BAD DAY ~ついていないカエルの子~

端本 やこ

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 ブットンがのろまな操作で電話をかける。
 さっきまでびくついていたくせに、龍は期待を込めた眼差しを父親に向けている。どこまでもダセエ奴。
 莉子が遠慮がちにおれの体操着を引っ張る。

「あっくん……」

 そうは言われましても。
 おれも莉子と同様、困った視線で応えるしかない。
 それにしてもなんで父さんは止めないのだろう。口で言っても止まらないだろうし、手を出すわけにいかないのもわかるのだけどさ。これって、やっぱおれが止めるべきなん?

「えーっと、」

 何かしら言おうとしかけたら、父さんに制止された。実際に父さんは一言も言葉を発しなかったし、動きもしていない。それでも雰囲気でストップをかけられたのがわかった。雰囲気だとかオーラだとかって表現するしかないのだけど、おれにはわかる。
 おれは意見するのは止めて、莉子の手をそっと包んで離させた。一瞬だけきゅっと力を込めて「大丈夫」と伝えたつもり。伝わるといいんだけど。父さんみたいにうまくやれていると思いたい。

「ええ。あぁ、違いますわ。そうじゃなくて。ちょっと警察に絡まれてんだって」

 困ってるのは自分だと言い張るブットンの声がどんどんでかくなる。
 なんでおまえが困ってんだよ。
 困らせているのはおまえだろうと、この場にいる全員が思っていると断言できる。龍だけが得意そうで、おれと莉子に向けて少しだけ顎を上向けた。
 なんだかなあ。
 話しが妙な方向にそれ始めて、長引く予感がする。

「父さん」

 やっぱここらで止めるべきでしょ。
 あれ?
 父さんが眉間に皺を寄せるどころでない無の表情をしている。ただでさえ無表情な父さんが虚無になるだなんて珍しいにもほどがある。それぐらい完全なる「無」だ。
 この場に母さんがいたとすればを想定すると、うふふって微笑む姿が目に浮かんだ。なるほど。大丈夫なやつっぽい。

「国枝さんから言ってやってくれよ!」

 鼻息荒くブットンがニヤついた。こちらに向けられたスマホはスピーカーになっている。

『あ、おい! ふざけんなタコっ。こっちは忙しいっつってんだろ!』

 電話の相手もそこそこの輩とみた。苛つきが声色に出ているし、微塵も隠そうとしていない。
 宇垣父が、ほらほらと周囲を煽るような仕草をみせる。
 どこへ電話をかけたのやら。莉子の両親は固まっているし、教師陣も同じだ。制服の警察官たちは困ったような、呆れたようにもとれる視線を父さんに向けた。
 全員に注目された父さんは、憚らず大きなため息をひとつ吐き出した。

「国枝……すまん。切る」

 切れと、宇垣父に視線で促した。
 いや、それ通じるの母さんかおれだけだから。
 あ、もしかしたらトッシーたち同僚もわかるのかもしれんけど、そんなことおれが知るわけもなく。

『ちょ! マジ、久我島さんじゃないっすか。どういう?』
「なんでもない」
『宇垣なんてしょっぼい情報屋、到底一課の役になんて立ちませんて。あ、それともなんかせこいことでもしでかしました?』
「切れ」
『こっち、一課長が電話一本で出動したってざわついてます。ただ事じゃないっすよね?』
「ただ事だ」
『逆探で応援向かいます』
「おい」

 父さんが眉間を揉み解す。
 父さんの予想は的中していたらしい。ブットンの電話は間違いなく、父さんの勤務先──警視庁に繋がっている。

『尾野さんがプライベートだから問題ないって触れ回ってんっすけどね。逆効果っすわ。川原さん絡みじゃ刑事部総出待ったなし!』

 川原は母さんの旧姓だ。母さんの名前を出されて、今度はおれの眉間に皺が寄る。おれの反応を察した父さんと目が合った。

「違う。子どものケンカだ」
『なんっ、、、宇垣のブタ野郎、ご子息に因縁つけてやがるんか! 俺ら出ます』
「待て」
『奥君にご迷惑かけやがって。直ちにしょっ引きます』
「国枝。もういい。仕事しろ」

 国枝さんが「ちぇ~」と残念がって、大勢が面白がる空気感がスピーカー越しに流れてきた。
 いつの間にか制服警察官がふたりとも直立して、、、俺には固まっているように見える。

『もっしもーし。せんぷぁ~い? オレ、オレ』

 次にスピーカーから流れてきたのは、本庁に繋がっているとは思えない気の抜けた話し方だった。
 おれにとっては聞きなれた声だ。

「……詐欺っぽいんよな」

 おれの無意識のひとりごとに父さんが同意を示すようにゆっくり瞬きをした。つっても、これまた家族にしかわからないていどの表情の変化だろうけど。

『彬どうだった?』

 父さんが「真面目に答えてやれ」という目を寄越してきた。

「トッシー。なんてことない。平気」

 トッシーは父さんの部下で、母さんとは同窓生でもある。おれにとっては生まれる前から知ってる、ある意味親戚のおじさんみたいな、兄さんみたいな、とにかく身近な存在だ。

『お、彬。ならよかった。お前、やるじゃん』

 からかいつつも笑い飛ばしてくれるあたり、トッシーはわかってくれてる。けど、もらい事故はなはだしい巻き込まれかたをしただけに、掘り下げないでほしくて、さっさと父さんに発言権を返した。

「尾野。すぐ戻──」 
『こっちの心配は無用っすよ。しっかりオヤジの役目果たしてやって。だいたい、一課長が出張るような事態なんだから、子ども相手に温情措置とらないでわからせて・・・・・きてよ。でなきゃ、ゆくゆく俺らの仕事が増えることになりかねんっしょ』

 校長がぴりついて、龍が「ぐぁ」と情けない鳴き声をあげた。
 さすがトッシー。
 トッシーでないと言えない釘をざっくり刺してくれたって感じ。

『つーことで、こっちから管轄の担当に連絡済み。そろそろ現着する頃かと』

 続いた報告は、ちょっぴり堅苦しく父さんという上司に向けられたものだった。
 父さんが小さく頷いたところを見ると、この後父さんがとるだろう行動も完全に予測されているらしかった。

『それと、日野さんが暇してるっつってたし、亜紀ももうちょいしたら迎えにいける言うてる~』

 亜紀ちゃんの名前を出されてドキっとした。
 くっそー。亜紀ちゃんにまで心配かけるなんてやるせない。
 龍ごときに切りつけられたなんてダッセエ姿、亜紀ちゃんには見られたくないのが本音。本当は、知られてすらほしくなかった。いや、別にかっこうをつけるとか、そんなんじゃないんだけど。
 亜紀ちゃんも莉子と同じぐらい小動物みがあって若く見える。でも大人だし、母さんの後輩だし、、、トッシーのだし。

「彬」
「ひとりで大丈夫」

 父さんが一応の確認をくれた。おれが返事をするまでもなく、トッシーにだって答えはわかっていたはずだ。

『おっけ~い。彬、橙子が帰ってくるまでなんかあったら日野のじっちゃんか亜紀に連絡な』
「わかった」

 まともな会話はそこまで。
 父さんがトッシー相手にまともな挨拶をするわけがなかった。
 ほとんど強制終了的に会話が終わり、同時にブットンの目論見も見事にぶった切られた。
 それにしてもトッシー、どこまで話を拡げてくれたんだ。日野のおっちゃんって。……そっか。おじいさんでも元刑事。父さんや母さん、それにトッシーも、安心して任せられるのだろう。
 俺ってやっぱガキなんだって、こうやって思い知らされる。わかってはいるけど、情けなさ以上に恥ずかしいっつうか。
 ちらっと莉子をみやると、不思議にも莉子の顔色が戻っているように見えた。
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