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「……ふう、なんかやべー雰囲気だな。あいつ」
甚之助の姿を見送った匠が溜息と共にぼやく。
「間違いなく、この中に居る妖怪達の中で最強だろうな……さて、それじゃあ話はまとまったと見ていいか?」
「ああ、我々もここに居る理由は一つも無い。他の妖怪達を連れてすぐに出立する」
「そうか」
頑なにこの幼狐を連れていくと言っていた姿勢が消えた事を確認し、安堵の溜息が出る。
「……うう」
これで解散という空気が出始めた中、匠の腕の中に居た幼狐から呻き声が聞こえる。
そして目を覚ますと匠の腕の中で暴れて離れ、囲うように立っている俺達を見て怯えた視線を送る。
「怖がらなくていいんだ。もう全部終わった。……お前も、辛かったんだな」
しゃがみ込んで目線を合わせ、ゆっくりと頭に手を置く。
瞬く間に大きな瞳が潤み始め、大粒の涙が溢れ出してきた。
……何だか今日は狐の涙ばかり見る日だな。
そんな事を思いながら頭を撫でていると、霜夜と天狗ちゃんが近づいてきた。
「先程は済まなかった。だが、我らの苦しみも理解しろ。お前の意図があったにしろ無かったにしろ、我々はお前に害されたのだ」
霜夜の言葉に頷く幼狐はごしごしと涙を拭い、向き直って正座する。
「……本当にごめんなさい。わらわは、わらわは強くなりたかった。実は、わらわは全部覚えておるのじゃ。そのクモに言われた事も、何をするのかも全部分かっておって受け入れた。じゃから、わらわが悪いのじゃ。伏見の皆の者、それに今まで飲み込んだ妖怪達、本当にごめんなさい」
そう言うと額を地面に付けて蹲る。
思えば、この子の声を聞いたのは初めてかもしれない。
これまで何度か会いはしたが、口を開くことは無かったから。
「どんな罰も受けるつもりじゃ。殺したければ殺すがよい。わらわは、その覚悟を決めておる」
面を下げたままそんな事を言う。
ボロボロの姿と相まって、幼い子供がそんな台詞を吐く事に胸の痛みを感じる。
「もういいんです、狐さん。もう誰も貴女を咎めません」
天狗ちゃんが優しく肩を叩くと、幼狐はゆっくりと面を上げる。その顔は泥と涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃだ。
「……よいのか? 怒ってないのか? わらわが憎くはないのか?」
「ええ。皆貴女を許してます。だから立ってください」
「……うう、う……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝らないでください。それよりも礼をそこの人間達に。必死になって貴女を守ってくれたんですよ。あの人達が居なかったら、きっと御霊を砕かれていました」
天狗ちゃんが手を取り立ち上がらせ、そして俺と匠を見る。
幼狐も顔を上げて俺達を見て、視線が合うのを感じる。
「……ありがとう、人間。命を助けられたようじゃの」
「小さいクセに偉そうな口は変わんねーのな」
匠は照れ臭いのか、いつもの悪態が飛び出す。
「まあまあ。それよりもどうする? 狐達と一緒に帰るか? それともどこか別の場所に行くか?」
「うむ……わらわはもう、伏見には戻れぬ。散々荒らし回ってしまったからの。じゃから行く宛など……」
「そんなら、ここに居るか?」
「え?」
キョトン、と呆けた顔で俺を見る。
「お主、わらわを追い出したいのではないのか?」
「何でそうなんだよ。一度も俺らはお前を追い出すなんて言ってないだろ」
「じゃが、お主を食い殺そうとしたのじゃぞ?」
「生温いわ、そんなの。そこの天狗ちゃんになんてな、二度も殺されかけたんだぞ」
「わ、私はそんな事してませんっ!」
いきなり不名誉な事を言われて慌てる天狗ちゃんが、わたわたと否定する。
「あー、確かにな」
とは響だ。現場に遭遇しているので当然知っている。
「もうっ! 響さんまで!」
「……はは。まあだから別にお前の事なんて憎くも怖くも無い。一緒に飯食った仲だろ?」
手を差し出すように伸ばすと、大きな耳と尻尾がピンと立ち、そして再び目がウルウルとし始める。
「この山はこれから元気になる。……俺達皆で元気にする。化け狐の一匹ぐらい、増えたって何とも無いさ。だから、な?」
こういうのは少し苦手だ。ちゃんと笑えているだろうか。
泣き始めて袴を握り締めたまま俯く幼狐に、背後に立っている天狗ちゃんが優しく肩に手を乗せる。
振り向いた幼狐に、黒翼の少女は無言で優しく微笑み、頷く。
……さすが天狗ちゃん、その笑顔は反則だ。威力ハンパねえ。
天狗ちゃんの微笑みを受け、小さく頷いた幼狐。
そして何を思ったか俺に向き直り走り出す。
握手をしようと伸ばした右手だったが、それをすり抜け俺へとダイブ。
「むぐっ!?」
頭部が顎を掠めた後、胸に衝撃。
思わず倒れそうになるのを堪えて何とか受け止めた。
俺の服に顔を埋めて呻き声を上げるので、とりあえず背中を軽く叩いて宥める事にする。
……そう言や、名前を聞いてなかったな。この子。
落ち着いたら聞いてみよう。
それに皆に改めて紹介しないとな……ああ、小三郎の奴、納得するだろうか?
一抹の不安を覚えつつ、新たに仲間に加わった幼狐を胸に抱き、皆が優しく見守っている視線を受け温もりを感じる。
この一週間の大事件がようやく結末を迎えた事に安堵し、まずは片付けからだな、と明日からの予定を頭に浮かべる。
……今日はもういいや。皆でゆっくりしよう。
晴れ渡った空を見上げ、賑やかに話し始めた妖怪達の声を聞いて目を閉じる。
微かに、山が笑ったような気がした。
甚之助の姿を見送った匠が溜息と共にぼやく。
「間違いなく、この中に居る妖怪達の中で最強だろうな……さて、それじゃあ話はまとまったと見ていいか?」
「ああ、我々もここに居る理由は一つも無い。他の妖怪達を連れてすぐに出立する」
「そうか」
頑なにこの幼狐を連れていくと言っていた姿勢が消えた事を確認し、安堵の溜息が出る。
「……うう」
これで解散という空気が出始めた中、匠の腕の中に居た幼狐から呻き声が聞こえる。
そして目を覚ますと匠の腕の中で暴れて離れ、囲うように立っている俺達を見て怯えた視線を送る。
「怖がらなくていいんだ。もう全部終わった。……お前も、辛かったんだな」
しゃがみ込んで目線を合わせ、ゆっくりと頭に手を置く。
瞬く間に大きな瞳が潤み始め、大粒の涙が溢れ出してきた。
……何だか今日は狐の涙ばかり見る日だな。
そんな事を思いながら頭を撫でていると、霜夜と天狗ちゃんが近づいてきた。
「先程は済まなかった。だが、我らの苦しみも理解しろ。お前の意図があったにしろ無かったにしろ、我々はお前に害されたのだ」
霜夜の言葉に頷く幼狐はごしごしと涙を拭い、向き直って正座する。
「……本当にごめんなさい。わらわは、わらわは強くなりたかった。実は、わらわは全部覚えておるのじゃ。そのクモに言われた事も、何をするのかも全部分かっておって受け入れた。じゃから、わらわが悪いのじゃ。伏見の皆の者、それに今まで飲み込んだ妖怪達、本当にごめんなさい」
そう言うと額を地面に付けて蹲る。
思えば、この子の声を聞いたのは初めてかもしれない。
これまで何度か会いはしたが、口を開くことは無かったから。
「どんな罰も受けるつもりじゃ。殺したければ殺すがよい。わらわは、その覚悟を決めておる」
面を下げたままそんな事を言う。
ボロボロの姿と相まって、幼い子供がそんな台詞を吐く事に胸の痛みを感じる。
「もういいんです、狐さん。もう誰も貴女を咎めません」
天狗ちゃんが優しく肩を叩くと、幼狐はゆっくりと面を上げる。その顔は泥と涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃだ。
「……よいのか? 怒ってないのか? わらわが憎くはないのか?」
「ええ。皆貴女を許してます。だから立ってください」
「……うう、う……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝らないでください。それよりも礼をそこの人間達に。必死になって貴女を守ってくれたんですよ。あの人達が居なかったら、きっと御霊を砕かれていました」
天狗ちゃんが手を取り立ち上がらせ、そして俺と匠を見る。
幼狐も顔を上げて俺達を見て、視線が合うのを感じる。
「……ありがとう、人間。命を助けられたようじゃの」
「小さいクセに偉そうな口は変わんねーのな」
匠は照れ臭いのか、いつもの悪態が飛び出す。
「まあまあ。それよりもどうする? 狐達と一緒に帰るか? それともどこか別の場所に行くか?」
「うむ……わらわはもう、伏見には戻れぬ。散々荒らし回ってしまったからの。じゃから行く宛など……」
「そんなら、ここに居るか?」
「え?」
キョトン、と呆けた顔で俺を見る。
「お主、わらわを追い出したいのではないのか?」
「何でそうなんだよ。一度も俺らはお前を追い出すなんて言ってないだろ」
「じゃが、お主を食い殺そうとしたのじゃぞ?」
「生温いわ、そんなの。そこの天狗ちゃんになんてな、二度も殺されかけたんだぞ」
「わ、私はそんな事してませんっ!」
いきなり不名誉な事を言われて慌てる天狗ちゃんが、わたわたと否定する。
「あー、確かにな」
とは響だ。現場に遭遇しているので当然知っている。
「もうっ! 響さんまで!」
「……はは。まあだから別にお前の事なんて憎くも怖くも無い。一緒に飯食った仲だろ?」
手を差し出すように伸ばすと、大きな耳と尻尾がピンと立ち、そして再び目がウルウルとし始める。
「この山はこれから元気になる。……俺達皆で元気にする。化け狐の一匹ぐらい、増えたって何とも無いさ。だから、な?」
こういうのは少し苦手だ。ちゃんと笑えているだろうか。
泣き始めて袴を握り締めたまま俯く幼狐に、背後に立っている天狗ちゃんが優しく肩に手を乗せる。
振り向いた幼狐に、黒翼の少女は無言で優しく微笑み、頷く。
……さすが天狗ちゃん、その笑顔は反則だ。威力ハンパねえ。
天狗ちゃんの微笑みを受け、小さく頷いた幼狐。
そして何を思ったか俺に向き直り走り出す。
握手をしようと伸ばした右手だったが、それをすり抜け俺へとダイブ。
「むぐっ!?」
頭部が顎を掠めた後、胸に衝撃。
思わず倒れそうになるのを堪えて何とか受け止めた。
俺の服に顔を埋めて呻き声を上げるので、とりあえず背中を軽く叩いて宥める事にする。
……そう言や、名前を聞いてなかったな。この子。
落ち着いたら聞いてみよう。
それに皆に改めて紹介しないとな……ああ、小三郎の奴、納得するだろうか?
一抹の不安を覚えつつ、新たに仲間に加わった幼狐を胸に抱き、皆が優しく見守っている視線を受け温もりを感じる。
この一週間の大事件がようやく結末を迎えた事に安堵し、まずは片付けからだな、と明日からの予定を頭に浮かべる。
……今日はもういいや。皆でゆっくりしよう。
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微かに、山が笑ったような気がした。
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