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3話
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次の朝、ベッドから起きあがった彼女は、思い切って赤いティーシャツに、学生の頃着ていた白いパーカーを箪笥から引っ張り出し、それを少しだらしなくはおり、入社してから初めてジーンズを履き、会社に出かけた。
秋にしてはちょっと寒かった。
そして会社に着くと、トイレに入ってしばらく鏡を見つめた彼女は、黒くて長い髪の毛をわざわざ後ろに思い切り縛り上げてニッコリ微笑んでみた。
その時の薫の下心は見えていた。
しかし、彼女のその思いはもう、ほとんど発作的なもので、そんな彼女は痴人の様だった。
その日、薫は3時の休憩時間が待ち遠しかった。
昼休み、彼女はわざと食堂を使わなかったのだ。
そのことで彼が自分にどんな思いを持つか試してみたかったのだ。
3時の休憩時間、こっそりと彼女が休憩室をのぞくとやっぱり彼はコーヒーを飲んでいた。彼は一人だった。彼女は静かに休憩室に入った。
「こんにちは」薫が思いっきりの笑顔で彼に声をかけた。
その時の岡崎の驚いた様子が薫は嬉しかった。
一瞬、岡崎は彼女が誰か分からなかった。
薫はその時、長い髪を後ろで結んでいた。ポニーテルだった。
昨日と髪型が変わっている。その髪の毛の結い目を少し上に向け、表情は幼く、というより、その表情は、若々しく輝いて観えた。
今度は彼女のその若さが、岡崎には印象的に映った。
「こんにちは、誰かと思った」彼がようやく答えた。
「ええ、3時の休憩時間に時々来てたんですけど、初めてお見掛けしますね」
彼女は嘘をついた。彼女は休憩室へ来たのは初めてだった。(彼女は時々嘘をついたが、彼女の場合、彼女自身それを嘘だと認識していないので性質が悪かった。)
「俺もよく来るんだ。ここのコーヒーは値段の割においしい、君もどうだい」
岡崎はいつものように、その安くておいしいコーヒーを握りながら彼女に言った。
「そうですか。私は最近入社したばかりだから知らなかった」そして彼女はなぜなのか彼の言うままに、その安くておいしいコーヒーを買ってしまった。
そして岡崎を見つめながら、おそるおそる一口飲んだ、というよりなめてみた。
その時、彼女はその安くておいしいコーヒーが、口の中に入った瞬間に、化学変化を起こして、彼女のその小さな口の中で爆発しそうな気分になってしまった。
そうなのだ、薫はコーヒーが苦手だったのだ。
だから喫茶店に入るとなるべくオレンジジュースか紅茶を注文するようにしている。しかしそんな薫を見つめ、岡崎はニッコリと優しく微笑んでいた。
そして薫は、残りのコーヒーが入ったカップを手にしたまま、ちょっぴりぎこちない心で彼を見つめながらも、たわいもない世間話をしながら、短い休憩時間をつぶして別れた。(彼女が残りのコーヒーをどうしたかは知らない。)
しかし岡崎はそんな薫が開きかけた清潔な白い薔薇の花の様に見え、その日、その美しい薔薇の花の匂いを嗅いだような気分で自席へ戻っていった。
薫の作戦は成功したようだった。
薫は満足だった、もうあとはこの男、「新進気鋭のプログラマー」に自分の人生を預けるだけだ。この賭けに私は勝つに違いない。そう、恋愛なんて単なる賭け、勝つか負けるか、二つに一つなのだ。そう表が出るか裏が出るか・・・。薫は思った。
彼女は微笑しながら自席へ戻った。
そして翌日だった。岡崎は昼休みに食堂を一回り見渡してみると、やはり一人でうどんを食べていた薫を見つけて声をかけたのだった。
「調子はどうだい?」、
「ええ、岡崎さん」そして彼女は彼に大きな薔薇の様な笑顔を見せた。薫は今日も昼休の食堂で、岡崎の声が自分に掛かるとふんでいた。そして食事が終わった二人はやはり休憩室にいた。そして何となく気にかける様な周りの目を少し気にしながらも、二人だけの短い逢引きを楽しんだ。
そして、その日以来それが二人の昼休みの毎日のデートコースとなったのだった。そして、ほとんど毎日の様に昼休みと3時の休憩時間に休憩室で、二人は社内デートを楽しむようになっていった。たまにそこへ総務部の加藤が、声を掛けることもあった。加藤は薫の部所のリーダーだ。
「薫ちゃん、例の書類のPDF編集は間に合うかい」
加藤がそう言いながら二人に近付くと、
「あ、加藤さん、もう少し待ってください」薫は笑顔を見せた。が、この彼女の笑顔を見ると、男はほとんど彼女を許せるだろう。
「加藤、このまえの飲み会、おかげで助かった」岡崎と加藤は同期の友人でもあった。 時々それに開発の岡崎の友人、吉田が加わることもあり、話が更に盛り上がり、薫もニコニコ笑顔を見せ会話を楽しんでいた。
しかし本当は、薫は岡崎と二人でいたかった。
その日、岡崎が自席に戻ると二人の新入社員が、何か激しく議論をしていた。
二人とも一流大学を卒業し、将来の幹部候補と目されていた若手プログラマーだった。当然のことながら両者ともに大変プライドの高い人間で、普段から何かに付け、議論していたが、非常に仲の良い関係でもあった。
それ故か、議論しだすと二人とも簡単には引き下がろうとしない。
しかし話を聞いていると、今回は議論の内容が新入社員にありがちな無意味な議論だった。
岡崎は「俺には関係ない」そう思い、黙って坐りながら聞いていたが、二人は10分経ても議論を止めようとしない。
それはもうほとんど意地の張り合いに近く、偶然通りかかった美人、おんな人事部長の真知子が半分呆れかえって見ていた。
しばらくすると、課長が岡崎に向かい、さりげなく目で合図した。「仕方ない」、そう思った岡崎は、立ち上がり二人の中に割って入り、二人の納得するような答えを導き出すと、二人はようやく納得した。
数日後に人事異動の社内会議を控えていた人事部長、真知子は苦々しげに岡崎を見つめ、「なるほど、厄介な男だな・・・」そう思いながら消えていった。
秋にしてはちょっと寒かった。
そして会社に着くと、トイレに入ってしばらく鏡を見つめた彼女は、黒くて長い髪の毛をわざわざ後ろに思い切り縛り上げてニッコリ微笑んでみた。
その時の薫の下心は見えていた。
しかし、彼女のその思いはもう、ほとんど発作的なもので、そんな彼女は痴人の様だった。
その日、薫は3時の休憩時間が待ち遠しかった。
昼休み、彼女はわざと食堂を使わなかったのだ。
そのことで彼が自分にどんな思いを持つか試してみたかったのだ。
3時の休憩時間、こっそりと彼女が休憩室をのぞくとやっぱり彼はコーヒーを飲んでいた。彼は一人だった。彼女は静かに休憩室に入った。
「こんにちは」薫が思いっきりの笑顔で彼に声をかけた。
その時の岡崎の驚いた様子が薫は嬉しかった。
一瞬、岡崎は彼女が誰か分からなかった。
薫はその時、長い髪を後ろで結んでいた。ポニーテルだった。
昨日と髪型が変わっている。その髪の毛の結い目を少し上に向け、表情は幼く、というより、その表情は、若々しく輝いて観えた。
今度は彼女のその若さが、岡崎には印象的に映った。
「こんにちは、誰かと思った」彼がようやく答えた。
「ええ、3時の休憩時間に時々来てたんですけど、初めてお見掛けしますね」
彼女は嘘をついた。彼女は休憩室へ来たのは初めてだった。(彼女は時々嘘をついたが、彼女の場合、彼女自身それを嘘だと認識していないので性質が悪かった。)
「俺もよく来るんだ。ここのコーヒーは値段の割においしい、君もどうだい」
岡崎はいつものように、その安くておいしいコーヒーを握りながら彼女に言った。
「そうですか。私は最近入社したばかりだから知らなかった」そして彼女はなぜなのか彼の言うままに、その安くておいしいコーヒーを買ってしまった。
そして岡崎を見つめながら、おそるおそる一口飲んだ、というよりなめてみた。
その時、彼女はその安くておいしいコーヒーが、口の中に入った瞬間に、化学変化を起こして、彼女のその小さな口の中で爆発しそうな気分になってしまった。
そうなのだ、薫はコーヒーが苦手だったのだ。
だから喫茶店に入るとなるべくオレンジジュースか紅茶を注文するようにしている。しかしそんな薫を見つめ、岡崎はニッコリと優しく微笑んでいた。
そして薫は、残りのコーヒーが入ったカップを手にしたまま、ちょっぴりぎこちない心で彼を見つめながらも、たわいもない世間話をしながら、短い休憩時間をつぶして別れた。(彼女が残りのコーヒーをどうしたかは知らない。)
しかし岡崎はそんな薫が開きかけた清潔な白い薔薇の花の様に見え、その日、その美しい薔薇の花の匂いを嗅いだような気分で自席へ戻っていった。
薫の作戦は成功したようだった。
薫は満足だった、もうあとはこの男、「新進気鋭のプログラマー」に自分の人生を預けるだけだ。この賭けに私は勝つに違いない。そう、恋愛なんて単なる賭け、勝つか負けるか、二つに一つなのだ。そう表が出るか裏が出るか・・・。薫は思った。
彼女は微笑しながら自席へ戻った。
そして翌日だった。岡崎は昼休みに食堂を一回り見渡してみると、やはり一人でうどんを食べていた薫を見つけて声をかけたのだった。
「調子はどうだい?」、
「ええ、岡崎さん」そして彼女は彼に大きな薔薇の様な笑顔を見せた。薫は今日も昼休の食堂で、岡崎の声が自分に掛かるとふんでいた。そして食事が終わった二人はやはり休憩室にいた。そして何となく気にかける様な周りの目を少し気にしながらも、二人だけの短い逢引きを楽しんだ。
そして、その日以来それが二人の昼休みの毎日のデートコースとなったのだった。そして、ほとんど毎日の様に昼休みと3時の休憩時間に休憩室で、二人は社内デートを楽しむようになっていった。たまにそこへ総務部の加藤が、声を掛けることもあった。加藤は薫の部所のリーダーだ。
「薫ちゃん、例の書類のPDF編集は間に合うかい」
加藤がそう言いながら二人に近付くと、
「あ、加藤さん、もう少し待ってください」薫は笑顔を見せた。が、この彼女の笑顔を見ると、男はほとんど彼女を許せるだろう。
「加藤、このまえの飲み会、おかげで助かった」岡崎と加藤は同期の友人でもあった。 時々それに開発の岡崎の友人、吉田が加わることもあり、話が更に盛り上がり、薫もニコニコ笑顔を見せ会話を楽しんでいた。
しかし本当は、薫は岡崎と二人でいたかった。
その日、岡崎が自席に戻ると二人の新入社員が、何か激しく議論をしていた。
二人とも一流大学を卒業し、将来の幹部候補と目されていた若手プログラマーだった。当然のことながら両者ともに大変プライドの高い人間で、普段から何かに付け、議論していたが、非常に仲の良い関係でもあった。
それ故か、議論しだすと二人とも簡単には引き下がろうとしない。
しかし話を聞いていると、今回は議論の内容が新入社員にありがちな無意味な議論だった。
岡崎は「俺には関係ない」そう思い、黙って坐りながら聞いていたが、二人は10分経ても議論を止めようとしない。
それはもうほとんど意地の張り合いに近く、偶然通りかかった美人、おんな人事部長の真知子が半分呆れかえって見ていた。
しばらくすると、課長が岡崎に向かい、さりげなく目で合図した。「仕方ない」、そう思った岡崎は、立ち上がり二人の中に割って入り、二人の納得するような答えを導き出すと、二人はようやく納得した。
数日後に人事異動の社内会議を控えていた人事部長、真知子は苦々しげに岡崎を見つめ、「なるほど、厄介な男だな・・・」そう思いながら消えていった。
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