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7話
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そろそろ二人は付き合い始めて1年以上は経っていた。そんな夏のある日、薫はイライラしはじめていた。岡崎は彼女が求めている一言をなかなか言おうとしなかったのだ。彼が最近なんとなく言おうとしているタイミングを見計らってるのは、彼女に見えていたのだ。求めている決定的なあの一言・・・。
そんなある日の早朝、いつものお気に入りの白いグッチの鞄を持って、薫が一人で出かけていた。しばらくすると、うつむきながら歩いてる彼女に突然、後ろから聞き覚えのある声がした。聞きたくない声だった。
「かおるー、かおるじゃあないー」驚いて振り向くと、はでなピンクの帽子をかぶって、なりそこねたお姫様の様な女が手を振り近づいて来た。
同じ部署の優子だった。
薫は優子が苦手だった。優子は何かと自分をライバル視するような気がするのだ。
けれど、薫は彼女と自分には、女としての決定的な差があると思っていた。それは事実だった。
「どこに行くのー」彼女は走って逃げようかとさえ思った。
しかし優子は素早く近づいて薫の横に並んだ。
「一人? ご一緒してもいいかしら?」薫は心の中で、「嫌だ」、そう言ったがさすがに口に出せなかった。
「どこいくの?」薫は黙っていたが、彼女がしつこく聞いてきた。
「どこいくの?」彼女がしつこく聞いてきた。薫は仕方なく口にした。
「この先によく行く喫茶店があるのよ」薫はそう答えると、あとは何も言わず、そのまま喫茶店に向かった。
「素敵ね」優子はそう言って彼女の横に並んだまま、勝手に着いてきた。
喫茶店に着き、席に座ると優子がどこかしら、敵意を感じさせる笑顔を見せながら向かいに座った。その彼女の敵意が薫には頬を指すようで痛かった。
「一人なの?」優子がしつこく聞いてきた。薫は、話すこともなく、しかたなく口を開いた。
「まあね。あなたは?」
彼女は微妙に顔色を変え、薫をにらみつけるように言った。
「主人と待ち合わせよ、まだ時間があるの」
その様子には、どこかしら、先生に叱られた後の小学生の様な、少し不貞腐れた様子が窺えた。薫はこの子が、以前、岡崎に振られたことも、その後に見合い結婚をしたということも知っていた。すると、今度は優子が、探る様な薄笑いを浮かべ薫に聞いてきた。
「薫、あなた結婚はまだ? あなた岡崎さんと付き合ってるんでしょ?」
いきなり核心を突いてきた。これだから薫は優子が嫌いだった。誰にだって聞かれたくないことの1つや2つあるものだと彼女は思った。
「あ、ええ、そろそろとは思っているけど」
店内に静かにビートルズの「レット・イット・ビー」が流れた。
薫の好きな曲だった。
「サイモンとガーファンクルだわ」優子が自信たっぷりに言った。
薫は何も言わなかった。そんな優子は聞きもしないのに、自分の肥えた結婚の状況をとくとくと、少し自慢げに語り始めた。本当かどうかは知らないが、彼女は薫に結婚がどんなに素晴らしいかを、説明したい様子だったが、薫にとって彼女の話は嫌味にしか聞こえなかった。薫は顎を掌に載せ、肘をついたまま、人通りの少ない軽く緑に染まったなんとなく寂しげな窓の外を見詰めていた。
薫の心の中は空っぽだった。
そんな優子の演説を聞かされた帰り路、風の強い昼下がりだった。
岡崎を呼び出そうかとも思ったが、彼は今日は確か休日出勤だったはずである。
諦めて帰ることにした。待っていると、バスはすぐに来たのだが、そのバスに素早く乗り込もうとすると、一人の老人がふと薫に尋ねてきた。
「このバスは真栄に止まりますか?」
「知りません」彼女は嘘をついた。
薫はそのバスが真栄に止まるのを知っていた。
が、彼女はその老人に関わりたくないと思ったのだ。
そして彼女は、そのバスに乗り、自分の部屋へと帰った。老人は困ったようにバス停に立ち尽くしていた。
バスを降りると薫の部屋の近所の電柱に止まっていたカラスが突然ベチャリと音を立てて地上に落ちた。彼女は嫌な予感がしたが考えないことにした。
そんなある日の早朝、いつものお気に入りの白いグッチの鞄を持って、薫が一人で出かけていた。しばらくすると、うつむきながら歩いてる彼女に突然、後ろから聞き覚えのある声がした。聞きたくない声だった。
「かおるー、かおるじゃあないー」驚いて振り向くと、はでなピンクの帽子をかぶって、なりそこねたお姫様の様な女が手を振り近づいて来た。
同じ部署の優子だった。
薫は優子が苦手だった。優子は何かと自分をライバル視するような気がするのだ。
けれど、薫は彼女と自分には、女としての決定的な差があると思っていた。それは事実だった。
「どこに行くのー」彼女は走って逃げようかとさえ思った。
しかし優子は素早く近づいて薫の横に並んだ。
「一人? ご一緒してもいいかしら?」薫は心の中で、「嫌だ」、そう言ったがさすがに口に出せなかった。
「どこいくの?」薫は黙っていたが、彼女がしつこく聞いてきた。
「どこいくの?」彼女がしつこく聞いてきた。薫は仕方なく口にした。
「この先によく行く喫茶店があるのよ」薫はそう答えると、あとは何も言わず、そのまま喫茶店に向かった。
「素敵ね」優子はそう言って彼女の横に並んだまま、勝手に着いてきた。
喫茶店に着き、席に座ると優子がどこかしら、敵意を感じさせる笑顔を見せながら向かいに座った。その彼女の敵意が薫には頬を指すようで痛かった。
「一人なの?」優子がしつこく聞いてきた。薫は、話すこともなく、しかたなく口を開いた。
「まあね。あなたは?」
彼女は微妙に顔色を変え、薫をにらみつけるように言った。
「主人と待ち合わせよ、まだ時間があるの」
その様子には、どこかしら、先生に叱られた後の小学生の様な、少し不貞腐れた様子が窺えた。薫はこの子が、以前、岡崎に振られたことも、その後に見合い結婚をしたということも知っていた。すると、今度は優子が、探る様な薄笑いを浮かべ薫に聞いてきた。
「薫、あなた結婚はまだ? あなた岡崎さんと付き合ってるんでしょ?」
いきなり核心を突いてきた。これだから薫は優子が嫌いだった。誰にだって聞かれたくないことの1つや2つあるものだと彼女は思った。
「あ、ええ、そろそろとは思っているけど」
店内に静かにビートルズの「レット・イット・ビー」が流れた。
薫の好きな曲だった。
「サイモンとガーファンクルだわ」優子が自信たっぷりに言った。
薫は何も言わなかった。そんな優子は聞きもしないのに、自分の肥えた結婚の状況をとくとくと、少し自慢げに語り始めた。本当かどうかは知らないが、彼女は薫に結婚がどんなに素晴らしいかを、説明したい様子だったが、薫にとって彼女の話は嫌味にしか聞こえなかった。薫は顎を掌に載せ、肘をついたまま、人通りの少ない軽く緑に染まったなんとなく寂しげな窓の外を見詰めていた。
薫の心の中は空っぽだった。
そんな優子の演説を聞かされた帰り路、風の強い昼下がりだった。
岡崎を呼び出そうかとも思ったが、彼は今日は確か休日出勤だったはずである。
諦めて帰ることにした。待っていると、バスはすぐに来たのだが、そのバスに素早く乗り込もうとすると、一人の老人がふと薫に尋ねてきた。
「このバスは真栄に止まりますか?」
「知りません」彼女は嘘をついた。
薫はそのバスが真栄に止まるのを知っていた。
が、彼女はその老人に関わりたくないと思ったのだ。
そして彼女は、そのバスに乗り、自分の部屋へと帰った。老人は困ったようにバス停に立ち尽くしていた。
バスを降りると薫の部屋の近所の電柱に止まっていたカラスが突然ベチャリと音を立てて地上に落ちた。彼女は嫌な予感がしたが考えないことにした。
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