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味噌汁はアサリの出汁が利いており、程よい塩味と味噌の香りで「ほう」と溜息が漏れてしまう。
「でもま、大学時代の一番の親友になりましたね。高校の友達も居るには居るけど、社畜時代で疎遠になっちゃいましたし」
「働き始めるとそう言う事あるよね。涼介君、どこに勤めてたの?」
互いにキャベツや生姜焼きに箸を伸ばしながら会話を続ける。
「居酒屋チェーンの店長やってました。前は五反田に住んでて」
「へえー、初耳だ。話に聞くとかなりブラックだったとか?」
「まあ、そうですね。体壊して辞めたんで……元々はバイトから正社員にみたいな流れだったんですけど、安易な選択した事は今でも後悔してます。周りの皆が就活でひーひー言ってる時に優越感に浸って調子に乗ってたツケですね。早い段階から業績不振だった店の店長にされて、そこからは上の連中から詰められっぱなしの日々で」
「……なんか、胃が痛くなる話だねえ」
何故だろうか、ここまで話す気など無かったのにポロポロ言葉が出てしまう。話す相手が壬生さんだからだろうか。
「それでも頑張って多少は業績も良くなったんですよ。撤退するかどうかなんて話が出てた所が、五年目でやっと黒字になって……でも本社の方でやらかしがあって、賠償金やら何やら請求があったらしくて。その煽りか分からないですけど、人員削減の大号令が出たんです。パートやバイトを減らす以外の選択肢が無くて、抜けた穴を正社員の俺らで何とか埋める形になりました」
あの頃を思い出すだけでも胸が苦しくなる。結局調理場やホールのスタッフが足りなくなってミスも多発するしクレームも増えた。
辞めてもらった人達からの恨み言もあったし、残ったスタッフにも過酷な労働を強いた事で不満が溜まり、上からの圧力と挟まれてかなり辛い状況だった。
「半年ぐらいはギリギリ回してたんですけど、ハードワークとストレスでぶっ倒れちゃって。胃に穴空いてるし過労でボロボロだし、軽度の鬱とかもあって二週間ぐらい強制的に入院させられて、その後一カ月休んじゃって。まあ上の連中とかマネージャーとか毎日のように電話してきましたけど」
「それはもう、訴えてもいいレベルなんじゃないかな」
壬生さんはドン引きと言っていい程に口を引き攣らせている。
「ぶっちゃけ何やっても勝てますよね、証拠なんてそこら中にありましたし。でまあ、体調は良くなってきてましたけど復職するかはぶっちゃけ迷ってまして。そんな時に婆ちゃんが亡くなったって連絡が。それが止めでもう精神的に無理って結論になったんですよ」
生姜焼きを白飯に乗せてかき込む。美味い。
「ま、今は辞めて良かったですよ。体も精神的にもすっかり全快しましたし、人間の生活できてる実感ありますし」
「僕も自営だったから充分黒い生活してたけど、涼介君のは何というか、レベルが違い過ぎる気がするね」
「今となっては全部過去です。今頃あのマネージャーも胃に穴開けて寝てるんじゃないかな」
そう思うと小気味が良くて、自然と笑ってしまう。
「……涼介君、今の顔、かなり黒かったよ?」
「え? そうですか?」
壬生さんの引き具合を見る限り、俺の表情がおかしかったようだ。
話ながら食べている内に、器が全て綺麗になった。
「……ふう、御馳走様でした。美味かったです」
「お粗末様でした」
「なんか、話聞いてもらってありがとうございました。康平にもあんま詳しく話してないんで」
「あ、そうだったんだ」
意外そうな表情を浮かべている。
「あいつにあんまこういう話合わないなーって、無意識に避けてた気がしますね。あいつ自身、そんなに聞いてこないし」
「その点僕なら話し易かったのかな? ……でも、いいと思うよ。話したい時に話したい相手に話す。それで十分じゃないかな」
「なーんか、壬生さんって話したくなるタイプなんだよなあ。ありがとうございました。長々と聞いてもらっちゃって」
「いいよ。僕の話だって聞いてくれたじゃない」
壬生さんはテーブルに両肘を突き手を組んだ上に顎を乗せて微笑んでいる。
美形だし、こういう仕草がいちいち絵になるんだよな。
何となく気恥しくなって庭に目を向けると、入口の辺りに誰か立っているのが見える。
雨で霞む視界の中、小さな体に大きな耳と尻尾を付けた、白と赤で構成された巫女服姿である事が確認できる。
今朝見たばかりの幼狐だ。
「……たまもちゃん?」
呟くように名前を呼ぶと、幼狐は顔をぐしゃぐしゃにしながら駆け寄って来る。
「りょうすけえええええ!」
「うおお!?」
大声で俺の名前を叫びながら特攻され、椅子ごとひっくり返されてしまう。
「りょうすけえ! たくみがあ! たくみが酷いんじゃ!」
「ちょちょ、たまもちゃん今は……」
と口に出してここまでの失態に冷や汗をかき、テーブルの向こうの相手を見る。
「たくみがの、たくみがの! わらわを邪魔者扱いするのじゃ!」
胸の上でぐりぐりと顔を擦り、わざとらしく泣いてアピールされるがこっちはそんな場合じゃない。
妖怪が見えない壬生さんからしたら、今の俺の状況は異常そのものだろう。
「終いには山に帰すとか言い出しての! 車とかいう鉄の箱にわらわを押し込めようとしたのじゃ! うわあああん!」
どうしたものか、全く判断がつかない。
下手に宥める動きをしたら更に怪しまれる気がするし、かと言ってこのまま放っておく事もできない。
「りょうすけえ! お前もわらわを無視するのか!? うああああああん!」
「あーもう、分かったからとりあえず泣き止んで……」
いよいよ収拾のつかなくなった、たまもちゃんの背を叩きながら宥める。
同時にそっと壬生さんの方を見ると、何やら不思議そうな顔でこちらを見ている。
そりゃそうだよな……いきなり変な名前呼ぶわ、突然吹っ飛ぶわ、見えない何かを宥めるような事を言うわ、怪しまない理由を探す方が難しいだろう。
どうこの場を切り抜けるべきか……
「その子、見ない子だね。尻尾と耳は狐かな?」
「……あのですね壬生さん……へ?」
頭を必死に回転させ言い訳を言おうとした所、意外過ぎる発言に疑問符が浮かぶ。
「壬生さん、もしかして」
「うん、見えてるよ。可愛い子だね、その子も神様かい?」
いつものように微笑む壬生さんに、改めてこの人には敵わないなと脱力してしまった。
「でもま、大学時代の一番の親友になりましたね。高校の友達も居るには居るけど、社畜時代で疎遠になっちゃいましたし」
「働き始めるとそう言う事あるよね。涼介君、どこに勤めてたの?」
互いにキャベツや生姜焼きに箸を伸ばしながら会話を続ける。
「居酒屋チェーンの店長やってました。前は五反田に住んでて」
「へえー、初耳だ。話に聞くとかなりブラックだったとか?」
「まあ、そうですね。体壊して辞めたんで……元々はバイトから正社員にみたいな流れだったんですけど、安易な選択した事は今でも後悔してます。周りの皆が就活でひーひー言ってる時に優越感に浸って調子に乗ってたツケですね。早い段階から業績不振だった店の店長にされて、そこからは上の連中から詰められっぱなしの日々で」
「……なんか、胃が痛くなる話だねえ」
何故だろうか、ここまで話す気など無かったのにポロポロ言葉が出てしまう。話す相手が壬生さんだからだろうか。
「それでも頑張って多少は業績も良くなったんですよ。撤退するかどうかなんて話が出てた所が、五年目でやっと黒字になって……でも本社の方でやらかしがあって、賠償金やら何やら請求があったらしくて。その煽りか分からないですけど、人員削減の大号令が出たんです。パートやバイトを減らす以外の選択肢が無くて、抜けた穴を正社員の俺らで何とか埋める形になりました」
あの頃を思い出すだけでも胸が苦しくなる。結局調理場やホールのスタッフが足りなくなってミスも多発するしクレームも増えた。
辞めてもらった人達からの恨み言もあったし、残ったスタッフにも過酷な労働を強いた事で不満が溜まり、上からの圧力と挟まれてかなり辛い状況だった。
「半年ぐらいはギリギリ回してたんですけど、ハードワークとストレスでぶっ倒れちゃって。胃に穴空いてるし過労でボロボロだし、軽度の鬱とかもあって二週間ぐらい強制的に入院させられて、その後一カ月休んじゃって。まあ上の連中とかマネージャーとか毎日のように電話してきましたけど」
「それはもう、訴えてもいいレベルなんじゃないかな」
壬生さんはドン引きと言っていい程に口を引き攣らせている。
「ぶっちゃけ何やっても勝てますよね、証拠なんてそこら中にありましたし。でまあ、体調は良くなってきてましたけど復職するかはぶっちゃけ迷ってまして。そんな時に婆ちゃんが亡くなったって連絡が。それが止めでもう精神的に無理って結論になったんですよ」
生姜焼きを白飯に乗せてかき込む。美味い。
「ま、今は辞めて良かったですよ。体も精神的にもすっかり全快しましたし、人間の生活できてる実感ありますし」
「僕も自営だったから充分黒い生活してたけど、涼介君のは何というか、レベルが違い過ぎる気がするね」
「今となっては全部過去です。今頃あのマネージャーも胃に穴開けて寝てるんじゃないかな」
そう思うと小気味が良くて、自然と笑ってしまう。
「……涼介君、今の顔、かなり黒かったよ?」
「え? そうですか?」
壬生さんの引き具合を見る限り、俺の表情がおかしかったようだ。
話ながら食べている内に、器が全て綺麗になった。
「……ふう、御馳走様でした。美味かったです」
「お粗末様でした」
「なんか、話聞いてもらってありがとうございました。康平にもあんま詳しく話してないんで」
「あ、そうだったんだ」
意外そうな表情を浮かべている。
「あいつにあんまこういう話合わないなーって、無意識に避けてた気がしますね。あいつ自身、そんなに聞いてこないし」
「その点僕なら話し易かったのかな? ……でも、いいと思うよ。話したい時に話したい相手に話す。それで十分じゃないかな」
「なーんか、壬生さんって話したくなるタイプなんだよなあ。ありがとうございました。長々と聞いてもらっちゃって」
「いいよ。僕の話だって聞いてくれたじゃない」
壬生さんはテーブルに両肘を突き手を組んだ上に顎を乗せて微笑んでいる。
美形だし、こういう仕草がいちいち絵になるんだよな。
何となく気恥しくなって庭に目を向けると、入口の辺りに誰か立っているのが見える。
雨で霞む視界の中、小さな体に大きな耳と尻尾を付けた、白と赤で構成された巫女服姿である事が確認できる。
今朝見たばかりの幼狐だ。
「……たまもちゃん?」
呟くように名前を呼ぶと、幼狐は顔をぐしゃぐしゃにしながら駆け寄って来る。
「りょうすけえええええ!」
「うおお!?」
大声で俺の名前を叫びながら特攻され、椅子ごとひっくり返されてしまう。
「りょうすけえ! たくみがあ! たくみが酷いんじゃ!」
「ちょちょ、たまもちゃん今は……」
と口に出してここまでの失態に冷や汗をかき、テーブルの向こうの相手を見る。
「たくみがの、たくみがの! わらわを邪魔者扱いするのじゃ!」
胸の上でぐりぐりと顔を擦り、わざとらしく泣いてアピールされるがこっちはそんな場合じゃない。
妖怪が見えない壬生さんからしたら、今の俺の状況は異常そのものだろう。
「終いには山に帰すとか言い出しての! 車とかいう鉄の箱にわらわを押し込めようとしたのじゃ! うわあああん!」
どうしたものか、全く判断がつかない。
下手に宥める動きをしたら更に怪しまれる気がするし、かと言ってこのまま放っておく事もできない。
「りょうすけえ! お前もわらわを無視するのか!? うああああああん!」
「あーもう、分かったからとりあえず泣き止んで……」
いよいよ収拾のつかなくなった、たまもちゃんの背を叩きながら宥める。
同時にそっと壬生さんの方を見ると、何やら不思議そうな顔でこちらを見ている。
そりゃそうだよな……いきなり変な名前呼ぶわ、突然吹っ飛ぶわ、見えない何かを宥めるような事を言うわ、怪しまない理由を探す方が難しいだろう。
どうこの場を切り抜けるべきか……
「その子、見ない子だね。尻尾と耳は狐かな?」
「……あのですね壬生さん……へ?」
頭を必死に回転させ言い訳を言おうとした所、意外過ぎる発言に疑問符が浮かぶ。
「壬生さん、もしかして」
「うん、見えてるよ。可愛い子だね、その子も神様かい?」
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