風切山キャンプ場は本日も開拓中 〜妖怪達と作るキャンプ場開業奮闘記〜

古道 庵

文字の大きさ
上 下
55 / 94

8-4

しおりを挟む
味噌汁はアサリの出汁が利いており、程よい塩味と味噌の香りで「ほう」と溜息が漏れてしまう。

「でもま、大学時代の一番の親友になりましたね。高校の友達も居るには居るけど、社畜時代で疎遠になっちゃいましたし」
「働き始めるとそう言う事あるよね。涼介君、どこに勤めてたの?」
互いにキャベツや生姜焼きに箸を伸ばしながら会話を続ける。

「居酒屋チェーンの店長やってました。前は五反田に住んでて」
「へえー、初耳だ。話に聞くとかなりブラックだったとか?」
「まあ、そうですね。体壊して辞めたんで……元々はバイトから正社員にみたいな流れだったんですけど、安易な選択した事は今でも後悔してます。周りの皆が就活でひーひー言ってる時に優越感に浸って調子に乗ってたツケですね。早い段階から業績不振だった店の店長にされて、そこからは上の連中から詰められっぱなしの日々で」
「……なんか、胃が痛くなる話だねえ」

何故だろうか、ここまで話す気など無かったのにポロポロ言葉が出てしまう。話す相手が壬生さんだからだろうか。

「それでも頑張って多少は業績も良くなったんですよ。撤退するかどうかなんて話が出てた所が、五年目でやっと黒字になって……でも本社の方でやらかしがあって、賠償金やら何やら請求があったらしくて。その煽りか分からないですけど、人員削減の大号令が出たんです。パートやバイトを減らす以外の選択肢が無くて、抜けた穴を正社員の俺らで何とか埋める形になりました」

あの頃を思い出すだけでも胸が苦しくなる。結局調理場やホールのスタッフが足りなくなってミスも多発するしクレームも増えた。
辞めてもらった人達からの恨み言もあったし、残ったスタッフにも過酷な労働を強いた事で不満が溜まり、上からの圧力と挟まれてかなり辛い状況だった。

「半年ぐらいはギリギリ回してたんですけど、ハードワークとストレスでぶっ倒れちゃって。胃に穴空いてるし過労でボロボロだし、軽度の鬱とかもあって二週間ぐらい強制的に入院させられて、その後一カ月休んじゃって。まあ上の連中とかマネージャーとか毎日のように電話してきましたけど」
「それはもう、訴えてもいいレベルなんじゃないかな」
壬生さんはドン引きと言っていい程に口を引き攣らせている。

「ぶっちゃけ何やっても勝てますよね、証拠なんてそこら中にありましたし。でまあ、体調は良くなってきてましたけど復職するかはぶっちゃけ迷ってまして。そんな時に婆ちゃんが亡くなったって連絡が。それが止めでもう精神的に無理って結論になったんですよ」
生姜焼きを白飯に乗せてかき込む。美味い。

「ま、今は辞めて良かったですよ。体も精神的にもすっかり全快しましたし、人間の生活できてる実感ありますし」
「僕も自営だったから充分黒い生活してたけど、涼介君のは何というか、レベルが違い過ぎる気がするね」
「今となっては全部過去です。今頃あのマネージャーも胃に穴開けて寝てるんじゃないかな」
そう思うと小気味が良くて、自然と笑ってしまう。

「……涼介君、今の顔、かなり黒かったよ?」
「え? そうですか?」
壬生さんの引き具合を見る限り、俺の表情がおかしかったようだ。

話ながら食べている内に、器が全て綺麗になった。
「……ふう、御馳走様でした。美味かったです」
「お粗末様でした」
「なんか、話聞いてもらってありがとうございました。康平にもあんま詳しく話してないんで」
「あ、そうだったんだ」
意外そうな表情を浮かべている。

「あいつにあんまこういう話合わないなーって、無意識に避けてた気がしますね。あいつ自身、そんなに聞いてこないし」
「その点僕なら話し易かったのかな? ……でも、いいと思うよ。話したい時に話したい相手に話す。それで十分じゃないかな」
「なーんか、壬生さんって話したくなるタイプなんだよなあ。ありがとうございました。長々と聞いてもらっちゃって」
「いいよ。僕の話だって聞いてくれたじゃない」
壬生さんはテーブルに両肘を突き手を組んだ上に顎を乗せて微笑んでいる。
美形だし、こういう仕草がいちいち絵になるんだよな。

何となく気恥しくなって庭に目を向けると、入口の辺りに誰か立っているのが見える。

雨で霞む視界の中、小さな体に大きな耳と尻尾を付けた、白と赤で構成された巫女服姿である事が確認できる。
今朝見たばかりの幼狐だ。
「……たまもちゃん?」

呟くように名前を呼ぶと、幼狐は顔をぐしゃぐしゃにしながら駆け寄って来る。
「りょうすけえええええ!」
「うおお!?」

大声で俺の名前を叫びながら特攻され、椅子ごとひっくり返されてしまう。

「りょうすけえ! たくみがあ! たくみが酷いんじゃ!」
「ちょちょ、たまもちゃん今は……」
と口に出してここまでの失態に冷や汗をかき、テーブルの向こうの相手を見る。

「たくみがの、たくみがの! わらわを邪魔者扱いするのじゃ!」
胸の上でぐりぐりと顔を擦り、わざとらしく泣いてアピールされるがこっちはそんな場合じゃない。

妖怪が見えない壬生さんからしたら、今の俺の状況は異常そのものだろう。

「終いには山に帰すとか言い出しての! 車とかいう鉄の箱にわらわを押し込めようとしたのじゃ! うわあああん!」

どうしたものか、全く判断がつかない。
下手に宥める動きをしたら更に怪しまれる気がするし、かと言ってこのまま放っておく事もできない。

「りょうすけえ! お前もわらわを無視するのか!? うああああああん!」
「あーもう、分かったからとりあえず泣き止んで……」
いよいよ収拾のつかなくなった、たまもちゃんの背を叩きながら宥める。
同時にそっと壬生さんの方を見ると、何やら不思議そうな顔でこちらを見ている。

そりゃそうだよな……いきなり変な名前呼ぶわ、突然吹っ飛ぶわ、見えない何かを宥めるような事を言うわ、怪しまない理由を探す方が難しいだろう。
どうこの場を切り抜けるべきか……

「その子、見ない子だね。尻尾と耳は狐かな?」
「……あのですね壬生さん……へ?」
頭を必死に回転させ言い訳を言おうとした所、意外過ぎる発言に疑問符が浮かぶ。

「壬生さん、もしかして」
「うん、見えてるよ。可愛い子だね、その子も神様かい?」

いつものように微笑む壬生さんに、改めてこの人には敵わないなと脱力してしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クルマでソロキャンプ🏕

アーエル
エッセイ・ノンフィクション
日常の柵(しがらみ)から離れて過ごすキャンプ。 仲間で 家族で 恋人で そして……ひとりで 誰にも気兼ねなく それでいて「不便を感じない」キャンプを楽しむ 「普通ではない」私の ゆるりとしたリアル(離れした)キャンプ記録です。 他社でも公開☆

転生キッズの魔物研究所〜ほのぼの家族に溢れんばかりの愛情を受けスローライフを送っていたら規格外の子どもに育っていました〜

西園寺おとば🌱
ファンタジー
高校生の涼太は交通事故で死んでしまったところを優しい神様達に助けられて、異世界に転生させて貰える事になった。 辺境伯家の末っ子のアクシアに転生した彼は色々な人に愛されながら、そこに住む色々な魔物や植物に興味を抱き、研究する気ままな生活を送る事になる。

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

処理中です...