取れた。警察に連行されて叱られたなら、それなりに反省するはずだ。

「それだけ?」
「今のところ」
「わかった。そんならいい。けど、あいつの父さんヤバそうっつーか面倒くさそう?な感じだから、それは気になる。りぃこんが絡まれなきゃいいんだけど」
「そうだな」

 さらりと言ってのけられた。おれが思いつくぐらいの危険はすでに想定されているに違いない。

「あのっ。わたしも。わたしもあっくんと同じで……」

 尻つぼみになった莉子にも、父さんは「そうだな」とおれに対してよりもっと優しく答えた。

「皆がそう望むならば、明日宇垣さんも普段通り登校できる」

 ほっとした。自然と莉子と顔を合わせて頷きあった。
 おれが被害届をださなければ、警察の説諭止まりで捜査はしないで終わる。
 懸念は、ブットンが執着しないとも限らぬことだ。それについては、うちも、椎名家も、学校も、なにかしら起きたらすぐに通報することになった。今日のことで警察のお世話になった事実は書類に残り、また学校と保護者から相談というかたちで記録される。万が一、今後嫌がらせがあったとき、記録の有無で動きが変わるらしい。書類仕事は交番と警察署および父さんでうまくやってくれるそうだ。
 これ以上、おれに言うべきことはない。後は丸っとおとなに任せるだけだ。
 おれと莉子はまた自然と話の輪から外れることになる。

「りぃこ、よかったん?」
「あっくんこそ」

 莉子がくすりと笑う。もう怖がっている様子はない。

「おれは……よくねえ」
「えっ」
「部活禁止令だされた。最悪」
「ごっ、ごめん。そっか、そうだよね。ごめん、あっくん。わたしのせいで……」

 莉子があわあわする。やっぱり小動物っぽい。

「べつにりぃこのせいじゃねーし」
「でも」
「んな顔すんなって」

 あまりに思いつめた顔をするもんだから笑えてしゃーない。

「あっくんが部活がんばってるの知ってる」
「一週間で治るらしい。だから平気。一週間ぐらい練習しなくても青葉にすら負けねえわ」
「うん。そうだ、次の試合見に行っていい? わたしお礼にお弁当とか差し入れする」
「は? んなもんいらん」

 せっかくにっこりした莉子が急に俯いてしまった。
 おれ、なんか間違った?
 けど、どう考えてもお礼をしてもらうようなことはしていない。見かねて止めに入ってけがをしたのはおれの勝手だし、龍の刃を避けきれなかったのなんて、それこそおれのミスだったわけで。ぶっちゃけ、あれぐらいの攻撃を咄嗟にいなせなかったのは剣士の名折れだ。すぐに剣道の練習に戻りたいのはそのせいでもある。

「あのさ、お礼……じゃなくてお詫びしなきゃなのおれなんだけどさ」
「なんで?」
「ハンカチ。ごめん。借りたやつ、もう使い物にならんと思う」
「そんなの! いい、ごみにして」

 顔を上げた莉子だけど、表情は硬いままだった。

「悪い」
「ううん。気にしないで」

 うーん。よくわからん。
 まいっか。

「じゃあさ、、、これでおあいこってことでいい?」

 莉子がこくりと同意をした。
 よかった。変にお礼なんてされても困る。ハンカチの弁償もどうしたらいいかわからん。お互い気にせずでいられたら平和ってもんだ。

「ありがとうございました」
 
 おとなの話も終わったっぽい。父さんたちが名刺交換をしている。父さん同士わざわざ連絡先を交換しなくても、母さん同士で繋がってるだろうに。母さんら、小学校のPTAとか一緒にやってくれてた気がする。
 事件関連のことは、母さんを通す必要がないといえばそうかもしれん。椎名家の安全のためになるならいっか。
 父さんの説明は簡潔だし、細かいことは制服警察官が請け負ってくれるっぽい。
 あとはよろしく、と心の中で父さんに念じる。
 おれの気配を察知したのか、父さんがおれを見た。
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