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「天狗ちゃん天狗ちゃん。磐裂にお願いしたい事があるんだけどさ」
「それなら直接言ったらいいんじゃないですか?」
妖怪広場で響と話していた天狗ちゃんを見つけ話しかけると、怪訝そうな表情を浮かべている。

「いやあ、俺根裂と磐裂には嫌われるっぽいし」
「そんな事無いと思いますけどねえ。まあいいでしょう、私も手伝います!」
「おお、そりゃ助かる。響は?」
「さも当たり前に手を貸してもらえると思うな厚かましい。アタイは忙しいんだよ!」
ついでと思って気軽に尋ねてみると、何故か凄い剣幕で拒絶されてしまった。

「わ、悪い」
「フン。アタイは行くからね雛菊。全く面倒な役を!」
「すみません響さん、お願いします」
頭を深々と下げる天狗ちゃんを見向きもせず、ズカズカと荒い足取りで響は去っていった。

「なんか、ご機嫌斜め?」
「……ええ、お願い事をしてまして。私よりも響さんの方が適任なのでお願いしたんですけれどね」
と弱々しい笑みを浮かべこちらを向き小首を傾げる天狗ちゃん。響のあの怒りように、少し気疲れしているようだ。

「まあ、天狗ちゃんは何でも自分でやり過ぎな気がするからな。もうちょい他の連中にも仕事与えていいんじゃないのか? どうせ暇してるだろ」
「そうは出来ません! 私は師匠からこの山々の事を頼まれてるのですから! 私に出来うる限りの事は、私がやります!」
この少女の……っても五百年生きてるけど。
彼女の頑ななまでの責任感の強さは、時折危うく感じさせる。
出会った頃は妖怪の力は無尽蔵だと思っていたので何も感じなかったが、今となっては彼女がどれだけ無茶をしているか分かる。

それに比べここの妖怪共は、日がな一日ラジオを聞いてるかブラブラと姿を消しているか、時々俺達をビビらせようと何か仕掛けてくるかと碌なものではない。
精々、小三郎が子分の狸と玉藻ちゃんの面倒を見てやってるぐらいなものだ。

それぞれにこのキャンプ場開拓で助けられたのは事実だが、普段の生活態度は酷い。

「倒れないでくれよな、山の主様。今日は掘った溝に石を敷いてくから、石や岩運びお願いできると助かる」
「お安い御用です!」
ついでにクーラー役としてもよろしく、とは流石に口には出さなかった。いやあ天狗ちゃんの羽根の近くは涼しい。

「むっ、何か失礼な事考えてません?」
「いえいえ全く滅相もございません。とりあえず俺の近くに居てね」
「な!? そ、それはどういう……!?」
アタフタと髪や頬を触る姿を微笑ましく思いつつ、岩の魍魎達の姿を探す。



まずは試しにと三人で溝に下り、磐裂達が運んで来てくれた石を並べる。
溝の深さは俺達が立つと腰から上が地上に出る程度の深さだ。

「うーん、砂利や砂なんかを先に敷いた方が良さげな感じッスけど、とりあえずこれでやってみますか」
「最初はすっごい泥水が流れそうだよねえ」
「う……水神様に怒られたりしないかな」

石敷きの起点となる最下流の泉、ここから遡りながら敷いていくことになる。
土に少しめり込むように木槌で打ち込み、一列が終わったらそれに噛み合うように上の段を打ち込んでいく。これにより水流で石が流れなくなるのではないか、と康平が言っていた。

「何度も言いますけど、俺本職じゃないんでこれが正解かは分からないッス。壬生さんの言う通り底の土は流されるでしょうし」
「流れた泥は掻き出していくしかないかもね。僕としてはこっちの方が気になるけど……」
と、壬生さんがおもむろに川の壁面の土を掴むとボロボロと崩れてしまった。

「お客さんの事を考えると、少なくともこの小川は立ち入り禁止になるかもね」
「やっぱりコンクリで固めた方が早くないッスか?」
「それは分かるんだけどなあ……」

個人的な想いとしては、子供達が小川に入って遊べるようなもので想像していた。なるべく自然物で構築したいのが本音だ。

「よっこいしょっと。何を困ってるんですか?」
拳大の石を数十個まとめて運んできた天狗ちゃんが小首を傾げている。改めて人間離れした荒業だ。

「川を作りたいんだけどさ、底はともかく、この岸? の部分がさ」
と、壬生さんと同じように土を崩して見せる。
「なるほどですねえ。確かにこれじゃ崩れちゃいますね」
「何か上手い方法は無いもんかね?」
「そういった事は人間の方が得意だと思いますけど……そうですね、石積みとかですかね?」
「やっぱりそうなるよなあ……」
妖怪ならではの知恵を貸してもらえるかと思ったが、そもそも地形を変えるような真似をするのは人間ぐらいなものだろう。

「土を固めるって考えなら、草木の根がいいかもしれませんね。山を支えているのは草木の力が最も大きいですし」
「草が生えてくるの待つっても、一カ月やそこらは掛かっちまうし……」
「ふふ、ちょっと裏技になりますけど、一晩で生やす事もできますよ?」
「はあ?」
「そんな事できるッスか?」
口を開け天狗ちゃんを見上げる俺達三人に「むふふー、驚いてる驚いてる」とご満悦気な天狗ちゃん。

「今は草木の力が強い時期ですし、”舞”を一つすれば充分でしょう」
「舞?」
「ええ、貴方達人間もするでしょう?」
壬生さんの問いに天狗ちゃんは両手を掲げくるりと一回転。

「舞は祈り、願い、想い、畏れ、それらを聞き届ける為のものです」
「……なるほど、そういう想いの力は」
「妖力になるって事か」
「???」
壬生さんの言葉を繋いで結論を言うと、天狗ちゃんは満足そうに頷く。そしてチンプンカンプンといった表情で眉を顰める金髪が一人。


「その”舞”っていつでも大丈夫なの?」
「今の時期ならいつでも。あとは木花(このはな)の気分次第ですけど」
「木花が関係あるのか?」
「ええ、何せ主役ですから」
「ふうん……」
よくは分からないが、他の魍魎ではなく木花が鍵となるようだ。彼女(?)とはあまり接点がないし見かける事も少ない。
草花の属性らしいが、今のところ手伝いを頼んだりもしていないので他の頭領達と比較すると少し距離のある魍魎だった。

「とりあえずは、川底を終わらせてパイプの敷設なんかが終わったタイミングがいいかもね」
「ッスね。あんまピンときてないッスけど」
康平はやはりよく分かっていないようだ。ただ、壬生さんの言う通りこちらで行う作業を終わらせてからの方が良いだろう。
天狗ちゃんの言葉を信じるなら、護岸の草を生やしてくれるのだ。せっかく生やしてもらえても掘削や石積みなどで削ってしまっては申し訳ない。

「分かりました。その時が来たら言ってくださいね」
「ありがとう、天狗ちゃん。ちなみにそれって俺らでも手伝える事とかある?」
「んん? 特には……基本的には舞って、私達の楽しみみたいなところがありますし」
「楽しみ?」
どちらかと言えば妖力に頼った作業のようなイメージをしていたが、どうやら違うらしい。

「ええ。人間で言うところの……そう、あれです! お祭り! あんなイメージです!」
「ほほう?」
「なかなか綺麗で楽しいですよ。皆で踊ったり」
「妖怪達のお祭りかあ……なんか面白そうッスね」
康平の言う通り、興味をそそる話だ。

「天狗ちゃん、それって夜にやるの?」
「ええ、陽が沈んだ後また陽が昇るまで」
そこまで聞いて一つの考えに行き着く。ちらりと康平を見ると、同じように何か思いついたようで顔を輝かせていた。
そして顔を見合わせると歯を見せて笑う。

「なあ、康平。一晩かけてやるんじゃ……」
「……ッスね! キャンプやりましょう!」
「ええ? ……ああ、そういう流れになるのね」
息の合った俺達二人に、壬生さんが少々呆れ気味な声色で言う。

「壬生さんの歓迎キャンプやってなかったですし」
「俺もまだ買ったばかりのキャンプ道具使えてないッス!」
「盆を過ぎれば夜の暑さも少し落ち着くし」
「最近作業ばっかでキャンプしてなかったッスからね!」
「き、君達キャンプの話になるとなんか圧が凄いね……?」
ジリジリと二人で壬生さんににじり寄ると、まあまあと手で制しながらたじろぐ壬生さん。

「やれば分かるッス」
「壬生さんも沼においでおいで」
けけけけけと気色の悪い笑い声を上げながら近づく俺達を振り切るように、壬生さんは突然全速力で駆け出す。

「ぼ、僕はやっぱり遠慮するよ!」
「逃がさないッスよマスター! 酒飲みながら星空の下でめちゃくちゃまったりするッスよ!」
「とっておきのキャンプ飯でもてなしてやるから覚悟してくださいよね!」
「それ何の脅し!?」

ぎゃーぎゃー喚きながら大の大人三人、炎天下で追いかけっこを始める。

それを白けた目で見つめる黒翼の少女が一人、取り残されやれやれと首を振る。
「人間って、よく分からないです」
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