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2話
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その頃、彼女の身に大きな問題が降りかかって来ていた。
何時かはこうなると思っていた。
「桂子、結構いい男物にしたみたいよ。IT研究所のエンジニアですって。お母さんはあの子に任せればいいのよ。姉妹のなかであの子だけ上の学校に行かせてもらって、一番いい思いしているのだから当然よ」
姉の京子は苦々しい思いをぶつけるように主人の吉田に言った。
「そうか。付き合いがないからどんな人か知らんが、うん、と言ってくれればいいけどな、なにしろ俺はその妹さん、顔さえしらんのだから。とにかく俺はおまえの母さんの面倒を見るなんてことはいやだぞ。美沙も守も今あの状態だ。それにガキを一人増やすような真似なんかとんでもないぞ」
京子の主人は酒を飲みながら赤い顔をして言った。
「来週にでもあの子に会って、これ以上お母さんを一人にしておくのは無理だということを話すわ。そしてお母さんはあの子に面倒を見させるようにする。とにかく私の家じゃ面倒をみられないことははっきりさせて来る」京子は無慈悲な表情で主人に向かって言った。彼は酒をあおり頷いた。
母は認知症が進みそろそろ介護の必要な時期に来たようだ、どうやらこれ以上の一人暮らしは無理だと医者から告げられたのだ。
その週の休み、桂子は姉の京子から連絡を受け、母の問題を話すことにしていた。
その日、桂子は待ち合わせの場所へ出かけることにした。あそこに行くにはいつもと違う路線のバスを使うしかない。
雨だった、並木の桜が狂ったように舞い、雨粒は怒鳴りつけるように地面を叩きつけていた。桂子は赤のレインコート着て傘を差した。傘が揺れ、長い髪が雨に少し濡れた。
道路は渋滞している。バスは来ない、かなり遅れている。何度も時計を見た。だからと言って時間が速く進むわけではない。遅れているバスが速く来るわけでもない。桂子は諦めた。地面に虫がいた。彼女はその虫を思いっきり踏んづけた。
待ちあわせの喫茶店に着くと姉の京子が腕を組んでテーブルのコーヒーに手を付けずに待っていた。席に着くと桂子もコーヒーを注文した。喫茶店の模様ガラスに差し込んだ夕日が寂しげに輝いていた。
「そんなこと言われても・・・姉さん。高校卒業してからしばらくの間、受験勉強しながらアルバイトまでして、お母さんと一緒に暮らしたのは私よ。今度は姉さんがお母さんの面倒見てもいいじゃない」
桂子は訴えるように言った。
「何言てるの。卒業して浪人中、あんたが面倒見てもらっていたんじゃない」
京子はそんな桂子を腹ただしく思いながら言った。
「そんないい方しなくても。私はアルバイトもしながらお母さんを助けていたのよ。どれだけ苦しい思いをしていたか、姉さんが何も知らないだけでしょう」
桂子の様子はほとんど路上で叫ぶ共産党議員の様だった。
「あんたいい男ものにしたらしいじゃない。お金も稼げるみたいじゃない。うちは平の公務員よ、子供も2人。それにあの狭い家でどうやってお母さんの面倒を見ろというのよ。とにかく家じゃ面倒見られないわよ。あなたがなんとかしなさい」
桂子は姉が何時、松坂との事まで調べたのか不思議にも、恐ろしくも思った
「そんな・・・・。恵はどうなの。、当然あの子だって責任あるはずよ」
恵は下の妹である。
「あの子は話にならないわ。あの子に任せたら、3日でお母さん死ぬわ」
「あの子今何やっているの」
「わからないわ。だから怖いのよ」
「母さん、この前私の家に来たときは自分で料理もしていたし、生活は出来ているみたいよ、ほっとけばその内・・・。その内・・・」
桂子の額には薄っすらと汗がにじんでいた。
見つめあう二人の間をゆっくりと時間が流れていった。
テーブルの上に置かれたコップの中の氷がカチャリと音を立てた。
京子が言った。
「そのうち何よ・・・。」
「・・・・・・」桂子は何も言えなかった。
「いい、お母さんのことはあなたに任せたわよ。あなたがなんとかしなさい」
京子が冷たく言った。そして京子はコーヒー代も払わずに店を出て行った。
桂子はガラスの窓に映る自分の顔をしばらく見つめて考えた。
「仕方がない、今度の休みに・・・」自分を納得させるのは簡単だった。
そして京子のコーヒー代と自分のコーヒー代を払って桂子は店を出た。外はまだ雨が降っていた。帰りのバスを待っていた。バスはすぐに来た。一人のおじいさんが桂子に尋ねてきた。
「このバスは平岡に止まりますか」
桂子はそのバスが平岡に止まらないのを知っていた、まったくの逆方向だ。そして彼女は言った。
「はい、止まりますよ」
おじいさんは桂子と一緒にバスに乗り込み、桂子は2つ目のバス停で降りた。桂子はお可笑しかった。あのおじいさんは何も知らずに終点まで行くのだろうか。平岡とまったく逆方向だ。そして青くなり、この雨の中、一人で路頭に迷うのだろうか。桂子はお可笑しかった。お可笑しくて、お可笑しくてたまらなかった。
何時かはこうなると思っていた。
「桂子、結構いい男物にしたみたいよ。IT研究所のエンジニアですって。お母さんはあの子に任せればいいのよ。姉妹のなかであの子だけ上の学校に行かせてもらって、一番いい思いしているのだから当然よ」
姉の京子は苦々しい思いをぶつけるように主人の吉田に言った。
「そうか。付き合いがないからどんな人か知らんが、うん、と言ってくれればいいけどな、なにしろ俺はその妹さん、顔さえしらんのだから。とにかく俺はおまえの母さんの面倒を見るなんてことはいやだぞ。美沙も守も今あの状態だ。それにガキを一人増やすような真似なんかとんでもないぞ」
京子の主人は酒を飲みながら赤い顔をして言った。
「来週にでもあの子に会って、これ以上お母さんを一人にしておくのは無理だということを話すわ。そしてお母さんはあの子に面倒を見させるようにする。とにかく私の家じゃ面倒をみられないことははっきりさせて来る」京子は無慈悲な表情で主人に向かって言った。彼は酒をあおり頷いた。
母は認知症が進みそろそろ介護の必要な時期に来たようだ、どうやらこれ以上の一人暮らしは無理だと医者から告げられたのだ。
その週の休み、桂子は姉の京子から連絡を受け、母の問題を話すことにしていた。
その日、桂子は待ち合わせの場所へ出かけることにした。あそこに行くにはいつもと違う路線のバスを使うしかない。
雨だった、並木の桜が狂ったように舞い、雨粒は怒鳴りつけるように地面を叩きつけていた。桂子は赤のレインコート着て傘を差した。傘が揺れ、長い髪が雨に少し濡れた。
道路は渋滞している。バスは来ない、かなり遅れている。何度も時計を見た。だからと言って時間が速く進むわけではない。遅れているバスが速く来るわけでもない。桂子は諦めた。地面に虫がいた。彼女はその虫を思いっきり踏んづけた。
待ちあわせの喫茶店に着くと姉の京子が腕を組んでテーブルのコーヒーに手を付けずに待っていた。席に着くと桂子もコーヒーを注文した。喫茶店の模様ガラスに差し込んだ夕日が寂しげに輝いていた。
「そんなこと言われても・・・姉さん。高校卒業してからしばらくの間、受験勉強しながらアルバイトまでして、お母さんと一緒に暮らしたのは私よ。今度は姉さんがお母さんの面倒見てもいいじゃない」
桂子は訴えるように言った。
「何言てるの。卒業して浪人中、あんたが面倒見てもらっていたんじゃない」
京子はそんな桂子を腹ただしく思いながら言った。
「そんないい方しなくても。私はアルバイトもしながらお母さんを助けていたのよ。どれだけ苦しい思いをしていたか、姉さんが何も知らないだけでしょう」
桂子の様子はほとんど路上で叫ぶ共産党議員の様だった。
「あんたいい男ものにしたらしいじゃない。お金も稼げるみたいじゃない。うちは平の公務員よ、子供も2人。それにあの狭い家でどうやってお母さんの面倒を見ろというのよ。とにかく家じゃ面倒見られないわよ。あなたがなんとかしなさい」
桂子は姉が何時、松坂との事まで調べたのか不思議にも、恐ろしくも思った
「そんな・・・・。恵はどうなの。、当然あの子だって責任あるはずよ」
恵は下の妹である。
「あの子は話にならないわ。あの子に任せたら、3日でお母さん死ぬわ」
「あの子今何やっているの」
「わからないわ。だから怖いのよ」
「母さん、この前私の家に来たときは自分で料理もしていたし、生活は出来ているみたいよ、ほっとけばその内・・・。その内・・・」
桂子の額には薄っすらと汗がにじんでいた。
見つめあう二人の間をゆっくりと時間が流れていった。
テーブルの上に置かれたコップの中の氷がカチャリと音を立てた。
京子が言った。
「そのうち何よ・・・。」
「・・・・・・」桂子は何も言えなかった。
「いい、お母さんのことはあなたに任せたわよ。あなたがなんとかしなさい」
京子が冷たく言った。そして京子はコーヒー代も払わずに店を出て行った。
桂子はガラスの窓に映る自分の顔をしばらく見つめて考えた。
「仕方がない、今度の休みに・・・」自分を納得させるのは簡単だった。
そして京子のコーヒー代と自分のコーヒー代を払って桂子は店を出た。外はまだ雨が降っていた。帰りのバスを待っていた。バスはすぐに来た。一人のおじいさんが桂子に尋ねてきた。
「このバスは平岡に止まりますか」
桂子はそのバスが平岡に止まらないのを知っていた、まったくの逆方向だ。そして彼女は言った。
「はい、止まりますよ」
おじいさんは桂子と一緒にバスに乗り込み、桂子は2つ目のバス停で降りた。桂子はお可笑しかった。あのおじいさんは何も知らずに終点まで行くのだろうか。平岡とまったく逆方向だ。そして青くなり、この雨の中、一人で路頭に迷うのだろうか。桂子はお可笑しかった。お可笑しくて、お可笑しくてたまらなかった。
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