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おれのなんとも言えない気持ちを置き去りに、父さんは警官に記載を促した。
これで目的は果たされた、と思いたい。
むず痒さを感じるやりとりはこのへんでじゅうぶんだ。
宇垣父のわめきにも波がでてきた。
たぶんおれが病院に行っていた間は独壇場だったのだろう。疲れが出てきたのかもしれない。
莉子のおじさんは困り果てた風だけど、宇垣親子から目を離さないでいる。
大事な一人娘が危険に晒されたのだから当たり前か。
「父さん」
大人のやりように口を挟むべきじゃない。わかった上で、小声で存在アピールをかます。
父さんは余裕で気づく。
おれとしては、とかく早く帰りたい。これも伝わるに違いない。
「ああ」
わかっている、とオーラで答えられた。
怪我に対する保険なんかは、後日母さんに対応してもらうことになるはずだ。
「おれはいいから、りぃこのほうだけ、さ」
莉子が無傷なのはよかった。良かったけれど、裏を返せば、莉子と、莉子の家族にはなにもないということだ。
目の前の仏頭そっくりな豚……ブットン親子が粘着しないとも限らない。実際、龍は誰がどうみても莉子に気があるわけだし。
「なめとんのか、このガキィ!」
ブットン父の剣幕がおれに向けられた。
脂ぎったおっさんをなめる趣味はない。口の両端にネリネリが溜まってんじゃねーか。汚ねえな。
唾を飛ばす親豚のうしろで、脂汗をかく子豚と目が合った。
龍は自分のやらかしに気がついていると直感でわかってしまった。強烈な父親の後押しで引くに引けなくなっていることも。なんか少し、ほんの少しだけ、龍をかわいそうに思う。
「だいたいテメエ、遅れてきやがったくせに偉そうに仕切りやがって何様のつもりだゴラァ」
ブットンの口撃がおれから父さんにスライドされた。
父さんは聞こえていないかのような振る舞いだ。
おれも不思議と恐怖は感じていない。職員室に入る前からブットンの怒声が耳に届いていたこと、宇垣親子の論に筋が通っていないこと、んでもっておれよりチビデブで明らかに敵の動きが鈍そうだから平気でいられるのだと思う。殴りかかられても逃げきる自信がある。
それに、悔しいけれど、やっぱり父さんの存在はでかい。
父さんの落ち着きには、おれだけでなく先生たちもある種の安心を得られているんじゃないかな。
父さんが醸すオーラの副作用みたいなもんだ。
父さんはブットン親子を一瞥しただけで、何も言い返さなかった。おれの希望通り、椎名夫妻に害を被った立場でやれること、今後すべきことを手短に話しだした。校長たちも一緒に父さんの講話に参加している。
除け者になったブットンズがジリジリと距離を狭めてきた。
おれは同じぐらいじわじわと莉子の側に構える。
一応、警官のひとりが盾になってはいるけれど、大人たちの注意が父さんに向かっているから、なんとなく。
さすがにブットンは龍よりもパワーがありそうだから、万が一には反応速度で対応するしかない。
「そろそろ落ち着いて!」
突然、書類を書き終えたらしい警官がブットンの前に立ちはだかった。
警官ってマジで身体張るんだな。
ジリジリ前に出ていたぶんを、警官二名が押し返してくれた。
振り出しに戻ったブットンズが歯噛みする。
「ケッ。お国の犬風情がそのつもりなら、こっちだってなあ──」
ブットンがこれまでとは違う方向性のイキリにシフトした。
あ、なんかよからぬ感じがする──そう思うと同時に、これまた悔しいけど、父さんを見てしまっていた。
父さんはおれを見ていなかった。話の腰は折ることなく、注意の何割かをブットンに向けて僅かに息を調える。
どんな奥の手を出してくるのかと警戒させられたわりに、汗だくのブットンがとりだしたのはスマホだった。
「んだよそれ」
おれはずっこけそうになった。
遠目にも手垢にまみれたスマホは最新機種でもなくて、意気揚々とする意味がわからない。
「警視庁に知り合いがいんだよ」
おおっーと。
これは確かにちょいとマズイ展開かもしれない。
父さんがあからさまに眉をしかめた。鉄壁の表情を打ち破るとは侮れんな、ブットン。
「意外だったか? おん? 威張り散らかしといてザマアねぇなあ」
下卑た笑みのブットンの前歯は黄ばんでいる。ますます気持ち悪い。こんなんが父親だなんて、龍が気の毒だ。
独特のオーラがあっても、うちの父さんは見た目はそんな悪くない。年のわりに長身でスタイルはいいほう。着なれたスーツ姿はさまになっている。本人は服装に無頓着なんだけど、常に母さんが見繕っているからハズレない。
ブットンとうちの父さん、見ようによっては二次元と三次元ぐらいの差がある。作画が違うって感じ。
「おまえら組織はお上が絶対なんだろ」
そう言って、ブットンはふふんと鼻高々にスマホを操作する。警官二名がなんとも言えない顔で父さんを注視する。おれでさえ、ブットンの横柄な物言いに若干の変化を感じる。
先生たちなんて、もはや完全に事の成り行きを見守る態勢だ。
そんな中、父さんは黙ったまま全身で「メンドクセエ」という空気を放っていた。
これで目的は果たされた、と思いたい。
むず痒さを感じるやりとりはこのへんでじゅうぶんだ。
宇垣父のわめきにも波がでてきた。
たぶんおれが病院に行っていた間は独壇場だったのだろう。疲れが出てきたのかもしれない。
莉子のおじさんは困り果てた風だけど、宇垣親子から目を離さないでいる。
大事な一人娘が危険に晒されたのだから当たり前か。
「父さん」
大人のやりように口を挟むべきじゃない。わかった上で、小声で存在アピールをかます。
父さんは余裕で気づく。
おれとしては、とかく早く帰りたい。これも伝わるに違いない。
「ああ」
わかっている、とオーラで答えられた。
怪我に対する保険なんかは、後日母さんに対応してもらうことになるはずだ。
「おれはいいから、りぃこのほうだけ、さ」
莉子が無傷なのはよかった。良かったけれど、裏を返せば、莉子と、莉子の家族にはなにもないということだ。
目の前の仏頭そっくりな豚……ブットン親子が粘着しないとも限らない。実際、龍は誰がどうみても莉子に気があるわけだし。
「なめとんのか、このガキィ!」
ブットン父の剣幕がおれに向けられた。
脂ぎったおっさんをなめる趣味はない。口の両端にネリネリが溜まってんじゃねーか。汚ねえな。
唾を飛ばす親豚のうしろで、脂汗をかく子豚と目が合った。
龍は自分のやらかしに気がついていると直感でわかってしまった。強烈な父親の後押しで引くに引けなくなっていることも。なんか少し、ほんの少しだけ、龍をかわいそうに思う。
「だいたいテメエ、遅れてきやがったくせに偉そうに仕切りやがって何様のつもりだゴラァ」
ブットンの口撃がおれから父さんにスライドされた。
父さんは聞こえていないかのような振る舞いだ。
おれも不思議と恐怖は感じていない。職員室に入る前からブットンの怒声が耳に届いていたこと、宇垣親子の論に筋が通っていないこと、んでもっておれよりチビデブで明らかに敵の動きが鈍そうだから平気でいられるのだと思う。殴りかかられても逃げきる自信がある。
それに、悔しいけれど、やっぱり父さんの存在はでかい。
父さんの落ち着きには、おれだけでなく先生たちもある種の安心を得られているんじゃないかな。
父さんが醸すオーラの副作用みたいなもんだ。
父さんはブットン親子を一瞥しただけで、何も言い返さなかった。おれの希望通り、椎名夫妻に害を被った立場でやれること、今後すべきことを手短に話しだした。校長たちも一緒に父さんの講話に参加している。
除け者になったブットンズがジリジリと距離を狭めてきた。
おれは同じぐらいじわじわと莉子の側に構える。
一応、警官のひとりが盾になってはいるけれど、大人たちの注意が父さんに向かっているから、なんとなく。
さすがにブットンは龍よりもパワーがありそうだから、万が一には反応速度で対応するしかない。
「そろそろ落ち着いて!」
突然、書類を書き終えたらしい警官がブットンの前に立ちはだかった。
警官ってマジで身体張るんだな。
ジリジリ前に出ていたぶんを、警官二名が押し返してくれた。
振り出しに戻ったブットンズが歯噛みする。
「ケッ。お国の犬風情がそのつもりなら、こっちだってなあ──」
ブットンがこれまでとは違う方向性のイキリにシフトした。
あ、なんかよからぬ感じがする──そう思うと同時に、これまた悔しいけど、父さんを見てしまっていた。
父さんはおれを見ていなかった。話の腰は折ることなく、注意の何割かをブットンに向けて僅かに息を調える。
どんな奥の手を出してくるのかと警戒させられたわりに、汗だくのブットンがとりだしたのはスマホだった。
「んだよそれ」
おれはずっこけそうになった。
遠目にも手垢にまみれたスマホは最新機種でもなくて、意気揚々とする意味がわからない。
「警視庁に知り合いがいんだよ」
おおっーと。
これは確かにちょいとマズイ展開かもしれない。
父さんがあからさまに眉をしかめた。鉄壁の表情を打ち破るとは侮れんな、ブットン。
「意外だったか? おん? 威張り散らかしといてザマアねぇなあ」
下卑た笑みのブットンの前歯は黄ばんでいる。ますます気持ち悪い。こんなんが父親だなんて、龍が気の毒だ。
独特のオーラがあっても、うちの父さんは見た目はそんな悪くない。年のわりに長身でスタイルはいいほう。着なれたスーツ姿はさまになっている。本人は服装に無頓着なんだけど、常に母さんが見繕っているからハズレない。
ブットンとうちの父さん、見ようによっては二次元と三次元ぐらいの差がある。作画が違うって感じ。
「おまえら組織はお上が絶対なんだろ」
そう言って、ブットンはふふんと鼻高々にスマホを操作する。警官二名がなんとも言えない顔で父さんを注視する。おれでさえ、ブットンの横柄な物言いに若干の変化を感じる。
先生たちなんて、もはや完全に事の成り行きを見守る態勢だ。
そんな中、父さんは黙ったまま全身で「メンドクセエ」という空気を放っていた。
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