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「……と言うわけで、壬生さんも妖怪が見える人でした」
「はは、改めて二人ともよろしくね」
たまもちゃんの来訪から一夜明け、翌日の夜。
匠と康平を呼び寄せこのMATSUKAZEにて緊急の会議になった。
「龍の話を聞いてたから、今になって思うと納得ではあるな」
「いやあ普通にびっくりッスけど」
「色んなのが見えるって話すると変な目で見られちゃうからね。今まで黙っててごめんね」
それぞれが感想を述べ、壬生さんが片目を瞑って謝る。
「壬生さんが見えるようになったのは龍の一件から?」
「そうだね。あれ以来、迷信だとか空想だとか言われる存在も居るんじゃないかって思うようになったから」
「なるほど、原因はそれか」
妖怪達が見えるようになるのに必要な事。
それは”居ると信じる”事だ。
少なくとも昔の人達……数百年前の人間達は皆妖怪が居る事を知っていた。だから天狗ちゃん達も触れ合ってきたし、神格として扱われ祀られたりもしたのだ。
だが現代になっては老人の域に居る人々でさえも妖怪の存在を知らない。空想だと否定している。
文明の進みによるものか、はたまた自然と離れたせいなのか。ともかく、今の時代を生きる俺達はほとんど妖怪の存在を知る事は無い。
しかし何かのきっかけで知る事が、信じる機会を得る事がある。
俺は幼少の頃から爺ちゃんと婆ちゃんに聞かされて。
匠は俺の言う事を信用し、妖怪の存在を信じてくれて。
康平は純粋に居ると思っていて。
そして壬生さんは、自分の命が助かった不思議な出来事を経て。
ほんの少しのきっかけで見る事ができるようになるのが彼ら妖怪達なのだった。その実「本心から」信じる必要があるのでハードル自体は高いのだが。
「それでー……たまもちゃんは狐の妖怪って事でいいんだよね」
俺の隣で五枚ほど重なっている油揚げを素手で掴み頬張る幼狐を見て、壬生さんは尋ねる。
「うむ! わらわは白面金毛九尾の狐、玉藻前その人であるぞ!」
「はいはい、食い方汚いぞ」
「そろそろ箸の使い方教えた方が良くないッスか? 手掴みはさすがにマズいッスよ」
「てか明日こそ帰れよな。もう二晩だぞ」
「お主らみんな嫌いじゃー!」
嘘の自己紹介をする幼狐に散々に言う俺達。当の本人は涙目だ。
昨日は本当に焦ったものの、壬生さんが見える人だという事を知って心底安堵した。
たまもちゃんに纏わり付かれてさすがに仕事にならなくなった匠が山に返そうと車に乗せた所、脱走してここまで来てしまったのだ。
どうにもたまもちゃんは嗅覚が良いらしく、雨の中俺の乗る軽トラの匂いを辿って来たのだとか。
仕事として来ている手前どうするか悩んだものの、一緒に廃材の撤去や分別を手伝ってくれた。本人にとっては遊びのつもりだったらしい。
壬生さんもそんなたまもちゃんが気に入ったようで、昨日は深く詮索されずに事無きを得たのだった。
帰りついでに山へ返そうとしたのだが、狭い車内で泣くわ暴れるわの大騒ぎになり、仕方なく昨日は寝床を提供してやったのだった。
「狐って本当に油揚げ好きなんスね」
「ふがふが……全部が全部じゃないぞ、こうへい。わらわは好きじゃけどな!」
「たまもちゃんは野菜以外なら何でも好きっぽいよな」
「野菜は嫌いじゃ! わらわは肉食系女子なのでの!」
「どこで覚えたんだそんな言葉……」
「うむ、そこらの山に捨ててあった本にあっての。何でも奥手の男を骨抜きにして依存させる? とか何とか……」
「あー、言わんでいい言わんで」
この幼狐の知識は酷く偏っており、捨てられた雑誌類がその源泉となっているようだ。なので妙な事ばかりを知っている。
「でもよ、油揚げは野菜から出来てるぞ?」
「なぬ!?」
匠の指摘に驚くたまもちゃん。確かに油揚げの元は豆腐……つまり大豆から作られている。
驚愕の事実に「ふおおおお」と震えながらやはりむしゃむしゃと頬張っている姿は、妙に微笑ましい。
「それにしても今年はよく降るッスね、雨」
「そうだねえ。去年はこんなにじゃ無かった気がするよ」
康平に釣られて窓を見れば、外は相変わらずの激しい雨。
思い出すなあ、と小さく呟くのは壬生さん。多分、九死に一生を得た日の事だろう。
「こんな日に来てもらってありがとうね。皆」
「いや、今日は緊急性もあったし」
「今週は来てなかったッスからね」
匠と康平が順に答え、俺は一日ここでバイトしてたからなとは言えず口を噤む。
「この梅雨が終わったら、壬生さんを山に招待したいと思うんだけど」
代わりにと今後の予定を切り出す。
「いいッスね。”妖怪見える仲間ーズ”の隊員が増えたのは嬉しいッス」
「何だよそれ、ダサさ爆発し過ぎだろ。しかもそれだと”妖怪””見える仲間ーズ”に区切って聞こえるぞ」
「隊員ってのもよく分かんねーな。何の隊だよ」
「いやあ、ノリッスよノリ。分かってないなー、これだから陰キャ共は……」
「ああ!?」
「ははは、まあまあ。僕は楽しみにしてるよ。それに、僕も一枚噛ませてくれるんでしょ?」
喧嘩に発展しそうな俺達を宥めつつ、壬生さんが俺に聞いてくる。
「そりゃもう全面的に! でも、壬生さん店もあるから無理しなくても大丈夫ですよ?」
「寂しい事言わないで欲しいなあ。この店を一緒に弄ってる仲じゃないの、僕達」
「あら、あの二人いかがわしいわヨ、内田の奥さん」
「あらあら、嫌だわねえタクミ君の奥さん」
「油揚げおかわりー! あと百枚は欲しいのじゃ!」
「……うん、色々ツッコむの大変だからホドホドにしてくれませんかね? 皆さん」
盛大にボケ倒す三人と自由奔放な一匹を前に、頭が痛くなってくる。
これから先、こんなノリに付き合い続けなくてはいけないのだろうか?
「はは、改めて二人ともよろしくね」
たまもちゃんの来訪から一夜明け、翌日の夜。
匠と康平を呼び寄せこのMATSUKAZEにて緊急の会議になった。
「龍の話を聞いてたから、今になって思うと納得ではあるな」
「いやあ普通にびっくりッスけど」
「色んなのが見えるって話すると変な目で見られちゃうからね。今まで黙っててごめんね」
それぞれが感想を述べ、壬生さんが片目を瞑って謝る。
「壬生さんが見えるようになったのは龍の一件から?」
「そうだね。あれ以来、迷信だとか空想だとか言われる存在も居るんじゃないかって思うようになったから」
「なるほど、原因はそれか」
妖怪達が見えるようになるのに必要な事。
それは”居ると信じる”事だ。
少なくとも昔の人達……数百年前の人間達は皆妖怪が居る事を知っていた。だから天狗ちゃん達も触れ合ってきたし、神格として扱われ祀られたりもしたのだ。
だが現代になっては老人の域に居る人々でさえも妖怪の存在を知らない。空想だと否定している。
文明の進みによるものか、はたまた自然と離れたせいなのか。ともかく、今の時代を生きる俺達はほとんど妖怪の存在を知る事は無い。
しかし何かのきっかけで知る事が、信じる機会を得る事がある。
俺は幼少の頃から爺ちゃんと婆ちゃんに聞かされて。
匠は俺の言う事を信用し、妖怪の存在を信じてくれて。
康平は純粋に居ると思っていて。
そして壬生さんは、自分の命が助かった不思議な出来事を経て。
ほんの少しのきっかけで見る事ができるようになるのが彼ら妖怪達なのだった。その実「本心から」信じる必要があるのでハードル自体は高いのだが。
「それでー……たまもちゃんは狐の妖怪って事でいいんだよね」
俺の隣で五枚ほど重なっている油揚げを素手で掴み頬張る幼狐を見て、壬生さんは尋ねる。
「うむ! わらわは白面金毛九尾の狐、玉藻前その人であるぞ!」
「はいはい、食い方汚いぞ」
「そろそろ箸の使い方教えた方が良くないッスか? 手掴みはさすがにマズいッスよ」
「てか明日こそ帰れよな。もう二晩だぞ」
「お主らみんな嫌いじゃー!」
嘘の自己紹介をする幼狐に散々に言う俺達。当の本人は涙目だ。
昨日は本当に焦ったものの、壬生さんが見える人だという事を知って心底安堵した。
たまもちゃんに纏わり付かれてさすがに仕事にならなくなった匠が山に返そうと車に乗せた所、脱走してここまで来てしまったのだ。
どうにもたまもちゃんは嗅覚が良いらしく、雨の中俺の乗る軽トラの匂いを辿って来たのだとか。
仕事として来ている手前どうするか悩んだものの、一緒に廃材の撤去や分別を手伝ってくれた。本人にとっては遊びのつもりだったらしい。
壬生さんもそんなたまもちゃんが気に入ったようで、昨日は深く詮索されずに事無きを得たのだった。
帰りついでに山へ返そうとしたのだが、狭い車内で泣くわ暴れるわの大騒ぎになり、仕方なく昨日は寝床を提供してやったのだった。
「狐って本当に油揚げ好きなんスね」
「ふがふが……全部が全部じゃないぞ、こうへい。わらわは好きじゃけどな!」
「たまもちゃんは野菜以外なら何でも好きっぽいよな」
「野菜は嫌いじゃ! わらわは肉食系女子なのでの!」
「どこで覚えたんだそんな言葉……」
「うむ、そこらの山に捨ててあった本にあっての。何でも奥手の男を骨抜きにして依存させる? とか何とか……」
「あー、言わんでいい言わんで」
この幼狐の知識は酷く偏っており、捨てられた雑誌類がその源泉となっているようだ。なので妙な事ばかりを知っている。
「でもよ、油揚げは野菜から出来てるぞ?」
「なぬ!?」
匠の指摘に驚くたまもちゃん。確かに油揚げの元は豆腐……つまり大豆から作られている。
驚愕の事実に「ふおおおお」と震えながらやはりむしゃむしゃと頬張っている姿は、妙に微笑ましい。
「それにしても今年はよく降るッスね、雨」
「そうだねえ。去年はこんなにじゃ無かった気がするよ」
康平に釣られて窓を見れば、外は相変わらずの激しい雨。
思い出すなあ、と小さく呟くのは壬生さん。多分、九死に一生を得た日の事だろう。
「こんな日に来てもらってありがとうね。皆」
「いや、今日は緊急性もあったし」
「今週は来てなかったッスからね」
匠と康平が順に答え、俺は一日ここでバイトしてたからなとは言えず口を噤む。
「この梅雨が終わったら、壬生さんを山に招待したいと思うんだけど」
代わりにと今後の予定を切り出す。
「いいッスね。”妖怪見える仲間ーズ”の隊員が増えたのは嬉しいッス」
「何だよそれ、ダサさ爆発し過ぎだろ。しかもそれだと”妖怪””見える仲間ーズ”に区切って聞こえるぞ」
「隊員ってのもよく分かんねーな。何の隊だよ」
「いやあ、ノリッスよノリ。分かってないなー、これだから陰キャ共は……」
「ああ!?」
「ははは、まあまあ。僕は楽しみにしてるよ。それに、僕も一枚噛ませてくれるんでしょ?」
喧嘩に発展しそうな俺達を宥めつつ、壬生さんが俺に聞いてくる。
「そりゃもう全面的に! でも、壬生さん店もあるから無理しなくても大丈夫ですよ?」
「寂しい事言わないで欲しいなあ。この店を一緒に弄ってる仲じゃないの、僕達」
「あら、あの二人いかがわしいわヨ、内田の奥さん」
「あらあら、嫌だわねえタクミ君の奥さん」
「油揚げおかわりー! あと百枚は欲しいのじゃ!」
「……うん、色々ツッコむの大変だからホドホドにしてくれませんかね? 皆さん」
盛大にボケ倒す三人と自由奔放な一匹を前に、頭が痛くなってくる。
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