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しばらく待っていると壬生さんが戻ってきてそれぞれに湯気の立つティーカップを置いていく。
途端に華やかな香りが立ち、ささくれ立っていた心が少し落ち着くようだった。
「どうぞ。さてさてごめんね、実は僕も考える時間が欲しくて席を立ってたんだ。紅茶やコーヒーを淹れてる時って落ち着いてね」
「それ分かります。考え事するのにいいですよね」
「俺はタバコがあればいいや」
「匠君はそうだろうね」
皆で紅茶に口を付けつつ苦笑い。
ああ、美味い。
「僕なりの考えなんだけど、それぞれの考え方の立ち位置の違いだと思うんだよね。涼介君は妖怪達とこの山を荒らされたくない、匠君はキャンプ場の商売としての成功が必要と考えていて、康平君は妖怪達の為になる事を優先した方がいい、と」
「そんな所だろうな」
「僕としては康平君に賛成かな。つまりこのまま突き進む。そうすればこのキャンプ場計画の目的が達せられるし、匠君が懸念する集客も動画や写真をいじるよりずっと上手くいく筈だからね」
「でも壬生さん、俺としてはそんな大成功を望んじゃいないんですよ。週に何組か程度でいいし、俺達四人が居るだけでも山は随分と元気になったって天狗ちゃんも言ってたし。妖怪達にとって俺ら以外の人間が大勢押しかけるのはキツいと思うんです」
このまま話を進められては困るので反論する。
「涼介お前借金もしてんだろうが。さっさと返さねーとだろ」
「おい匠、何でそれを……」
「気づかないわけねーだろ。お前の退職金と俺がちょっと出したぐらいで済むはず無いのぐらい分かってんだよ」
冷や汗が通るのが分かる。気付いていたのか。
「……そりゃ匠君も怒るわけだ。別に悪い事では無いし僕だって経験はあるよ、だから話を進めるね。涼介君が望む穏やかで楽しい毎日が大事なのは分かる。たくさんの人間が訪れるようになったら、自分じゃコントロールできなくなるのが怖いんだろうとも思う。でも、それでも進むべきなんじゃないかな」
「進む……」
「ここで満足して終わりにしたい、じゃ駄目だよ。結局君は自分の居心地の良さを優先して君一代で終わりにしようとしてる。この前言ってたよね、ここを数十年数百年先も人が来る場所にしたいって。でもここで細々とで構わない、なんて考えてたら君の後に続く人なんて現れないよ」
壬生さんの目は真剣だ。少し語気も強い。
「妖怪達の事を守るのは大切だ。勿論、それは君と僕達がやる役目だ。ただ世間から隠し通す事が守る事には、必ずしも繋がるとは思えないね。いずれまた人が来なくなって彼らは居場所を失うじゃないかと思う」
返す言葉が見つからない。結局、俺は妖怪達を理由にして自分の心地良さだけを求めていたのか。
「今回の妖怪達の存在が知られた事で、もしかしたら彼らに害が及ぶかもしれない。でもそれを守るのが僕達のする事じゃないかな。そしてあの山と風切、それに周辺の妖怪達だって守っていくつもりなんでしょ?」
確かに、確かに言う通りだ。その通りだ。
こんな事に皆を巻き込んでおいて、俺はキャンプ場を作り上げる所までをゴールにしていたのかもしれない。
前に匠にも言われていた、その先の方が大事なのだと。
匠は既にもう一本火を点け深く息を吐いている。
康平はうんうんと頷き、俺を見て笑いかけている。
壬生さんは真剣な眼差しを解いて、いつもの穏やかな表情を浮かべている。
「……改めて皆、すみませんでした。確かに消極的過ぎた。俺、とりあえず今の生活が楽しくて壊されたくなくて、多少苦しい事があってもこのまま皆で居れたらいい、そんな風に思っていたのかも」
「うん」
「動画と写真はこのままにしておく、お客さんを集めるのにこの事を利用しない手が無い。投稿も続けていく。前よりは少し気を付けるけど」
「場所なんかは公開するんスか?」
「それはまだにしようと思う。迷惑かける可能性の方が高いから。でも春先には宣伝も兼ねて場所は明かすし、それまでに周りの人達へ説明するよ」
「お前が責任者だから、お前の決定に従うぞ俺は」
「僕も異存は無いよ」
「俺も同じくッス!」
三人の顔を見回し、改めて自分には心強い仲間が居るのだと感じた。
素直に意見をぶつけ合う事が出来るし、迷った時には背中を押してくれる。本当にありがたい事だ。
「それにしても世の中広いのによ、妖怪について発信してる人って居ないもんかね」
「俺も思ったッス! 別に俺らだけが特別なわけじゃないと思うんスよねえ、現に見える人が居るわけですし」
匠の疑問に俺も含めて皆が同調する。
「普通の人に見せても信じてもらえないからじゃないかな?」
「この村もそうッスけど、見える人が高齢化してたり居なくなってるからとか」
「少数派過ぎて埋もれてるのかもしんねーし」
「騒ぎにならない為に意図的に皆隠してるとか」
様々な考察が飛び交うが、どれもありそうではあるものの指摘できる部分があり腑に落ちない。
「伏見の話もそうだけど全国に妖怪が居るのは確かなんだけどね」
「各地での怪奇の話も残ってるわけだしな」
「でもこんなに情報が出てこないってどういうわけッスかねえー」
「……秘密結社とかが居て情報を隠蔽してるとか」
「オカルト過ぎだっての。んなわけあるか」
その時、不意に店の奥の窓がコンコンと鳴らされ思わず全員がその方向を見る。
暫しの静寂。
鳴ったと思われる窓を凝視するものの、それからは何も起こらない。
「……まさか、ね」
壬生さんが少し顔を引き攣らせながら呟くと、全員がぎこちなく笑う。
それからも話は続いたものの、どうにもあの窓が気になって仕方なかったのだった。
途端に華やかな香りが立ち、ささくれ立っていた心が少し落ち着くようだった。
「どうぞ。さてさてごめんね、実は僕も考える時間が欲しくて席を立ってたんだ。紅茶やコーヒーを淹れてる時って落ち着いてね」
「それ分かります。考え事するのにいいですよね」
「俺はタバコがあればいいや」
「匠君はそうだろうね」
皆で紅茶に口を付けつつ苦笑い。
ああ、美味い。
「僕なりの考えなんだけど、それぞれの考え方の立ち位置の違いだと思うんだよね。涼介君は妖怪達とこの山を荒らされたくない、匠君はキャンプ場の商売としての成功が必要と考えていて、康平君は妖怪達の為になる事を優先した方がいい、と」
「そんな所だろうな」
「僕としては康平君に賛成かな。つまりこのまま突き進む。そうすればこのキャンプ場計画の目的が達せられるし、匠君が懸念する集客も動画や写真をいじるよりずっと上手くいく筈だからね」
「でも壬生さん、俺としてはそんな大成功を望んじゃいないんですよ。週に何組か程度でいいし、俺達四人が居るだけでも山は随分と元気になったって天狗ちゃんも言ってたし。妖怪達にとって俺ら以外の人間が大勢押しかけるのはキツいと思うんです」
このまま話を進められては困るので反論する。
「涼介お前借金もしてんだろうが。さっさと返さねーとだろ」
「おい匠、何でそれを……」
「気づかないわけねーだろ。お前の退職金と俺がちょっと出したぐらいで済むはず無いのぐらい分かってんだよ」
冷や汗が通るのが分かる。気付いていたのか。
「……そりゃ匠君も怒るわけだ。別に悪い事では無いし僕だって経験はあるよ、だから話を進めるね。涼介君が望む穏やかで楽しい毎日が大事なのは分かる。たくさんの人間が訪れるようになったら、自分じゃコントロールできなくなるのが怖いんだろうとも思う。でも、それでも進むべきなんじゃないかな」
「進む……」
「ここで満足して終わりにしたい、じゃ駄目だよ。結局君は自分の居心地の良さを優先して君一代で終わりにしようとしてる。この前言ってたよね、ここを数十年数百年先も人が来る場所にしたいって。でもここで細々とで構わない、なんて考えてたら君の後に続く人なんて現れないよ」
壬生さんの目は真剣だ。少し語気も強い。
「妖怪達の事を守るのは大切だ。勿論、それは君と僕達がやる役目だ。ただ世間から隠し通す事が守る事には、必ずしも繋がるとは思えないね。いずれまた人が来なくなって彼らは居場所を失うじゃないかと思う」
返す言葉が見つからない。結局、俺は妖怪達を理由にして自分の心地良さだけを求めていたのか。
「今回の妖怪達の存在が知られた事で、もしかしたら彼らに害が及ぶかもしれない。でもそれを守るのが僕達のする事じゃないかな。そしてあの山と風切、それに周辺の妖怪達だって守っていくつもりなんでしょ?」
確かに、確かに言う通りだ。その通りだ。
こんな事に皆を巻き込んでおいて、俺はキャンプ場を作り上げる所までをゴールにしていたのかもしれない。
前に匠にも言われていた、その先の方が大事なのだと。
匠は既にもう一本火を点け深く息を吐いている。
康平はうんうんと頷き、俺を見て笑いかけている。
壬生さんは真剣な眼差しを解いて、いつもの穏やかな表情を浮かべている。
「……改めて皆、すみませんでした。確かに消極的過ぎた。俺、とりあえず今の生活が楽しくて壊されたくなくて、多少苦しい事があってもこのまま皆で居れたらいい、そんな風に思っていたのかも」
「うん」
「動画と写真はこのままにしておく、お客さんを集めるのにこの事を利用しない手が無い。投稿も続けていく。前よりは少し気を付けるけど」
「場所なんかは公開するんスか?」
「それはまだにしようと思う。迷惑かける可能性の方が高いから。でも春先には宣伝も兼ねて場所は明かすし、それまでに周りの人達へ説明するよ」
「お前が責任者だから、お前の決定に従うぞ俺は」
「僕も異存は無いよ」
「俺も同じくッス!」
三人の顔を見回し、改めて自分には心強い仲間が居るのだと感じた。
素直に意見をぶつけ合う事が出来るし、迷った時には背中を押してくれる。本当にありがたい事だ。
「それにしても世の中広いのによ、妖怪について発信してる人って居ないもんかね」
「俺も思ったッス! 別に俺らだけが特別なわけじゃないと思うんスよねえ、現に見える人が居るわけですし」
匠の疑問に俺も含めて皆が同調する。
「普通の人に見せても信じてもらえないからじゃないかな?」
「この村もそうッスけど、見える人が高齢化してたり居なくなってるからとか」
「少数派過ぎて埋もれてるのかもしんねーし」
「騒ぎにならない為に意図的に皆隠してるとか」
様々な考察が飛び交うが、どれもありそうではあるものの指摘できる部分があり腑に落ちない。
「伏見の話もそうだけど全国に妖怪が居るのは確かなんだけどね」
「各地での怪奇の話も残ってるわけだしな」
「でもこんなに情報が出てこないってどういうわけッスかねえー」
「……秘密結社とかが居て情報を隠蔽してるとか」
「オカルト過ぎだっての。んなわけあるか」
その時、不意に店の奥の窓がコンコンと鳴らされ思わず全員がその方向を見る。
暫しの静寂。
鳴ったと思われる窓を凝視するものの、それからは何も起こらない。
「……まさか、ね」
壬生さんが少し顔を引き攣らせながら呟くと、全員がぎこちなく笑う。
それからも話は続いたものの、どうにもあの窓が気になって仕方なかったのだった。
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