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「土井さん、お願いなのでその子を渡してください」
「駄目だ」
この山の妖怪と、先日狐の腹から出てきた妖怪達が勢揃いして並び立つのを前に、俺と匠が二人だけで相対する。
匠の腕には先日のバーベキューから仲良くなった幼女姿の化け狐が。
子狐は泥だらけの傷だらけで、今は気絶したのか目を閉じている。
「渡した後この子はどうなる。どうせ碌な事しないだろ、お前ら」
匠が怒気を滲ませつつ、淡々と吐き捨てる。
「その子狐が仕出かした事は、お前達人間も重々承知しているだろう。大人しく渡せ。一応恩のあるお前達に害は加えたくない」
四匹の伏見狐の内の一匹、長身の巫女服を纏った女に化けた一人が進み出る。
「渡した後どうするのかって匠は聞いてるんだ。答えてくれ」
腑に落ちていない表情の匠を片手で制止しつつ尋ねる。
「お前ら人間共に関係ないだろうが。ごちゃごちゃ言っていないでさっさと寄越して消えろ。じゃなければここで食い殺してやろうか?」
後ろに居る若い男が牙を出しながら進み出てくる。こいつも伏見狐の一匹だ。
「人間の肉なぞ久しく食ってないからな」
舌なめずりしつつ近づいてくる。
「ちょっと……待ってください! 土井さんと匠さんを傷つける事は私が許しませんよ!?」
と天狗ちゃん。
「下がれ睦月(むつき)、お前が出てくると話がややこしくなる」
先程の長身の巫女が、睦月と呼んだ若い男の肩を掴んだ。
「止めるな霜夜(しもよ)! 人間風情が偉そうに、我らに楯突いてくる事が気に喰わん。身の程を……」
「二度は言わぬぞ」
「……っ」
睦月が尚も俺達に近づこうとした瞬間、霜夜と呼ばれた巫女が首を掴み持ち上げる。
「頭領へは、お前だけ腹の中で死したと報せるか?」
能面のような無感情な顔で冷たく言い放つ霜夜。それに対し観念したのか、目を伏せて小さく頷く睦月。
首を絞めていた手が離れ、顔を真っ赤にした睦月は俺達を睨みつつ後ろへ下がっていった。
「さて、質問に答えよう。その子狐、装束を見る通り我らと同じ伏見狐だ。ならば共に伏見に帰るのが筋だろう」
霜夜はこちらに向き直り、淡々と告げる。
「それで? こいつは無事で済むのか?」
「まず頭領にお目通りし、この四年の間に引き起こした事についての沙汰が降りるだろう。まあ、無事では済まぬだろうな」
匠の質問に冷徹な答え。つまり、処刑されるという事か。
「ここまで追いつめてボロボロにしておいて……それで終わりに出来ないのか」
「当然の報いだろう。弱き者は虐げられ淘汰される。これも当たり前の理ではないか」
朝来た時、少女の悲鳴が聞こえた。慌てて駆けつけてみると妖怪達がこの子狐を追い回しており、様々な術や暴力で嬲っていたのだ。
俺達が止めに入らなかったらどうなっていた事か。
「土井さん、ここは納得してください。私達としても、彼女らに任せるべきだと思います」
天狗ちゃんが諭すように言ってくる。
子狐の集団リンチに山の妖怪達が参加していない事は分かっているが、それ程離れていない場所で静観していた事を知っている。
それに今の言い方。まるで聞き分けの悪い子供に言い聞かせるようだった。
俺の中で妖怪達に対する嫌悪感が沸々と湧き上がるのを感じる。
「この子に関しては俺らで預かる。山にも置かない。それで納得できないか?」
「無理だ。場合によってはこの場でお前達を気絶させてでも連れて行く。恩のあるお前達に手を上げるのは気が引けるが」
俺の提案に対して、霜夜からの明確な拒絶。更には実力行使も辞さないとの脅し付きだ。
今こうして話している事すら譲歩してやっているんだと、暗に示しているかのようだった。
……気に食わない話だ。
「涼介、匠。ここは退いとけ。この件に関しちゃ俺らも同意見なんだ。こんな危ねえ化け物、いつまでも置いておけねえ。仮に伏見に連れて行かないなんて話になるなら、俺らで殺す」
「おっさん……」
普段の朗らかな印象が消え、淡々と告げるおっさん。
「涼介、自分が死にかけた事ちゃんと分かってんのか? お前の人好しのせいで俺ら全員死にかけた事も」
「だから、俺が責任を持って面倒見るって……」
「それじゃ責任取れてねえって言ってんだろうが! 火の点いた火薬なんだよそれは。村で爆発させてえのか!」
強い剣幕に圧され、思わず口を噤んでしまう。
「土井さん、大五郎さんは皆を心配して言ってるんです。もうあんな事にならないようにするために……」
「でも、今のこいつにそんな力は無いんだろう? 朝見てたぞ、普通に殴り倒されてた。その『心配』ってのは方便で、結局私刑を与えたいだけなんじゃないか?」
冷静さを取り戻した匠が突きつける。
そこで霜夜が一つ溜息を吐き、皆が注目する。
「答弁はこの程度で良いだろう。元よりこいつは連れて行き、殺す。我らも失態の罰を受け、死ぬ。これは変わらない。言葉で飾るのが好きなお前達に合わせていたが、もう充分だろう。これ以上食い下がるなら先程の警告通り、力づくで奪うが良いか?」
「お前らも死ぬ……?」
「当然だ。年端もいかぬ子弧に我ら四匹はおめおめと食われ、力を与えてしまったのだから。伏見狐としてあるまじき失態だ」
伏見狐を見回すと、他の三匹は目を伏せ閉口している。そのつもりだと言う事か。
「せっかく生きていたのに……?」
「せっかく生きていたから、だ。罪を雪ぐ禊を受ける良い機会を与えられた。生き残った甲斐があったよ」
相変わらず平坦で無表情なので感情が読み取れないが、言葉面だけを見れば死に行くことを喜んでいるようにすら見える。
「だったらお前ら、ここに居ればいいだろ。山はそれなりに広いんだし。死ぬのにわざわざ帰る必要なんて無い」
「無用な気遣いだ。そして無駄な論争だ。我らは伏見に戻る。さあ、渡すか奪われるか決めろ」
霜夜は一歩進み出てきて、俄かに空気が凍てついてくる。
パキリ、と音がしたので元を見ると、自分の右手が真っ白に凍りつき、幾筋かのヒビが走る。
「う……お!?」
「何……」
俺と匠が狼狽え互いを見ると、それぞれの手足の先から凍結が進んでおり、動いた匠の左腕がバキンと大きな音を立てて折れてしまった。
「たく……み……」
手を伸ばそうとするがその手は折れて落ちてしまう。
そして足を踏み出そうとした事で付け根から折れ、前のめりに倒れ込む。
俺……死……
「駄目だ」
この山の妖怪と、先日狐の腹から出てきた妖怪達が勢揃いして並び立つのを前に、俺と匠が二人だけで相対する。
匠の腕には先日のバーベキューから仲良くなった幼女姿の化け狐が。
子狐は泥だらけの傷だらけで、今は気絶したのか目を閉じている。
「渡した後この子はどうなる。どうせ碌な事しないだろ、お前ら」
匠が怒気を滲ませつつ、淡々と吐き捨てる。
「その子狐が仕出かした事は、お前達人間も重々承知しているだろう。大人しく渡せ。一応恩のあるお前達に害は加えたくない」
四匹の伏見狐の内の一匹、長身の巫女服を纏った女に化けた一人が進み出る。
「渡した後どうするのかって匠は聞いてるんだ。答えてくれ」
腑に落ちていない表情の匠を片手で制止しつつ尋ねる。
「お前ら人間共に関係ないだろうが。ごちゃごちゃ言っていないでさっさと寄越して消えろ。じゃなければここで食い殺してやろうか?」
後ろに居る若い男が牙を出しながら進み出てくる。こいつも伏見狐の一匹だ。
「人間の肉なぞ久しく食ってないからな」
舌なめずりしつつ近づいてくる。
「ちょっと……待ってください! 土井さんと匠さんを傷つける事は私が許しませんよ!?」
と天狗ちゃん。
「下がれ睦月(むつき)、お前が出てくると話がややこしくなる」
先程の長身の巫女が、睦月と呼んだ若い男の肩を掴んだ。
「止めるな霜夜(しもよ)! 人間風情が偉そうに、我らに楯突いてくる事が気に喰わん。身の程を……」
「二度は言わぬぞ」
「……っ」
睦月が尚も俺達に近づこうとした瞬間、霜夜と呼ばれた巫女が首を掴み持ち上げる。
「頭領へは、お前だけ腹の中で死したと報せるか?」
能面のような無感情な顔で冷たく言い放つ霜夜。それに対し観念したのか、目を伏せて小さく頷く睦月。
首を絞めていた手が離れ、顔を真っ赤にした睦月は俺達を睨みつつ後ろへ下がっていった。
「さて、質問に答えよう。その子狐、装束を見る通り我らと同じ伏見狐だ。ならば共に伏見に帰るのが筋だろう」
霜夜はこちらに向き直り、淡々と告げる。
「それで? こいつは無事で済むのか?」
「まず頭領にお目通りし、この四年の間に引き起こした事についての沙汰が降りるだろう。まあ、無事では済まぬだろうな」
匠の質問に冷徹な答え。つまり、処刑されるという事か。
「ここまで追いつめてボロボロにしておいて……それで終わりに出来ないのか」
「当然の報いだろう。弱き者は虐げられ淘汰される。これも当たり前の理ではないか」
朝来た時、少女の悲鳴が聞こえた。慌てて駆けつけてみると妖怪達がこの子狐を追い回しており、様々な術や暴力で嬲っていたのだ。
俺達が止めに入らなかったらどうなっていた事か。
「土井さん、ここは納得してください。私達としても、彼女らに任せるべきだと思います」
天狗ちゃんが諭すように言ってくる。
子狐の集団リンチに山の妖怪達が参加していない事は分かっているが、それ程離れていない場所で静観していた事を知っている。
それに今の言い方。まるで聞き分けの悪い子供に言い聞かせるようだった。
俺の中で妖怪達に対する嫌悪感が沸々と湧き上がるのを感じる。
「この子に関しては俺らで預かる。山にも置かない。それで納得できないか?」
「無理だ。場合によってはこの場でお前達を気絶させてでも連れて行く。恩のあるお前達に手を上げるのは気が引けるが」
俺の提案に対して、霜夜からの明確な拒絶。更には実力行使も辞さないとの脅し付きだ。
今こうして話している事すら譲歩してやっているんだと、暗に示しているかのようだった。
……気に食わない話だ。
「涼介、匠。ここは退いとけ。この件に関しちゃ俺らも同意見なんだ。こんな危ねえ化け物、いつまでも置いておけねえ。仮に伏見に連れて行かないなんて話になるなら、俺らで殺す」
「おっさん……」
普段の朗らかな印象が消え、淡々と告げるおっさん。
「涼介、自分が死にかけた事ちゃんと分かってんのか? お前の人好しのせいで俺ら全員死にかけた事も」
「だから、俺が責任を持って面倒見るって……」
「それじゃ責任取れてねえって言ってんだろうが! 火の点いた火薬なんだよそれは。村で爆発させてえのか!」
強い剣幕に圧され、思わず口を噤んでしまう。
「土井さん、大五郎さんは皆を心配して言ってるんです。もうあんな事にならないようにするために……」
「でも、今のこいつにそんな力は無いんだろう? 朝見てたぞ、普通に殴り倒されてた。その『心配』ってのは方便で、結局私刑を与えたいだけなんじゃないか?」
冷静さを取り戻した匠が突きつける。
そこで霜夜が一つ溜息を吐き、皆が注目する。
「答弁はこの程度で良いだろう。元よりこいつは連れて行き、殺す。我らも失態の罰を受け、死ぬ。これは変わらない。言葉で飾るのが好きなお前達に合わせていたが、もう充分だろう。これ以上食い下がるなら先程の警告通り、力づくで奪うが良いか?」
「お前らも死ぬ……?」
「当然だ。年端もいかぬ子弧に我ら四匹はおめおめと食われ、力を与えてしまったのだから。伏見狐としてあるまじき失態だ」
伏見狐を見回すと、他の三匹は目を伏せ閉口している。そのつもりだと言う事か。
「せっかく生きていたのに……?」
「せっかく生きていたから、だ。罪を雪ぐ禊を受ける良い機会を与えられた。生き残った甲斐があったよ」
相変わらず平坦で無表情なので感情が読み取れないが、言葉面だけを見れば死に行くことを喜んでいるようにすら見える。
「だったらお前ら、ここに居ればいいだろ。山はそれなりに広いんだし。死ぬのにわざわざ帰る必要なんて無い」
「無用な気遣いだ。そして無駄な論争だ。我らは伏見に戻る。さあ、渡すか奪われるか決めろ」
霜夜は一歩進み出てきて、俄かに空気が凍てついてくる。
パキリ、と音がしたので元を見ると、自分の右手が真っ白に凍りつき、幾筋かのヒビが走る。
「う……お!?」
「何……」
俺と匠が狼狽え互いを見ると、それぞれの手足の先から凍結が進んでおり、動いた匠の左腕がバキンと大きな音を立てて折れてしまった。
「たく……み……」
手を伸ばそうとするがその手は折れて落ちてしまう。
そして足を踏み出そうとした事で付け根から折れ、前のめりに倒れ込む。
俺……死……
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