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藪を掻き分けて進んだ先、そこには静謐に包まれた岩場と小さな池がある。
ここに来るのは二度目という事もあり、初回程の驚きは感じなかった。
しかし、そこに居る者の事を知ってしまっている事もあり、より神聖で畏れ多い場所だと思っている。
「うわあ……ここが源泉なんだね。それに、なんだか静かな場所だ」
昨日の今日で再び訪れる事になるとは思っていなかったが、話は早くした方が良いと川姫に言われ、再びこの場所へ足を運んでいた。
メンバーは昨日来た面々に加え、壬生さんも同行している。
やはりどこか狂気に駆られていると思える部分があり、俺達は息も絶え絶えだったが壬生さんは嬉々として着いて来ていた。
「正直、もう来たく無かったス……」
「同感。死ぬぞマジで」
「お前ら根性あるよなあ。いざとなったらアタイと雛菊で守るからさ」
「もう水神様に雷を打つのは嫌ですけどね……」
響は飄々としているが天狗ちゃんは顔を引き攣らせてる。また来てくれるとは思っていなかったが、響は腑に落ちていなかったようだし、天狗ちゃんは昨日の悶着を謝りたかったらしい。
因みに壬生さんは今朝が妖怪達との顔合わせになった。それなりに驚いていたものの、天狗ちゃんを始めとしてた数名は遠目で見た事があったようで狼狽えたりなどはしなかった。
それよりも、水神様に会いに行く事にばかり固執しているようにも見え、足早にここまで来たのだ。
「それでー……あの姉ちゃん来てないッスね」
「水神の池に来るって言ってたけど……」
辺りを見回しても川姫の姿が見当たらない。
「あの性悪女。適当な嘘吐いて騙しやがったか……?」
匠の呟きにまさか、と思うも相手は妖怪。俺達を遊んでいただけの可能性もある。
昨晩の驚愕のカミングアウトの後、必ず今日の日中に来るようにと釘を刺され、壬生さんが出したミネラルウォーターを飲み干すと煙のように消えてしまった。
残された俺達は困惑していたものの、やはり壬生さんは来る気満々のようだしこのままにもしておけないので、天狗ちゃんと響に頼み込んで川姫の言う通りにここに来たのだ。
それなのに当の本人が居ないのでは話にならない。
「なあ、やっぱり帰らないか……?」
不安に駆られて帰る事を提案しようとした矢先、鼻先に白い雫が一筋、ポタリと落ちるのが見えた。
それが雨だと理解した時には雨粒は数と勢いを増し、容赦なく降り注ぎ始める。
一緒に来た面々も瞬く間にずぶ濡れにされ、誰も何も言わずとも池の中心を注視した。
この雨、昨日のものと同じだ。
穏やかだった水面を豪雨が叩きつけ、剣山のように棘立ち波紋が間断なく生まれる。
そして池の中央部分が泡立ち始め、徐々に大きく膨れ上がっている。
「ああ……ようやく……」
激しい雨音に掻き消されながらも、壬生さんの感嘆に満ちた呟きが聞こえてくる。
膨れ上がった水面が一度静まったかと思った瞬間、爆音と共に水柱が上がり黒い鱗を持つ長大な龍が姿を現した。
龍は途中で止まらずそのまま池から飛び出し続けて長い尾の先まで現し、雲が立ち込める中空で一度身を翻す。
雨のせいではっきりとは見えないが、どこか神々しさを覚える光景だった。
ぐるりと一周を終えた龍は、その勢いのまま真っ赤な口を開きこちら目掛けて向かってくる。
「……っ! 響さん!」
「お、応!」
天狗ちゃんは直ぐに反応して響の名を呼ぶ。
少し遅れて響は息を大きく吸い込み、龍と同じように大きく口を開ける。
「すみません水神様! ”風袋(かざぶくろ)”!」
天狗ちゃんの声が響からも遅れて発せられ、天狗ちゃんが翼を打つと龍目掛けて暴風が吹き荒れる。
こちらに突進を試みた龍であったが、強烈な風に阻まれ進路を逸らされ、俺達の脇を通過していく。
俺達人間はただただその様を見過ごす事しかできず、吹き荒れる風から身を庇うので精一杯だった。
「ふん、贄となる人間が一匹増えておるではないか」
再び空へと戻った龍から、威厳と獰猛さを備えた低い老人の声が響いてくる。
「ああ……! そうです! 僕は六年前に水神様に命を助けられた者です! あの日から私は……貴方にひと目で良いからお会いしたいと……!」
「壬生さん下がって!」
両手を広げながら、よろよろと進み出る壬生さんを羽交い絞めにして引き留める。
「僕は……僕は……!」
「力が強え……康平! 手伝え!」
組みついても尚振り解こうとする力が強く、康平に応援を頼む。
「望みの通り、全員喰ろうてやるわ!!」
黒雲の中に消えた龍が、大地を揺らす程の大声を発する。
「クッソあのアマ! マジで騙しやがったか!!」
匠が空に向かって吼える。
「誰が騙したって?」
背後から低く、甘ったるい女性の声が聞こえたかと思えば、悠然と前に進み出る青いドレスの裾が揺れて見える。
そして立ち止まると両足を広げて腕を組み、こちらを飲み込もうとする龍を見据え、堂々とした態度で立ちはだかった。
不思議な事にこの豪雨の中でも彼女は全く濡れておらず、雨粒が避けるような軌道を描いて落ちていた。
まるで雨粒が意思を持ち、彼女の事を恐れているかのようである。
ここに来るのは二度目という事もあり、初回程の驚きは感じなかった。
しかし、そこに居る者の事を知ってしまっている事もあり、より神聖で畏れ多い場所だと思っている。
「うわあ……ここが源泉なんだね。それに、なんだか静かな場所だ」
昨日の今日で再び訪れる事になるとは思っていなかったが、話は早くした方が良いと川姫に言われ、再びこの場所へ足を運んでいた。
メンバーは昨日来た面々に加え、壬生さんも同行している。
やはりどこか狂気に駆られていると思える部分があり、俺達は息も絶え絶えだったが壬生さんは嬉々として着いて来ていた。
「正直、もう来たく無かったス……」
「同感。死ぬぞマジで」
「お前ら根性あるよなあ。いざとなったらアタイと雛菊で守るからさ」
「もう水神様に雷を打つのは嫌ですけどね……」
響は飄々としているが天狗ちゃんは顔を引き攣らせてる。また来てくれるとは思っていなかったが、響は腑に落ちていなかったようだし、天狗ちゃんは昨日の悶着を謝りたかったらしい。
因みに壬生さんは今朝が妖怪達との顔合わせになった。それなりに驚いていたものの、天狗ちゃんを始めとしてた数名は遠目で見た事があったようで狼狽えたりなどはしなかった。
それよりも、水神様に会いに行く事にばかり固執しているようにも見え、足早にここまで来たのだ。
「それでー……あの姉ちゃん来てないッスね」
「水神の池に来るって言ってたけど……」
辺りを見回しても川姫の姿が見当たらない。
「あの性悪女。適当な嘘吐いて騙しやがったか……?」
匠の呟きにまさか、と思うも相手は妖怪。俺達を遊んでいただけの可能性もある。
昨晩の驚愕のカミングアウトの後、必ず今日の日中に来るようにと釘を刺され、壬生さんが出したミネラルウォーターを飲み干すと煙のように消えてしまった。
残された俺達は困惑していたものの、やはり壬生さんは来る気満々のようだしこのままにもしておけないので、天狗ちゃんと響に頼み込んで川姫の言う通りにここに来たのだ。
それなのに当の本人が居ないのでは話にならない。
「なあ、やっぱり帰らないか……?」
不安に駆られて帰る事を提案しようとした矢先、鼻先に白い雫が一筋、ポタリと落ちるのが見えた。
それが雨だと理解した時には雨粒は数と勢いを増し、容赦なく降り注ぎ始める。
一緒に来た面々も瞬く間にずぶ濡れにされ、誰も何も言わずとも池の中心を注視した。
この雨、昨日のものと同じだ。
穏やかだった水面を豪雨が叩きつけ、剣山のように棘立ち波紋が間断なく生まれる。
そして池の中央部分が泡立ち始め、徐々に大きく膨れ上がっている。
「ああ……ようやく……」
激しい雨音に掻き消されながらも、壬生さんの感嘆に満ちた呟きが聞こえてくる。
膨れ上がった水面が一度静まったかと思った瞬間、爆音と共に水柱が上がり黒い鱗を持つ長大な龍が姿を現した。
龍は途中で止まらずそのまま池から飛び出し続けて長い尾の先まで現し、雲が立ち込める中空で一度身を翻す。
雨のせいではっきりとは見えないが、どこか神々しさを覚える光景だった。
ぐるりと一周を終えた龍は、その勢いのまま真っ赤な口を開きこちら目掛けて向かってくる。
「……っ! 響さん!」
「お、応!」
天狗ちゃんは直ぐに反応して響の名を呼ぶ。
少し遅れて響は息を大きく吸い込み、龍と同じように大きく口を開ける。
「すみません水神様! ”風袋(かざぶくろ)”!」
天狗ちゃんの声が響からも遅れて発せられ、天狗ちゃんが翼を打つと龍目掛けて暴風が吹き荒れる。
こちらに突進を試みた龍であったが、強烈な風に阻まれ進路を逸らされ、俺達の脇を通過していく。
俺達人間はただただその様を見過ごす事しかできず、吹き荒れる風から身を庇うので精一杯だった。
「ふん、贄となる人間が一匹増えておるではないか」
再び空へと戻った龍から、威厳と獰猛さを備えた低い老人の声が響いてくる。
「ああ……! そうです! 僕は六年前に水神様に命を助けられた者です! あの日から私は……貴方にひと目で良いからお会いしたいと……!」
「壬生さん下がって!」
両手を広げながら、よろよろと進み出る壬生さんを羽交い絞めにして引き留める。
「僕は……僕は……!」
「力が強え……康平! 手伝え!」
組みついても尚振り解こうとする力が強く、康平に応援を頼む。
「望みの通り、全員喰ろうてやるわ!!」
黒雲の中に消えた龍が、大地を揺らす程の大声を発する。
「クッソあのアマ! マジで騙しやがったか!!」
匠が空に向かって吼える。
「誰が騙したって?」
背後から低く、甘ったるい女性の声が聞こえたかと思えば、悠然と前に進み出る青いドレスの裾が揺れて見える。
そして立ち止まると両足を広げて腕を組み、こちらを飲み込もうとする龍を見据え、堂々とした態度で立ちはだかった。
不思議な事にこの豪雨の中でも彼女は全く濡れておらず、雨粒が避けるような軌道を描いて落ちていた。
まるで雨粒が意思を持ち、彼女の事を恐れているかのようである。
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